あの男との出会い
ジンは黒い影と対峙していた。影の線は細く、明らかに妙齢の女性だ。黒い影はジンの方に体を向けると、突然語り始めた。
「貴様には分からないでしょうね。心の支えを失った人間の弱い気持ちが」
「何が言いたい?」
「ギース様は私の人生だった。親よりも自分よりも大切な存在・・・・」
今から10数年前、ある孤児の少女がいた。彼女はまだ5歳で、一人で生きていくにはあまりに幼かった。そんな彼女の前に現れたのが、グリニカ孤児院だった。そこでは身寄りの無い子供を集めて、成人になるまで養い、また英才教育を施し、社会に出てもまっとうに生きていけるように教育する機関だった。
少女の将来の夢はシスターだった。神に仕え、男性と生涯を共にすることなく、清らかな心身で生涯を終える。これは、彼女の母親が不倫の末に、彼女を産んだということが強く影響していると思われた。そんな彼女の前に、グリニカ孤児院の創設者の男が現れた。
男は銀髪の流れるような髪の毛をしており、肌は色が薄く白かった。瞳は切れ長の碧眼で、20代にしか見えなかったが、他の20代よりも遥かに大人びていたし、神秘的な何かを持っていた。それは神に対峙するのと同じなのかも知れない。
「あなたは?」
幼い少女は、ソファーに腰掛けるその男に声を掛けた。男は何人もの幼い少年、少女達を肩に乗せたりして遊んでいた。男は少女の存在に気付くと、首だけを動かして少女を見つめ言った。
「運命とは何だね?」
突然の質問に、少女はまごついて何も言えなかった。すると、男は勝手に話し始めた。
「人は生まれれば必ず死ぬ。人は出会えば必ず分かれる。では、死にたくない、別れたくないと思った時、君はどうするね?」
男は肩に乗せている子供達を床に降ろすと、今度は体ごと少女に向けた。明らかに少女の答えを待っていたのだ。
「し、仕方ないと思います」
少女は咄嗟に答えた。人は必ず死ぬ。人は必ず分かれる。それが神の定めならば仕方ないと、男に答えた。すると、男の顔が見る見るうちに不愉快そうに歪んで行くのが分かり、それっきり少女は口をつぐんでしまった。男はそれを見て、表情を和らげるでも無く、不愉快そうなまま立ち上がると、汚らわしい物を見るかのように少女を一瞥した。
「もういい」
男はそれだけボソッと言うと、それ以後、少女の前に現れることは無かった。
それから何年か経過し、少女が、少女から女性として扱われるようになった頃、彼女は大学に通っていた。所謂神学校である。神に仕えるという夢は無事に成就しそうだった。しかし、そんな彼女の心の中に、あの日のことがふと思い出された。あの、妖艶な雰囲気の男は何処に行ったのか。彼女はすでに自立していたが、グリニカ孤児院へ、久しぶりに顔を出すことにした。




