◆第六話『キンケツ』
地下九階の円卓に幹部を集めた。
ブリコスとホネロン、ボンバー。
あとはコガラシとワシだ。
「出来るだけ経費は削減しろ。代替品となるものがあれば積極的に使っていくのだ」
「なにもまったく同じものにする必要はありませんしね。少しならわたしの同胞の骨も使っていただいて結構ですし」
「けど、ちょっとやそっとでどうにかなるようなレベルじゃないんっすよね」
頭をかきむしるブリコスを横目にしながら、ホネロンが平然と訊いてくる。
「ボス、ダンジョンの宝はなにかないのですか?」
「あるにはあるが小物ばかりで大した額にはならんだろう。それにそれらは夏祭りのくじ引きとやらの景品にする予定だ」
うーん、と全員が唸りはじめる。
こんなことをずっと繰り返している。
「一気にお金が入るような代物……そういえば最近ドミコ殿がドラゴンネックレスを手に入れたという話を耳にしたでござる」
「なんだと! それは本当か!?」
ドミコとはメスのオークだ。
このダンジョン・マクレガに住まうオークの頭目でもある。
「たぶん本当だと思います。うちのホネッコもドミコに自慢されたと言っておりました」
「しかしなぜそんなものを……」
ブリコスが手を挙げる。
「あ~、オイラ、その話知ってるっす。結構前の話なんですが、商人が入口付近で落としてったドラゴンネックレスをピグオが拾って隠し持ってたらしいんすよ。で、あいつ一時期ドミコと付き合ってたじゃないすか。そのときにプレゼントってか強奪されたらしいっす」
「あ、相変わらずドミコはがめついな……しかし、ドラゴンネックレスか……」
ドラゴンネックレスはドラゴンの牙を装飾に使った首飾りだ。
腐敗せず、また艶やかな光沢を持っていることから非常に価値が高い。
「あれを売れば小さな街一つ余裕で買えちまいますからね」
「ですが、あのドミコが簡単に譲ってくれるでしょうか」
「難しいだろうな」
ドミコが嫌いというわけではない。
ないのだが、正直に言うと少し苦手だ。
できるならあまり頼みごとをしたくない。
「誰か行ってくれる者は――」
全員が顔をそらした。
あのボンバーでさえ寝たふりをしている。
というか最初から寝ていたのではないか、こやつ。
ともあれ、奴らの反応は無理もない。
なにしろ下手すれば今後の人生に関わるからだ。
「しかたない……ワシが行くか」
「お共するでござるっ!」
ワシならばボスとしての顔がある。
一応、襲われる心配はない。
……はずだ。
◆◆◆◆◆
「……食われました」
ドミコ含むオークの住居がある地下四階。
そこに続く階段を上がったところで一体のピッグフットに出逢った。
オークの下位的な存在でもあるこやつの外見は端的に言えば二の足で立った豚だ。
ただ、頬や胸、腹に大きなキスマークがついていた。
でかい唇で濃厚なキスを受けたことが伝わってくる。
ワシは放心状態のピッグフットの肩に手をかけた。
「ダンジョンは暗い。お前の未来も当分は暗いだろう。だが、諦めずに前を見ろ。そうすればきっと道は開けるはずだ」
「……はい」
流した涙をごしごしと拭いながら、ピッグフットは去っていった。
哀愁漂う後ろ姿を見送ったあと、ワシはオークの住居郡へと目を向けた。
「……行くぞ、コガラシ」
「はいでござる!」
◆◆◆◆◆
オークの住居はゴーレムほどではないがかなり広いほうだ。
その中でもドミコの部屋は桁違いに大きかった。
「いやよ! いくらボスの命令でもそれだけは聞けないわ!」
ピンク色で統一されたファンシーな部屋にだみ声が木霊した。
唾がめちゃくちゃ飛んでくる。
すごく汚いし、臭い。
コガラシから受け取ったハンカチで顔を拭ったあと、ワシは今一度目の前の魔物を視界に収めた。
テーブルを挟んだ向こう側にドミコが座っている。
基本的な外見はピッグフットと同じだ。
違うのは肌の色が濃い緑なところか。
あとは服装だが……。
水着を纏い、腰にはパレオを巻いている。
ただ、サイズが合っていないのか、はちきれそうだ。
「そこをなんとか」
「あんまりしつこいとアタシ暴れちゃうから」
フンっとが鼻息を荒くする。
こやつが暴れれば、今のぼろぼろなダンジョンでは崩壊しかねない。
どうしたものかと苦悶していると、ドミコがそっぽを向きながらぼそりと口にした。
「どうしてもって言うなら、とびきりイイオトコを連れてきて」
「イイオトコ……ワシのようなか?」
「う、う~ん、ボスも悪くはないけど、もっとこう可愛い子がいいわ」
