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神化の名の下に  作者: 佐藤成
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#幼い記憶

物心ついた時には俺を産んだはずの両親の姿はなかった。

両親と住んでいたと思われる家から出て、母方の家に引き取られるような形で5歳までそこで住むことになる。

いつか自分の両親が自分を迎えに来てくれると信じて、ずっと幼い思いのままで待っていた。

母方の母さん、俺にとっては叔母さんの息子のおじさんが良く俺の身の回りのお世話をしてくれた。だがそれとは逆に、叔母さんは俺を見るたびに嫌な顔をした。

おじさんは「いつも機嫌が悪いだけ」と言っていたが、子供の自分でも何となく気づいてはいた。

叔母さんの娘、俺の母と同じ”神化”を持っている事が嫌いだったのだ。

やっと自分の娘が家から出て行ったと思ったらその孫も”神化”の持ち主であり、また自分の家にいると思うだけで不愉快であっただろう。

周りの人たちに気味悪がられ、生きづらい人生を過ごしていた辛く長い時間がやっと終わったと思っていたのに、またそれに悩ませられるのはどんな人でも嫌だろう。

そんな叔母さんの姿を見てきたおじさんが、何故自分に優しくしてくれるのか、疑問だった。

家では聞きづらい事もあり、日曜日におじさんを「公園で遊びたい」という口実で外へ連れ出した。

公園では同じくらいの子供達が遊んでいると、俺に気づいた子供達はヒソヒソと話し始めた。

「また来たよ、あの化物」

「ねぇ、知ってる?あいつに話しかけられると数日後に不幸な事が起こるって」

「あの目で人を呪うんだって!お母さん言ってた!」

「違うところで遊ぼう?ここにいたらいつ呪われるか分からないよ」

そんな迷信な事ばかり言う子供達は、さっさと消えていった。

別にどうでも良かった。周りの言葉などで自分の気持ちが侵されるくらいなら聞こえない方が良い。

もう、あいつらの言葉など聞けなくなったて構わない。

おじさんは俺がそんな風に扱われている事を知っている上で、それについて何か言ったり何かをしてくれる事は無い。

ただ見ないようにしているのだろう、そう思っていた。

誰も居なくなった公園で二人がブランコに揺られながら何かを話す事も無く、周りが暗くなっていくのを冷たい風をあびながらジッと見つめていた。

オレンジ色がだんだんと黒に包まれてしまいそうな時におじさんは口を開く。

「どうした、明。そんなに難しい顔をして」と揺らすのを止め、顔を向ける。

難しい顔をした覚えは無かったが、そんな風に見えていたようだ。

「別に・・・」聞きたい事があってここまで連れて来たのに、今さらになって聞けなくなる。だが何も言わないままだと本当に遊びに来ただけになってしまう。

自分にそう何度も言い聞かせている間、会話は無く、とうとう暗い公園には街灯がついてしまう。

そろそろ帰らなければきっと怒られてしまうだろう。そう思い、ブランコから立ち上がる。

「もう良いのか?」とブランコの鎖をねじり、地面から足を上げ、くるくる回っていたおじさんが言う。

「もう暗いし、早く帰らないと叔母さんに怒られる」と少し悔しそうに言う。

結局聞けなかった自分が情けなく思い、少し不機嫌になっていた。

タバコが切れていた事を思い出したおじさんはコンビニへ出かけ、先に家に着くと、ご飯の支度をしている音が恐ろしく聞こえた。

そのまま台所に向かうと叔母さんは握っていた包丁をまな板に置き、こちらを睨みつけるように歩いてくる。

「何時だと思ってるの!?こんな時間まで外で遊んでると、また変な噂が立つでしょ!?とにかく、もう外で遊ばせないで。これ以上この家に迷惑を掛けるなら、元の家に帰しますからね!」と怒鳴りつける叔母さんを見ることが出来ず、俯いていた。

好きで此処に居る訳ではない。両親が自分を迎えに来てくれるまでの間だけだ。戻れるならそっちの方が楽で良い。そんな開き直りな考えをしていた事に感づいたのか、叔母さんは髪を思いっきり掴み、顔を引き上げる。

