◆第四話『中の人です!』
わたし――チャロ――は呆然としながら歩いていた。
石畳で舗装された道に沿うよう並んだ建造物。
多くの商人、客の声で賑わう大通り。
ここは近隣でもっとも発展している街トルデムだ。
ふと影が差した。
見上げると、楕円型の風船で吊り上げられた大きな船が頭上を通り過ぎていく。
あれは街一番の貴族であるモガ・カンパニーの飛空船だ。
なにが待ち受けているかわからないと有名なダンジョン・マクレガを通らずとも隣街に行けるとあって、その利用者はあとを絶たないという。
今も多くの搭乗者の姿を認めることができた。
初めて見たときはあんなものでよく空が飛べるな、と驚いたものだが、今では見慣れてしまって感慨すらもない。
というより今はなにも考えたくなかった。
わたしはおぼつかない足取りで街中を進み、周辺ではもっとも大きな屋敷――ポルポポル邸の門を潜った。
入った先に待ち受けるだだっ広いホール。そこかしこにいたメイドたちが一斉にこちらに向きなおり、「おかえりなさいませ!」と声をあげながら瞳を安堵の色に染めた。
「お嬢様っ!」
声をあげたのは正面の幅広階段の上に立っていたメイドだ。
眼鏡をかけ、髪をシニョンでまとめている。
彼女はミラ。
ポルポポル家のメイド長であり、昔はわたしの教育係を務めていた者だ。
ミラは慌てて階段を下りると、近くまで駆けてきた。
「ご無事でなによりです……!」
「「おかえりなさいませっ」」
ミラに続いてメイドたちが笑顔で出迎えてくれた。
彼女たちからは、わたしがダンジョン・マクレガから帰還したことをなによりも喜んでくれているのがわかる。
「それで試練のほうはどうでしたか?」
ミラが口にした試練とはポルポポル家が代々行ってきたもので、ダンジョン・マクレガのモンスターを一人で討伐してくるというものだ。
英雄装備を持ってすれば大抵のモンスターは簡単に倒せてしまう。
はずなのだが……。
「ミラ、ちょっとついてきて」
「お、お嬢様っ!?」
戸惑うミラを連れて、わたしは階段を上がった。
二階の自室に入るなり、兜をとった。
視界の端、軽く肩にかかる程度の自分の金髪がかすかに映り込む。
「ミラァアアアアっ」
わたしはミラに勢いよく抱きついた。
「お、お嬢様っ!? ちょっと落ちついてください! いきなりどうしたのですかっ」
「うわーんっ、魔物に負けてしまった~……っ!」
「ま、負けた!? で、ですがこうして無事に戻られているではありませんか」
涙、鼻水ともに大量に出してしまっていたらしい。
顔を離すと、ミラがハンカチで拭ってくれた。
ずず、と鼻水をすすったのち、わたしはダンジョンでの出来事を話しはじめる。
「うぅ……ダンジョンに入ってすぐに魔物が沢山来て、なにもすることなくやられてしまったのだ。ボスっぽい奴も一緒にいた」
「なんとそれは……ずるいです!」
「うん、そうだよな! ずるいよな!」
同調してくれたことにほっとしたものの、気持ちは上向かない。
わたしはしゅんと俯いてしまう。
「だが、負けは負けだ……」
「ですが、そんなことがあったというのに、よくぞご無事で……」
うぐぅ……。
案じてくれるミラの言葉が胸に痛い。
ずっと晴れない顔をしていたからか、ミラが「お嬢様?」と窺ってきた。
ダンジョンでのことを話すか話すまいか。
悩んだ末、話すことにした。
「それがな……わたしが負けたところを怪しげな鏡に撮られてしまい、奴らに協力することになったのだ……」
「そんな……! い、いえ、そもそもどんなものかはわかりませんが、鏡に映ったぐらいなら――」
「紙に印刷できるのだ。わたしはこの目で見た。大量に複製されたところも」
「なんてこと……」
「もしあれが街の者に出回りでもすればポルポポル家の名に傷がついてしまう……」
ポルポポル家は初代魔王を倒した英雄の末裔だ。
ダンジョンの入口で魔物に倒された上に
考えただけでも恐ろしい。
「協力というのは具体的にはなにを要求してきたのですか?」
「お宝が待っているとでも言って一ヶ月後に人を集めろ、と言われた」
「集めて、なにをするのですか?」
「楽しいことをすると言っていたが、わからない」
「なんとも胡散臭いですね」
「うむ。だが、従わなければ……うぅ」
情けなくて涙がぶわっと溢れてくる。
ふいにミラが、すっくと立ち上がった。
その顔は決意に満ちている。
「わかりました。このミラが人を集めて参ります。ですから、お嬢様はなにも心配することはございません」
「ありがとう、ミラぁ~!」