106話
『やった!』
リーファの声が頭の中に響いた。
それには構わず、おれはまだ地に着かない魔神の上半身を全力で切り刻む。
細切れにしている間も、嫌な予感はずっと続いていた。
エルピスの言葉が頭に何度も蘇る。
――ザイードは、正確には魔神を倒していない
この階層に来る前から感じている、あの嫌な重圧がずっと消えない。
――ザイードは自身とともに魔神を封じた
もう何回斬ったのかわからない。
手を止めて荒くなった息を整えていると、顔や手や足が増えるときと同じ黒い瘴気のようなものが、魔神だった細切れから吹き出す。
細切れ同士が繋がり合い――。
「……」
元のあのキモイ姿に戻った。
たぶん、エルピス以外のおれを含めた全員が絶句した。
「わかっただろう。貴様の攻撃では、余の髪の毛ひとつ消すことはできない」
「細かく千切れてたほうが、イケてたのに」
軽口を叩いたけど、内心焦りまくり。
何なんだよ、こいつ。
勇者ザイードが封じるしかないって判断したのもよくわかる。
たぶん、ザイードは何度も倒して、倒して倒して、倒せないと悟ったんだと思う。
封印魔法なんておれは覚えてないし、誰かが覚えているわけでもない。
どーすんだ、これ。
「……各階層に門番がいなかったし、神殿がきちんとしていなかったから、もしかすると不完全かもしれないと楽観したけれど、以前と変わらない」
エルピスが淡々と言った。
もしかすると本調子じゃなくてあっさり倒して世界平和――なんて思っていた時期がおれにもありました。
超余裕で勝てると思ったのに……、ハードモードはお呼びじゃねえんだよ……。
なんだよ、神様は死なない、生死の概念がないとかそういオチじゃねえだろうな。
「神が魔神になったきっかけ……大精霊が一体、闇精霊のギーラが神に人間の増長をささやいたことに端を発した」
ギーラ? さっき、魔神をそう呼んでたな。
「今、ギーラは神と一体化している。分離させることができれば、エルピスがギーラを封じることができる」
「分離させられればよいのだな!?」
シャハルが意気込むと、バアルちゃんに目配せをする。
「それでええんやったら……! 【幽体離脱】!」
もわっとした半透明のベールが魔神に降りかかるが、これといった変化はない。
避ける素振りすら見せなかったってことは、効かないってことなんだろう。
「あー。手応えゼロや。もうアカンわ」
諦めの早いバアルちゃんだった。
「やはり、封印するしかないのでしょうか……」
クイナが言うと、シャハルが首をかしげた。
「……封印するだけでよいのか?」
「だけって、シャハルおまえ……」
そのときだった。
無反応だった魔神が一気に動き出す。
攻撃魔法を放ち、シャハルへと迫る。
シャハルは数十の召喚獣を盾にして身を守る。
ひーちゃんに乗る前におれも走った。
【灰塵】を発動させた魔神の剣が、シャハルに振り下ろされたところで、割って入る。
間一髪、間に合った。
ガギン、と剣を受け切った。
「おいおい。何焦ってんだよ。らしくねえな、魔神さん」
最初から、おれなんて眼中になかったんだ、こいつは。三つある顔のひとつで、ずっとシャハルが何を召喚するか見ていたんだ。
魔神は、シャハルに会うため、一度島へ行ったらしい。
シャハルは、仲間になるように誘われたと言ったけど、本当はそうじゃないとしたら――?
シャハルが召喚できる召喚獣の中に、簡単に何かを封印してしまえるような召喚獣がいたとしたら――?
シャハルは魔神の天敵ですらある。
……仲間になってほしかったんじゃない。
自分にとって危険な存在を、管理できる手元に置いておきたかっただけなんだ。
証拠に、シャハルが島を出ようとしたときだけ、それを邪魔する魔物を置いてきている。
「シャハル、大当たりらしいぞ!」
「ククク、ジン君、妾に任せるがいい!」
シャハルが思い当たるそれを召喚するまでの時間を稼ぐ。
ガガガガガガ、ギギギギギギギ、と目にも止まらぬ速さでおれと魔神が剣戟を結ぶ。
剣のほうはついていけないわけじゃない。
やっぱり、ブランク明けだからか?
