成長止まぬゼバルダ大木 承
氷の彫刻。
アイラの現状だ。
上から下まで真っ白に凍り付き、呼吸も止まっていた。
シュウの言うとおりに処置していくと、なんとか息を取り戻した。
『復ッ活ッ! アイラ復活ッッ!』
シュウが叫んでいたが、私だって叫びたい。
知り合ってすぐに死なれては寝覚めが悪いからな。
「し、死ぬふぁと、思ひますた……」
アイラは横になったまま呟く。
シュウの話じゃお前。
仮死状態とかいうやつだったらしいぞ。
人間なら死んでたとも話していた。
『この子がなんでパーティーに誘われないか、よくわかったね』
あまりにも長すぎる詠唱。
自分自身を巻き込むほどの馬鹿威力。
魔法の欠点が浮き彫りになっている。
そりゃいらないだろう。
せめて――、
「詠唱を短縮することはできないのか」
「できます――できますが、それは邪道です! 魔法の本質は元来導き出される結果ではなく、その過程である詠唱にあるのです。詠唱が正確ならば詠唱に準ずる結果が出るのは至極当然の道理。詠唱の短縮は確かに戦闘で有利ですが、それは魔法への――ひいては魔法を作り上げてきた故人たち。さらには世界への冒涜です! 実践派の奴らはそれをまるでわかっていない。むやみやたらに速さばかりを売りにして――」
アイラは上体をむくりと起こし、数分に及び口を動かし続けた。
私が切り上げなければ、さらに続いていたに違いない。
『ピンチになったパーティーを助けて~、とか話してたけど詠唱が長すぎて助ける前に死んじゃうよね。魔法を放てたとしてもこの子がトドメさしちゃうよ。まあ、どっちにしろこの子じゃパーティは組めないね。ただの置物になっちゃう』
結論は出た。
「残念だが今回は縁がなかったということで――」
アイラに背を向けて歩き始める。
時間を無駄に消費してしまった。
今日中に中級をクリアして、上級の様子も見ておきたい。
さっさと進もう。
「待って! 待ってください!」
後ろからカサカサカサと蠢く音。
モンスターかと思い、慌ててシュウを向ける。
そのシュウもやすやすとかいくぐり、ローブから伸ばされた手が私の胴に回る。
「見しゅてないで! ここの上級をクリアして、アイテムを持って帰らにゃいとお家に入れてもらえないんでしゅぅ!」
アイラは泣き顔を私のお腹にこすりつけてくる。
『すごい動きだったね……。この子、姐さんよりもよっぽど才能があるよ。それにしても、くそっ! うらやましい。俺もメル姐さんの腹筋にほっぺたすりすりしたい!』
ああもう、うっとうしい。
きっとそのうち奇特な奴らがパーティーに入れてくれるはず。
それにだ。
「どうしても上を目指すなら詠唱短縮をすればいい。できないわけではないんだろう」
「だめです! それは私のポリスィーに反します!」
ぽりしぃってなんだ?
シュウが二人に増えた気分だ。
しかも、こっちは肉体的に干渉してくるからもっとタチが悪い。
「私このままじゃ上級どころか中級で死んじゃいます。お家に帰りたいですぅ」
アイラはさめざめと涙を流し始めた。
早く事情を聞いてくださいよと、ちらちら涙目で訴えてきている。
『あざとい。実にあざとい。だが、それがいい』
事情、聞かないといけないのか……。置いていきたいんだが。
とりあえず、このまま胴に巻き付かれているとやっかいだ。
「いったいなにがあったんだー」
『すっごいぼうよみだねー』
言われなくてもわかっている。
どうしてこんな茶番を演じなければならない。
「よくぞ聞いてくれました!」
アイラは語り出した。
語るに語った。
あまりにも長いため途中からシュウを踏んで遊んでいた。
『要するにさ。書庫に引きこもって本ばっかり読んでる碌でなしの甲斐性なしだから、親御さんに追い出されたってことだよね』
そういうことらしい。
「三十年ぽっち引きこもってたからって追い出すことないでしょうに」
三十年ものの引きこもり……。
さすがエルフと言うべきか。
ちなみに御年百五十二歳らしい。桁が一つ違う。
『三十年あれば俺の世界でも魔法を使える人が出てくるからね。むこうでは魔法少女に憧れるのに、こっちでは魔法少女が呆れられるんだ。……少女って歳でもないか。こっちでもそのへんは同じなんだねぇ。なんだかなぁ』
