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成長止まぬゼバルダ大木 結

 形式的な上級をクリアした私たちはいったん町に戻った。

 ギルドに「クモキリカマキリの円らな複眼」を提出し、超上級の許可その一を手に入れた。

 そこから一悶着だ。


 明日にはフランデナ草原に出発すると話すと、アイラは私に泣き付いた。

 歯ごたえの良さそうなゼバルダの葉っぱを手に入れないと彼女は家に帰れない。

 ボスであるヤモリやカマキリを倒せたのはチートがあってこそだ。

 ないなら上級どころか中級も厳しいだろう。

 それでも私には関係ない。

 私は私の道を突き進むのみ。


 がんばれアイラ。応援してるぞ。

 ほら、しっかり。アイラならできるよ。


 ――そう思っていたが、シュウはアイラの味方をした。


 シュウは私が上級ダンジョンに行くメリットを説いた。


 上級のポイントを得れば、移動速度を上げるスキルが選択できる。

 ここ、ゼバルダの町からフランデナ草原まで徒歩で約一ヶ月。

 具体的な数字はまだはっきりと言えないが、間違いなく移動日数が大幅に削減される。

 上級ダンジョンの攻略に二日や三日かけたとしても、結果的にフランデナ草原への到着が早くなる。


 それだけではない。

 新たに誕生した上級ダンジョンの情報をギルドに報告する。

 私では信憑性が低いがこちらには力強い味方がいる。

 アイラだ。

 引きこもりな魔法オタクでもアイラはエルフ。しかも純血だ。

 彼女の口添えもあれば真偽はすぐにわかる。


 さらに真の上級をクリアして、ダンジョンやボスの情報をギルドに流せば私の求める超上級ダンジョンへの入場許可証をもう一つもらえる可能性もある。

 冒険者に強い影響を持つギルドにコネを作っておくのも大切だ。


 こう話す。


 文句の付け所がない。

 移動時間の短縮だけでも、私にとって十分すぎるメリット。

 そのうえ上級許可証がもらえる可能性もあるという。

 よし――、


「明日は朝から潜るぞ」


 この決定にアイラは号泣して頬ずりしてきた。


『キマシタワー! でも、なんでだろう。まったくときめかない。初めての感覚だ』


 やめろ。ほんとに汚い。

 顔中べとべとだ。




 明朝。まだ日が昇ったばかりのころ。

 さっそくギルドに向かった。

 話をすると、ギルドの支配人自ら出てきて話をすることになった。

 アイラとシュウが話をつける。

 私は何を言っていいのかわからないので、ひたすらシュウの代弁に徹する。


 話し合いはうまくまとまった……ようだ。

 上級ダンジョンで得た情報を全てギルドに提供することを条件として、お金と馬、さらに欲して止まない超上級の許可証も発行してもらえることになった。

 もちろんボスを倒してドロップアイテムを持ち帰ることが必要だ。


 そうして支配人に揉み手をされて私たちはダンジョンに入った。

 入り口はまだ作られていないため、上級者向けの入り口から昨日と同じ道をたどる。

 ボスのカマキリは昨日と同じパーティーで挑んだためか、まだ復活していない。

 面倒だったからちょうどいい。

 出口の横にできた扉を押す。

 緩やかな登り道。敵はいない。

 しばらく登るといよいよ開けた場にたどり着いた。




 赤、黄、緑、青、紫と色とりどりの羽をした蝶が飛んでいる。

