◆第五話『立ち退き』
「進捗はどんな感じだ?」
翌日。
地下九階にて。
円卓の席に向かうコガラシにワシはそう声をかけた。
「あともう少し……もう少しでござる……!」
唸るような声で答えながら、コガラシは猛烈な速度で幾枚もの紙に絵を描いていた。
夏祭りとやらを知っているのはコガラシのみ。だからこやつに屋台やら機材などのイメージデザインを描いてもらっているのだ。
描き終えられた紙から次々に宙を舞い上がり、床に落ちていく。
おかげで昨日は魔物で埋まっていた広間がいまや紙の海だ。
落ちた紙を何枚か手に取ってみると、どれも矩形のテントが描かれていた。
これが屋台と言うものだろう。「きんぎょすくい」「たこやき」「かき氷」等など、色んな店名が書かれている。
屋台以外には機材らしきものが描かれていたが、そちらの用途はわからない。
「忍者ってのはなんでもできちまうもんなんすねぇ」
そんな感嘆の声を漏らしたのはブリコスだ。
奴は床に落ちた大量の紙を集めて回っている。
「さすがは忍者だ」
ワシも詳しく知らないのだけども。
「で、できたでござるー!」
ばんざいしながら、コガラシが晴れやかな声をあげた。
「よくやった、コガラシよ。お前のような優秀な部下を持ってワシも鼻が高いぞ」
「え、えへへ……ラング様のお役に立ててコガラシは幸せでございます……!」
コガラシは照れると「ござる」が抜けてさらに変な喋り方になるので顔が隠れていても感情がわかりやすい。
ワシは身を翻し、意気揚々と指示を出す。
「ではゴブリス、これらの絵を参考に見積もりをたてよ。可能なら製造に入っても構わん!」
「承知しやした!」
「ワシはこれからダンジョンパズルを弄りに行く。コガラシ曰く、夏祭りには広いスペースが必要らしいからな。地下一階を入口の直線通路を除いて広間にするぞ」
「ちょ、ちょっとボス! 一階に住んでる奴らはどうするんすかっ」
「あ、忘れてた」
完全に頭から抜けていた。
ブリコスから白い目で見られたが、口笛を吹いてなんとか誤魔化した。
どうしたものか、と唸る。
地下二階より下には無闇に人間を入れたくはない。
となれば、やはり――。
「よし決めたぞ」
「ボス、もしかして……」
「うむっ」
ブリコスの不安そうな顔に力強く頷いたあと、ワシは宣言する。
「一階の奴らに立ち退いてもらう!」
◆◆◆◆◆
ダンジョン内の住居は深ければ深いほど価値が増す。
浅いところでは冒険者による被害を受けやすいからだ。
だから、地下の二階以下の住居を用意することを約束すれば多くの者は簡単に立ち退いてくれた。
だが――。
「問題はここだ」
ワシはコガラシとともに地下一階の隅っこにやって来ていた。
目の前には何の装飾もないのっぺりとした壁。
そして痛んだ木造扉。
この先に我がダンジョン・マクレガの中でも幹部に当たるものが棲んでいる。
「おーい、ワシだワシ! ちょっと出てきてくれんかー!」
どんどんと叩いたのち、そう叫んだ。
やがてかちゃり、と扉が開けられた。
中から出てきたのは眼鏡をかけた骸骨。
ホネロンだ。
「ボス? どうしたのですか、こんなところまでわざわざ」
「唐突で悪いのだが、ここから立ち退いてくれ」
「……あの、仰ることがよくわからないのですが……」
「実は地下一階を丸々夏祭りに使うことにしてな。この部屋から立ち退いて欲しいのだ。できれば今日中に」
「そんな、いきなりすぎます! いくらボスの命令と言えど断固として反対します!」
ホネロンはもう少し下の階に住めるにも関わらず、一階に残っている酔狂な奴だ。
だから強く反対されるとは思っていたが、まさかこれほどとは。
「ちゃんと新たな住居は用意する。地下三階。それもここと同じ角部屋だ」
「地下三階はハンターウルフの棲家があるじゃないですか! わたしたちは骨ですよ! しゃぶられます! 涎べとべとになってしまいます!」
「ぬぬ、では地下四階ではどうだ」