シュウもしみじみと回想にふけている。
さて、どうしたものか。
意見を求めてシュウを見る。
『こういうときだけ意見をねだるのって、卑怯だと思うわ。これだから女って……』
気色悪いこと言ってないで、さっさとチートやらでなんとかしろ。
卑怯はお前の得意分野だろう。
『チートな手段があるっちゃあるよ』
ほぅらみろ。やっぱりあるじゃないか。
早く言え。
『いやね、チートの選択一覧にさ。スキル一部共有とパーティー専用スキルがあるんだ。ずっと前からあったっちゃあったんだけど、姐さんロンリーウルフ――失礼、ただの涙ぐましいぼっちだったからね。俺もそのあたりをきちんと察して話をしなかったんだよ。その中に問題を解決しうるスキルがある』
なんで言い直した。
しかも言い直した方がよっぽど失礼なんだが。
まぁ、いい。
そうか。なんとかなりそうか。
それなら――、
「一緒に行ってみるか?」
アイラは目をぱちぱちさせている。
聞こえてなかっただろうか。
「ついて来るかと聞いたんだ」
アイラは口をぱくぱくさせ、目を輝かせる。
「はい! 一生ついていきます!」
やめろ。上級まででいい。
それと腹に頬をこすりつけるな。
『さすが姐さん。あっという間に雌豚一匹を飼い慣らしちゃったね! それにしても逃げ足が取り柄のぼっちと魔法オタなヒッキーの組み合わせとは、ぷぷっ』
こうして、私は数年ぶりにパーティーを組むことに……ならなかった。
パーティーは組めなかった。
私がパーティーリングを持っていなかったためだ。
パーティーの結成にはギルドから提供される指輪が必要となる。
この私がまさかパーティーを組むなど、ここ数年想定すらしていなかったためリングをどこに置いたか全く記憶にない。
机の引き出しの中だろうか。
いや、引き出しには思い出の品しか入れていないな。
『机の引き出しってさ。……空っぽだった、よね』
馬鹿言え。
そんなわけないだろうが。
くそ……おかしいな。はっきり思い出せないぞ。
まあいい。まあいいさ。
仮に百歩譲って机の引き出しが空だとしてもだ。
それでも目を瞑れば楽しい思い出がありありと浮かんでくる。
…………あれ?
なぜだ。おかしいぞ。どうして真っ暗なんだ!
知らず知らず頬を生暖かいものがこぼれていく。
私には、思い出が。楽しい思い出が――、
『もういい! もういいんだ! もういいんだよ、メル姐さん。つらい過去を無理に振り返ろうとする必要なんてない。大切なのは未来。もっと先を見ていこう。ほら、ゆっくりでいいから目を開けて。そこに、姐さんと一緒に行きたいっていう頭のネジがイカれちまったファンキーな奴がいるよ。可哀想な人って目でどうしようもないほど馬鹿な姐さんを見てるけどね』
踏みつけてやった。
なぜだか喜んでいる。本気で気持ち悪い。
リングはギルドでお金を払えば再発行してもらえるらしい。
このまま進めばボスで共闘ができない。
片方が扉の前に取り残されてしまう。
しょうがないので引き返すことにした。
ギルドでパーティーリングを発行してもらい、中級者向け入り口の前に再度やって来た。
ここでもギルドに入ると嘲りに包まれたため、すぐ離れることにした。
私は慣れているため問題なかったが、アイラは私に謝り続けた。
嘲りの対象が私ではなくアイラだったからだ。
「大丈夫だ、嘲りなど問題ない。すぐに声すらかけられなくなるからな」
アイラは首を傾げていた。
どうやらまだわかっていないらしい。
嘲りは恐怖に変わり、ついには存在を許容できなくなる。
私もシルマ神殿をクリアした後にギルドを訪れると、誰も目を向けてこなかった。
それどころか、私が外に出るまで終始、みな無言だ。
彼女もきっとすぐに思い知ることになるだろう。
リングを指に嵌め、アイラの嵌めているリングと合わせる。
リングは小さく煌めき、パーティー登録がされた。
『なんか地味だね。ああっ、姐さん。このスキル一覧すごいよぉ! さすが神様からの贈り物! パーティー用のスキルが大量に選択できるようになってるぅ!』