 羽を広げた大きさもせいぜい私の体の幅と同じ。

 通常の蝶よりは確かに大きいが、中級までのモンスターよりはずっと小さい。

 見た目から判断する限りではとても強いと思えない。

 空中には蝶から出た鱗粉が舞っている。

 光が散乱し、きらきらと幻想的だ。


『幻想的! 幻想的って、くふふっ! も〜、緊張してるからってさ。メルねーさん、無理に乙女みたいなこと言って笑わそうとしなくてもいいんだよ』


 なんか文句あんのか。

 本気で言ったぞコラ。


 中級で黙っていたシュウも、上級についてからしゃべるようになった。

 やっぱりこいつ蜘蛛が苦手だな。

 この町を出る前に蜘蛛の巣を回収しておこう。


 モンスターは蝶だけかと思ったが、どうやら違うらしい。

 カマキリと遭遇した。

 曲がり角を過ぎたところで見つけた。

 あまりにも唐突に出くわしたので驚いた。

 カマキリも両足の鎌を上げて私たちに驚きのポーズを見せる。

 大きさは中級のボスよりは小さい。私よりも少し大きいくらいだ。

 前人未踏のダンジョンであるなら、このカマキリは人間に会うことが初めてとなる。

 どうやらモンスターも人間に驚くものらしい。

 挨拶代わりにそのまま斬りつけた。

 一方的に倒すことができた。


『なんかメル姐さんのほうがモンスターに近いんですけど。あっ、このカマキリなかなかおいしい』


 今のところトラップはない。

 カマキリはそこそこ硬いが、状態異常が通るのでなんとでもなる。

 蝶は大量に飛んでいるが、本当にひらひら飛んでいるだけ。

 たまにぶつかってくるが、アイラにすらダメージがない。

 この蝶はモンスターではないのだろうか。


 アイラが魔法を使ってようやく宙に浮く鱗粉の効果がわかった。

 この鱗粉は魔法を散乱する。

 シュウで魔法を弾いたときと同じだ。

 アイラの炎魔法は散乱してあっという間に消えていった。

 風魔法だけは散乱しないが、耐性をもっているのか蝶はひらひらと風に流されるだけだ。

 ただし、風魔法は鱗粉を吹き飛ばせる。

 鱗粉がない状態なら魔法も効果を発揮した。

 氷が弱点のようだが、そもそも宙に飛んでいる敵に氷魔法は効果が薄い。

 弱点と合わせて、トントンといったところだ。

 やっぱり炎が安定だ。

 光魔法は効果がないものの、光に蝶が寄ってくる。


『やっぱり蝶じゃなくて蛾じゃないかな。光に保留走性があるみたいだし。いや、蝶にも走光性はあるのか』


 なにかよくわからないことを言っている。

 ほっとこう。静かに話すのはいいことだ。




 それにしても恐ろしく簡単だ。

 中級よりも簡単になっている。

 注意するのはカマキリだけ。しかも弱い。

 本当にここは上級なのか。

 ここも中級なんじゃないか。


『いや、さっきのカマキリにしても、そこらかしこを飛んでる蝶にしてもポイントは中級にいた蜘蛛の比じゃないよ。蝶一匹だけで蜘蛛二十体ぶんのポイントは手に入ってる』


 そ、そんなにポイントが多いのか。

 これ一匹が。

 シュウでつついてみようとするがひらりと避けられた。


『ここが上級な理由はなんとなくわかるよ。うん、ギルドから情報を集めてくれって頼まれてるからね。試してみようか。メル姐さん、アイラたん。いったんパーティーを解除してみて。ごめんねアイラたん。ちょっとだけだから、先っぽだけだから』


