#求めるもの達
春風なびく桜並木を歩く私を誰も不思議がらずに通り過ぎてゆく。
普通なら私の顔を見ると、驚きを隠せずに周りの人は反応していたのに、この学園の人達は慣れているようだった。やっぱりあの話は本当みたいだ。
この”御話学園”には私に似た人たちが沢山いると聞いた時は疑った。
半信半疑で高校受験で”御話学園”に訪れた時、私は一瞬にして目を奪われる。
年若い綺麗なお兄さんが学園長であることにも驚いたけれど、それ以上にその人の瞳孔も黒ではなく綺麗な白だった。
「私と一緒・・・」
「そう、君と僕は一緒だ」そう言うと私の肩を優しい手で包み込む。
不思議とさっきまでの緊張が和らいでいた。
「理解してくれる人がいなかったんだね。今君が抱えている悩みを解決するには、ここの学園に通った方が良いと僕は思うよ」
「あ、あの」
両親に勧められて来ただけで、そんな事をいきなり一人では勝手に決められない。答えを出せずに戸惑っていると学園長は優しく微笑みかけくれた。
「大丈夫だよ。きっと君はここの学園に来る。必ず」
その言葉に私の心は奪われた。まるで何らかの暗示にでも掛けられたように、その言葉が頭から離れなかった。
その後、両親に相談するとあっさり承諾してしまった。両親も分かっていたのかもしれない。私は普通の学校では合わないのだと。
家から”御話学園”まで1時間以上掛かる事もあり、学園の寮で暮らすことになった。
学園の人達と仲良くできるのか不安であったけれど、今まで通りに過ごせばなんとかなる。今までだってそれで乗り越えられたんだもの。目立たずに、気配を消して、誰も私に声を掛けないようにと。
大きな荷物はすでに寮に運ばれており、軽いカバンだけを肩に掛け、誰もいない家を振り向くことなく後にした。
バスには何度も乗ったことはあるが、いつもと違う気分だ。
何というのだろう。心の中には恐怖もあり、胸が高まるような震えが私を満たしている。
長い間バスに乗ったせいか、お尻が痛い。バスから降りると一度目にした学園が私の前にある。
学園の門をくぐると一つの小さな街が現れたかのように大きな建物ばかりが目に入る。
こんなに沢山の建物があると、寮がどこにあるのか探し出すのに時間が掛かりそうだ。
(どうしよう。誰かに聞いた方が良いのかもしれないけど、私そういうの苦手だし・・・)
疲れた体を少しの間休む為、近くのベンチに腰を下ろす。
こんな事で明日からの生活が上手くいくのか、心配で思わずため息をつく。
「ちょっといいか?」私の近くで男の人の声が聞こえる。
「俺の足、その大きなお尻で敷くの、やめてくれるか?」
座ってしまったベンチには先に横に寝ていた男の人がいた。どうやら私は気付かないで座ってしまい、男の人の足の裾を敷いてしまっていた。
「ご・・・!すみません!私!気付かなくて・・・!」
男の人はゆっくりと起き上がる。その男の人も私と一緒だった。
瞳孔が、煌びやかな美しい黄色に輝き、私はいつの間にか見惚れていると、男の人は私の両頬を包み、引き寄せる。私は顔が真っ赤になっているのではと思うくらい熱を帯びている。
男の人の顔が触れてしまうくらい近くなるとやっと男の人は口を開く。
「目、綺麗な白だ」
「あ、あの!」私は思わず声を上げる。すると男の人は目を見開いた後、触れていた手を離す。
離れた頬はとても熱いが、頭が真っ白で血の気が失せている。
「神真」
「え?」
「神真 明。俺の、名前」
「明、さん?」
「お前は?」
「・・・此枝姫歌です。明日からこの学園に通うことになりました一年生です。せ、先輩ですか?」
(もしかするとここの先輩かもしれない。きちんと挨拶をしておかなければ)
「いや、姫歌と一緒の一年生だ。昨日からここの寮に世話になっているが、姫歌は今日からか?」
「え、あ・・・はい」
てっきり年上かと思っていたけれど、同い年であった。通っていた学校では見たことの無いほど大人びていたせいか、先輩と間違えてしまった。
(この人は結構人見知りしない人なのかな。少し馴れ馴れしい感じが・・・というよりも人懐っこい性格なのかも)
