103話
蒼穹神殿は雲の上にあり、太陽が直に照りつけてくる。
足元は石畳で歩きやすい。
どうなってこうなってるのか、さっぱりわからん。
魔神サマの力なんだろうか。
「わたしの元職場と雰囲気が似てるかも」
「職場って……あれか、天界の?」
そう、とリーファはうなずく。
来たときみたいに上層へ移動できる場所があるらしく、今はエルピスの記憶を頼りにあれこれ歩き回っている。
「……エルちゃん、そもそも魔神ってなんなの?」
「魔神は神のこと。ただ、ちょっとしたことがきっかけで、ダークサイドに堕ちて世界を破壊しようとする悪い神になってしまった。それを人間が魔神と称するようになった」
元神様っていうのなら、この蒼穹神殿の雰囲気にも納得がいく。
邪悪な存在がいる場所にしては清廉すぎるというか、潔癖すぎるくらいにすべてが白い。
「上に行けば行くほど、魔神の魔力の影響を受ける。ここはまだ息苦しくない」
と、エルピスがおれの考えを読んだかのように補足してくれた。
「きっかけって? 元はいい神様だったんだろ?」
「エルピスと同じ七大精霊のうち一体が、神にささやいた」
魔神となるずっとずっと前の話。
その七大精霊の一体が、人間の凄まじい魔法技術、知識の成長を危惧し、それを神に教えたそうだ。
「人間の種としての成長は事実。神も当初はそれを好ましく思っていたはずだった。けど、いつしかその成長を増長と捉えるようになってしまった」
出た杭は叩かれる。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「まあ、神様なんてそんなもんよね。完全無欠の存在ってわけじゃなくて、自分勝手でわがままで横暴で、何でも思い通りになっちゃうことを知った子供みたいな……」
ああ、おれも思い浮かんだ。リーファの元上司。あいつも神様なんだよな……。
天界からすれば、この世界の神様なんて、特定の地域で信仰されている土地神みたいなもんなんだろう。
「だから、もう一度世界を作り直そうとした」
エルピスを含む他の大精霊たちは、反対したそうだ。
人間が神と遣いの天使たちに弓を引くことはない、と。
ここで亀裂が入った。
人間の肩をもったことで、エルピスたちは反乱分子としてみなされてしまった。
6体の大精霊は人間に協力し、神とその遣いと戦うことになった。
これが、千年前の勇者ザイードが活躍した大戦だそうだ。
結果は、知っての通り。
神――魔神と呼称される個体をザイードが封印したことで、人間は世界の平和を取り戻した。
「意外と神様ってやつは、了見が狭いんだな」
「あなたの罪を許しましょうって神は、滅多にいないと思うわよ?」
そうなのか?
なんとなくそういうイメージだった。
「第二層へ上るポイントを見つけた。……準備はいい?」
「「準備?」」
エルピスの言葉におれとリーファは首をかしげた。
答えることはなく、エルピスが来たときと同じように何かを唱える。
足元に大きな魔法陣が広がった。
そこに乗ることはせず、エルピスは魔法陣から離れた。
「「?」」
おれとリーファが顔を見合わせていると、魔法陣が白光し、強く輝いた。
「これは、元は召喚の陣」
光が収まると、魔法陣の上には巨大な翼人がいた。
赤い翼を背中にはやし、両腰には巨剣を装備している。
「「な――なんか出たぁああああああああああ!?」」
―――――――――――
種族:神兵・バードマン
Lv:122
HP:3200000/3200000
MP:3300/3300
力 :7800
知力:400
耐久:3250
素早さ:20000
運 :10
スキル
飛行
神の遣い(人間による被ダメージがすべて一〇〇に固定)
階層の番人(蒼穹神殿での戦闘時、HP毎分三〇〇回復)
―――――――――――
「「なんかヤバそうっ!!」」
おれとリーファは息ぴったりだった。
三階建ての建物と同じくらいの上背に、それに見合う巨剣を二本。
顔はフルフェイスのヘルムを被っていて、真っ赤な瞳が隙間から見える。
重そうな装備といえばそれくらいで、あとは軽装備。
まあ、ダメージが一律固定なら、防具なんてあってもたいして意味がないんだろう。
与ダメージが一〇〇になって、毎分三〇〇回復ってズルくないっすか……。
淡々とした無感情な声でエルピスが言う。
「上層へ行くには、門番を倒す必要がある。でなければ、神に謁見する権利すらないということ」
「あいつが魔法陣から動いた瞬間に、わたしたちが魔法陣に移動して一気に上に!」
「倒す必要はないってか? けど、こういうのって……」
「倒さなければあの魔法陣では上に行けない」
「えぇぇぇぇ……」
「やっぱりか」
どうする――?