否定はされなかったが、なんだか歯切れの悪い言い方だ。
ドミコに手を出されないのはボスだからと思っていたが、単純に好みではなかったからなのだろう。決してワシがイイオトコではない、ということではない。
ドミコが〝イイオトコ〟について熱の入った詳細説明をしはじめる。
「こう、無垢な目をしていて小柄でさらさらヘアーで……そんな子をどうにかしちゃいたいのよ!」
「しょ、しょたこん……!」
コガラシがわけのわからぬことを口にした。
「あ、いえ。なんでもないでござるっ」
かと思えば、慌てて口を塞いでいる。
こやつは一体なにを言っているのか。
「ラング様、命令とあらばそれがしが人間をさらってくるでござるが」
「それは先ほどなしにしたばかりだろう」
「一人ぐらいならば」
「ばか者。これから人を集めようというのだ。人がいなくなれば我々のせいになり、これから行う夏祭りとやらの集まりが悪くなるだろう」
「あぅ」
短刀に伸ばしはじめたコガラシの手をペシっと叩いたのち、ワシは顎をさすりながら打開策を考えはじめる。
「ドミコよ。お前の好みの外見であれば、それがどんな生物でも構わんか?」
「ボスもアタシがどんな種族でもウェルカムだってこと、知ってるでしょ?」
ふむ、ならば――。
あやつのところに行けば解決するかもしれん。
「ワシに良い考えがある! ついてこい!」
◆◆◆◆◆
地下七階。
松明を手に歩くコガラシに続いて暗い通路を歩いていた。
この先を進んだところに目的地があるのだ。
「ちょっとボス、なにこの不気味なところ。アタシか弱いメスなのよ!? ちょーこわいんですケドーっ!」
お前のぶりっこのほうが怖いわ。
そう言ってやりたいところだが、言えば最後。
暴れだしてダンジョン崩壊間違いなしだ。
腕に抱きついてくるドミコに鬱陶しさを感じながら歩くこと五分ほど。
突き当たりの石造扉がついた壁に辿りついた。
「ワシだワシ! 入るぞー!」
言うや、ワシは扉を開けて中へと入る。
と、お菓子のような甘ったるい匂いが漂ってきた。
橙色の灯でほんのり照らされた部屋内はゆったりとしているものの、あまり広く感じない。そこかしこに置かれた幾つものぬいぐるみが原因だ。
奥側のソファに人間の幼い少女が足をぷらぷらさせながら座っていた。
後ろで二つに結われた色素の薄い髪。
人間で言えば不健康な色の肌。
また黒いドレスを纏っているものだから、彼女本来の白は余計に際立っていた。
「ボスっ!」
少女はワシの顔を見るなり、ぱぁっと顔を明るくした。
抱いていたクマのぬいぐるみをソファに置き、駆け寄ってくる。
そのまま止まることなく勢いよく正面から抱きついてきた。
「……やっと来てくれた」
「悪い悪い、ワシはダンジョンのボスだからな。なにかと忙しい身なのだ」
「寂しかった」
言って、顔をこすりつけてくる。
ワシが少女の頭を撫でてやっていると、続いて部屋に入ってきたコガラシから疑問が投げかけられた。
「あの~、ボス。その子は……」
「おぉ、紹介せねばならんかったな。こやつはココ。ちょうどコガラシが来る前か。ダンジョン近辺に捨てられとったのでワシがもらった」
ただの人間だったなら見捨てただろう。
だが、ココはある面白い特技を持っていたので部下にしたのだ。
「しかし驚いたでござる。まさかそれがしのほかに人間がいたとは……」
「ココは人見知りで外に出たがらないからな。ダンジョン内でもココのことを知る者は多くない」
「な、なかなか可愛いじゃないの……まぁ、マクレガのアイドル的存在のアタシには遠く及ばないケド」
ドミコがなにか言っているが、放っておくに限る。
「……ボス。この人たち、誰」
ココがワシの背に隠れた。
どうやらコガラシたちを警戒しているらしい。
「お前と同じワシの部下だ。こっちの触覚を生やしているのが忍者のコガラシ。こっちのオークがドミコだ」
「よろしくでござる」
「ヨ・ロ・シクゥ~ん」
ドミコの声に嫌悪するかと思いきや、ココはコガラシをじっと見つめたあと、少し睨むように眉根を寄せた。
「むぅ」
「な、なにやら敵対されているような……っ!?」
同じ人間だから仲良くできるかと思ったが、案外そうでもないらしい。
人間って奴はよくわからん。
「それでボス、こんなところに来てなにがあるっていうの? まさかこの子がそうだって言うんじゃないわよね。アタシ、メスは無理よ」
「そう焦るな。アレはこれから作るのだ」