「こっちだ」と私の腕を掴み、強引に案内をさせられた。
優しそうな人で、人懐っこそうで、強引な人。
(男の人ってそういう性格なのかしら・・・)
彼の良心に押され、断れずについていくと寮らしき建物へ辿り着く。
「あれ?明。もう戻ってきたの?寮が騒がしいから出てったはずなのに」
女の人が玄関前で掃除をしていた。エプロンをしている様子からすると寮母さんなのだろう。
「迷子、見つけた」
「迷子?あれ?女の子だ」
寮母さんは私に近づき、目をじっと見つめてくる。私は恥ずかしくなり目を伏せる。
「綺麗な白ね。絶最さんと一緒ね」
「絶最さん?」
「ここの学園長さんの名前よ?天虹絶最さん。若いのに凄いわよね。絶最さんも元はここの卒業生で、すぐに学園長さんになったのよ。まぁ、元々優秀だったから可笑しくは無かったけどね。それに顔も整っていてイケメンでね・・・」
「雪花。話長い」明さんは話の流れを止めると寮母さんは明の頭を軽く叩く。
「またこの子は!人の話を最後までちゃんと聞かないでへし折るんだから!そこがまた可愛いところなんだけれどね。えっと・・・貴女。お名前、なんていうの?」
「姫歌」
言おうとする前に彼が言ってしまった。
「姫歌ちゃんか〜可愛い名前ね。にしても何であんたが言うのよ!姫歌ちゃんに聞いたのに!」
「姫歌。中、案内する」彼は再び私の腕を掴み、再び歩き出す。
「あ!明さん!痛いです」
彼の力は想像以上に強く、さっきまで触れていたところが痛み出す。
「痛かったか?」
パッと手を離すとすかさず「明くんは女の子の扱いなれてませんね〜」と雪花が言うと二人の手を取り、くっつける。
私は再び顔から火が出るほどに赤面した。
「こうやってエスコートしないと駄目なのよ?腕は組むためにあって、引っ張る為じゃないの。引っ張るなら手を使いなさい。ね、さっきよりも動きやすいでしょ?」
(雪花さんはきっと楽しんでやっているのに違いない・・・!)
「本当だ。行くか、姫歌」
私の意見など聞かないまま、強引に中へ入って行く。
寮の中は広く、どこかの大きな洋館みたいに綺麗だった。学校の寮とは思えないほど。
「ここは玄関ホールで、右側が女子寮。左側は男子寮。真ん中は多目的ホールで食事や、パーティーなどの催しもそこでする・・・みたい」
「パーティー・・・凄いですね」
私の頭の中ではよく小さい頃に見たアニメのようなダンスパーティーを想像した。
説明し終わった後、彼はそのまま女子寮へ歩いて行こうとした。
「あ!もう大丈夫です!自分の部屋までは一人で行けます!」
(もしこのまま女子寮の中まで彼がついてくると騒ぎになるかもしれない。まずは彼とここでお別れを・・・)
「俺はまだ姫歌と一緒にいたい」
言われた事のない言葉にまた動揺する。
(うっ・・・でもこのままついてこられると困ってしまう。ここはちゃんと断らないと)
「あ、あの・・・。一度自分の部屋に行って整理したいんです。その後でも・・・駄目、ですか?」
少し黙り込んだ後、彼は「いいよ、待ってる」と優しく答えた。▽
自分の部屋に入った瞬間、その場にしゃがみ込む。
(こんなにも大変な所だとは思わなかった。いや、大変だとは思ってはいたけれど、人に振り回されるという事はこんなにも疲れるとは知らなかった)
部屋にはしっかりと私の荷物が届けられており、綺麗に掃除もされていた。
今まで一人のことが多かった私には、一人暮らしは寂しいものでは無い。
でも、この部屋は一人の為の部屋ではあるが、そこから出てしまえば知らない人達で溢れている。
一人であっても、ここでは一人ではない。ただ薄い壁があるだけで、誰もいないわけではない。
そう考えるとなんだか怖くなってしまった。毛布も出していないベットに少し横になり、瞼をゆっくり閉じるとそのまま眠ってしまった。
ふと寒さを感じ、目を開く。いつの間にか眠ってしまったみたい。
片付けるとか言ってたのに、段ボールすら開けずに眠ってしまった。
外はもう暗く、今が何時なのかも分からずにいた。
(どのくらい眠ってしまったのかな)
