◆第二話『魔物は怖いもの』
「冒険者の奴ら、ダンジョンに入ってすぐ逃げようとしたんす」
「ふむふむ」
「だから捕まえて祭りの入口まで連れきたんすけど、閃光魔法唱えられちまって。気づいたら目の前からいなくなってました」
ボンバーは自分のせいだと思っているのだろう。
心なしか肩を落としながらそう報告してきた。
「やはりボンバー相手では怖がって逃げてしまったか」
ゴーレムの戦闘力は魔物の中でも上位に位置する。
たしかに並みの冒険者では太刀打ちできないだろう。
「だが、弱い奴を案内人に置いたら殺されてしまうかもしれんからな……」
「数を増やすのはどうっすかね」
とブリコスが意見する。
「ボンバーで逃げてしまうほどのチキンハートなら結果は同じだろう」
まったく最近の冒険者は気合が足りん。
いや、気合充分で特攻しまくってくるのもそれはそれで面倒なのだが。
ふと入口のほうからガシャンガシャンという音が聞こえてきた。
全身を鎧で覆った者が会場に姿を現した。
鎧マン、もといチャロだ。
「お、お邪魔する……ここで良いのだろうか……って、おぉお! おぉおおお! なんだこれはっ!?」
入るなりチャロが感嘆の声をあげていた。
きっとダンジョン・マクレガの夏祭りバージョンに驚いているのだろう。
すごいだろう。
ワシの部下が用意したんだぞ。
そう心の中で自慢しながら、ワシはチャロのもとまで向かった。
「よく来たな、チャロよ」
「できれば二度と来たくはなかったのだが……結果を見なければならないからな。それで冒険者は来ただろうか」
「今日訪れた人間はお前が初めてだ」
「……え?」
チャロが固まった。
「たしかにお宝が待っているとの噂を街中に広めたはずだが……まさか一人も来なかったとは」
「勘違いするな。冒険者はちゃんと来た。ただ、入口で魔物にびびって帰ってしまったらしくてな」
「そ、そうだったのか……良かった。では約束を守れたということであの鏡を渡して欲しい」
「なにを言っている。もっと沢山来ないと意味がない」
「そんな……!」
落胆するチャロの肩に手を乗せて、ワシはにんまりと笑う。
「お前にはワシが満足するまで働いてもらうぞ」
「ぐぅ……悪魔め」
「うむ、一応ワシは悪魔の部類だからな。はっはっは」
人間のこういう姿を見ると思わず心が晴れやかになってしまう。
ワシの哄笑にチャロが悔しそうに唸る。
と、そんなチャロだが、先ほどからチラチラと顔をそらしていた。
視線の先には夏祭りの屋台郡がある。
「あれが気になるのか?」
「い、いや。このダンジョンに似つかわしくない賑やかな光景だ、と」
「夏祭りというものだ」
「……夏祭り?」
「東方の国ジャポンヌでする祭りらしい」
「以前、言っていた楽しいこととはこれのことか?」
「その通りだ。これで冒険者らを招いて楽しませるのだ」
ワシが胸を張りながら答えると、チャロが訝るように訊いてきた。
「いったいなにを考えている?」
「心配せずともなにか危害を加えることはない。ワシらからはな」
もちろん冒険者から手を出してくれば容赦はしない。
ワシは家族を大事にするタイプなのだ。
「おお、そうだ。チャロよ、試しに遊んでいけ」
コガラシやココ以外の人間がマクレガ風夏祭りを体験すればどう感じるのか、すごく気になる。好評であれば夏祭りの中身を宣伝させ、逆に不評であれば梃入れすればいい。
「遊ぶ? いや、わたしは様子を見に来ただけで――」
「夏祭りは楽しいぞー。東方の国ジャポンヌ風の美味い食べ物が沢山あるのだ。本来なら金を取るところだが、お前には特別にタダで食べさせてやるぞ」
「う、美味い食べ物……いやしかし、魔物が作ったものなど」
「ココ! こっちに来い!」
そう呼びかけてから間もなく、ココが恐る恐るそばまでやってきた。
ワシの浴衣をぎょっと握りながら、チャロの様子を窺っている。
「なぜ人間の子どもが……」
「こいつはココと言ってな。親に捨てられて一人だったところをワシが拾ってやったのだ」
捨てられた、ということに対してだろう。
チャロはどこかばつが悪そうだ。
「しかし、魔物と暮らすなんて……」
「こんなことを言っているが、どうする。ココよ。こいつと一緒に街に行くか?」
「いや。ボスと一緒がいい」
「ま、魔物に言わされているんじゃないだろうな」
