#様々な人たち
いつもの朝には変わりないはずの朝が、今日に限ってとても心地よかった。
凄く体が、いや、心がワクワクしてるみたいに軽くなっている。
こんな気持ちは、小さい時にしかないと思っていた。それと同じ気持ちが今、存在しているのだ。
クローゼットにしまっている制服を取り出し、慣れない手つきで袖を通す。肩に少し違和感を残しつつ、朝食を取りにホールへ向かう。
自分の部屋を出ると見知らぬ女子生徒二人と廊下ですれ違う。その人達の瞳孔は黒く、普通の生徒のようだ。
何か言われるのかと思わず俯いてしまう私など気にせずに会話を続け、通り過ぎて行ってしまった。
この学園ではそれが当たり前のようなのだろか。私が気にしすぎているだけなのだろう。
昨日よりも見かける生徒が多く、この寮が大きかったことが分かる。
階段を降りるとここでやっと男子生徒と会え、数人の女子生徒と話している男子も見受けられる。当たり前の光景にも関わらず、どうしても視線がそっちの方に気がいってしまう。
(とりあえず、朝食を済ませよう)
ホールに向かい歩き出すと、何かにぶつかってしまった。
「きゃっ・・・!」
よろけて体制を崩しはしたが、倒れることは無かった。何にぶつかったのかを確認すると、背の高い男子生徒にぶつかってしまったようだ。
「す、すみません」
「あれ?君、”神化”持ってる生徒?わー!間近で見るのは初めてだ」男子生徒の顔が近づいてくる。
俯く顔を覗き込もうとした瞬間、男子生徒の叫び声が聞こえる。
「そんなに珍しいなら、俺の顔を拝ませてやるよ」と別の男の人の声が聞こえる。
ぶつかってしまった生徒の頭を鷲掴みにして、自分の方へ無理やり向けている男子生徒がいた。
周りの生徒よりも遥かに目立つくらい身長が高く、雰囲気も学生のようにも見えない。
不思議と明に似ている部分を彼に感じる。
「い、いえ!もう十分です!ありがとうございました!」逃げるかのように男子生徒は逃げて行く。
助けてくれたと、認識して良いのだろうか。でも助かったことは事実には変わりない。本人にその気は無くても、ここは一応お礼を言わなければ。
「あの・・・助かりました。ありがとうございます」頭を下げ、彼に礼を言うと前に立つ。
「ああいう生徒もいるが、気にしない方が良い。むしろ見せつけてやれば良いさ!さっきの俺みたいに」私は頭を上げ、彼の顔を見る。
彼の瞳孔は色強く、何者でも寄せ付けるような美しい紫色で輝いている。
それに比べて白という色はなんて寂しい色なのだろう。他の人の色はあんなにも鮮やかに輝いているのに。
「珍しい色を持ってるんだな、お前も」
「え・・・」
「”神化”の中でも白は特別な色だ。一度色がついてしまうと元の色に戻す事は難しい。だから基本となる白は純粋で、貴重な存在になる。それにしても見事なまでの純白だ」
この人が何を言っているのか私には理解できなかった。ただ返事を返す事くらいしかできない。
「お前も朝食食べに来たんだろ?ほら、行くぞ」
断る理由もないのでとりあえず彼の後ろについていくことにした。
ホールの中はバイキング式で、沢山の食べ物で華やかに賑わっていた。生徒も楽しそうに食事をしている。
どちらかというとバイキングよりも注文する方が好きな私はちょっとがっかりしてしまう。
「隅の席が空いている。あそこに座ろう」窓から離れたテーブルへ向かい、テーブルに置いてある花瓶から花を一つ摘み、テーブルの真ん中に置いた。
「これでここに座る人がいると分かるだろう。とりあえず、食べたい物を取ってこよう」
彼はさっさとテーブルを離れ、人で溢れている方へ歩いて行ってしまった。
どんな人なのか分からない彼だけど、きっと悪い人では無い。同じような目を持っているから優しくしてくれているだけかもしれない。でも、それでも私にとっては嬉しいことだ。
朝食の主食はパンが多いく、ご飯よりはパンの方が好き。一緒に食べる物といえば卵とかハム、ソーセージ、サラダもあれば完璧。なんの変哲も無い朝食の定番だけれど、これが一番私に合っている。
席に戻ると先に彼が座って待っていた。
「ご、ごめんなさい。待たせてました?」
「いや、さっき席についたところだ。それに、いちいち気にしなくて良い。自分がしたいようにすれば良い。他人に気を使うのは自分に余裕がある時だけで良いさ」