「おれたち人間が、家畜や人形と何が違うか教えてやるよ!」
価値観が違いすぎる強大な存在とは、元より争う運命にあったのかもしれない。
轟音とともに放たれた漆黒の攻撃魔法を回避。炸裂音を遠くに聞きながらまた鍔迫り合いとなった。
「アンタの知らない間に人間は進歩してるんだ。昨日出来なかったことが、今日出来るようになることだってあるんだ!」
「ジン君! 離れろ!」
シャハルの準備が整ったらしい。
シャハルの隣には、妖しいオーラを放つ蓋の開いた棺桶があった。
言われた通りに魔神から距離を取ると、何かの引力が魔神に働きはじめ、踏ん張る魔神を一気に吸い込んだ。
ばたん、と扉が閉まる。
「これで、いいのか?」
「うむ。出口のない亜空間の闇の中で、未来永劫彷徨い続けることとなる」
ぺしぺし、と召喚したらしい棺桶を叩いていると、ガタガタと動いた。
「「「「…………」」」」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
「む?」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……。
黒い光が棺桶の中から漏れ出し、爆音と同時に棺桶が砕け散った。
何なんだよ、クソ。
封印を力任せに破った魔神が戻ってきた。
「おのれ……ッ!」
けど、さっきよりもずいぶんと力が落ちている気がする。
おれが斬ったところで、効果はない……。
どうしたら……。
「ジンタ。エルピスは……もしかすると人間を見誤っていたかもしれない」
と、エルピスは口にする。
「何の話だ?」
「神がいなければ、人間は自分たちを傷つけ滅ぼすような種なのだと思った。けど、この千年でその考えは変わった。人間は、ジンタの言うように、失敗しながらも、進歩している」
とことこ、とこっちへやってきたエルピス。
「神を滅ぼしてしまうと均衡をなくし、世界がより悪いものへとなってしまうと思っていた。これは魔神大戦以降の、エルピスたち大精霊の総意。けど、そうじゃない。さっきのジンタの話を聞いて、考えが変わった。神なんていなくても、人間は、きっと大丈夫」
「だから、何だよ……?」
「再生を繰り返すことができたのは、闇精霊であるギーラの力。エルピスならそれを一時的に抑えることができる」
「それ、どうやったらできるんだよ」
じ、とおれの持っている剣を見つめた。
「神の剣……これなら、相性がいい。依り代にできるはず」
魔焔剣は炎の精霊が打った剣だって言ってたな。
『ジンタ! 考えてる暇ないでしょ!?』
神剣に光の大精霊を宿らせて、魔神を攻撃するってことか。
「わかった! エルピス、やってくれ」
こくん、とうなずくと、エルピスが光の粒子になっていく。
その粒子が、剣を包んだ。
剣を握りなおし、魔神へ迫る。
接近を嫌った魔神が反射シールドを展開するが、リーファが発動させた【神域】の防御シールドが一気に反射シールドを侵食していき、中和した。
オートシールド機能様様だ。
「愚かな人間がぁああああああああああああ! 余の失敗作! 貴様を倒して人間を作り直してくれる!」
攻撃魔法を防ぎきると、ついに間合いに捉えた。
「エゴで戦うあんたとおれの一撃じゃ重みが違ぇぇぇぇぇえんだよ――――ッ!」
剣と剣が激しく衝突。
一瞬の真空を生んだ直後、衝撃波が一帯を駆け抜けた。
「アンタが作ったニンゲンと人間は別の生き物だ」
「そうなったのは余の過ち! ここで時計の針を元へ戻す」
「やってみろよ――――ッ!」
全力で神剣を振り切った。それに応じるように魔神が剣撃を放つ。
キン、と情けない音を立て魔神の剣が折れる。
残光を色濃く残した一閃が、ついに頭部を捉えた。
勢いそのままに魔神を両断した。
黒い瘴気のようなものはまったく出ることがない、ふたつに斬られた魔神の体は再生することがなかった。黒い粒子が生まれはじめ、風にさらわれて跡形もなく消え去った。




