◆第三話『侵入者がきた!』
「おいっ、押すなよ」
「俺じゃねぇよ。俺の角が押してんだ」
「お前じゃねぇかよ!」
「シーッ! お前たち、静かにしろ! 気づかれるだろ!」
ダンジョン・マクレガに入った際、一番最初に待ち構える幅広の直線通路。そこの壁裏に先ほど会議に参加した魔物たちが貼りついていた。
今はあちこちにしかけられた小さな覗き穴から通路の様子を窺っているところだ。
そして、ワシは戦慄している。
入口に立つ侵入者が身に纏う白銀の全身鎧。
「あれは英雄装備ではないかっ」
「ボス、お静かに」
「あ、すまん」
ホネロンにたしなめられてしまった。
「殿、英雄装備とはなんでござるか?」
「かつて初代魔王を倒したとされる英雄たちが装備していたものだ。肩のところに描かれた模様を見てみろ」
「……片翼のようなものが描かれているでござる」
「それが英雄装備の証だ」
しかし、なるほど。
英雄装備の所持者であれば、ピグオが「めっちゃ強そう」と言うのも無理はない。
「だが、おかしい」
「ラング様、どうしたでござる?」
「いや、あれほどの装備だ。ためらうことなくダンジョンに侵入してもおかしくないのに、あいつは未だ入口で立ち止まっている」
「たしかに……ピグオ殿の報告から我々の配置が終わるまでも時間があったでござる。それでも動かないということは……」
「ビビってんじゃないすかね?」
割って入ったボンバーの発言にワシもろとも周囲が静まり返る。
「まさかそんなわけないだろ。あの英雄装備を着る者だぞ」
「ボンバー殿は冗談が上手でござる」
「「はっはっは」」
コガラシとともに口を押さえながら笑う。
「さて話を戻すぞ。はっきり言って個々に当たったところであの鎧マンに勝てる気はしない。ならば……ワシらがやるべきことは一つ」
「全員で襲いかかり、ここで仕留める……でござるな」
「コガラシ、ワシの台詞をとるんじゃない」
「し、失礼いたしました。うぐぅ、これは切腹ものでござる」
コガラシが腰から抜いた短刀を逆手に持ち、自身の胸に突き刺そうとする。
ワシは素早くコガラシの頭をかなり強めにチョップした。
あでっ、と呻いたコガラシが短刀を落とし、涙目になりながら頭を押さえる。
「馬鹿者。その自害癖、治せと言っとるだろ」
「あぅあぅ」
コガラシはワシに無礼を働くと、こうして自害しようとするのだ。
今ではマシになったほうで最初のころはもっとひどかった。
なにしろ視界に入っただけで首を吊るだの溺死するだの言っていたのだ。
ワシのトイレを覗いたときなんて「それがしは餓死するに相応しい虫けらでござる!」などと言って三日三晩飲まず食わずを続けたこともあったぐらいだ。
昔のことを思い出していると、ホネロンの潜めた声が耳に届く。
「ボス、奴が動き出しました!」
鎧マンがついに歩みを開始していた。
踏み出した瞬間に足場から沢山の槍が飛び出す。が、鎧マンのところだけ槍が飛び出ていない。足の裏で槍が塞がれているようだ。
鎧マンが目の前の槍をかぎわけながら進むと、今度は壁から炎が吹き出した。鎧マンは少し動じているようにも見えたが、炎の中を突破した奴の鎧には焦げも傷も見当たらない。
「さすがは英雄装備だ。罠をもろともしておらん」
「おれっちの罠が効いてないだと……?」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
声が聞こえてきたほうを見ると、小柄な魔物が目に入った。
特徴的なのは緑の肌と尖った耳。
あとは片眼鏡と革リュックを身につけているぐらいか。
奴は手先が器用なゴブリンクリエイター。
皆からはゴブリスと呼ばれている。
「おいゴブリス、どこまで罠を敷き詰めてあるか把握してるか?」
「へい、大体半分ぐらいまですね」
「ならば、鎧マンが罠地帯を抜けたらすぐに教えろ」
「了解しやした!」