「は、はい」
こうやって誰かと一緒に食事をとることは凄く久しぶりで、美味しかった。
朝食を済ませ、彼とはホールで別れた。結局彼の名前を聞きそびれてしまったけれど、またどこかで会える気がする。その時には必ず名前を聞かないと。
▽
寮から出ると学園に向かう生徒が沢山流れていた。
学園の入り口の方には先輩だろうか、新入生を出迎えていた。その中でも女子生徒や男子生徒に群がられている先輩達で道を塞がれていた。
どうやって玄関から入ろうかと悩んでいると後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと明があくびをしながら近づいてきた。
「おはよう、明。朝食はちゃんと食べた?」
「あぁ、雪花に頼んで部屋で食べた。どうしてもあそこで、朝食は食べたくなくてな」
(だから明の姿が見えなかったんだ)
「姫歌は?しっかり食べたのか?」
「うん、今日知り合った人と一緒に」
「誰?」
「男の人。その人も”神化”?だっけ?私と明と一緒で、紫色をしていたの」
「へー・・・そんな奴、いたっけ・・・」
どうやら明は他の人に興味を持たない性格をしているみたいだ。
「あんなに人がいると、邪魔だな」と目の前を見つめながら言うと何を思ったのか明は私を抱き上げる。
突然の事で驚く私を気にする事無く人混みに突っ込んでいく。
「あ、明!」
まさかあの人混みの中を、抱えながら突っ切ってしまうとは。初日から穴があったら入りたいくらいの思いをしてしまった私を玄関に降ろし、何かを見ている様子。
心臓の鼓動の早さが収まり付いていない中、声を掛ける。
「何、見てるの?」
「新入生のクラス分け。AからEまであるけど、俺・・・Eだ」
「私は・・・」Aから順に自分の名前を探していこうとすると明はどこかに指をさす。
そこに視線を向けると私の名前が書いてある。
「同じ、クラス」明と一緒のE組だった。
「良かった。知らない人ばかりだったらどうしようかなって思ってた」
「俺も、姫歌と一緒で、良かった」明は私の顔を見て、笑う。
不意にその笑顔にときめいてしまう。
すると周りにいた女子生徒の声が私の耳に入ってくる。
「あの人、めっちゃカッコよくない?」
「先輩たちもカッコ良かったけど、同じ学年にもカッコイイ人がいると親近感があるよね」
「声掛けてくれば?」
「あんた行きなさいよ!ほら!目標は彼氏を作るでしょ!?」
やっぱり明はカッコイイ分類に入る人なんだ。横目で明の顔を見る。明の耳にもきっと彼女たちの声は聞こえているはずなのに、反応はしない。慣れているのかな。
すると一人の女子生徒が明に近づき、声を掛ける。
「あ、あの。神真君ですよね?良かったら一緒に教室まで行きませんか?」
髪の長いお嬢様風の雰囲気を漂わせている可愛い女子生徒が明に話しかける。
けれど明は自分が話しかけられている事に気づいていないのか、そちらの方を向こうともしない。
「あ、あの!」女子生徒が明の裾を掴んだ瞬間、明の目は鋭くなった。
「誰だ、お前」
「え、えっと・・・私は!」
明は女子生徒へと向け、手を伸ばす。嫌な予感が私に。
「あ、明!」待って!と言おうとした瞬間、誰かの手によって明の手を止める。
「血気盛んなのは良いけどよ、それを女に向けるのは間違いだぞ。お前」その声は朝に聞いたあの人だ。
顔の覗き見ると間違いなくその人の顔だった。でもあの人は何故すぐに明の殺気に気づいたのだろう。
「次から次へと、知らない奴らが・・・」
それでも明の殺気に満ちた目は治まっていない。もし彼に当たってしまえば・・・そんなことが頭に過ってしまう。私は思わず明から離れてしまった。あの鋭い目つきが恐ろしく、近寄りがたい雰囲気を感じてしまったからだ。
「そんな目つきしてたら連れの子、怖がっちゃうと思うが?」
ハッとした瞬間、明はこちらを向いたその顔は、いつもと同じ明に戻っていた。
私は少しホッとしたけれど、怯えているせいか手が震えている。
そんな姿を見た明は寂しそうに私を見ているように思えた。
「姫歌・・・」
「わ、私・・・」
すると私たちの間に彼が割り込むと「ありゃ?俺もお前たちと一緒のクラスだ、よろしくな!」と彼は私と明の肩を軽く叩くとそのまま引き連れてどこかへ向かって歩き出す。