「……作る?」
ドミコが首を傾げる中、ワシはココの目線に合うところまで屈んだ。
「ココよ、折り入って頼みがあるのだ」
「ボスのお願いならなんでも聞く」
「うむ、素直な奴はワシは好きだぞ」
「……へへ」
頭を撫でてやると、ココが嬉しそうに微笑んだ。
その間、コガラシが仰け反りながら変な声を出した。
「ぬぬ……これはなんとも」
「どうした、コガラシよ」
「い、いえ! なんでもないでござる!」
コガラシと会話していると、くいくいとココに裾を引っ張られた。
「ココはなにをすればいいの?」
「ドミコの理想の男を作ってやって欲しいのだ」
「理想の男……?」
「えーとなんだったか……ドミコ」
「とびきり可愛い男の子よ」
「そう、それだ。そんな奴を作って欲しい」
「わかった。ちょっと待ってて」
そう言い残して、ココが玄関口とは別の扉から部屋をあとにした。
あの扉の先はダンジョン内で死亡した冒険者たちの死体置き場と繋がっている。
「ボス、ちゃんと説明してくれない?」
「ココは死霊術師なのだ」
「それって死体を生き返らせるっていう?」
「うむ。ただココは少し特殊でな。体の一部分だけでも本物の死体があれば、あとは粘土でも組み合わせれば動かすことができるのだ」
「なんでも良いとは言ったけど……アタシ、死体でも愛せるのかしら」
そんな不安な声をドミコが漏らしてから、約二十分後。
ココが作り上げた死体を連れて戻ってきた。
その死体は人間の幼い男の子といった背丈ではあったが――。
「……こんなの?」
「目玉がないじゃない! こんなんじゃ見つめあいながらキスもできないわ!」
「むぅ」
ぷくっと頬を膨らませながらも、ココはまた死体を漁りに行き――。
「髪がボサボサよ! アタシは手櫛をしたいの! これじゃムードなんてあったもんじゃないわ!」
戻ってきたのだが、新たな死体もまたドミコの好みに合わなかったらしい。
そして三度目も。
「唇タラコな上にカサカサじゃないの! もっと小さくてぷるぷるにしてちょうだい! アタシのキュートな唇と合うようにね!」
ついにココも我慢できなくなったか、わなわなと体を震わせはじめた。
「……ボス。このオーク、注文多い」
「ま、まあそう言うな。終わったら好きなだけ遊んでやるから」
ワシがそう口にした途端、ココが窺うような目を向けてくる。
「ほんと?」
「うむ、ほんとだ」
「……じゃ、がんばる」
今度は粘土で一から丁寧に作る。
そう言い残して、ココはまたも死体置き場に戻って行った。
それから約一刻後。
「これよ、これを待ってたの!」
魔法による力なのだろう。
ほぼ粘土で出来たものとは思えないほど肌の質感が再現されていた。
生きた人間の少年と言われても疑いようがないぐらいだ。
ココが訊く。
「どんな性格にするの?」
「そうね、ちょっと大人しくて、でもお願いされたらなんでも言うことを聞いちゃう純真無垢な子って設定でお願いっ」
「……ん」
ココは頷いたのち、死体少年の背に手を当てた。
ほのかな光が手の辺りで煌き、少年の体がびくんと動く。
次いでまばたきを始めると、目の前に立っていたドミコをまじまじと見つめた。
「……お姉さんはだれ?」
「ふぉおおおおお――っ!!」
ドミコが変な声をあげ、身悶えた。
かと思うや、ドシドシと重い足音を鳴らしながら死体少年に接近。潰れるのではないかと思うほど強く抱きしめた。
「お、お姉さん。苦しいよ……」
「やばいっ、やばいわっ……! ここまでドストライクな子、初めてよ! ハァハァ……ッ! ハァハァ……ッ!」
めちゃくちゃ鼻息が荒い。
はたから見てもドン引きするぐらいだ。
「おい、ドミコ。約束の品は――」
「いいわよ! いくらでも持ってってちょうだい! なんならアタシのパンティーもつけちゃうわ!」
「い、いや。それは別にいらんのだが」
「あらそう? 遠慮しなくたっていいのに」
断じて遠慮ではない。
拒否だ。
「ボス、ボス」
ふとココにつんつんと指で突かれた。
「ん、どうした?」
「あれ、一週間ぐらいで腐って動かなくなる」
「……………………まあ、大丈夫だろう」
もし動かなくなったらまた作ればいいだけだ。
そもそもドミコはよく男をとっかえひっかえしている。
すぐにほかの奴を見つけるに違いない。
ダメだったら……そのとき考えればいい。
「とにもかくにも、これで資金面の問題はなくなった! 早速準備に取り掛かるぞ!」
「承知でござるっ」