 よくわからないが情報収集なら仕方ない。

 私のリングとアイラのリングを合わせて、パーティーを解消した。

 アイラはケロリとしている。問題はないようだ。


 そのまま歩いていると後ろからいきなり肩を掴まれ揺さぶられた。

 アイラが必死の形相で口を動かし、喉を指さす。

 お、おう、どうした。

 伝えたいことがあるなら、はっきり声に出して言ってくれ。

 いったい何をやっとるんだこいつは。


『サイレントだよ。喋れないんだ。鱗粉に状態異常を発生させる効果があるみたいだね』


 そうなのか。

 サイレントはこうなるのか。

 たしかに魔法使いにはきつい状態異常だな。

 詠唱ができない。


 アイラの様子が変わる。

 顔が引きつり泣き出しそうになり、足を後退させる。

 口を大きく開き、声なき悲鳴を上げると振り向いて駆けだした。


『姐さんが怖かったから逃げたんじゃないよ。恐怖の状態異常なんだ。あっ――』


 わかってるよとつっこもうとしたが、背を向けて走るアイラがふらつき始めた。

 ああ、あれは私もよく知っている。


『毒だね。それにたぶん盲目も入ってるよ。顔をあちこちに向けて戸惑ってるでしょ。人間にかかると見ててつらいものがあるね』


 そうだな。

 耐性があることのありがたさを実感した。


『わかってくれればいいんだよ』


 アイラはついに倒れた。

 体がびくんびくんと痙攣を起こしている。


『ありゃりゃぁ〜、麻痺もかぁ。うひゃあ、状態異常が五つ。恐ろしいね』


 なるほど。

 ようやくここが上級な理由がわかった。

 空中全体に舞う鱗粉が状態異常を発生させる。

 風魔法を使って防げるものの、効果が切れると魔法使いはサイレントで使い物にならない。


『口を布で覆えばいいかもしれないけど、盲目は目に来るから防げない。さらにあのカマキリは物理耐性がついてる。俺の吸収でダメージが通ってるけどほとんど斬れてない。普通の剣なら効果がめちゃくちゃ薄いよ。うす○たの0.02ミリ並だ』


 物理でも攻めづらい上に魔法も拡散される。

 さらに状態異常が次々と発生。

 これが上級か。

 たしかにこれと比べれば、火魔法でどうにかなる蜘蛛が可愛く見える。


『それと、前からそうなんじゃないかと思ってたけど、やっと確信を得たよ。俺には耐性無視がついてる』


 なんだそれは?


『お馬鹿なメル姐さん。ここのカマキリはこの状態異常豊かな鱗粉の中でも普通に動き回ってるよね』


 そうだな。

 状態異常に耐性があるんだろう。

 あれ?

 でも――、


『そう。俺で斬りつけたら状態異常を起こしたでしょ。おそらく俺は相手の耐性を無視して攻撃ができる。物理に耐性があっても吸収でダメージが通るし。状態異常に耐性があっても、ボスだろうが関係なく付与する。快復はするみたいだけどね』


 ふぅん。

 さすがチートだな。


『おっ、だいぶ慣れてきてるね。……ところでメル姐さん』


 なんだ?

 私でもここが上級な理由はわかったし、お前の耐性無視も理解したぞ。


『いや、そうじゃなくてさ』


 まだなにかあるのか。


『アイラたんをパーティーに入れてあげて――死んじゃう』


 アイラはすでに痙攣が止まっているものの、ぐったりとして動かない。

 目も半開きになって、わずかに開かれた口から唾液が垂れる。

 毒で光に消えていく直前のモンスターがちょうどこんなだ。


 彼女はなんとか一命を取り留めた。

 状態異常はなくなったものの、体力をかなり奪われたのか虫の息だ。

 シュウによれば、やっぱり人間なら死んでいたらしい。

 さすがエルフ。頑丈だ。


「お、めぇ、……ら、ひ……、でぇ。に、んげ……、んじゃ…………ねぇで、す」


 なにやら恨みのこもった目をどこか遠くへ向けている。

 そして、よくわからない言葉を残し――目蓋を閉じた。


 もう大丈夫だ、休んでいろ。

 お前の意志は私たちが引き継ぐ。


『クソォォォ! よくも俺のアイラたんをォォ! 許さん! 絶対に許さんぞ、虫けらども! 俺のチートで皆殺しにしてくれる!』


 私もシュウと同じ気持ちだ。

 アイラの仇を取るべく、シュウを固く握った。




 皆殺しにはできなかった。

 シュウを振れども振れども蝶に当たらなかった。

 かすりさえしない。

 振るとひらりと避けられ目の前で羽をあおいでくる。


『虫にさえ馬鹿にされるメル姐さんはいったい何なんだろう……。ああ、ぼっちか』


 なぜだ。なぜ剣が当たらない。


『技量が恐ろしいほどにないからだよ。虫以下ってことさ』


 縦に振る。横に避けられる。

 横に振る。縦に避けられる。

 斜めに振ってみる。やっぱり斜めに避けられる。

 いっそもう突いてみる。頭に留まられる。


「なに遊んでるんですか?」


 アイラが目覚めた。

 まだ顔色は悪い。


 よかった生きていたか。さすが純血のエルフだな。

 それと遊んでなどいない。剣が当たらないのだ。


 アイラは座ったまま杖を突き出す。

 杖は彼女の前を飛んでいた蝶に見事命中し、蝶は地に落ちる。

 威力はないため、消えはしなかった。

 私がトドメをさす。


 すごいな!

 どうやったんだ?