少し足がもつれながらも彼についていくと、どこかの教室の前で解放される。
けれど、彼は明の腕を掴んだままにらみ合いをしている。
「もし俺がお前の手を止めてなきゃ、お前はあの女どうするつもりだった?」
「別に。突き飛ばすくらいは、してたと思うが」
「俺にはそう思えなかったけどな」
「どういう、意味だ」また明の目が鋭くなる。
二人の気で萎縮してしまう私をよそに二人はにらみ合ったまま動こうともしない空気の中、誰かが声をかける。
「おーい。お前たち何してるんだ?早く教室行かないと入学式に遅れるぞ?」と男の人の声で二人の目つきが穏やかになった。
「もしかして、自分達の教室が分からなくなったのか?」
その人はスーツ姿で私たちの前に現れる。ここの先生なのだろうか。
「えぇ、そうなんです」と彼は苦笑いをして答える。
「俺たち、今日から1年E組のクラスになったんですが、教室が分からなくなってしまって・・・」
「嘘こけ」明が小さく呟いた。
「それは丁度良いな。俺は義之紀之。1年E組の担任だ。一緒に教室まで行こうか」
眼鏡を掛け黒い長い髪を一つに束ねて、人当たりが良さそうな雰囲気の優しい先生だ。
あんな優しそうなお父さんがいたらいいなというイメージが強い人、何でも話せそうな人に見える。
彼と義之先生の後に付いて行こうとするが、明は一歩も動いてはいなかった。
「明?」心配で声をかけるが、何もしゃべらないまま二人の後を追って行ってしまった。
この時明に、なんて声を掛けてあげれば良かったのか私には分からなかった。
入学式では学校長の挨拶と生徒会長、新入生代表の言葉を聞いた後はすぐに終わった。
周りの人たちはほとんど普通の生徒ばかりで、”神化”を持った生徒は・・・数人はいたと思うけれど、思っていたよりも多くはいなかった。
あの生徒会長さんがステージに上がると、半数の女子生徒たちが悲鳴を上げるくらい人気があるようだ。
黄色い綺麗な髪をなびかせながら話す姿を見てうっとりしている人も沢山いただろう。でも、私はあの人の目つきが怖くて真っ直ぐ見る事は出来なかった。
教室に戻り、これからの学園について、授業内容、細かな決まりなど話をしたところで今日の授業は終わった。
クラスの人たちは”神化”が珍しくないのか、普通に周りの人と同じように話をしている様子が見られた。
あの人も周りの人と溶け込むのが早く、楽しそうに話していた。一方私は誰かと話す事無く教室を後にし、今どの辺りを歩いているのかも分からないまま、何の目的も無く学園内を歩いている。
それにしても、ここの学園は本当に大きい。1日で回れる気がしない。
でも、このまま真っ直ぐ寮に帰るのも勿体無い。時間がある今、廻っておいた方が良いと考えた私は一人で廊下を流れるように歩く。
歩いて気づいたけれど、この建物は外の様子が見える所がたくさんあり、日差しが嫌に入ってくるところが多い。それが悪い意味とは限らないが、私にとっては眩しすぎる程の開放感で満ちている。
何人かの生徒とすれ違っても誰も私を珍しそうな顔をしないまま通り過ぎてゆく。本当はこれが普通なのだろうか。私の住んでいた所だけが特別だったのかと思ってしまう。
学園の中央に位置する所に大きなステンドグラスが様々な色を生み出している。このステンドグラスは学園のシンボルとして設置されているようだけれど、どんな意味の絵なのかは分からない。そもそも、意味などあるのだろうか。
などと考えながらステンドグラスの見える3Fの窓で見つめていると誰かに声を掛けられる。
「学園長、先生」
「学園訪問以来だね。いや、入学式の挨拶以来かな?」と冗談を交えながら近づく。
「本当に私以外にもたくさんの同じ人がいるんですね。吃驚しました」
「そうみたいだね。ずっとキョロキョロしていたみたいだから」
周りからも分かるくらいに挙動不審な動きをしていたのだと思うと恥ずかしくなる。
「どう?友達、できたかい?」
「友、達」
友達と言える仲と言えるのだろうか、あの二人は。
「か、顔見知りと言える人は・・・います」
「そうか。まだ入学したばかりだし、これからだね。姫歌さんならすぐにできると思うよ」
「はぁ・・・」
「お世辞とかじゃないよ?姫歌さんには逆に人が寄ってくるような雰囲気があるから」
「私が?」
(人を寄せ付ける何かを持っている?)