そんなやり取りをしている間にも鎧マンは幾つもの罠をくぐり抜けていた。
そして、ついに――。
「ボス、抜けましたっ!」
「よしっ、お前たち、ワシに続けぇーッ!」
「「オォオオオッ――!!」」
通路を形成する壁には外側から入れるよう細工をしていた。
コガラシ発案、ジャポンヌ式回転扉だ。
通路に面する壁があちこちで回転。
その裏で控えていた部下たちとともにワシは通路に飛び出した。
「な、なんだこの数はっ!?」
百体を越える魔物がいきなり出現したからか、さすがの鎧マンも驚いているようだ。仰け反りながら硬直している。
今が好機。
ワシは誰よりも早く鎧マンに正面から飛びかかり、押し倒した。そのまま抱きついて拘束する。と、背後から幾つもの衝撃が襲いくる。一瞬、鎧マンの攻撃かと思ったが……。
「それがしもお助けするでござる!」
「骨だけですがっ」
「おれっちの罠をよくもっ」
部下たちが助太刀してくれたようだった。
ただ厚意が重い。
物理的にも重い。
「ぐ、ぐふぅ……っ」
胸が圧迫されてむせてしまう。
部下の助力はなおも止まず、次々にのし掛かってくる。
「ボス、いきます」
「や、やめろボンバー、さ、さすがにお前は――」
「もう止まれないっす」
「――っ」
仕上げとばかりに巨体のボンバーがのしかかり、ほかの部下もろともワシは体内の空気を盛大に口から吐き出した。
◆◆◆◆◆
「も、申し訳ないでござる……」
部下達が揃って正座をしていた。
ワシを気絶させたことに対して反省しているのだ。
もちろん強制したわけではない。
すべてはワシの人徳である。
人徳である。
ワシは深呼吸をしたのち、「あーあー」と発声確認をする。
問題ない。
いつものクリスタルボイスだ。
「まあよい、おかげで鎧マンを倒すことが出来たのだからな」
振り返った先に鎧マンが両手足を広げて倒れていた。
ワシ同様、部下たちのボディプレスで気絶したのだ。
ただ、一つ気になることがある。
鎧マンをじっと見つめながら一言。
「こいつ弱いな」
ワシの力でも簡単に押さえ込めていたのがなによりの証拠だ。
部下たちもウンウンと頷く。
ホネロンが外した眼鏡に「ふーふー」と息を吹きかけていた。
埃がとれて綺麗になったのか、満足そうな顔で眼鏡をかけなおす。
「強い装備を着ている者が強いとは限りませんからね。それでボス、処理はどうしましょうか」
「圧壊なら俺が」
ボンバーが大きな手を見せつけるようにして広げる。
なんとも血の気の多い奴だ。
「まあ待て。こいつには使い道がある。おい、ゴブリス。たしか宝物倉庫にガネロの鏡があったな。あれを持ってこい」
「了解しやしたっ」
「ほかの者たちはワシの後ろに集まれ!」
ワシは横たわる鎧マンのすぐ後ろに立った。
部下たちもぞろぞろと後ろに集まりはじめる。
数が数なだけに通路はぎゅうぎゅうだ。
全員の配置が終えた頃、ちょうどゴブリスが走って戻ってきた。
その手には自身の顔と同程度の鏡が持たれている。
あれが頼んでいたガネロの鏡だ。
ゴブリスが鏡をこちらに向けたのを見計らい、ワシは部下たちに命じる。
「お前たち、ゴブリスの指示に従うのだぞ」
「ということで皆頼むぜ。え~とコガラシ、頭の触角が後ろの人に被ってるから両手で引っ張るなりして下げてくれ。ホネロンは透けてるから後ろじゃなくて前のがいいな。あ、ボンバーはでかすぎっから少し屈んでくれるかい」
ゴブリスがてきぱきと指示を出し終える。
「ボス、準備おっけーす」
「うむ。では皆、ワシと同じポーズをとり、さらに満面の笑みを浮かべるのだ! 勝ち誇った顔でもいいぞ!」
ワシはにっこりと笑いながらダブルピースをした。
ゴブリスに「いいぞ」とぱちぱちとウインクで合図する。
「では、いきますぜ!……はい、ちーず!」
ガネロの鏡からモワっと紫の煙があがった。
ゴブリスがガネロの鏡を確認する。
「たぶんオッケーすよ!」