HPは三二万。おれからのダメージは全部一〇〇。おまけに自動回復スキル付き。
特筆すべきは、素早さの数値二万と飛行スキル。
回復以上の速度で切り刻めばいいと思ったけど、素早さ特化型のヒットアンドアウェイタイプだ。
そう簡単に斬らせてくれないだろう。
他のステータスは大したことないのに。ちくしょう……。
「ォォオオオオオオオオオオオ!」
雄たけびにおれとリーファは耳をふさいだ。
ばさり、と翼をはためかせただけど、おれたちはヨロついた。
「けど、やるっきゃねえ! リーファ!」
「うんっ」
ぴかっとリーファの体が光り、神剣へと姿を変える。
柄を握って構えると、バードマンが離陸する。暴風が起こり足を踏ん張っていると、いつの間にか上空にバードマンはいた。
巨体が両手剣を構えて一気に滑空してくる。
速ッ! あの巨体でこんなに速いのかよ。
となりゃ――!
「――――【神光】」
リーファの持っている攻撃スキルを発動させる。
一直線にこっちへむかってくるバードマンへ手をかざすと、手のひらから極太の光線が放たれる。
これが見事に直撃。
けど、物ともせずに迫るバードマン。
ああ、そうですか、そうですか、どうせダメージ一〇〇だもんなぁ!?
「くそっ」
『ジンタ! MP使うわよ?』
頭の中でリーファの声が聞こえる。何がどうと言う前に、
『【神域】!』(物理、魔法、概念現象の一切を防ぐ世界最強のシールドスキル)
バリバリ、とおれの眼前にシールドが展開。
リーファも自分のスキルならおれを通して使うことができるらしい。
ガシンッ!
シールドがバードマンの巨剣を二本とも防いだ。
助かったけど、このままじゃジリ貧だ。
おれのMPは無限じゃないし、どうにかして一撃を食らわせないと。
耐久が大したことないから、本当ならおれの【運否天賦 】(各戦闘につき一度だけ、運の数値を任意のステータスに上乗せ出来る)で力か知力に運数値を上乗せしてワンパンで終わるはずなのに。
このまま使ってもダメージは一〇〇のままだ。
またバードマンがおれ目がけて急降下してくる。
一旦【神域】でガードして――、
「【暴風】!」
聞き慣れた声がすると、強風が吹き荒れ、おれとバードマンの間に竜巻が起きた。
バードマンは強風にあおられ錐もみしながら落下していき、どうにか態勢をととのえて着地した。
今の声――?
くるっと後ろを振り返ると、クイナがいた。
『クイナ……? どうやって、ここに……』
驚いているおれにクイナが言った。
「細かいことはあとです! ジンタ様、わたくしたちが援護します――」
わたくし、たち?
柱の陰から、ひーちゃんとシャハルが出てきた。
「じつは、こっそりあとをつけていたのっ!」
ばばーん、と効果音が出そうなほどのドヤ顔でひーちゃんが胸を張った。
「ひー。説明はあとでよい。今はジン君の援護ぞ」
「がう」
ぴかっと光ってドラゴン体になるとこっちに飛んできておれを背中に乗せた。
あ。
エルピスが後ろを気にしていたのって、もしかして……。
おれは怖いから下を見なかったし、リーファも気絶していた。
ひーちゃんがドラゴン体になって追いかけてきた……?