きっとそれは気のせいというもの。確かに物珍らしさで人を寄せ付けていたけれど、それ以外は何も。
「きっと君はこの学園で色んな事を学んで、色んな事に挑戦し、色んな体験をするだろう。でも、君は一人じゃない。それはしっかり頭に入れておくんだよ?」
「はい」
すると何故か私の目からは涙が押し寄せてきた。
「どうしたの?」学園長が優しく声を掛ける言葉のせいでそれが溢れ出す。
「な、なんでも無いです。だた目に・・・」ゴミがと言おうとした瞬間、何かが勢い良く飛んでくる。
涙のせいで何が写っているのか把握できなかったが、声で誰だか理解できた。
「お前、姫歌を・・・泣かせたな?」
どうしてここに明がいるのか分からないが、この状況は・・・。とても嫌な予感がする。
いくら明でも学園長に手を挙げるとは思わないが、もし挙げてしまえば悪くて退学、その他にも罰を受けてしまう事になりかねない。
「まっ・・・!」
「お前はどうして後先考えないで行動できるのか、どんな教育受けてきたんだか・・・」とあの人の声も聞こえる。
涙を拭くとそこには見覚えのある二人が立っている。
「その人は学園長だ、お前は学園長でも喧嘩を売る馬鹿なのか?」と言いつつ明を抑える。
「学園長が生徒を泣かせて良いとは習っていない。それは例外になるのか?学園長の権限で許されるものなのか?」
「状況の判断をしないで威嚇するのをやめろと言っているんだ。一見の判断で決めつけ、誤った判断で取り返しのつかない事態になりたくないだろう」
さっきまで険しかった明の顔から殺気は消え、冷静さを取り戻せたように見えた。
「というより、お前は誰だ。名前も知らない奴が馴れ馴れしく俺と姫歌に話しかけるな」
笑いを堪えていた学園長が二人の間に割り込む。
「見ていて楽しいな。いや、失礼。彼は君たちより一つ年上で入学した由櫛 影親だ。ご家族からの推薦でこの学園に来たのだが・・・」
「学園長先生。名前だけで十分なんで」と話をきる。
由櫛影親くん。苗字にしても名前にしても珍しい。自分で言うのもなんなのだが、どうゆう意味があって名付けたのか少し気になる。
「俺のことは影親と呼んでくれ。それと年上だから敬語とかは気にしなくていい。同学年だしな」
「う、うん。こちらこそよろしく、ね。影親くん」
握手をする為に前に手を出すと彼も答えるかのように手を出そうとする、が。
「明?」明が私の腕を掴む。
「俺はお前と仲良くするつもりは無い」と影親を冷たくあしらう。
「姫歌に手を差し出しただけであって、お前に対してじゃない。俺も無理にお前と仲良くなろうとは思っていない。むしろお前みたいな奴とは距離を置きたいタイプなんでね」と火に油を注ぐ勢いで返す。
(この二人は犬猿の仲をはるかに超えた仲なのかもしれない)
その姿を見てまた笑いこらえている学園長が私にしか聞こえないくらいの声で「ほらね、僕の言った通りに君は人を寄せ付ける」と囁いた。
どうやら寄ってくる人は普通よりも賑やか過ぎるくらいの人達が多いようだ。
▽
あの後学園長が宥めて二人の言い争いは休戦した。
この二人を一緒にすると化学反応で爆発するくらいの威力が起きそうで心配な目で見てしまう。
だから私が中和させる為に二人の間にいるのだけれど、二人とも背が大きいので横の圧迫感が半端無い。
嫌なら一緒にいなければ良いとは思うのだけれど、そんな事を私が言ってしまうと空気が悪くなってしまいそうで言い出せない。
一番不思議なのは明があんなにも影親くんを異常に毛嫌いする理由だ。
性格が合わないというのもあるのだろうが、あそこまで嫌う必要があるのかが疑問になる。
私は良い人に見えるのだけれど、それとは違うところを明は見抜いているのかもしれない。なんにせよ明と影親くんが仲良くなるには時間が必要という事は間違いないように見える。
私は、三人仲良く過ごせたら良いのにと心の底から願っている。
するとどこからか女の人の叫び声が聞こえて来ると同時に教室から男の人が飛び出てきた。
一目見てここの関係者では無いと判断できた。
その男は上下の黒いジャージの格好で何かを抱えながら走り去る。
状況がつかめずに立ち止まっていると男が出てきた教室から女子生徒が出てきた。
「あ!良い所に!!あの男どこ行ったか分かる?」焦りながらも私たちに気づき、話しかける。
「何があった?」冷静に影親が問いかけると女子生徒が舌打ちをしながら。
「あの男、ここの教室の生徒の私物を盗んでいたのよ!見回りをしていたら不思議な影を見つけて、教室に入ると知らない男がいて思わず悲鳴をあげたら、男は驚いて逃げちゃって。最近になってから生徒の私物が無くなる事が多かったから、きっとあの男の仕業だったのね。で、男はどっちに逃げたの!?」と怒りをあらわにした女子生徒の肩に影親は手を乗せる。