 一発で命中していた。

 なにかコツがあるに違いない。


「こうやって」


 杖を引く、


「こうです」


 引いた腕を軽く伸ばす。

 それだけでまた蝶が一匹、地に落ちた。

 トドメは私がいただく。


『ハイエナ姐さん誕生の瞬間である』


 そこ、うるさいよ。


 だからね。

 その当てるのをどうやるのか聞いているんだ。


 アイラは首をひねる。


「だから、こうやってこうですよ」


 また一匹。

 トドメは私。


 理屈派なんだろ。

 お得意の屁理屈で説明してくれ。


「『理論』派です! 理屈じゃありませんし、もちろん屁理屈でもありません!」

『姐さん。アイラたんの言うとおりだよ。理屈じゃないんだ。姐さんに才能がなくて、アイラたんにあるってだけの単純で非情な話なんだ』


 それでは……それでは私に、この蝶は倒せないと言うのか。

 アイラの仇を取ることができないのか。


「なに言って――」

『いや、そんなことないさ! 俺と一緒に剣の才能を鍛えよう! 剣士は無理でも、伊達冒険者を名乗れるくらいにはなろう!』


 冒険者だよね、私。

 あと、なんかそれ駄目そうなんだけど。


『大丈夫、オーライオーライ。さて二つのコースがあるよ。罵りコースと励ましコース。どっちにする』


 どっちのほうがいいんだ?

 どっちもいやなんだが。


『罵りコースのほうが確実に力がつくね』


 じゃあ、そっちで頼む。


『わかったよ。じゃあいくね。ちんたらするなァ! このウジ虫め! さっさと――』


 やっぱりもう一つのほうにしてくれ。


『やれやれ。どちらにするか悩んでいる時間が一番もったいないね』


 そもそも特訓を今やる必要があるのか?

 蝶に剣が当たらないだけだ。


『ほっといたらできるようになるんですか? ならないでしょ』


 それは……そうだがな。


『じゃあ、いつやるか? 今でしょ!』


 なんかこいつノリノリだな。

 いらいらしてきたぞ。


『さて、まず敵を知ること』


 お……おお、まともだ。

 お前もそんな風にまともなことが言えるんだな!

 それと敵を知るのは普段からやっているつもりだ。


『姐さんと俺じゃものの見方が違う。一体の敵を別の見方で捉えるんだ』


 私はあの蝶をただふわふわ飛んでいる蝶だとしか思えない。

 なぜ攻撃が躱されるのかもわからない。

 お前はあの蝶をどうやって捉えている?


『よし。じゃあ、正確に見ていこう。必ずその動きは、見切れるようになってくる』


 動きは最初から見えているぞ。


『よく見て。今の動きじゃなくて、このあとどう動くかを予測して。頭の中で見えていないといけないんです。こういうのはけっきょく』


 わかった。

 だが、うまく予測ができない。

 どうすればいい?


『相手の動きをどう読んでいくか。それは物事の根幹にある仕組みをどれだけ理解するかということ。……これは姐さんにいっても仕方ないや。とりあえず、振ってみようぜ! 悩んでばかりで、振らないやつが多すぎる! 過去の戦績なんて関係ない! 自分の限界に挑戦して、それを乗り越えるんだ!』


 なぜだろう。

 よくわからないが当たるんじゃないかいう気がしてきた。

 自分でもできるんじゃないかと思えてきた!


 蝶の動きを読み、動きを予測してシュウを振る。


 ――避けられた。


『失敗するのはいいことなんだよ! 失敗するのはいいことだ! 人間、失敗しなかったら進歩がない。できることばっかりやってたって意味ないでしょ! 先に言ったことを意識してさ。どんどんやってみよう!』


 そ、そうだな。

 一回失敗したくらいで諦めちゃだめだな。

 何度も失敗してコツをつかんでいくものだよな!


『そうだよ! もう頭には知識がある。あとは訓練と引っ張り出す練習。それに速さの問題! 血も筋肉もポイントになるくらい、徹底的に振ろうぜ!』


 ああ!

 私はできる!

 やってみせるぞ!


 言われたとおり相手をよく見て、予測してから振ってみる。

 これを何十と繰り返した。


 かすった。

 ついにかすった!

 見たか! かすったぞ!


