◆第二話『お祭りってなに?』
「……なぜ祭りなのだ?」
そう訊きながら、ワシは思わずきょとんとしてしまった。
ほかの部下達も同じように呆けている。
「それはもちろん、楽しいことをして人間を呼び寄せるのです」
コガラシの声は淡々としているものの、どこか弾んだように聞こえた。
こやつが想像する祭りがいかに楽しいかが伝わってくる。
ふいにボンバーがドンっと円卓を叩いた。
「我々は魔物だ。人間にタノシイを提供なんぞできるものか」
「まあ待てボンバー」
「ウス」
ワシ、素直な奴大好き。
「ダンジョン崩壊か、人間を喜ばせること。どちらがマシだ?」
「グゥ……人間、喜ばせることっす」
「そうだろう。このダンジョン・マクレガは我らの家であり居場所だ。それがなくなることだけは避けたい」
「……ウス」
「うむ、わかってくれればいいのだ」
ボンバーのせいで凍ってしまった空気を溶かすため、一度コホンと咳をする。
「しかしコガラシよ。ただ祭りと言っても色々あるだろう。我々魔物にも邪神祭という百年に一度行われる祭りがある。あれは良いものだ。楽しいものだ。みなで人骨を被り両手に蝋燭を持って三日三晩踊り尽くし。もっとも勇ましく踊れた奴にはお菓子一年分が与えられるのだ。ちなみにワシ二連覇中」
ワシが得意気に語り終えると、部下たちから大喝采を受ける。
「さすがです!ボス」
「オットコマエヤデ!」
「よ、ダンジョン一!」
「はっはっは。それほどでもない」
いやはや、人気者は辛い。
盛り上がってしまった場を抑える。
「とまあ、ワシの自慢話は置いておいて。コガラシよ、邪神祭をやるということでいいのか? しかし、あれは前回からまだ五十三年しか足っておらんし、なにより人間にあのようなタフネスがあるだろうか。いや、ないに決まってる」
「い、いえ。そのようなタフネスを必要としないお祭りでござる」
「なんと……!」
「夏祭り、というものでござる」
聞きなれない言葉にワシは思わずぽかんとしてしまう。
もちろん〝夏〟のことは知っている。
この地域にも四季はあり、しかもちょうど今は夏だ。
ただ、「夏」と「祭り」の組み合わせを聞いたことがなかった。
「夏祭り……ボンバー知ってるか?」
「知らないっす」
「ホネロンは?」
「いえ、わたしも知りません」
「ジャポンヌ独特の催しですから、みなが知らないのも当然でござる」
コガラシがピっと人差し指を立てる。
「夏祭りは屋台、出店といった露店のような店を構え、そこでゲームをして玩具をもらったり、おいしい物を食べたりするでござる」
「ほうほう」
「ゲームは本当に単純なものでござる。輪投げ、金魚すくい、射的、くじなど等」
「それはさすがに簡単過ぎはしないか?」
「それがよいのでござる。あまり難しすぎてもみなが楽しめないでござる」
「……なるほど」
魔族の間でも目隠しをしてダンジョン内のお宝を捜す遊びが一時期流行ったが、すぐに廃れてしまったことがある。理由は明白だ。ハンターウルフを始め、嗅覚の優れた奴らばかりが勝ってつまらなかったからだ。
それを鑑みれば、夏祭りとやらのみんなが楽しめるというコンセプトは悪くない。
コガラシによる夏祭り紹介が続けられる。
「食べ物のほうは本当に地域によって色々あるでござるが、代表的なものを幾つか紹介するでござる。まずはこれで腹ごしらえ、火力たっぷりの鉄板で焼いたソースヤキソバ! ふわふわもこもこ。食べれば口の中でとろける砂糖菓子、わたあめ! 口はべとべと舌はまっかっか。でもでもぺろぺろやめられない林檎丸ごと飴で包んだ林檎飴!」
じゅるりと魔物全員が涎を垂らす中、コガラシが畳み掛けてくる。
「食べ歩きに持ってこい、外はカリっと中はじゅーしーお肉なカラアゲ! マスタードとケチャップをたんまりかけたぷりぷり極太フランクフルト! そしてそして油でたぎった口にはこれ、あっさりきゅうりの一本漬け!」
「た、たまらん! もうたまらんぞ!」
ワシはすっくと立ち上がった。
広間全体を見回しながら叫ぶ。
「夏祭り、ワシやる! 決めた! お前たち、異論はないな!」
「「オォオオオオ!!」」
賛成という名の雄叫びが返ってきた。
興奮の余りか、全員が足踏みをはじめる。
この団結力、さすがはワシの部下たちだ。
ワシが手を挙げると、すっと広間が静まり返る。
「ではさっそく準備にとりかかろうではないか」
真顔でそう告げたとき、広間の入口周辺がざわつきはじめた。
見れば、大きなフォークを持った人型のブタが転びながら慌しく入ってくる。
伝令のピグオだ。
「ボス、ボスーっ!」
「何事だ!? 今、すんごい大事な会議してるところだぞ!」
大きな鼻から液体をたらりと垂らしながら、ふごふごと息を整えると、ピグオが切羽詰った様子で口を開いた。
「そ、それが……めっちゃ強そうな冒険者が来てるんです!」