「相手は男だ。先輩が行っても抑える事は難しい。だから此処は俺たちに任せてもらいますよ」と勝手に話を進めてしまっている。
「俺たち?勝手に決めて巻き込もうとするな。やるならお前だけでやれ」
「困っているなら助けてやりたいと思うのが人間じゃないのか?」
「お前の考えを俺に押し付けるな。皆がお前と同じ考えだという勘違いをやめた方が良い」
「全くお前は融通の利かない男だな」
二人の言い争いを心配そうに見ている先輩をよそにヒートアップしていく。
「・・・えっと、本当に貴方達に任せて良いのかしら?てか!早くしないと男が逃げちゃうんですけど!!」先輩がまた焦り始める。
(とにかくここは言い争っている場合じゃない。早くあの男を捕まえておかなければまた何か盗んでしまうに違い無い)
「影親くん。私は何をしたら良い?」
「姫歌が?」
「足手まといになるのは分かってる。でもこのまま何もしないのは、嫌だから」
捕まえる自信も無いし、困らせてしまうだけかもしれないのを承知の上だ。すると明が私の前に立つと「姫歌にそんな事させられない。俺がやる」と言ってくれた。
「姫歌には甘いな。お前」
「いいから、早く捕まえに行くんだろ」
そう言うと明は両目を瞑る。再び目を開いた瞬間、どこかに向かって走り出した。
「姫歌はここで待ってろ!」と影親は明の後を追いかける。
(あの足の速さだと私が追いつくのはまず無理だ)
私と先輩は二人が走って行った廊下を見届けた後、先生達に報告しに職員室へ向かった。
聞こえる。走る音。学園の中を慌てて走る一際目立つ重たい足音。だが、道に迷っているのか、同じところをぐるぐる回っているようだ。
一階の方まで降り、階段のすぐ正面窓が開いていた。男はこの窓から外へ逃げたのだろうか。直様窓から外へ飛び出し、再び耳をすませる。
すると近くで息遣いの荒い男の呼吸音が聞こえる。聞こえてきた草むらに顔を向けると黒い靴がはみ出ていた。
「おい」
「はっ!な、何か・・・?俺はただ娘が学園に忘れものをしたから取りに来ただけで・・・!」男は慌てた様子でベラベラと喋り始める。
「誰もそんなことを聞いている訳じゃない」
(寧ろ聞きたくもない)
「はぁ、はぁ・・・それにしても暑いね、今日は。実は私暑さに弱くて、こ、ここで日陰で休んでいただけなんだよ。あ!そ、そろそろ帰らないと娘に怒られちゃうなぁ〜」
(白々しい)
男の手に持っていた袋を取り上げると更に焦りだす。
「ちょ!!君!人の物を取り上げるなんて、じょ!常識を知らないのか!!」
「他人の私物を盗んだ奴が言う台詞か?恥知らずはお前の方だろう」
「な!!」
袋の中身を確認すると沢山の教科書類や、筆箱、ゲーム機なども入っていた。これは間違いなく黒だ。
「へー、娘さんって・・・髪用のワックスとか使うんですか?しかも男性用の・・・」
「!!」
次の瞬間男の顔の血の気が失せていくのが分かった。嘘がバレて焦る汗が額からにじみ出ると、男は明に向かって奇声を吐きながら走る。
持っていた袋を放り投げ、男を殴る体制を取った瞬間、窓の方から何かが飛んできた。
「お前か!怪しい犯人は!!」と叫びながら明の前に立ちはだかる影親。
「な、んだよ!お前も!」男は驚いて立ち止まる。
「おい明!こいつが犯人か!?」
「しゃしゃり出てきて、俺の前に・・・立つな!!」と影親の背中を蹴り飛ばす。
その勢いで倒れこんた影親は男の上にのしかかると、そのまま取り押える形となり、男を後から来た警察に引き渡した。
「どうも締まりのない終わりだったけど、助かったわ!新入生さんたち!」と強い力で肩を叩かれる。
そのまま先輩は職員室へ。どうやら事件の説明をする為に呼ばれているようだ。
先輩だけに任せてしまうのは申し訳なかったけれど、私たちが居ては逆に話が進まないと思い、お願いした。
二人の顔はますます疲れた様子で何も話さないまま学園を後にし、寮へ戻る。
学校初日にしてはハード過ぎな内容に疲れ果てていた私は制服を脱ぎ捨て、すぐさま入浴する為に準備をする。
「タオルにバスタオル。あとは下着・・・普段着は、このワンピースでもいいかな・・・」
寮のお風呂は地下にあり、決して男女が会うことは無い。厚い壁で区切られ、互いに行き来は決してできないようになっている。
仮に行こうとするには男子寮、女子寮を必ず通らなければならない。もし通れたとしても厳しい罰が待っているという噂があるらしい。
この時間にお風呂に入る生徒は少ないみたいで、ほとんど貸切の状態だった。
天然の温泉をひいてるおかげか疲れが溶けてしまうように消えていってしまった。