『ちゃんと見てたよ! 「やってやった!」って達成感があるでしょ! その達成感の積み重ね! 達成感をひたすら積み重ねていくと言うことが戦績を上げる唯一の道なんだ! でも、俺たちの目標はかすることじゃなくて、仕留めること! さあ、もっともっと振ってみよう!』


 かするのが楽しくなって、言われたとおり振っていく。

 十回に一度くらいはかするようになった。




 しかし――その先は一向に進歩しなかった。

 剣がまともに当たることなど一度もなかった。


『ごめん。やっぱり俺じゃ才能のないメル姐さんに剣を教えることは無理だ。そもそもさっき言った台詞も、勉強の宣伝に使われてた謳い文句を変えただけだからなぁ』


 おい、ちょっと待て!

 その言葉に感動した私の純情な思いを返せ!

 第一なんでその言葉で剣がまともに振れるようになると思ったんだ?

 どうして私の才能が伸びると思ったんだ?

 おかしいだろう?

 ねえ、私は間違ってるかな?

 間違ってる?!


『お、落ち着いて。姐さんは正しい。俺が間違ってた。おそらくどころか間違いなく天才ではない姐さんも、努力の天才であってほしかったんだ』


 なに、いい話みたいにまとめてるんだ。

 今から中級に降りて蜘蛛の中に置いて帰るぞ。

 どうせ口だけでやれっこないとか思ってるんじゃないだろうな。

 そうだというのなら私の本気を貴様に見せてやる!


『ご、ごめんよ。ごめんなさい。俺が本当に徹頭徹尾、完膚無きまでに間違ってた。姐さんのありもしない才能を伸ばそうってのが、そもそもおかしな話だった。基礎のステータスが怖いってことを俺は今日、何度も思い知らされた。でも、気づいたよ。俺はチートなんだ。こんなもん、使えば誰だってできるようになる! 世の中で常識だって思われてることを常に破壊してかかる! それこそがチート! メル姐さんの才能が目も当てられないくらいにささやかなほどしかないなら、相手の能力をメル姐さんよりも低く、より惨めにしてやればよかったんだ!』


 私の才能がないことはもうよくわかった。

 わかりたくないほどわかったよ!


 それで、具体的にどうするんだ。

 なにかいいスキルがあるのか。

 そこまで言うってことは、あるんだろうな!


『ある。あります! すごい特殊スキルがあるんです! ちょっと前に出たんだけど、ポイントがすっごい高かったんだ。今なら状態異常付与と伝染を全部選択解除すれば取れる! ちょっと待ってね。……はい、選択したよ! さあ、メル姐さん。あの虫けらどもの中に足を踏み入れて思う存分に斬りまくってくれ!』


 いや、でも状態異常付与と伝染もつけてないならきついぞ。

 そもそも相手にかすらないなら意味がないだろう。


『大丈夫だ、問題ない。新しいスキルの効果。そして、チートの意味。メル姐さんに絶対わからせますから! ほんとに、呆れるほどにわかるほどわからせますから!』


 蝶は体当たりくらいしかしてこないから、こちらが負傷することはまずない。

 それにシュウがこれだけチートだと推してるんだから大丈夫だろう。

 こいつは私をけなして精神を攻撃することは日常茶飯事だが、身体に危険が迫ることだけは決してしない。

 それさえしなければあとは何をしてもいいと思っているんじゃないか。


 よくわからない信頼を胸に秘め、蝶の群れへと足を入れる。


 すぐにわかった。

 シュウの言うとおり呆れるほどよくわかった。

 具体的な効果はわからないが、チートだとわかった。


 近づくと蝶が地面に落ちていった。

 地面で羽をぱたぱた動かしてもがいている。


『落ちた奴はサクサクっと刺し殺しちゃって』


 とてつもないチートだとよく理解した。

 しかし、これは――


「いったいどうなっているんだ?」


 地面に落ちた蝶を次々にシュウで消しつつ尋ねた。


『一定範囲にいるモンスターの能力を半減。さらに特殊能力を強制解除。この蝶の場合は特殊能力「飛行」を持ってるからそれを解除してる。つまり、飛べない。飛べない蝶はただのポイントだよ。こことても重要』


 それにしてもだ。

 これはあんまりではないかね。

 強すぎるだろう。


『そうでもないよ。効果はチートだけど、範囲が狭い。せいぜい五歩ってとこだ。それでも近接戦なら、これで敵なしじゃないかな。まぁ、パーティーには効力がないから、完全にソロ――失敬、ぼっち仕様だよ。とりあえず状態異常付与は取り直したいから、サクサク片付けちゃおう』


 だから、なんでわざわざ悪く言い換えるの。

 それに失敬って。そもそもお前が私に敬ったこと、一度でもあったか。


『ない』


 即答かつ断言しやがった。

 そうだと思ってたよ。

 コンチキショウ!