「あ、あそこはオークが夜うるさくて……って、そういう問題ではありません!」
ホネロンが顔を近づけてきた。
目玉がないので判断はできないが、声調やしぐさから興奮していることがわかる。
「ここにはわたしたち家族の思い出が詰まっているんです。お願いですから……どうか」
言って、わなわなと全身を震わせる。
その透けた体の向こう側、部屋から小さな骸骨が顔を出したのが見えた。
「父ちゃーん、どうしたのー?」
てくてくと小さな骸骨が玄関までやってきた。
身長はちょうどワシの腰程度。
コガラシよりも小さい。
このチビ骨はホネオ。
ホネロンの一人息子だ。
「ってボス! ひっさしぶりー!」
「こらホネオ! ボスになって口を――」
「構わん構わん。まだ子どものうちは好きにさせてやれ」
近寄ってきたホネオの頭を撫でてやる。
と、ホネオはくすぐったそうに少しだけ身を縮めた。
「元気にしてたか?」
「うん。あのね、ボス。ボク、毎日鍛えてるんだ! 父ちゃんを抜いて将来ボスの右腕になるために!」
「はっはっは。それは頼もしいな! 楽しみにしておるぞ!」
「うんっ! 冒険者なんてみーんなぶっ殺してやるから!」
若い世代が育っているのは嬉しい限りだ。
ただ、少々エリート教育過ぎる気もするが。
「ホネオ。今、父ちゃんボスと大事な話をしているから、おうちの中に入ってなさい」
「えーやだよー。せっかくボスが来てくれたのにー」
骸骨戦士の親子が会話を交わす中、コガラシが耳打ちしてくる。
「あの、ラング様っ」
「ん、どうした?」
「前々から気になっていたのでござるが、骸骨戦士殿たちはどのようにして……その、子を成しているのでしょうか」
「簡単ですよ」
言ったのはホネロンだ。
どうやら聞こえていたらしい。
「オスが自分の体の一部……つまり骨をメスの股間にさし込むのです。それから半年間放置すれば、その骨が子となってメスの体から出てきます」
「ワシも一度目にしたことがあるが、なかなか面白いぞ。体が透けてるから成長具合が丸見えだからな」
「なんとそのような方法で……! 興味深いでござる……」
「プロポーズをする時に『俺の骨を受け取って欲しい』と言うのが定番らしいぞ。まあ定番過ぎてそれを言う奴なんて今じゃそういないらしいがな。はっはっは」
ワシが高らかに笑う中、ホネロンが固まっていた。
あれ、ワシまずいこと言ってしまっただろうか。
顔色がわからないせいで凄まじく不気味だ。
不穏な空気が漂いはじめた、そのとき――。
「もう、二人してそんな話。恥ずかしいじゃないですか」
「ほ、ホネッコ!?」
部屋の中から新たな骸骨が出てきた。
頭に赤いリボン、ワンピースを身につけている。
ホネロンの妻、ホネッコだ。
「あなた、ボスに立ち話をさせるなんて……」
「いや、いいのだ。ちょっとした用があって来ただけだからな」
「ちょっとした用……ですか」
「いや、色々あってこの一階から立ち退いて欲しくてな。それを頼みに来たのだ」
「そういうことですか」
言って、ホネッコはホネロンの顔色を窺ったのち、口を開く。
「申し訳ありませんが、わたしは主人の意見を尊重します」
「ホネッコ……!」
無理矢理に立ち退かせることはもちろん可能だ。
しかしワシはあまりそういうことをしたくない。
うーむ、困った。
「ボス、ボスっ」
コガラシが耳打ちをしてくる。
「近隣の骸骨戦士の奥様方からの情報です。ごにょごにょごにょ……」
「なにっ、それは使えるぞ! でかしたコガラシ!」
思わず大声を出してしまった口を塞ぎ、ワシはコガラシに問いかける。
「しかしお前、いつの間に……!」
「今しがた聞き込みをしてきたでござる!」
ワシが考えているよりも忍者はやばい存在かもしれない。
忍者、恐るべし。
ともかく、忍者解明は追々するとして――。
「ホネッコ。ちょっとこっちに」
ワシが手招きをすると、ホネッコが訝りながらも近くまで来た。
