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第一話 1-2

~トレンティー大陸・南部 街・ルハナ ギルド付属の食堂~



 その男は席に着くなりエールを頼んだ。

 まわりは、何もなかったように再び騒ぎ始める。まるでそれがいつものことような振る舞いであった。

 ザルモルも注目されたエールをジョッキに注いで男の前に置く。


「悪いがうちのエールはぬるいのが売りでねぇ。毎度のことながら、冷えてるエールをだす店なんかこの国にはないぞ?」

「あぁ、言われなくてもわかっている。ただ言いたいだけだ、マスター。」

「はぁ、余計にたちが悪いぜ。」


 ザルモルにそう言われた男は「はっはっは」と笑いながら受け取ったエールを飲み始める。


「なんで、あいつがいるのよぉ」


 男が入ってきた途端イリーナに隠れる様に身を縮こまっせていたイラマリがボソッとそんなことを言った。


「知り合いなんですか。」


 イリーナが後ろに隠れている・・隠れきれていないが隠れているイラマリに話しかける。


「話しかけないで頂戴!!私はいないの!!」


 小さな声ではっきりとそう言った。

 イリーナは「いや、バレてますよ」っといったが現実逃避を決め込んでいるイラマリにはそんな言葉は聞こえなかった。

 そんなイラマリを知ってか知らずか男は横目でイリーナ越しにイラマリを見ながらジョッキを少し傾けてニヤニヤしながら言った。


「今日もエールがうまいなぁ。そうおもわないか?イラマリ。」

「っひ!!」


名前を呼ばれたイラマリがビクンと体を震わせる。


「旦那ぁ。あんまりいじめないでくだせぇ。」

「俺がいじめる?勘違いしないでくれマスター。俺はただ、イラマリの友人として話しかけているだけだよ。」

「友人とはよくいゆわね!」


 瞳に薄っすらと涙をためてイラマリがそういった。

 よほどイラマリさんはこの男が苦手らしいとイリーナはそう思った。

 そんなことをイリーナが思っているとイラマリと男はイリーナを挟んでああだこうだ話し始めてしまった。

 イリーナはひっそりとザルモルに尋ねる。


「お知り合いの人ですか?」

「この男は商人のマサズミって奴だ。つい最近この街に来たんだがなぁ・・・。ちょっと問題がなぁ。」

「問題ですか?」

「あぁ。こんなご時世だ。最近、食料も不足しがちで薬とかも手に入りづらい。ここで使っている食料も足りない分はマサズミの旦那から買ってるんだが。」

「それのどこが問題なんですか?」

「いや、なんていうか相場よりも高いんだ。物はいいんだが高いんだ。」

「それじゃまるで俺が悪い奴みたいじゃないか。俺は善意で売ってるんだぜ?」

「いや、すまねぇ。言い方が悪かったな。」

「まぁいい。初めて見る顔だな・・・うん。自己紹介は大切にだ。人間第一印象が大事なんだからな。」


 先程までイラマリと話していた正純が話に割り込んできた。


「やぁ、お嬢さん・・いや、お坊ちゃん?」

「ぼ、僕は、男です。」

「ごほん!!お坊ちゃん、わたくしはこういうものです。」


 芝居がかった言い回して正純は立ち上がりイリーナの前で姿勢を正すと無駄のない動きでお辞儀をして一枚の紙を懐から取り出しイリーナの前に差し出す。


「それを受け取っちゃだめよ!!」


 イリーナは差し出された紙を受け取ろうと手をだすとイラマリがその手を取って紙を取ろうとするのを阻止した。


「ただの名刺なんだがねぇ。」

「その名刺を受け取って私がどんな目にあったか!!いや、現在進行形でひど目にあってるのよ!!」

「いやいや、それは君が俺から金もないのに品物を買ったからだろ?」

「分割っていう支払いに方法に騙されたのよ!!」

「騙されるとは人聞きの悪い。なんだったら今全額払ってくれるならそれでチャラにするが?」

「あんたは人の足元ばっかり見て!!ひとでなし!!」

「おいおい、いくらなんでも、ひどいじゃないか。」


 再び、正純とイラマリの言い合いが始まってしまった。

 すっかりと毒気を抜かれてしまったイリーナは困った表情でザルモルを見た。

 ザルモルも困ったような表情をしてため息を付く。


「まぁ隠すことでもねぇから話すが、イラマリの母さんが病気で薬を必要としてたんだがこの街には薬がなくてなぁ。そこに現れたのがマサズミの旦那だ。旦那から薬を買ったんだが・・・これがまた高くてなぁ。今のイラマリには、払えなかったんだが分割っていう、なんだ、簡単にいえば旦那に借金ををして買ったんだ。」

「それって・・・ひどいんじゃ。」

「いやぁ。まぁそうなんだがなぁ。ちくちく嫌味を言っては来るが取り立てがきついってわけでもないしなぁ。」

「一つ訂正させてもらうけど、薬が高いと言ったが俺がイラマリに売った薬はどんな病気もたちまちに治るエルフの秘薬だぞ?高いんじゃなくて適正な価格だ。」


 正純が気に入らないという感じで口を挟んできた。イラマリもそれを知っているのかさっきまでと変わってバツの悪そうな顔をして言った。


「それについては感謝してるわよ。あんたの薬を使わなかったら実際お母さんはあぶなかったかもしれないし・・・それでも、私の唯一の楽しみである仕事上がりの一杯の時に、いけしゃあしゃあと現れて嫌味を言って帰っていく。今ではこの食堂の風物詩となりつつあるとかいわれてるのよ!?」