「しつこいの嫌い。消え失せろ」
「なっ!?」
ココの拒絶がよほど響いたのか。
チャロが仰け反り、口ごもってしまった。
「ということだ。ココの環境のことは気にするな。というか本題はこんなことではない。コガラシ、わたあめをココにくれてやってくれ!」
「承知でござるっ」
コガラシがシュバっと消えて、シュタっと近くに来た。
その手にはわたあめが握られている。
約五秒しか経っていないのはもう突っこまない。
「それは……?」
「砂糖菓子でござる」
「さ、砂糖……? それが?」
チャロが驚く中、ワシはコガラシに目で合図をした。
コガラシがココにわたあめを手渡す。
「二回目だけど、いいの?」
「気に入っていたようだったからな。特別だ」
「うん。ふわふわもこもこ好き。……はむ」
その小さな口でわたあめにかぶりついた。
途端、ココの無愛想な顔がへにゃりと崩れた。
見るからに幸せいっぱいといった様子だ。
「チャロ、食べてみろ」
同じ人間のココに食べさせたことで安全性を示した。
その甲斐あってか、チャロの警戒心は薄れたようだ。
「ひ、一口だけ……」
チャロがわたあめから一つまみし、ちぎった。
顔を見られたくないのか。
後ろを向いて兜を軽く持ち上げると、隙間からわたあめを入れた。
「なんだこの食感は!? それに甘くておいしい……っ!」
「ここにはわたあめのような美味いものが沢山あるのだぞ。どうだ? 少し寄っていかんか?」
もう答えは決まっているといった様子だ。
ワシはにやにやしながら、チャロの肩を抱いて問いかける。
「どうする? ん?」
「し、しかたないな……どうしてもというのなら遊んでやらなくも……ない。それにわたしは脅されている身だしな。これはしかたない。しかたないのだ……」
◆◆◆◆◆
「はっはっは! ワシの勝ちだ!」
「くぅうっ……もう一回! もう一回だ!」
ワシはチャロとともに射的という遊戯で勝負をしていた。
コルク銃で離れた台に置かれた景品を撃ち落とすという簡単なルールだが、なかなかこれが難しい。それでもワシが上手く撃ち落せているのはココと回った時に経験していたからだ。
そして再戦もまたワシの勝利で終わる。
「ま、これが実力という奴だ」
「ぐぬぬ……」
あまり煽りすぎてもだめだ。
チャロには夏祭りを楽しんでもらわなければならない。
とはいえ、遊戯ではワシの優れた技量が炸裂してしまう。
となれば……。
「食べ歩きでもしようではないか!」
そんなワシの提案のもと、チャロとともに飲食店を回りはじめたのだが――。
「なんだこの癖になる濃い味は!」
「それはダークヤキソバだ。おい口の回りが真っ黒だぞ」
「氷をこんな風にして食べるのは初めてだ。しかし、ん~~っ! 頭が痛いっ!」
「お前はがっつき過ぎなのだ。もう少しゆっくりと食べろ」
「このたこ焼きも良い! こんなに小さいのに色んな味が詰まってる! 中に入ってるぷりぷりもたまらないぞっ」
すでに十種類以上は食しているはずなのにチャロの手は留まることを知らない。
というか、ワシもびっくりするほどの堪能ぶりだ。
「気に入ったのなら土産に幾つか持っていけ。そしてトルデムの街に広めるのだ。マクレガの夏祭りは超絶楽しいものだ、とな」
「うぐ……」
魔物にもてなされて楽しんでいることを思い出してしまったのか。
呻いたチャロが興奮から冷めたように大人しくなった。
「た、たしかに楽しい。たこ焼きは美味しいし。射的などの遊戯も面白かった。くじなどのカジノ的要素もある。これならば冒険者たちも喜ぶだろう。たこ焼きを前面に押し出せば間違いない」
熱いたこ焼き推し。
どれだけ好きなんだ。
「しかし、そうなるとやはり案内人か」
人間のココにさせることも考えたが、入口で邪悪な心を持った人間たちに誘拐されるかもしれない。ココは贔屓目に見ても可愛いからだ。
もう一人の人間であるコガラシには無理だ。
あの黒装束で身を覆った姿は不審者そのものだ。
「な、なにか今、不当な評価をいただいたような気がするでござる……」
「気のせいだ」
冒険者にやられないほどに強くて威圧感のない者、か。
うーむ、と唸ったあと当てはまる魔物がいた。
できれば避けたいところだが、ダンジョンの危機とあらばしかたない。
ワシは盛大なため息をつきながら階下に目をやった。
「最終手段だ。奴を呼び覚ますか……」