満足そうに頷いたゴブリスからワシはガネロの鏡を受け取った。
鏡には先ほどの一場面が画像として映っている。
「ふむ、どれどれ。おぉ、よく撮れているではないか」
やっぱりワシってすごくイケメン。
コガラシが興味深そうにガネロの鏡を覗き込んでくる。
「ラング様、それはいったい?」
「映したものを一つだけ保存し、好きなところに映し出せるのだ。このようにな」
ガネロの鏡を壁に向ける。
と、鏡に映っていた画像がそっくりそのまま壁に描かれた。
「お、おぉ~~!」
コガラシが感嘆の声を漏らした、そのとき。
「な、なんだこれは……!?」
鎧マンが目を覚ましたようだ。
上半身を起こし、ガネロの鏡によって映し出された画像を目にしている。フルフェイスのせいでどんな顔をしているかはわからないが、声から驚いているのは明らかだ。
それにしても先ほどは気にならなかったが……。
落ちついて聞いてみると、声が少し高い。
思ったより若いのかもしれない。
「ちょうどいいところで起きたな、鎧マン。どうだ、良い感じに撮れているだろう」
「これはなんだと訊いている!」
「ワシらがお前を倒した記念写真」
にっこりと笑みながら答えた。
「なんだと……わたしは負けたのか……?」
「そう、負けたのだ。そしてワシらの勝ち」
勝ちを強調すると、鎧マンが「ぐっ」と悔しそうに呻いた。
「……わたしをどうするつもりだ? や、やはり殺すのか?」
「どうしちゃおっかなー。殺しちゃおっかなー。針山に落とすのもいいし、毒沼でじわじわ腐らせるのもいいかもしれんなぁ」
「ぐぅ……」
項垂れた鎧マンが全身をわなわなと震えさせる。
「こ、殺さないでくれ……」
「うむ、いいぞ」
「え?」
あまりにあっさり承諾したからか、驚いているようだった。
こちらとしては変なプライドを出さないでくれて願ったり叶ったりだ。
殺せ、なんてセリフは良くない。
やはり命は大事にしなければな。
「ただし、ワシらに協力しろ」
「魔物に協力だと? そんなことできるわけがないだろう!?」
「あ、いいのかなー。この画像、紙に描くことだってできるんだけどなー。街の奴らに配っちゃってもいいんだけどなー」
ワシはちらちらと背後を見やった。
頷いたゴブリスがガネロの鏡を掲げ、その先でホネロンが人の頭大ほどの紙を広げる。と、紙に先ほどの記念写真が映し出された。
「うぐぁ……こんな姿をもし街の人に見られでもしたら……わたしはもう……」
鎧マンは頭を抱えている。
よほど効いているらしい。
だが、まだだ。
まだ甘い。
ここから畳み掛ける!
「コガラシッ!」
「承知っ! そいやっ、あそーれっ! あ、ほいほいっと!」
コガラシが目にも留まらぬ速さで装束のあちこちから紙を取り出し、中空にばらまきはじめる。そのどれもに先ほどと同じ記念写真が描かれている。
コガラシ得意の複製の術だ。
少しの間しか維持できないらしい。
どうやっているのかは知らない。
なんでも忍者の秘術だそうだ。
大量の記念写真を降りかけられ、紙まみれになった鎧マンがこの世の終わりだとばかりに「あぁ、あぁ……!」と声を漏らし、その身を縮めていく。やがて――。
「わ、わたしはなにをすればいい……っ!?」
「なに、今からちょうど一ヶ月後に人を集めてくれれば良い。このダンジョン・マクレガを訪れれば楽しいことが待っているぞ、とな」
「楽しいこと……いったいなにがあるというのだ」
「来てのお楽しみだ」
「それで人が集まるわけがないだろう」
「すごいお宝が待ってるなどと適当なことを言っておけばよい。細かいことは任せる」
へたり込んだ鎧マンの前にそばにワシは屈み込む。
「お前、名は?」
「……チャロ。チャロ・ポルポポルだ」
「ポポポポポ?」
「ポ・ル・ポ・ポ・ル! ……チャロでいい」
なかなか面白い名前だ。
ワシはチャロの肩に腕を回し、最高の笑顔を作る。
「ではチャロよ。頼んだぞ」