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クリスマスプレゼントだよ!

※注意

時系列は前話のシミリア到着前。

 シミリアに向かって北上中、薄雪郷ニクスに辿り着いた。

 名前どおり雪がうっすら積もり、白に覆われている。

 雪が朝の日差しを反射し、斜面がきらめく。


 ……はて?

 閑静な里だと噂で聞いていたが、ずいぶんと人が多い。

 道の途中で多く見かけた馬車はどうやらここが目的地だったようだ。


『カップル多すぎ、爆発しろ』


 なんで爆発? まあ、いいや。

 とにかくシュウの言うとおり、男女ペアが非常に多い。


『メル姐さん! 俺たちも』ない。それはない。


 先を言われる前にさっさと否定しておく。


『お早い否定なことで』


 それにしてもこの人だかりはなんだ。お祭りだろうか。

 近くで荷物を持っていたおばさんを捕まえて聞いてみた。


「クリスマスだよ! クリスマス! なに、あんた!? ニクスのクリスマスを知らないの? ニクスと言えばクリスマス! みんなの常識でしょ!?」


 うるさく騒いだおばさんは忙しそうに走り去っていった。

 みんなの常識って……、少なくとも私にはそんな常識はないんだが。


『そりゃ「みんな」の常識だもん。メル姐さん、ぼっちだからね。みんなの中に入ってたらおかしいでしょ』


 怒ろうと思ったが、怒れば必死に否定しているようでみじめだ。

 だが、黙っているのも認めたみたいでみじめなのでやっぱり怒ろうと思っていると、シュウが先にキレた。


『誰だ!? こっちの世界にまでクリスマスなんてファッキンイベを持ち込んだサック野郎は!』


 なにやら声を荒げている。

 お前、このお祭りについて知ってるの?


『知ってるも何も、クリスマスは俺たちの世界のイベントだよ』


 ふーん、そうなんだ。

 お前みたいなやつがこっちの世界にまで広めたのか。

 それで、クリスマスって名前はわかったんだが何をする祭りなの?


『俺みたいな奴はこんなイベント広めない。……元は、とある宗教の教主様の降誕祭。家族でひっそり祈りを捧げる日』


 家族で? 見た感じ家族で祝うというよりもカップルが多いぞ。

 しかもひっそり祈るどころか、めちゃくちゃ賑わってるし。


『元はね。元はそうだったんだ。残念ながら俺のいた国では恋人達がイチャイチャする聖夜ならぬ性夜だったんだ……。なんでこんな糞イベを持ち込んだんだよ』


 あっ、そう。

 じゃあ、私には関係ないな。

 ダンジョンもあるし、まずはギルドだ。




 そんな訳でギルドにやってきた。

 みんなクリスマスとやらに夢中でスカスカだと思っていたが、なかなか賑わっている。


「今日はイヴですからね」


 赤のとんがり帽子と服を身につけた受付嬢は苛立たしげに言った。

 イヴだから? どういうことだ?


「エルプティオ氷窟はクリスマスの七日前からクリスマス仕様に変わります」


 クリスマス仕様?


「はい。明日からは通常仕様に戻りますが、今日の夜――クリスマスイヴに、クリスマス仕様に変化したモンスターが氷窟から出てきて郷を襲うんです」


 そんなことって、あるのか?


『ふんっ、冒険者はリア充共の壁役か。俺は壁ドンの方に参加したいね』


 シュウはご機嫌ななめだ。

 ……ああ、この冒険者達は防衛のためか。


「そのとおりです。防衛戦に参加してくださいますか? ドロップアイテムも特殊ですからね。高値で買い取らせていただきますよ」


 なるほど、納得した。

 それなら冒険者も集まるだろう。


 ところでダンジョンには入れるの?


「入れます。敵の種類とドロップアイテムが変わるため、一時的に難易度が中級から上級に変わります。そのため上級以上の入場許可証が必要になりますが、お持ちでしょうか?」


 それは全く問題ないから大丈夫だ。

 明日からは元に戻るんだよな?


「はい。先ほど申しましたように明日から通常仕様に戻ります」


 くぅー!

 これはまさかっ!

 今日と明日でダンジョンに行けば、一つのダンジョンで二度おいしいってことか?!


「……はい。そう、なります、ね」

『メル姐さん、早く行こう、ねっ。お願いだからさ。羞、恥ずかしいよ……』


 よっしゃ! ダンジョンだ!