 周囲にいた蝶を全て片付けた。

 カマキリものこのこ近づいてきたので、斬り刻んでやった。

 状態異常付与と伝染は無事に取り戻すことができた。

 さらにお釣りもきたらしい。




 アイラの元に戻る。

 見てくれ蝶を全て倒した。

 仇をとってきたぞ。


「すごいですね! 蝶がバタバタ落ちていってましたよ! いったいどんな技なんですか?!」

『メル姐さんの体臭で相手の力を削いでるんだ!』


 なにいい加減なこと言ってるんだ。

 そんなわけないだろうが。


「あは、あはは……そう、だったんですか」


 私が臭うわけ…………あれ?


 アイラは無理に笑おうとしているのか顔が引きつっていた。

 すぐに彼女はシュウの冗談だと気づいたのか。

 ごまかすような渋い笑い顔になった。


『おおっと、自身が発する臭いにあまりにも無頓着で無自覚なメル姐さん。これには思わずアイラも苦笑い』


 えっ、どういうこと。

 もしかして、ほんとに臭うの?


「わ、私はメルさんのちょっぴり鼻の奥にツンとくるフレーバーな香りが嫌いじゃありませんよ!」


 それ臭うって言ってるよね!

 否定してくれてないよね!


『――と、ここでネタばらし。メル姐さんにはつらいお知らせ。さっきのスキル。蝶を次々に地へと誘った近距離用デバフの超優秀スキル。その名はなんと――激臭!』


 ……はは、冗談だろ?


 シュウは沈黙を貫く。

 アイラも目を伏せ、顔を背ける。

 ふらふらと飛んできた蝶は落ちていく。

 遠くには私たちの様子を観察しているカマキリが一匹。

 私はただ立ち尽くす。


 よ、よし!

 こうしよう!

 怒らないから正直に言ってみろ。

 絶対に怒らない! 約束する!

 それで、さっきのスキルはなんだって?

 名称と意味、効果を偽ることなく話しなさい。

 これはお願いじゃないぞ、命令。


『……まずはメル姐さんを落ち着かせることが第一だと考えました。しかし、どうやら真剣な命令みたいですので、俺も嘘偽りなく真摯に伝えていきたいと思います。どうぞお気を強くお持ちになり、くれぐれもご自愛下さい』


 喉がごくりと鳴った。


 アイラもはらはらとこちらを伺う。

 蝶が地面でぱたぱたとのたうち回る。

 カマキリはどこかに消えて姿が見えない。

 まつげには宙を舞う鱗粉が薄く積もっていく。

 シュウの見えない口が深く深く息を吸い始めた。


『スキル名は「激臭」。「非常に刺激的なにおい」を意味します。効果は、スキル一覧に書かれてる説明文をそのまま読み上げると――「使い手の甚だしい臭気によって一定距離に存在するモンスターの能力を半減。さらに特殊能力を解除させる。嗅覚を持たないモンスターでも有効に作用する優れもの。これで今日から貴方も激くさプンプン丸!」――だそうです』


 目の前が、真っ暗になった。




 それからあとのことを私はよく覚えていない。

 ダンジョンをおぼつかない足取りで彷徨っていたと思う。

 そして、目についたモンスターを片っ端から殺していった。


「なんだかすごいですね。さっきから魔法をまったく使ってません」

『メル姐さんは不快……間違えた。深い哀しみを背負ったんだ。ともかく姐さん一人で十分だから、アイラたんはギルドに提出する簡易な地図をまとめておいて』


 そんなやりとりも聞いた気がする。


 そうしてついに残す道も一本となり、奥には大きな木の扉。

 扉の前には無数の蝶が飛んでいる。

 ひらりひらりと目障りだ。

 すべて消し去ってくれる!