長い髪を丁寧に洗っていると一人の生徒が入ってきた。私のように汗でも流しに来たのだろうと思い、気には止めずに髪を洗っていると「すみません」と声を掛けられる。
「え?」
「あの、姫歌さん・・・ですよね?」
鏡で相手の顔を見てみると見覚えのない顔が写っていた。
「そう、ですけど・・・」
「同じクラスの、冴美海です。多分、姫歌さんは私の事を知らないとは思うけれど」
確かに聞き覚えも見覚えもない人だった。
「ご、ごめんなさい」ここで謝るのもどうかと思うけれど、つい謝ってしまう。
相手の事をじっくり見るのは失礼だけれども、彼女の瞳孔はオレンジ色で目をひく明るい色をしており、それに負けないくらいの明るい髪をしていた。この人も、”神化”なのだ。
クラスに入れば目立つ存在のはずの彼女を私は覚えていなかった。どれ程周り緊張していたのか、気づかなかったのかが分かる。
「いいんです。私、あなたに知って欲しくて声を掛けたんですから」というと私の隣に椅子を持ってきて座ると、身体こすりを泡立てながら「お近づきの印に、背中流しますね」と笑いかけた。
初めて声を掛けられた人に自分の身体を洗われるというありそうでなさそうな事が起きた。
それよりも、誰かに背中を流してもらう機会が無かった私にとってはなんとも言えない気持ちだった。嬉しいとも言えないし、嫌とも思わなかった。でも強いと言えば、それ以上に恥ずかしい気持ちだ。
洗い終わった後はすぐにまた湯船に浸かる。思い返してみるが、他の人に身体を洗ってもらった・・・しかも初対面の人に。お風呂のせいだろうか、顔が熱い。
「姫歌さんって、身体細いですね。小食なんですか?」
「え・・・あ、うん。あまり食べない方かも」
「私、トマトが好きなんです。姫歌さんは何が好きですか?」
「え、っと・・・いちご。かな」
「可愛いですね。姫歌さんぽくって」
時々本心なのかどうか疑うくらい褒めるような事を挟んでくる。私を喜ばせる為なのか、それとも本当にそう思っているからなのかは分からない。
でも話をしているうちに何となく、どんな人なのか分かった気がした。
私に気をつかいながらも自分の話をしたり、相手の事も聞いたりして楽しい話をしてくれる。女の子同士で話したりした事が無かった私にとっては新鮮で、楽しい時間だった。
(でも、もうそろそろ湯船から上がらないと)
「そろそろ上がりましょうか、姫歌さん。のぼせてしまうと大変ですし」
私の気持ちを察したのか、彼女の方から上がる事を勧めてくれた。
丁度お風呂から上がると夕食の時間になっていた。
部屋に荷物を置いていこうと部屋まで行くと彼女は私の少し離れた所で立っていた。
「あの・・・」
「私のことは美海って呼んで下さい。姫歌さんって呼んで良いですか?」
「う、うん。それは良いんだけど・・・美海さん私一度部屋に戻ろうかなと思って」
「私も一度部屋に戻ります。その、迷惑でなければ夕食も一緒に・・・良いですか?」
「・・・うん」
「では、ホールの前で待ってますね」と言い残すと行ってしまった。
彼女は・・・美海さんはどうして私に話し掛けたのか分からない。
同じ”神化”だからというのもありえない訳ではないけれど、私以外にもいたはずなのに。
でも彼女は「私の事を知って欲しい」と言っていた。知って欲しいという言葉の中にはどんな意味が隠れているのか。
それにしても、この格好のままだと肌寒い。薄い上着を羽織り、荷物をテーブルに置いた後、ホールへ向かう。
他の生徒たちに混ざりながらホールへ着くと先ほどと同じ見覚えのある姿。
「姫歌さん」と笑いかける美海。
待っているのがずいぶん早い気もしたが、あえて何も言わずに美海と一緒にホールの中へ入った。
夕食も朝食と同じようにバイキング形式であったが、内容は軽いものではなく主菜に肉や魚のような豪華なものが多く、主食も麺や米、パンなど種類が豊富であった。
大食な人でも満足できる程の量が揃えられている。やはり普通の学校とは訳が違う。
この学園は国の補助金と大企業によって支えられている。学費もそれ相応高いわけなのだが、一人にかけるお金の規模が違う為なのだ。
その為何不自由のない学園生活と充実した生活を過ごせるのだ。
だが私の場合は、裕福な家庭で育ったわけでは無かった。けれどこんな学園に入ることができたのは特有生という”神化”を持つ者だけの制度のおかげであった。
学費が全額免除であり、その負担と学園の経費は国や企業によって補われる形で心配する事なく学園に入学できるのだ。
そんな人たちのおかげで私たちはこうやって楽しい生活を送れると思うと、少し気が引ける。
これといった食べたいものが無かった為、食べやすい麺やスープを盛りテーブルへ戻る。