ホネロンに聞こえないよう、こっそりと声をかける。
「お前、子どもが欲しいそうじゃないか」
「どうしてそれを……っ!?」
「まあそれは良いではないか。それよりもだ。子どもを増やそうにもこの部屋では少し手狭だろう」
「そ、それはそうですが……」
「ホネロンはワシに尽くしてくれておる。特別に地下六階にあるワシの別荘を空けてやろう。広いぞ。ここの五倍ぐらいはな。そしてなにより目の前に地下庭園がある。子を健やかに育てるには最高の環境だとは思わんか?」
思考しているのか。
放心しているのか。
よくわからないが、ホネッコが五秒間ほど硬直した。かと思うや、頭蓋骨が取れるのではないかと思うほど素早い動きで首をひねり、顔正面をホネロンに向けた。
「あなた、引っ越しましょう!」
「ホネッコ!? いや、でもここにはわたしたちの思い出が!」
「そんな思い出よりも子どもの環境を整えることが一番です! それに……ボスが今よりもっと広い部屋を用意してくださるって……あなたも欲しくはありませんか」
ホネッコが自身の腹をさすりながら言った。
「……本当にいいのか? 当分の間、動けなくなるんだぞ」
「ええ。それがわたしの幸せですから」
見つめあう骸骨のツガイ。
なんのことだかわからず、両親の顔を確認するホネオ。
そんな光景を目にしながら、コガラシが上擦った声をあげる。
「さ、さしこむのでございますね」
「うむ。さしこむのだ」
ワシが鷹揚に頷いたのち、ホネロンがこちらに向きなおった。
子と妻を抱きながら改まって口にする。
「ボス。わたしたち、引っ越します」
◆◆◆◆◆
ホネロンに移住を説得してから二日後
ワシはコガラシとともにダンジョンの最下層。
地下十階の最奥を訪れていた。
「コガラシはここに来るの初めてだったな」
「は、はいでござる。なんだか不思議な空間でござる」
ダンジョンの中でもっとも魔力が濃い場所だ。
コガラシが違和感を覚えるのも無理はない。
「あの、ボス。この汚い顔はなんでしょうか……?」
ふとコガラシがダンジョンパズルの台座を指差しながら言った。
「……それがダンジョンパズルだ。そしてそこに描かれてるのは持ち主の顔。つまりワシのものだ」
「なっ、なんと……! これは切腹ものでござるー!」
「だからやめんかっ」
「あぅあぅ」
またもチョップをかましてなんとか自害を止めた。
「顔のことは気にするな。コガラシがわからんかったということは、ワシの顔とよほどかけ離れているということだ」
「もちろんでござる! ラング様の顔はこんな汚い顔ではなく、もっとピッカピカで世界一格好良いでござる!」
「そうだろう、そうだろう!」
この賛辞、最高だ。
心が癒される。
しかし、いつまでもこうしていてもしかたない。
「では早速ダンジョンを組み替えるぞ」
ダンジョンパズルの石破片はマクレガの構造通りに組み重ねられている。
それをワシの体ぐらいに収めているため、ひどく複雑だ。
ダンジョンパズルの地下一階部分に当たる場所に手を差し込んだ。
入口の直線通路を除いた壁を慎重に撤去しはじめる。
ごごご、と地鳴りがダンジョン内で起こった。
今まさにダンジョンパズルに連動してダンジョン内の構造が変わっているのだ。
やがてすべての作業を終えると、ワシは一息ついた。
「完成だ」
「ボス、おつかれさまでございます!」
そう労ってくれたコガラシがまじまじとダンジョンパズルを見つめていた。
「しかし、これでダンジョンの構造が変わるとは不思議なものでござる……」
ワシにとっては忍者の術のほうが不思議だ。
そんなことを思いながら部屋をあとにした、直後――。
「ボス、問題です!」
ゴブリスが目の前に転がり込んできた。
「どうした、そんなに慌てて」
「それがその……」
「なんだ、はっきりと言わんか」
そう命じることでようやくゴブリスが口を開いた。
ただ、その顔はすごく引きつっていた。
「資金が足りやせん……!」