「なんですか、今の声……」
えっ、と口から漏らしてアイラを見ると、彼女は不安そうな顔で私を見る。
「聞こえて、いるのか?」
『もしかしてアイラちゃんにも俺の声が聞こえちゃってるぅ? 興奮してきたね。俺だよ、俺、俺。わかるでしょ。姐さんが手に持ってるたくましい一物。それが俺だよ。ワイルドだろぉ』
シュウを足で黙らせる。
さてどこから説明したものか。
そもそも説明してもよいのだろうか。
「すごいです! 剣の中に人の意志を収めるなんて。それに神の存在! やはりこの世界には創造主がいたんですね! 世界の真理にたどり着けそうです!」
これまでの経緯を束ねて簡単に説明したところ、アイラは思ったよりもすんなり受け入れた。
テンションが異常に高い。暴走している。
「一人でぶつぶつしゃべったり。いきなり泣き出したり。剣を壁に叩き付けたり踏んだりして。やることなすこと気持ち悪くて危ない人だと思ってたんですけど、こういう事情があったんですかぁ!」
おい待てよ、引きこもり。それは初耳だぞ。
私はそんな風に見られていたのか。
『いやぁ、アイラたんは話が早くて助かるなぁ。どっかの逃げ足馬鹿も見習って欲しいくらいだよぉ。ほぅら触ってごらん、コスってごらん……おっと、やさしくねぇ。僕ちゃんも真理にたどり着いちゃうぞぉ』
この馬鹿も暴走している。
先ほどから私をそっちのけでシュウとアイラは会話をしている。
「さっさとダンジョンに潜るぞ馬鹿ども」
ここは中級者向け入り口の前。
先ほどから冒険者たちの視線が痛い。ひりひりする。
普段は目を向けられないから、肌が視線に弱いのだ。
改めてチートとやらの力を思い知った。
私ほどではないが、チートの効果がアイラにも一部共有されているらしい。
毒や麻痺の耐性といったものが彼女にもついたそうだ。
魔法使い用の効果も供与された。
一つは、
『高速詠唱であるっ!』
私にはまったく関係ない効果だが、アイラの詠唱が爆発的に加速した。
もはや何を言っているのか聞き取れない。
もう一つが、
『なるほど詠唱一時中断とはこういうものか』
詠唱を途中で止め、続きから詠めば発動できるようになった。
なんだかすごいことらしい。
アイラは理論的にあり得ないんですと興奮し、詠唱理論の基礎の基礎とやらから話を始めた。
無論、私は理解する気などないため右から左に聞き流す。
そして、極めつけがパーティー用のスキル――同士討ち無効。
アイラの攻撃魔法が私に効かなくなった。
どんな強い攻撃魔法をぶっぱなされても私には効果がない。
本人にも効かないおまけつきらしい。
「フヒヒヒヒッ! 我が世の春が、キター! 時代が私に追いついたぁ!」
ハァ……。
ため息が抑えられない。
うるさくてキモイのがまた一人増えてしまった。
重要なのはパーティーを組んだ結果どうなったかだ。
中級ダンジョン道中は元から問題がない。
――ボス戦。
そう、ボス戦でパーティーの効果は顕著だった。
ボスはギルドで聞いていたとおり、大きなヤモリ。
私一人でもさほど問題はなかっただろう。時間をかければ倒せた。
今、ボスのヤモリは光に消えドロップアイテムが残る。
一撃……。
一撃だった。
部屋に入ってすぐにアイラは呪文を唱え始め、ボスが上から落ちてくる前には呪文を完成させていた。
〈――有象無象よ! 一片も余すことなく灰燼に帰せ!〉
ボスの出現とともにそう告げた。
前に見た景色と同様に杖の先端から小さな赤い光が出てきた。
「燃え上がれ!」
光はボスのヤモリにぴとりとくっつくと、急激に赤く膨らんだ。
熱球のはずだが同士討ち無効のためか熱さはない。
見た目が暑苦しい。それくらいだ。
赤い光が収まると、ヤモリの胴体が球形に抉られていた。
まさに跡形もない。
残った頭と尻尾も光とともに消えていき、ドロップアイテムだけがぽつりと転がっている。
『俺も燃え尽きたいな。ねぇ、メル姐さん。今夜は一緒にハッスルしようよ!』
「私の魔法で全てを破壊し尽くして、とっととお家に帰るのデス!」
ボスとはいったいなんだったのか。
こうして私たちは上級へ歩を進めることと相成った。