「姫歌さん、これだけでお腹空かないんですか?」
「今日はあまり、食欲が無いだけで・・・。食べ過ぎると気持ち悪くなっちゃうので」
「そういえば姫歌さん、いちご好きだって言ってましたよね?果物コーナーにあったので持ってきましたよ。食べます?」
「ありがとうございます。少し貰います」
「食べたいだけ食べて良いですよ。あと、同じクラスなんですし敬語止めません?堅苦しいの嫌じゃないですか?」
「そうで、す・・・そうだね」というと美海はにっこり笑うと両手を合わせ、食事に感謝してから食べ始める姿を微笑ましかった。
その姿を少し離れた所で食事をしながら見つめる明を「あんまり見つめ過ぎると変態だぞ、お前」と通り過ぎざまに呟く影親に足を掛けようと足を出すが見事に避けられる。
「嫉妬だよな、これは・・・」と自覚していながらもどこか落ち着かない。
やはり女の子同士の方が楽しいのだろうか。俺と居るよりも楽しそうに見え、悲しい気持ちになる。
食べる動作に重みが加わり、食事のスピードが遅くなる。普段ならもっと食べられる量なのだが、今日に限って多いように見えた。
箸を置き、そのまま席を離れようとすると後ろから誰かに呼び止められ、服の裾を掴まれる。
「明?大丈夫?」
「姫歌?」
「影親くんが『明、元気ないみたいだぞ』って言われたから、心配で声掛けちゃったんだけど・・・大丈夫?」
(あいつ、余計な事を・・・)
「姫歌が声掛けてくれたから、楽になった」
「そうなの?なら、良いんだけど・・・」そんな事で本当に元気になったのかと疑問に思う。
「姫歌さん、そろそろ戻りましょうか?」一足先に食べ終え、美海も食器を下げ終わりこちらの方へ来た。
「うん。でも、明が心配だから私はまだ戻らない。美海さん先に戻って大丈夫だよ?」
「明・・・あぁ、同じクラスの・・・」と明の顔を見るが、声を掛けるわけでも無くそのまま姫歌に視線を戻す。
「分かった。それじゃぁ、また」不機嫌になること無く、美海はホールを後にした。
そんな二人を見て思わず「仲が良いんだな」とつぶやいた。
「今日知り合っただけなんだけど・・・こんなに人と話をしたのはあまり無かったから、嬉しかった」
その喜びに満ちた顔を見て本当は「良かったな」と言いたかったはずなのに、嫉妬のせいで捻くれた事を口走る。
「帰れ」
「え?」
「心配しなくても良いから、部屋に帰れ」
「えっと・・・そ、そうだ!医務室から薬でも・・・」
「いいから!!」
「!!」思わず身体をこわばせる。
(あの時と同じだ。影親くんと喧嘩している時と)
大きな声を出した後に大きな後悔が返ってきた。
顔を上げ、姫歌の顔を見ると今にも泣き出してしまいそうな程悲しい顔をしていた。
「・・・・っ!」堪えていた涙が目から出てきた時には姫歌はホールを走り去ってしまった。
そのまま部屋へは向かわず、暗くなった外へ走っていく。
騒めく生徒たちの声さえ、今の明には嫌に耳へと入ってくる。
本当は姫歌が俺を心配して残ってくれたのが凄く嬉しかった。俺を忘れたわけでも、嫌いになったわけではないと喜んだのに、どうしてだ。
どうして他の人の話を嬉しそうに話す姫歌が許せなかったのだ。
俺以外の知り合いが増えることは悪い事じゃない。だけれど、俺は嫌だった。
他の人の話を俺の前でして欲しくなかった。俺を、俺の事を!
後悔で傷ついている俺の右頬が次の瞬間、強い痛みに襲われた。
誰もいないテーブルに寄りかかりながら殴った相手を見ると、あいつが立っていた。
「そこまで最低だと逆に殴るほどの価値は無かったけどな、友達として特別に殴ってやったんだ。感謝しろ」と上から目線で喋り出す。
「誰が友達だ・・・」
「姫歌の、な」
「・・・・」口からは鉄の味が滲み出てきているのが分かる。どうやら手加減という優しさは無かったようだ。
「お前は姫歌を傷つけたいのか?」
「俺は姫歌を傷つけたいなんて思っていない」
「実際に傷つけといて言う言葉か?無意識にも程があるだろうが!」と明の胸ぐらを容赦なく掴み、再び殴り飛ばす。
「殴られた痛みと心の痛み、どっちが苦痛だと思う?」影親はゆっくり歩み寄り、明の胸に拳をぶつけた。
「身体の傷はいつかは消える。だけど、心の痛みはいつまでも残る。忘れてしまっても何かのきっかけで再び開いてしまう事もある。人によって痛みの具合は違うかもしれないが、親しい人に傷つけられるのが一番辛くて深いものになる。姫歌にとってお前は親しい人間であり、そして傷つけて欲しくない人でもあった。それを知っていてお前は姫歌を傷つけたんだぞ!お前は!」
いつになく感情的に話す影親をまともに見られないまま俯く明。
痛み出す右頬を抑えながら影親の言った言葉を何度も自分に言い聞かせる。
