プロローグ
この世界に金で買えないものはあるのだろうか。
この世界を生きていく上で金との関係は切っても切れないのではないのだろうか。
何かをなそうとすると必然的に金が必要だ。
恵まれない子どもたちを助けるのも、病気の人を助けるもの、弱者を救うためにも金は必要だ。
同情で飯が食えるのであれば誰も飢えたりはしない。
綺麗事で病が治れば、誰も病に苦しまない。
無償で人が動くのであれば弱者という言葉は生まれないだろう。
人生の成功者は口々にいうだろう。
「やっぱり愛が大切だ」とか、「出会いを大切にしろ」とか、「世の中お金じゃない」とか。
この言葉のどれも、成功者だから言えることなのだ。
飢えなどのない一般的な生活をこの世界で送るにはそれなりの金が必要だ。
明日を生き抜くためには金が必要だ。
どんな建前や綺麗事を並べてもこの世界を生き抜く上では金が必要なのだ。
この世界での幸せとは金で買えてしまう。それが今のこの世界の現状なのだ。
金がなく、飢えを凌ぐために泥水をすすったことがあるだろうか?
ゴミ箱をあさりベドが出る匂いに耐えながら残飯をあさったことがあるだろうか。
そんな人物がいたらあなたは何を対価にその人を救うのだろうか?
突然だが、ここで一つ問おう。
『10億円あげるから人を殺してくれ』
と問われたらあなたは人を殺すだろうか。
おそらく10人中10人が断るだろう。
しかし、目の前に10億を置かれて問われたらどうだろう。
3割いや、4割の人間が頷くかもしれない。
そして、絶対にバレることは無いと言われれば多くの人がその手を血で染めるだろう。
しかし、これは仮定の話にしか過ぎない。すべてのお膳立てをしても断る人は少なからずいる。
しかし、彼は断れなかった。
彼には金が必要だった。それも、大金が。
彼も裕福では無いがそれなりの生活をしていた。
それなりの生活だが、彼にはとても幸せな生活だった。
彼もそのときに「世の中は金だ」と言われればきっと聖者のような顔をして「世の中金じゃない」といえただろ。
それも、仕事をクビになり、立て続けに不幸が起きなければの過程の話しだ。
今の彼には住む場所もなければ明日、生き抜く金もない。
しかし、彼は金を稼がなければ行けなかった。ある人を救うために。
タイミングが悪かったと言われればそれまでだった。
その金を手にすれば、どうにか出来てしまう問題が彼の目の前にあったのだ。
だから、彼は断れなかった。
赤の他人に目の前に大金を突きつけられ命令された。
彼にはその命令を断れなかったのだ。
だから、彼はやってしまった。
人を殺してしまったのだ。
大金と引き換えに人の命を奪ってしまったのだ。
■
「あ、あ・・・・。」
彼の右手には、ベットリと血がついたナイフが握られていた。
彼の近くには、血溜まりの中に倒れる一人の男性。
彼の左手には、札束がぎっしりと詰まったアタッシュケースが握られている。
「に、逃げないと・・・。」
右手にもったナイフを投げ捨ててその場から逃げ出そうとするがうまく体が動かせない。
空腹や後悔、いろんな感情が体の動きを鈍らせる。
それでも彼は、走った。転びそうになりなからも夢中で薄暗い道を走った。
どんな道を通ったのかは覚えていない、やっとのおもいでたどり着いたのはどこかのビルの屋上。
息を切らしながらフェンスにもたれかかり、自分がしでかしたことを思い返す。
人の肉を突き刺す感覚、生暖かい返り血の感覚。
刺された男の絶望にも似た顔・・・。
彼は頭を抱えた。彼はその男のことを知らない。
ただ、見知らぬ人に大金をつきつけられて殺せと言われた。
彼はそれを断れなかった。
たとえ、その行いによって今後の人生が終わろうとしても・・・。
目の前の欲求には勝てなかった。後悔で押しつぶされそうになっても・・・。
「やあぁやあぁ。そこのお兄さん。どうしたんだい?そんなに死にそうな顔をして。」
突如、声を掛けられた。
頭を上げて声のする方に顔を向ける。
子供?いや、子供にして顔がは大人っぽい。小人?