「この目!あの子と同じ災いの目!!こんな目をしていなければどんなに幸せだったか・・・!お父さんだって、出て行ったりしなかったはずなのに!この目さえなければ・・・!」と殺意を込めた目で憎らしい目を見つめながら言う。

そんな叔母さんの姿を見て「かわいそうな人」だと哀れんでしまった。

「何・・・その目は?人を馬鹿にしたような顔は・・・。お前の顔を見ているとあの子を思い出す!あの魔女を!!私の幸せを壊していったあの!」と机の上にあったハサミを取り上げた。

鋭いハサミが視界に入った瞬間、血の気が失せ、動揺と焦りで己を保てなくなり叔母さんの腕を強く拒む。

「母親に似て生まれた自分を恨みなさい・・・!その目さえ無くなればきっと!」振り上げた腕が俺の目に目掛け振り落とされた瞬間、痛みが襲う事の恐怖で目を強く閉じた。

だが痛みが襲ってくる事は無く、掴まれていた髪もいつの間にか開放されていた。

次の目に映る光景は脳裏に残る程の衝撃が走る。

動揺している叔母さんの前にはおじさんの背中が俺の前に立ちふさがっていた。

そのおじさんの足元には大量の血痕らしき赤い液が垂れていた。

嫌な予感がよぎるが、それは予感でも無く確信であったのだ。

「よ、吉時よしとき!な・・・んで!?」

「こっちが聞きたいよ・・・母さん。なんで明を傷つけようとした」おじさんはいつもと同じような口調で話す。

「その子が・・・その子の目が悪いから!だからその目を取っちゃえば皆幸せになれるのよ!?」

「明が何した?母さんを傷つけるような事をしたのか?明も、香穂かほも、何も悪い事していなかった」

「何も?周りから指されるような環境になったのはその子達のせいよ!普通の子でさえあれば、貴方みたいに普通の子として生まれてくれれば、お母さんだって幸せで・・・皆幸せで暮らせていたはずなのに!!」と泣き叫ぶ叔母さんを見つめながらおじさんは話し続ける。

「それは明や香穂のせいではないよ。悪いのはそれを気味悪がり、変な噂をでっち上げた人達じゃないのか?」

「それは・・・!」

「その人達だけが悪いとは思っていない。むしろ、それを止める事が出来ずに、見ないふりをし続けた俺たち家族も原因の一つだった。守ってあげなきゃいけなかったのを放棄したから、みんな苦しい方へ流れて行ってしまった。母さんもこんなに苦しむ事も無かったのを、俺はずっと無視してきてたんだ」

おじさんの言葉を放心状態で聞いている叔母さんの目には大粒の涙で濡れていた。

腕に刺さっていたハサミを抜き、溢れ出す血をタオルで止血すると「明」と声を掛けられ、我に帰る。

「おじさんっ!」思わずおじさんに抱きついた。先ほどの恐怖が蘇り、体が震えてしまっていた。

「怖かったな、ごめん。もっと早く帰って来ていればこんな思いしなかったのにな。安心しろ、もう大丈夫だからな」と優しい言葉で宥め、頭を優しくさすり、まるで自分の子供のように大事にしているかのようだ。

