◆第一話『ダンジョンがやばい』
「ま、まずい……まずいぞ!」
ワシ――ラング・マ・オーベルは思わず頭を抱えてしまった。
なにがまずいのか。
今一度、現実をたしかめるために顔を上げる。
暗がりのゆったりとした広間の中、中央に鎮座する古びた巨大な台座。
その上では小さな岩の破片が複雑に組み重ねられている。
これはダンジョンパズルと呼ばれるもので、石破片を組み替えることによりワシが今いるダンジョン・マクレガの構造を変形できるという優れものだ。
またダンジョンは侵入者である人間――冒険者の魔力を糧にして形を維持しているのだが、その魔力の貯蔵量を確認することもできる。
確認方法は簡単。
台座正面に描かれた顔を確認するだけだ。
笑っていたら生命力に余裕がある。
泣いてたら生命力に余裕がない。
ちなみに顔はダンジョンの持ち主のものが表示される。
言い忘れていたが、このダンジョンのボスはワシだ。
つまりイケメンの顔が描かれている。
側頭部の少し上からそそり立つ雄々しい角。
キュートに後ろへツンと尖がった耳。
一目見れば吸い込まれそうなほどミステリアスな漆黒の瞳。
そして、それら最高のパーツを纏め上げる無駄な肉を排した完璧な輪郭。
この世でもっとも男前である顔がそこにある――。
……はずなのだが。
ぐちゃぐちゃに顔が歪んでいた。
目は虚ろだし、鼻からはスライムみたいな液体が垂れているし。
呆けた口からはだらしなく舌が飛び出ている。
完全に逝ってしまっている。
本当は超イケメンなのに超不細工だ。
まったくもってありえない。
だが、それほどダンジョンの状態が悪いということ。
断じて元が悪いわけではない。
……と、ワシの顔は魅力的すぎて話すとキリがないのでひとまず脇に置いておこう。
今、もっとも問題にすべきはダンジョンの状態が最悪ということだ。
近くの石壁を確認してみてもあちこちにヒビが入っている。
殴ればたちまち壊れてしまうのではないか。
そう思うほどにボロボロだ。
このままではダンジョンが崩壊。
ワシもろとも中で生きる部下達が生き埋めになってしまう。
そんな未来は求めていない。
至急、なんとかしなければ!
「ええい、皆を集めよ! ダンジョン会議だ!」
◆◆◆◆◆
最下層から一つ上。
地下九階の大広間に部下の魔物たちを集めた。
全員ではないが、およそ三百体程度だ。幹部の魔物たちはワシとともに円卓を囲み、そのほかの者たちは周辺でばらばらに座っている。
「単刀直入に言おう。ダンジョンがやばい」
ワシは早速とばかりに話を切り出した。
幹部の者たちは顔色をいっさい変えない。
逆に幹部以外の魔物たちは騒然としている。
「やばい、とはどういうことでしょうか?」
そう訊いてきたのは幹部の一人。
骸骨戦士のホネロンだ。
その名の通り骨だけで形勢された魔物である。
ただ、こいつは変わり者で眼鏡をかけ、さらにネクタイまでつけて紳士っぽく振舞っている。骨なのに。
「ダンジョンパズルに描かれた顔が物凄く汚かったのだ。まるでワシの顔が元から悪いように見えてしまうほどだ……! 酷いとは思わぬか!」
そう同意を求めたのだが、全員から「は、はあ」と気のない声が返ってきただけだった。
しかも、なぜか目をそらされている。
おかしい。
ワシ、なにか間違ったことを言っただろうか。
なんとも言えない空気が場に満ちたとき、ホネロンが咳払いをした。
「と、ともかく! それほどダンジョンの状態がよろしくないということですね?」
「ああ、いつ崩れてもおかしくないほどだ。ぐぬぬ……どうしてこんなことになってしまったのか……」
「ですから言ったではありませんか」
眼鏡をくいと持ち上げて、ホネロンは話を続ける。
「今から半年ほど前。近隣の街トルデムに飛空船が導入され、ダンジョンを通らなくても街同士を行き来できるようになったと」
「しかし、それでも一人も来ないのはおかしい」
「冒険者の相手をするのが面倒だからといって入口から罠てんこもりで殺しにかかったのはどこのどなたですか」
「ぐっ……」
それを言われると反論できない。
「やっぱ人をさらってくるしかないんじゃないっすかね」
広間に野太い声が響いた。
幹部の中ではもっとも大きな体の持ち主。
ゴーレムの発言だ。
関節は人間の腕ほどに細いが、そのほかは隆々とした石で形作られている。
変わったところと言えば頭のもじゃもじゃヘアーか。
もちろん全身石なので天然ではない。
仲間に彫ってもらったものだ。
その髪のおかげで奴はボンバーの愛称で親しまれている。
「えー、知らないところに行くのはやだー」
「迷子になっちゃうかもだしなー」
「日光、眩しいしー」
ボンバーの意見にほかの魔物たちが一斉に難色を示しはじめる。
「わ、ワシはボスだからここから離れられん」
そう主張すると、幹部の部下たちから細めた目を向けられた。
「い、いや。決してびびってるわけではないぞ。決してな。そもそもさらってきたところで一時凌ぎにしかならないだろう。定期的に人間がダンジョンを訪れるような仕組みを作らねばな」
「じゃあ、ダンジョン内で人を繁殖させるってのはどうっすか」
「人間は日光を受けることによって魔力を得ている。ダンジョンで育てても糧にはならん」
「そっすか」
言って、ボンバーはあっさり引き下がった。
見た目はでかいし、好戦的ではあるが、ワシには絶対逆らわない。
ボンバーは可愛い奴なのである。
「誰か良い案はないか?」
改めて訊いてみても誰も口を開かなった。
やがて広間内に「う~ん」という唸り声の合唱が響きはじめた、そのとき――。
「それがしに良い案があるでござるっ」
威勢の良い声とともに、しゅたっと円卓の上に何者かが下り立った。
背丈は女、子どもの域を出ないといったところ。
黒い衣服で目元以外の全身を包んでおり、後頭部辺りから二本の長く艶やかな黒髪を垂らしている。
「お前は……忍者コガラシ!」
「はい、コガラシでござる!」
今から三年ほど前。
コガラシはダンジョン内を通る水路に流れついた。
行き場がなく、また忍者という奇怪な職業をしていた。
その二点から面白そうなのでワシの配下にならないかと提案してみたところコガラシはあっさりと誘いを受けたのだ。
「して、その良い案とはなんだ! 早く教えるのだ!」
ワシは我慢ならなくて答えを急いた。
コガラシが頷いたあと、もったいぶるように間を置いてから話しはじめる。
「東方の国ジャポンヌにて催されていたお祭り。これをご参考にされてはっ」