ばさっ、とバードマンが再び空へ舞い上がる。
ひーちゃんが一気に追いかけた。
「【加速】!」
キィイイン、という音がすると、おれの全身が赤らんだ。
「ジンタ様! 攻撃速度三倍速の風魔法スキルです!」
下から大声でクイナが教えてくれた。
こっちに気づいたバードマンが両手剣を構える。
「神兵など、過去の遺物。妾の敵ではない――! バアル、【遅滞】を!」
いつの間にか悪魔のバアルちゃんをシャハルが召喚していた。
「カッコつけて結局ウチ頼みって、シャハルちゃんはホンマ口だけやなぁ~」
「う、うるさいっ! 召喚しか出来ぬのだ、仕方ないだろう……」
「これ以上言うたらシャハルちゃん泣いてまうから、ここらへんにしとくわ」
相変わらずのコンビだった。
バアルちゃんが「ジン君、行くで~! 当たらんように気いつけてなぁ?」と言って、スキルを発動させる。
両手を空にかざすと、灰色の魔力が集まりはじめた。それをバードマンにむけて振り下ろす。
こっちに気を取られていたバードマン。
おれとひーちゃんは一気に付近から離脱。その直後、灰色の魔法が一帯を包み込んだ。
翼を動かす速度が極端に遅くなり、バードマンが急降下していく。
すべての動作がスローモーションになった。
ひーちゃんにUターンしてもらい、おれはバードマンの背に乗り移った。
文字通り、おれはバードマンを切り刻んだ。
クイナがかけてくれた【加速】は、思考速度も加速させるらしく、みんなの一秒が今のおれには三秒近くに感じた。
ザン、ザン、ザン。
これくらいのつもりが、
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!
これくらいの速度で攻撃していた。
正攻法でHPを削りまくる。
「ボクも――やっちゃうのっ!」
ノロノロになっているバードマンの正面にやってきたドラゴンひーちゃんが、腕をぐるぐる回しはじめた。
「ガァア――ルゥッ!」
顔面にドラゴンパンチを叩きこんだ。
ドゴン! と重い音がして、バードマンのヘルムが砕けた。
『あ、すごい。HPがかなり減ってる』
高速連撃を繰り出し続けていると、リーファがのんきに声を上げた。
そっか。このバードマンは対人間にはダメージ一〇〇だけど、ひーちゃんはドラゴンだ。
固定ダメージの外にいる種族だ。
むふーっ! とひーちゃんが鼻息を吐き出してドヤ顔。
ドオン、と激しい音を立ててヘルムが落ち、頭があらわになる。
……頭――。
なんでなんだろうって、ずっと思っていた。
頭以外は軽装備。こういうタイプのやつって、速度を活かすために装備はすべて軽いものを選ぶのが筋だろう。フルフェイスなら視界も狭まるし。
――もしかして。
鑑定スキルで頭部を見る。
――――――――――――――――――
バードマンの後頭部:この箇所のみスキル対象外
――――――――――――――――――
これだ!
万一攻撃が当たらないように、ヘルムで守ってたんだ――この唯一の弱点を!
ノロノロした動きでまずひーちゃんを巨剣で追い払うバードマン。
もう片方の手で後頭部をガードしようとするけど、【加速】しているおれの剣のほうが速い。
一戦闘につき、一度のスキルを発動。
「【運否天賦】、運数値を力に上乗せ――!」
『バードマン、HP三〇〇回復――』
リーファが教えてくれる。けど、もうそんなことはどうでもいい。
「喰ぅううらぁあああぇええええええええええええ!」
神剣を一気に振り抜く。
強振した神剣がバードマンの後頭部を捉えた。
今までにない重い手応え。
グシャグシャ、と何かが潰れる音がすると、鳥の鳴き声のような悲鳴が聞こえた。
事切れたバードマンがぐったりと倒れる。
上層へ行くための魔法陣が淡く光りはじめた。