それから先は覚えていない。だが、あの家から逃げるようにおじさんと共に俺の両親と住んでいた家で暮らす事になった。

久々に帰って来た家の中は暗く冷たい雰囲気で覆われ、あの家に帰った安心感も今は無く、まるで他人の家に来たような緊張感に包まれた。

中に入ると散らかったままの衣服や雑誌、小物が床を満たしている中を歩き、カーテンをゆっくりと開けるとそこから長い間入ってこなかった光が部屋を照らす。

暗い夜を終え、清らかな太陽の光を浴びた生き物達のような気持ちがこの部屋も広がる。

「まずは片付けだな。明、今日から忙しくなるぞ!」と少し嬉しそうに言うおじさんを見て、久しぶりに笑った気がした。


気づくと涙がまた溢れていた。

同情の為の涙ではない。これは自分の、自らの悲しい思い出と重ねてしまっていたせいだ。

私もこの目のせいで周りに気味悪がられ、両親にも苦しい思いをさせてのだろう。

私の両親はあまり家にいない事が多く、一人の時間が長かった事もあり両親とあまり会話をした事が無かった。

両親が私をどう思っていたのかは怖くて聞けずに、ずっと上辺だけの家族として暮らしていた。

学校の行事でさえ来ない両親は私だけだと分かった瞬間、誰かに聞かなくても子供の私でも理解は出来た。

両親は私に対して無関心であり、どうでも良い子供だったのだと小さい頃にはもう分かっていた。

学校にも家にも私の居場所のなかった私。

でも今は、同じ境遇をしてきた人が側にいる。

感情が抑えきれず、胸を揺らすくらいの涙が押し出てくる。今まで我慢してきた悲しみが出てきてしまったようだった。

明は姫歌に同情して欲しいから話した訳ではなく、純粋に知って欲しかった、だから姫歌に話したのだ。

誰かに過去の話をした事も無ければ、自分の事を知って欲しいとも思った事も無かった明が、姫歌だけには知って欲しい、一緒に居たいと思える相手に初めて巡り会えた。

こんな気持ちは叔父と一緒に居ても感じることのなかった感情であり、今まであじわった事の無い不思議な気持ちだった事は、今でも覚えている。

姫歌に会うたびにその気持ちは明の胸を熱く刺激するようになり、その気持ちがどんな感情なのかというのを知らない明は、それをどう表現すれば良いのか分からず子供のような行動が目立つのがその答えだった。

明の話を聞いて涙を流す姫歌を見て明も、涙が出てくる。

「ごめんね・・・この涙、は・・・悲しいとか、じゃなくて・・・」

「泣くな、姫歌」と優しい声が聞こえる。

「違うの、・・・明。この涙は・・・自分の、昔を思い出しただけで・・・」

「俺は、姫歌に嫌われたくなかったから俺の話をした。一方的に話してしまったが、姫歌」と肩に優しく手を置くと真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