右頬が痛いのは確かだが、今一番痛いのは、俺の心。感情が痛かった。
胸が締め付けるほどの苦しみが俺を支配していたが、この苦しみよりも辛いのは姫歌の方だった。
その場の感情のままで行動した事によって、彼女を悲しませてしまった。
今まで誰かの気持ちなど考えずに生きていた俺が、誰かに嫌われても気にしない性格な俺が、姫歌の事になるとそうでは無くなった。
嫌いになって欲しくない。気にかけて欲しい。守ってやりたい。そんな気持ちなんて今まで生まれてこなかったものが姫歌に出会ってから芽生えたのだ。
初めて大切な人ができたのに、それを自らの手で壊したのだ。
あいつに殴られ言われたことでやっと自分が愚かな人間だと痛感させられて気づくくらいの鈍感人間だ。
明から離れた影親が小さな声で言う。
「これ以上姫歌を傷つけたくなかったら、もう関わらない方が良い。お前の為にも、姫歌にも、な」
「・・・勝手なことを、言うな」気合いで立ち上がるが、足元が安定しないまま再び倒れる。
「少しは反省したのかと思ってたけど・・・そうも無かったか。今のままだと姫歌をまた傷つけるだけだと言ってるんだ。はっきり言ってお前は姫歌を傷つけるだけだ」
「分かってる。俺が無神経な奴であって、意地ばかり張った餓鬼だってことくらい」
「・・・・」
「それでも俺には姫歌が必要なんだ。側にいて欲しい。姫歌に否定されても」
「異常なまでの溺惑っぷりで心配するな。でも姫歌はそうとは思っていないかもしれない。それでもお前は受け入れられるのか?一方的な想いは、辛いぞ」
そんな事を言われても明の瞳には迷いなどなく、決心で固められた思いで満ちているように真っ直ぐ影親を見つめていた。
「他人の俺が言うことはそれだけだ。後はお前と、姫歌の気持ち次第だ」と言いたい事を言った影親はゆっくりホールを出て行った。
しばらくしてから倒れた体を起き上がらせ、服についた汚れを払い、足早に外へと・・・姫歌の元へと急いだ。
▽
「・・・・グズッ」ハンカチやティッシュなど所持していない私は手で溢れるものを拭っていた。
拭っても出てくるという事はまだ気持ちがすっきりしていないという事。落ち着くまでしばらくここで泣いていよう。
明にあんな風に言われるとは思っていなかった驚きと同時に、嫌われてしまった事の悲しみが私を押しつぶしている。
目元も鼻先も喉奥さえ痺れるほど腫れているように痛い。こんなにも泣き、友達との間で喧嘩したのも初めてだった。
やっぱり私は人との関係を作るという行為は向いていないのだ。
相手がどんな気持ちなのかも分からない私にとっては、楽しい会話すら難しい。相手に合わせるという事が出来ないのだ。
ずっとそれから逃げていた報いが今、後悔として降り注いだ。
仲良くしてくれた影親くん、美海さんともこんな風に辛い想いをして終わってしまうのではと余計な不安で自分を追い詰めていた。
こんな気持ちのままじゃあ部屋に帰れやしない。だけれどここに座ったままだと余計な事ばかり考えてしまう。
そういえば、小さい頃嫌な事があれば近くの森に遊びに行っていた事を思い出す。
寮の裏には林のような森があり、動物などが生息していると言っていた。
学園の中なのだから危険な動物はいないだろうと思い、そのまま暗い森の方へ歩いていく。
寮からの明かりがあまり届かないくらいまで中へ来てみると水が流れる音が聞こえる。どうやら川があるようだ。
音を頼りに歩いてみると、月の光を美しく反射した綺麗な水が流れていた。触ってみると水道よりも冷たい水がゆっくりと流れ、私の顔を映す。
学園にもこんな自然に満ちた綺麗な場所を発見をした事に少し嬉しさと明るさを取り戻した。
立ち上がった瞬間、強い風が森の中を通っていく。木々は擦れ合う音を鳴らし、川は沢山の波紋を生み出し、小さな砂埃を起こした風が通りすぎると、どこかから視線を感じた。
寮から?と視線を寮の方へ向けるが、そこからでは私の姿は絶対に見えない。
だとするとこの森の中に、私以外に誰かがいるという事になる。
恐怖に負けた私は急いで森を抜けようとすると、勢いよく飛び出てきたものに当たりそうになる。
驚いた私はそのまま体勢を崩してしまい、尻もちをついてしまう。恐怖のあまり目を閉じたまま身を固めていると、ゆっくりこちらへ向かう足音がする。
「姫歌・・・」と息を切らしながら私の名前を呼ぶあの声。
ゆっくり目を開けるとそこには先ほど見た顔とは少し違った顔つきで立っているあの人。
声を掛けて良いのか分からずに視線を外し、ゆっくりと立ち上がる。
土汚れてしまった服を払い、その後どう振るまえば良いのか考えていると彼の方から話し始める。
「俺の両親は小さい頃に死んだ」そのまま、彼の昔の話をし始めた。