鞄から携帯を取り出し、時間を確認する。
20時。あと4時間で日付が変わってしまう時間になってしまっていた。
(急いで片付けられるものだけでも片付け無いと明日の学校が大変)
部屋の電気を付け、カーテンを閉めようと窓へ向かう。
すると窓の外から視線を感じ、視線のする方へ目を向ける。ここからでは人影は見えない。
「気のせい・・・かな」
そのままカーテンを閉め、段ボールの中身を片付けることにした。
カーテンで閉ざされた窓を見つめる黒影は足早に月の光の入らない森の奥へ消えていった。
一通り片付けると腹の虫が鳴いたことに気がついた。
(そういえばお昼から何も食べてなかったんだっけ・・・何か口に入れなければ空きすぎて眠れなくなりそう)
部屋を出て、ホールの方へ向かって行くと、そこに見覚えのある姿を見つけた。
「あ、明さん!?」昼に分かれたはずの彼が階段に座り込んでいたのだ。
眠っていた脳が急に動き出し、昼間の約束を思いだす。
(そうだ!彼と部屋の整理が終わったらまた会うって約束していたんだ)
「あ、姫歌。部屋の整理やっと終わったのか?結構時間掛かったんだな」
彼は姫歌が寝てしまった事を知らない。そんな彼に寝ていたなんて言ったらどんな顔をしてしまうのだろう。
でも、そんな彼に嘘を話せない。
「あの!すみませんでした!私、部屋に戻った時に寝てしまって、それで・・・さっきやっと部屋を片付ける事が出来て・・・明さんとの約束を、私・・・忘れてしまっていたんです。ごめんなさい!」
素直に話せば許してくれるとは思っていない。でも、嘘は言いたくはなかった。
怒られるのを承知で話したが、彼は何も言わない。
(あぁ、怒らせてしまった)
胸が苦しくなった。
すると俯いた私の頭を暖かい手が触れる。思わず顔を上げると彼は何故か笑っていた。
「あ、あの・・・明さん?」
「知ってた」
「え?」
(知っていた?私が寝ていたと言う事、を?)
「姫歌。俺、ずっと待ってた」
「す、すみま・・・」
「怒ってはいないけど、寒かった」と言うと彼は優しく私を抱きしめた。
また私の顔から熱が込み上がる。
(男の人に急に抱きしめられた時はどうすればいい?ここは何もしないで棒立ちのままがいいのかな。もし抵抗でもしたら怒ってしまうのだろうか)
なんてどうでもいい事が頭の中を駆け巡っていると
「もし、本当に反省しているなら、俺と話す時は敬語を使わない。そして・・・」
(そして?)
「連絡先教えて」
「・・・・」
食堂で遅めの夕食を食べている。明と一緒に。
何人かの学生も腹ごしらえをしている中、明の視線は私の方しか向いていなかった。
(食べづらい・・・もっと食べやすいサンドイッチとかにしておけば良かった)
「姫歌、美味しい?そのラーメン」
「う、うん」
誰かに食べてる所をこんなにも見られる事がなかったからとてつもなく恥ずかしい。
(私、変な食べ方してないかな。汁とか飛ばしてないかな)
なんてそんな事ばかり考えてしまい、味はあまり覚えていなかった。
お腹がいっぱいになり、少し眠くなる。さっきまで寝ていたはずなのに、不思議。
「眠たそうだな、姫歌」
瞼が重くなっているせいか、眠たい顔をしていたみたい。
「さっきまで寝てたのに、寝足りなかったかな?」
「お腹がいっぱいになれば、誰でも眠くなる。俺もそうだ」
明は立ち上がり、私に手を差し出した。それがどういう意味なのか理解できなかった。
「今日は、もう寝よう。明日から学校だし、準備、まだだろう?」
「う、うん」明の手を取り、椅子から立ち上がる。
食堂から出て、女子寮に向かおうとすると明は私の手を引いた。
「ど、どう、どうしたの?明」
「これ」と私の手に何かを渡す。
それは小さなハーモニカだった。ハーモニカなんて小さい頃に吹いたくらいで、久しぶりに触れる。
「これは・・・」
「そのハーモニカは俺の宝物。寂しい時によく吹いていた。これはお守りとして姫歌に持っていて欲しいんだ」
「そんな大事な物を私に渡して、良いの?」
「あぁ」
金色に輝くハーモニカは古めかしくとも美しく、そう私の目に映った。