「側にいて良いか?・・・姫歌の側に」その表情は真面目で少し悲しく見つめている。

涙で赤く腫れている顔を見られる事に少し戸惑い、俯き「近いよ、明・・・」と少し距離をとる。

「俺のせいで姫歌が困っている事も、傷つけていることも、分かってる。それでも俺は姫歌の側にいたい。だが、無理強いは嫌いだ。姫歌が嫌なら、俺は姫歌に従う」

「私は・・・」

今まで人と接することを避けて生きてきた私にとって、人間関係を築く事がこんなにも大変だというのを初めて知った。

そして同時に、初めて私を受け入れてくれた人をそんな理由で、些細な事だけで手放したくない。

「傷つけられるのは、確かに辛くて嫌だけど・・・。でも、私はそんな事で明を嫌いにはならないよ。だから、そんな顔しないで」

明は分かっていてそんな悲しい顔をしていたのだろうか。けれど私の言葉に少し驚いていたのが見えた。きっと彼の本心が顔に出てしまっていたようだ。

「それは、側にいて良いという事なの、か?」

無言のまま頷く。すると彼はその場に崩れる。

「ど、どうしたの?」

「違う。力が抜けただけ・・・良かった」緊張の糸で縛られていた体は、安堵のハサミで糸が切れ、その糸は森の中の風が嫌な空気と共に連れ去っていった。


「っつ・・・」腫れ上がっていた右頬に冷たく濡らしたハンカチを当てるだけでも痺れる感覚が起こる。明日になれば少しは腫れは引くだろうが、跡はしばらく残るのだろう。

「まだ痛むなら、医務室で痛み止め貰った方が良いかもしれないね」濡れてしまった手を服で拭う。

「また、影親くんと何かあったの?」

「・・・あいつに怒られたんだ、姫歌を傷つけるなって。この右頬を殴られた痛みよりも、心の痛みの方がはるかに苦痛だと、あいつは俺を殴ることで・・・」

「・・・殴ること、で?」

その時の事を思い出したのか少し不機嫌な顔をすると「なんでもない」と言い、立ち上がる。

「こんなところにも綺麗な場所があったんだな」森と川を眺め、そう呟く。

「前に住んでいた家の近くにも似たような場所があって、良くそこで一人で遊んでた」

「一人で、か?」こちらに顔を向ける。

「うん。友達みたいな人、いなかったし・・・家にいても、両親はいなかったから。ほとんどを自然の中で過ごしていたような感じだったよ」

誰かと一緒にいることを避けるばかりで、誰も近づかない場所を探していた時に見つけた。

ここよりももっと大きな森と川があり、近くの湖では魚や鳥が気持ち良さそうに暮らしていた。けれど美しさは然程さほどここと変わらない。

木に登ったり、川遊びをしたり、日陰で寝たり、女の子がするような遊びとは少し違っていた。それでも私にとっては楽しい思い出である。

時々山菜を採りに来る人や、知らない子ども達を見かけることもあったが、双方関わる事を避ける為見て見ぬふりをしていた。

どうやら私の知らないところで変な噂が広まっていたようだったけれど、ここに来ればそんな噂話などは忘れてしまった。

そんな私が訪れていた森は、私が中学卒業と共に去ってしまった。

その場所には大きなショッピングセンターを建てる為、山を削り、川を止め、湖は埋め立てられてしまった。

あの森は私の思い出と一緒に土に埋もれ、戻ることはなかった。もうあの美しい光景を見る事は無いのだ。そう思っていたけれど、また似た場所を見つけられ、内心すごく嬉しかった。

そんな昔の話をすると明は「今度は俺も一緒に、来てもいいか?」と少し笑った顔で言った。

つられて私も笑い、今度は友達と一緒に遊べるのだと、子どものように嬉しくなった。

綺麗にしたはずの体をもう一度洗い流した後、部屋に戻ると、部屋の窓からはあの森のずっと奥まで広がっており、どこまで続いているのかは暗くて分からない。

カーテンを閉め、部屋の電気をつける。

まだ机の上を整理していなかったせいで、視界に入れたくないほどの教科書達が山になっている。

片付けると同時に明日の準備も済ませ、ベットに腰を下ろすと携帯が光っている事に気づいた。誰かから連絡が来ていたようだった。

だがその電話番号は登録されていない相手からだった。かけなおすにしても着信のあった時間から2時間以上経ち過ぎていた。夕食を食べに行くだけだと思い、部屋に置いてしまったので気づかなかった。

(ん?)

よく見てみるとその相手から留守電が残っていた。恐る恐る留守電を開き、耳に当てる。

「・・・・」

向こうの方でノイズのようなものが聞こえるが、人の声は未だに聞こえない。イタズラだと思い、耳から離すと声が聞こえてきた。

再び当ててみるが、小さな声でよく聞こえてこない。神経を耳に集中していると何か聞こえてきた。

『・・・・今宵君が見る夢は、正夢となり、この先を照らす道となるだろう』という男の声。

間違い電話なのかイタズラ電話のような意味不明の内容を相手が話している。

不気味に思い、携帯電話を耳から離すとまだ何かを話している声が聞こえる。音量を上げる。

『君の”神化”は特別な力を持つ。決して揺るがぬ心で使えば、きっと君の為の力になる』

(何を言ってるの?)

留守電を切ろうとした瞬間『此枝姫歌』と私の名前を呼ぶ男の声に驚き、手を止める。

『神化の名の下に』その言葉を最後に男の声は聞こえなくなった。

今度こそ留守電を切り、男の言葉を思い出す。

(私の見る夢が、正夢になる。私の”神化”は特別な力を持っている?)

”神化”とは目の色が違う者を指すだけでは無かったのか?力とは何の事だろう。

運動神経も学習能力もこれと言って特別な事はない。それとは別な力の事を言っているのだろうか。

考えたとしても何が答えなのか分からない。それよりも最後のあの言葉。

「神化の、名の下に・・・」この言葉は、何の意味を持つのだろう。呪文の一種なのだろうか。

そんな不気味な電話のせいで電気を消すのを忘れたまま、浅い眠りに目を伏せた。


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