「いやなら、別の場所で飲めばいい。」

「この街ではここにしか飲み屋は無いの!!」

「それはこの街を恨むんだなぁ」

「きー!!!そもそも分割払いに利子がつくなんて聞いてないわよ!!」

「それは君が契約書の内容をよく読まなかっただけだろう。」

「っぐ!」


 イラマリが最後に唸ってカウンターにもたれかかりながら突っ伏した。

 イリーナはそんな正純の態度にイライラとしてつい口を出してしまった。


「人の命が関わっているんですよ!なんで譲ってあげないんですか!?」

「上げるわけ無いだろ。こっちも商売だ。」


 イリーナは正純の行動が許せなかったのだ。イラマリの母を自分の村と重ねてしまったからである。

 正純がしていることは助けるすべがああり、それを利用して相手を蝕む寄生虫の様なやり方だ。

 もっと、言うのであれば現在イリーナの村を占拠している盗賊団のやり方だ。

 勝手にやってきて「この村を守ってやる!だから、食料と金をよこせ。」そう言って不敵に笑うあの盗賊団の頭の顔が脳裏に浮かび、それが正純と被って見えてしまった。

 だから、イリーナは叫んだ。


「あなたは、最低だ!!弱い者を食い物にする最低な奴だ!!」


 八つ当たりにも近いイリーナの叫びだった。

 一瞬ではあるが目を丸くした正純はイリーナをまっすぐ見つめて不敵に笑って言った。


「お坊ちゃん。一つ良いことを教えてやろう。この世にダタってものはない。何かをなそうとするには対価がいる。対価なして何かをなそうとするには他人にその代償を払わせるしかない。わかりやすいように一つ例をあげよう。たとえば俺が、イラマリにタダで譲るとしよう。俺がその薬を買うために使った金は誰が負担してくれる?その金で買うはずだった飯は誰が買ってきてくれる?明日、寝る場所は誰が用意してくれる?お坊ちゃん、あんたか?」

「・・・」


 イリーナは何も言えず・・・いや、言い返すことができなかった。


「お坊ちゃん。はっきりと言ってやろう。あんたの言ってるいるのは偽善者のたわごとか、無限にある力を持て余した暇な神様か、はたまた聖人の言っている言葉だ。残念ながら俺はそれのどれにも当てはまらない。もう一度いってやる。この世は代償なしにことをなすことはできない。これは、世界が始まってからの理だ。」


 そう、言い終わると正純はどことなく寂しそうな顔をしてエールの入ったジョッキに口をつける。


「見ず知らずの奴に俺は何言ってんだろうな。興が冷めた。ごちそうさま。」


 そう言って席を立った正純がカウンターに小銭を置き、食堂から静かに出て行った。

 イリーナはその後姿をただ見送ることしかできなかった。

 確かに、自分には力がない。だから、ここに依頼をしに来たのだ。他人の力を借りるために、正純のいうところの少しの対価で助けてくれる人を探しに・・・。

 いつの間にか食堂からはぽつりぽつりと人がいなくなっていた。


「ここじゃぁ、みんな懸命に生きてんだ。」


 ザルモルは誰にではなくそうつぶやいた。


「坊主の気持ちはわかる。できることなら助けてやりてぇ。だけど、俺も含めてここにいる奴は自分が明日を生き延びるのでやっとなんだ。わりぃ事はいわね――」

「一つだけあなたを助ける方法があるわ!!」


 先程まで黙って話を聞いていた、イラマリが声を張り上げて立ち上がり言った。


「あるんですか!?」

「イラマリ、お前まさか!」

「ザルモルは黙ってて!」


 イラマリがザルモルを一括して黙らせた後にイリーナの方を向いて真剣な目をして言った。


「でも、覚悟が必要よ!悪魔に身を売る覚悟が必要なの!イリーナ、あなたは村を救うために悪魔と契約を交わす覚悟はある?」


 先ほど正純に言われたとこが脳裏に浮かぶ。『何かをなすには代償が必要だ』何を代償にすればいい。イラマリは悪魔と契約を結ぶといった。

 それが比喩なのか何なのかは分からないがイリーナは、それでも村を守りたいと思った。

 たとえこの身がどうなろうとも村の皆んなが助かるなら安いものだと思ってしまった。


「む、村が助かるのなら契約します!!悪魔だろうが、なんだろうが、なんとでも契約を結びます!!」

「覚悟はできてるのね。」

「できてます!!」

「私も譲歩されるよう力にはなるけど相手は悪魔よ。どんな代償を払えって言ってくるかは分からないわ。ほんとにいいのね。」

「村が本当に助かるのなら。」

「いいわ!!取り付けてあげる!!行くわよ!!」


 そう言うと、イラマリはすぐさまイリーナの手を取り食堂の出口の方に歩き出した。それを呼び止めようとザルモルは声をかける。


「おい!」

「止めないでザルモル!私も覚悟を決めたから!!」


 そういって、話を聞かずに歩みを止めることはなかった。


「いや、勘定が・・・はぁまた、ツケか・・・。」


 ザルモルは大きくため息を吐くがその顔を何処か嬉しそうであった。

 イリーナはイラマリに手を引かれながらもその足取りは軽かった。

 もしかしたらこれから行くとこでひどい目に合うかもしれない。それでも、村の皆んなが助かるのであればといいと思い自然と足取りは軽くなる。

 イリーナは前を歩くイラマリを頼もしく思えた。正純に言われてこの街に来たことを後悔したが、それでもイラマリの様な人に出会えたことが嬉しく思えた。

 ただ、イラマリから酒の匂いが漂っていて本当に大丈夫なのかと心配にも少しなっていた。

 これから交わされるある男との契約がこれからのイリーナの運命を大きく変えるものだとは今のイリーナには知る由もなかった。

読んていただき有難うござます。

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