エピローグ
魔神と戦ってからというもの、おれたちは湖畔の家でダラダラと過ごした。
これといって大きなニュースもなく、平穏で楽しくて静かな暮らしだ。
リーファとクイナは相変わらずの喧嘩友達で、ことあるごとに衝突しているけど。
シャハルは、世界を色々見たいと言って、ウチを出ていってしまった。
といっても、二か月に一度くらいは帰ってくるんだけど。
そんなおれが日々やることといったら、ひーちゃんと森でパインゴを狩ったり、湖でぼんやりと釣りをするくらい。
今日も今日とてぼんやりしていると、たどたどしい足取りが聞こえてきた。
「ぱーぱ。おさかな、つれた?」
「うーん、釣れないなぁ……」
ひしっと背中にかるーい体重がのしかかる。
よいしょ、と脇の下に手を入れて、おれは小さな女の子を抱っこする。
「ジンター? レティ、知らないー?」
おれの胸の中で、レティシアがぷるぷると首を振った。
「まーま。おこる。いや」
「何だよ、またなんかやらかしたのか?」
愛い奴よのぉ。
よしよし、と黒髪の頭を撫でた。
「ないしょ、ないしょ」
「はいはい」
おれが笑っていると、リーファが近づいてきた。
「髪、くくってあげるって言ったのに。もう……」
「ママはすぐ怒るから嫌いってレティが言ってたぞ?」
「う……そ、そんなに怒ってないわよ」
「ひーちゃんとクイナが町から帰ってくるだろ? メシの準備はいいのか?」
「もうできてるから」
隣にそっと座って、手を重ねた。
今、おれとリーファの左手薬指には、指輪がはまっている。
「あ。レティそんなところに――」
ついに見つかってしまったレティシア。けど、なんか静かだなと思ったら、いつの間にか眠っていた。
「もう……誰かさんに似て、全然わたしの言うこと聞いてくれないんだけど?」
「誰だろうな、それ」
リーファがレティシアの前髪をよけて、おでこにキスをする。
「……どんな子になるのかしら」
「ガチャ荒らしって呼ばれたりして」
あはは、とリーファが笑う。
魔神を撃破したからというもの、おれはステータスが一切見えなくなった。
異世界転生者の補助だったのか、それとも、単純に使う機会が減って機能しなくなっただけなのか、それはわからない。
魔神戦以降、必要だと思ったことはないから、困ることはなかった。
でもレティシアのステータスは見てみたいと思った。おれとリーファの子供なんだし。
リーファのお腹から剣が産まれる、なんて事態にならないでよかった。
その分、凄まじいレアスキルを覚えてそうだ。
それをいつぞやシャハルに言ったら、「親バカジン君」と変なあだ名をつけられた。
いや、絶対持ってると思うんだよなぁ。すごそうなやつ。
リーファがおれの肩に頭を預けてくる。
おれたちはそっとキスをした。
「ジンタ……愛してる」
「うん。おれも」
こういう気分を、たぶん幸せっていうんだろう。
少し長いキスをしていると、
「あーっ、あーっ! ちっす! してるの! ご主人様とリーファが! ちっす!」
リーファが頬を染めてぱっと離れた。
ひーちゃんが帰ってきて、おれとリーファを指差している。
隣には、クイナがうふふ、と微笑していた。
「ダメですよ、ひーちゃんさん。野暮なことを言っては。そういうときは、あとでリーファさんに『リーファさんって、キス下手なんですね』と言ったほうが効果的です」
「……なるほどなの」
何変なこと教えてんだ。
あれから三年が経ち、ひーちゃんの背は伸びて、もうずいぶんお姉さんらしくなった。
元々幼かったので、今でだいたい小学校四年生くらいだろう。
レティシアには姉貴面をすることがあるけど、今んとこ振り回されていることろしか見たことがない。
「レティ……ぐっすりなの……」
ちょん、ちょん、とひーちゃんがレティシアの頬をつつく。
「あっ。わたくしとしたことが……そろそろオッパイの時間じゃないですか」
「そうだったとして、どうしてクイナが焦る必要があるのよ?」
「リーファさんじゃ、出が悪そうだと思ったので」
「出は関係ないわよ」
「あらあら。小さくても出るものは出るんですね」
「そうよ! 貧乳でもちゃんとオッパイは出る……って、うるさいわよ!」
クイナがレティシアを抱っこすると、リーファと同じくらい様になった。
『ジンタ様のお子であれば、わたくしの子であるということです』
という、よくわからない理屈を並べて、クイナももう一人のお母さんとしてリーファをフォローしている。
クイナからレティシアを預かったリーファ。
「さ、中に入りましょう。ご飯、もう準備し終わってるんだから」
「あ、そういや、ひーちゃん、どうだった?」
歩きながら訊くと、ごそごそ、とちっちゃな鞄の中から見慣れたあれを出した。
「見るのっ、これを! ライセンス、ボクでも取れたの!」
冒険証を掲げて見せてくれた。
「よかったな。おめでとう。ひーちゃんなら、余裕だろう」
「がうがう~。ご主人様、もっとボクを褒めるの~」
「ひーちゃんさんは、将来有望ですからね」
うふふ、とクイナが微笑する。
「あぅ……まーま」
「あ。起きた。……レティがじっとしてたら、ママ怒らないから。ね? 髪をちょっとくくるだけなんだから。いい?」
「……いい」
「ふふ、ありがとう」
「レティ、ボクが、今度おいしいパインゴの見分け方、教えたげるの」
「いーい。いらない」
「がう!?」
少し後ろを歩くおれは、つい笑みをこぼした。
ほんのわずかな変化とともに、穏やかな日常はこうして続いていくんだろう。
おれがこの異世界に無理やりやってきて、作ってきたもの、築いてきたこと、守ってきたもの。
その全部が、今ここにある。
それは、むこうの世界で得ることのできなかったものだった。
領主や王になる必要はない――。
これが、圧倒的ガチャ運を手にしたおれの異世界成り上がり。