『くさっ! この人におうよっ!』


 臭の叫びとともに蝶がばたばた落ちていく。

 私は落ちてきた蝶に無心でトドメを刺す。


 敵の姿が視界から完全になくなり、ようやく私は正気に戻ることができた。

 なにやら言いようもない哀しみに取り付かれていた気がする。


「フフフ。ついにたどり着きましたね! ここのボスの命を生け贄にィ! 私は自由を手に入れルゥ!」


 引きこもりも絶好調だ。


 さて、上級のボスとはいったいなんだろうか。

 上級だから今までにない強さが予想される。

 いったい、どんな姿なのか想像もつかない。


『えっ? ボスが何かはなんとなくわかるでしょ』


 何を言っている。

 このダンジョンが前人未踏である以上、誰もここのボスを知らない。

 チート以外に対処のしようがないがないだろう。


『いやいや確かに前人未踏だけどさ。他でもない俺たちならボスを予想できるよ』

「……ああ、なるほど。私にもボスの正体が予想つきました。たしかにそうですね」


 どうやらアイラもわかったらしい。

 私にもわかるように話して欲しい。理論派なんだろう。


『じゃあ、それで正解と考えて対策を考えようか』

「そうですね。おそらく合ってると思います。まずは――」


 完全に私は置いてけぼりだ。

 こいつらは私をなんだと思ってるんだ。


 その後、シュウからボス予想を聞いて納得した。

 確かにそうだ。私も見た記憶がない。


 それなら、ここのボスは――。




 ボス部屋中央。

 ボスモンスターは私に踏まれて力なくもがいている。

 一切の容赦なくシュウを突き刺す。


『先っぽだけなんて意地悪しないでぇ! もっとぉぉ、もっと奥まで入れてぇ!』


 気持ち悪い声をあげているが、仕方ない。

 私はシュウをさらに奥へと刺し込む。


『き、きたぁぁーーー! 奥きたぁぁ! 硬いのが、ザクザクってあたってるぅぅ!』


 ボスは予想したもので当たっていた。

 私に踏まれている、虹色の羽をした蝶は聞き取れない悲鳴を上げている。

 ボスよりもシュウの声の方がうるさい。


 上級ダンジョンには、色とりどりの羽をもった蝶がいた。

 しかし、私たちを上級に導いた蝶。

 虹色の羽をした蝶だけはどこにもいなかった。

 そして案の定、ボス部屋には虹色の蝶が待ち構えていた。


『かき回してぇ! じゅぼじゅぼしてぇぇ! めちゃくちゃにしてぇぇぇ!』


 鱗粉が満たすボス部屋。

 その高空を虹色蝶は飛び回っていた。

 攻撃手段は至って単純。

 高空から鱗粉を落としてくるだけだ。

 この鱗粉は空に浮いているものと違い、付着したものを溶かす。

 アイラのローブも少し溶けて、シュウが興奮していた。


『もっとガンガン突いてっ! 頭まっしろになっちゃう! なにも考えられなくなってるぅぅ!』


 ボスは高空にいるため私の剣もスキルも届かない。

 アイラを脇に抱えて走り回り、鱗粉を避ける。

 その間に彼女は詠唱する。


 まず、風魔法を使って魔法を散乱させる鱗粉を吹き飛ばした。

 そのあとすぐ、光魔法で私のすぐ後ろに光源を生成。

 ボスもここの雑魚と同じ特徴があった。

 光に寄ってくるのだ。正確には違うらしいがよくわからない。

 とにかく、ボスは高空から曲線軌道を描きつつ私の方に飛んできた。


 あとは単純だ。

 ボスにも私の憤まんやるかたないチートスキルが効果を発揮し、地に落ちた。

 すぐには近づかず、アイラの氷魔法で鱗粉を飛ばす羽を氷漬けにする。


 そして現在に至る。


『なんかきちゃう! すごいのがぎぢゃうよぉぉぉ!』


 こいつは本当にうるさいな。

 アイラですらひいている。

 彼女の目はまるでこの世の最底辺を見つめているようだ。

 私まで同じ目で見るのはやめてくれないか。


 もう抜こう。斬ればいい。


『え……あ、あぁ、なんでぇ。どうして抜いちゃうの? もうちょっとだったのに。どうしてぇ?』


 うるさいからだよ馬鹿野郎!

 なんでそんな気持ち悪い叫び声あげるんだ!

 普通にしろよ!