それは幼稚園児の様な体型をした青年と言えよう。
お伽話などに出てきそうなピエロの姿をした小さい青年が目の前に立っている。
「だ、誰だ。」
彼の言葉を聞いたピエロの姿をした青年はニッコリと笑ってくるくると踊り出しながら口を開く。
「僕?僕は・・・そうだね・・・異世界の案内人かな」
「なん・・だと・・・」
「はっはっ。信じてないね。」
「そんな馬鹿な話信じれるわけ無いだろ!!」
「そんなに、怒らないでおくれよ。僕はお兄さんに逃げ道を用意して上げるために来たんだから。」
そう言うとピエロは動きを止めてニッコリと笑っている口元を更に釣り上げて笑った。
「お、お前、見ていたのか・・・」
「はっはっ。どうだろう。見ていないといえば見てないし見たといえば見ていたようなぁ」
「ふ、ふざけてるのか。」
「よくわかったね。」
「こ、殺すぞ・・」
「はっはっ!冗談に聞こえないよ?お兄さん。」
話していると段々とビルの下のほうが騒がしくなっているのに彼は気づく。
さすが、日本の警察というべきか仕事が速い。
すでに、ビルの周囲はネズミ一匹通さないくらい囲われているだろう・・・。
「さぁー。異世界に行くにはお金が必要だよ。まずはそのアタッシュケース入っているお金の半分はもらおう。それが通行料だよ。」
「何を言っている・・。」
「時間がないよ。もうすぐそこまで来ているよ。異世界の片道切符を買うなら僕の手を」
そう言ってピエロは彼の目の前に手を差し出してきた。
それと同時にに屋上の扉が叩かれる音と怒鳴り声が聞こえた。
「そこにいるのはわかっている!!大人しくこの扉を開けろ!!」
今にも扉は破られそうだ。
「ここで捕まり罪を償うのもいい。僕の手を取って新たな人生を歩むのもいい。さぁ!!答えは2つに1つ!!お兄さん次第だよ。」
「頼みがある。」
彼は神妙な口調で言った。
「頼み?」
「金の半分はくれてやる。その代わり余った金はある人に届けてほしい。」
「はっはっ。お安い御用だよ。」
彼はその手を取ってしまった。
その選択が正しいか正しくないかはわからない。
彼が殺した男のことを彼は知らない。
悪逆非道を尽くした悪党かもしれないし、人を救うために人生を掛けた聖人かも知れない。
今となってはそれを確認できるすべもない・・・なぜなら、彼は差し出された手を取ってしまったからだ。
「はっはっ!1名様ご案内!!」
意識がなくなる寸前に聞こえたのはピエロの姿をした青年のほんとに楽しそうな声だった。
彼は、安堵の笑みを漏らす。なんの保証も無いがそう思ってしまう。
目の前のピエロが信頼に値するかはわからない。
しかし、彼はこれで問題が解決すると思ったのだ。
「愛しているよ。妃美」
彼がこの世界に残した最後の言葉だった。
それは誰も知る由もない最後の言葉・・・。
ビルの上には小さいピエロの姿をした青年が一人佇むのみ。
「はっはっ。彼の数奇な運命。」
青年はくるくると踊りながら本当に楽しそうに笑みをこぼす。
「さぁ、さぁ、新たな物語が始まるよ!!数奇な運命の物語!彼が、何を掴み。何を失うか・・・それは物語を見てからのお楽しみ。さて、余ったお金を届けよう。彼の人生を掛けて稼いだお金だ。さっさと頼みごとを終わらして特等席で物語を見よう。」
青年はスキップをしながらその場を離れていった。
これは、一人の男の物語。
一人の男が異世界に行くことから始まる物語。
彼は、これからどんな道を歩むのか、聖人か悪人かそれはまだわからない。
なぜならこの物語はまだ始まったばかりだから・・・。
「さぁ!!開演時間だよ!!」