『気持ち悪い?! たしかに俺の叫びは未熟だよ! でも、さっきの叫びは俺の世界じゃ、みさ○ら語っていう一つの言語として確立してるんだ! 文化の否定をしないでくれ! まあ、たしかに調子に乗りすぎたよ。もうやらないからさ。ボスにトドメをさしちゃってくれる。あと少しだよ』


 急に素に戻られるとそれはそれで気持ち悪い。


 とりあえず、シュウの言うとおりトドメを刺そう。

 柄を両手で握り、最後の一撃をボスの頭に突き立てた。


『あひぃぃぃ! そんなっ! 一気になんてぇぇぇ! 壊れちゃう、壊れぢゃうからぁ! ら、らめぇぇ! イッ! イッグゥゥゥゥ! あぁぁァァーー!』


 ボスは光に消えた。

 ついでにこの馬鹿もチートだけ残して消えて欲しい。

 なにがもうやらないだよ!

 一瞬で破りやがった!


『ふぅ、おいしかった。上級のボスともなると格別だね』


 さきほどまでの騒ぎが嘘のように落ち着いている。

 もうついていけない。


『賢者状態ってやつだよ』


 よくわからん……。

 残ったドロップアイテムを拾う。


「きた! ついにきました! フヒャヒャ! 今度こそ――あれ?」


 アイラがドロップアイテムを見つめて、首を傾げる。

 前に見たパターンだ。


 おいやめろよ。まだ上があるんじゃないだろうな。

 私もドロップアイテムを見てみる。


 ――コリコリしたゼバルダの青き果実。


 聞いてたやつとは違うな。


『アイラたんが昨日話してたとおりだよ。ゼバルダが成長してるんだ。だからアイテムも葉っぱじゃなくて実になった。まだまだ未熟なようだけどね』


 よし、なにはともあれ上級クリアだ。

 町に戻ってギルドへ行こう。


「メルさん!」


 出口へと歩いていくと、後ろからアイラに声をかけられた。

 振り向くとアイラは右手を私に伸ばしている。

 なんだこの手は?

 お前にやるものなどなにもないぞ。


『メル姐さん……。握手を求められてるんだよ。一緒に戦い抜いた仲間として、互いを信頼し合った証を確かめようとしてるんだ。……うん、ごめんね』


 そういうことか。

 あと、なんで最後に謝った。

 いや言わなくていい。

 わかりたくないけどわかったから。


 アイラの右手を握り返す。

 細く小さな、柔らかい手。魔法使いの手だ。


「ほんとにメルさんがいなかったら、私クリアどころか死んじゃってました。本当にありがとうございます」

『あれ……俺は?』


 アイラの目頭に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。


 私もお前の魔法に助けられた。

 カマキリも、蝶も。お前の魔法がなければ、苦しいものになっていただろう。


『いや。ねぇ、俺は? 俺も褒め称えてよ。一緒に戦った仲間じゃないか!』


 アイラの手は小さく細いが、それでもしっかりとした温かさを感じる。

 彼女の顔も熱を帯びてほんのり紅くなっている。

 いかんな私まで熱を帯びてきたぞ。

 この温もりが仲間というものなのか?


『ねぇ、メル姐さん。机の引き出しが空っぽで、目を閉じても楽しい思い出ひとつさえ浮かばないメル姐さん』


 なんなんだよ。お前は。

 いいところなんだから黙ってろ。

 空気を読むスキルもつけろよ。


『まあ、そう言わずに聞いてよ。メル姐さんはすぐまたぼっちに戻るだろうけどさ。いま感じてる思いを忘れないでね。目の前にいるアイラたんの声や顔。握った手の温かさ。一緒に戦い抜いた記憶。そして、勝ち得たこの瞬間をよくよく心に焼き付けておいて。いつかふと目を閉じたとき、楽しかった思い出として思い返せるようにして……。それが――チートな俺の、小さな願いだよ』


 ……くそう、不意打ちだ。

 私もちょっぴり涙ぐむ。

 本当にこの駄剣は卑怯極まりない。

 いきなりまじめなことを言う奴があるか。


 しばらくの間。アイラと手を固く握り合った。

 そして、お互いが何も言うことなく手を離し、出口へと歩き出す。




 両手に確かな温もりを感じつつ、ゼバルダ大木の攻略は終了した。

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