 通常のエルプティオ氷窟は中級である。

 だが、先に聞いたようにクリスマス期間中は上級になる。

 ダンジョンの地形は変わらないが、モンスターが強くなるようだ。


 追撃で恐れられるキリングリスビー。

 集団で突撃をしてくるアカッパナトナカイ。

 ちょこまこと動き、氷魔法を連発するオマエラコオリス。

 ここまではさほど問題ないと聞く。元がそこまで強くないそうだ。

 問題はボスモンスターのリアジュウバクサンタ。


 こいつが相当にやっかいなようだ。

 この時期だけボス部屋から出てきて、モンスターを操る。

 侵入者の前には、なかなか姿を見せずこそこそとこちらを狩りに来る。

 爆弾をあちらこちらに仕掛けこちらが罠にかかれば、不気味な笑い声だけが響くらしい。

 今年のリアジュウバクサンタは特に手強く、多くの挑戦者が爆散された。

 爆散といってもパーティーが男あるいは女だけなら、火傷と擦り傷程度で済ませて帰らせるようだ。優しい。

 ただし、男女混合パーティーだと一片の容赦なく殺しに来る。


『わかる。とてもよくわかる。仲良くなれそう』


 シュウはボスの気持ちがわかるらしい。

 冗談半分で聞いていたが、途中からこの言葉を実感した。


『ストップ。そこの床、爆弾埋まってる』

『ここは回り道で行こう。カップルを分断させるのに、俺ならここで仕掛ける』

『今、姿を見せたのは罠。道の先にワイヤーがかかってるし、その先にもトラップ』

『声は聞こえたけど、この先は行き止まり、二人仲良く殺すなら絶好のスポット。引き返すべき』


 ……などなど、と指示をしてくる。

 途中で疑わしくなって、無視して突っ込んでみたら言うとおりの罠があった。


 シュウの指示で罠は避けているが、ボスも然る者。

 追っても追っても、うまく逃げられる。

 追い詰めたと思ったら爆弾が詰め込まれたダミーというのもあった。

 聞いていたとおり、一人なので爆発はたいしたことなかった。


『手強いな。ほんとにソロで倒せるようになってるのこれ』


 うむ。全く手応えがない。

 最初は姿を見せてきたが、今では姿すら見せてこない。


『モンスターを最初に狩りまくったのは失敗だったかな』


 そうだな。

 追い詰めることができたのは、ボスがモンスターを利用してきたときだけだ。

 モンスターを蹴散らしてボスに直行したが、不自然な抜け道から逃げられてしまった。


『戦い自体を避けられると厳しいね』


 戦えば勝てるだろうが、逃げ隠れに徹されると難しい。


『しかも他の冒険者もいないし』


 それもあるな。

 他に冒険者がいれば、数で追い詰めることもできるだろう。

 しかし、今夜の襲撃に備えてか、ダンジョンにいるのは私だけである。


 おい、こういうときこそ頭の使いどころだぞ。

 なんか良い手段を考えろ。


『手段はあるよ』


 なんだ。あるのか。

 ほら言え。すぐ言え。さっさと言え。


『まあまあ。落ち着いて。そろそろ昼だし、一回戻ろう。ご飯食べろ!』


 そう言えば、もう良い時間だな。

 朝から何も食べてないし。あと、なんで命令口調?

 ……でも、ボスを倒してからでもいいんじゃないか。


『ボスを倒すには用意がいる。それを郷で手に入れたいけど……うーん』


 倒すための用意、か。

 それを手に入れるのが難しいと?


『いやぁ、うぅん。難しいんだろうね。でも、うまくひっかければなんとかなるかも』


 はっきりしないな。

 何が必要なんだ?


『囮』


 返ってきたのはたった一言であった。




 シュウの言う「囮」とは、男のパーティーメンバーのことだった。

 私が一人で挑むからボスはこちらを殺す気もなく、うろちょろ逃げ回っている。

 そこで男女ペアを作り、ボスが殺しに来たところを返り討ちにしようという寸法だ。


『お話しできるの?』


 ダンジョンから戻り、郷を歩いていると話しかけてきた。

 他の人をパーティーに誘えるかということだろう。


 いやぁ、今は難しいんじゃないか?

 みんな今夜の防衛戦に備えてるだろうしさ。


『普段ならできるとでも?』


 できるよぉ。

 ちょっと話しかけて、パーティー組むだけだろぉ。余裕余裕。


『ほぉん。じゃあ、ささっとギルド行って、ちょちょいと話しかけてみてよ』


 ……ご飯食べてからにしよう。

 それと、もうちょっと考えてみるべきだ。

 一人でもなんとかする方法があるかもしれないぞ。


『今のところないよ。ちなみになんて話しかけるの?』


 そりゃお前、「ダンジョン行こうぜ」って誘えばいいだろ。


『ソロの冒険者はあんまりいなさそうだったけど、五人くらいのグループに話しかけに行ける?』


 …………できる。


『断られ続けても、話しかけ続けられる?』


 ………………でき、ない。


『うん。俺もできないに一兆ジンバブエドル賭ける』


 ピヨピヨうるせぇな!

 じゃあ、どうすりゃいいんだよ!


『まあ、逆ギレしないで右後ろを見たまえ』


 振り向いてみると家の前で男女一組が話をしていた。


「俺、今からボス倒して来るよ!」


 意気揚揚と宣言したのは男の方だ。

 少年だった。見たところ十代後半といったところか。


「危ないから他の人と一緒に行くのよ」


 おっとりした声でなだめたのは少年よりも年上そうな女性。

 姉弟かと思ったが顔、髪型から判別するに違ってそうだ。


「わかってるって。じゃあね!」


 そう言って少年は走り出し、私の前を横切って駆けていった。

 女性は手を振っていたが、ゆっくりと家の中に入ってしまった。


 で、あれがなんなの?


『えぇ、流れでわかんでしょ。さっきの少年を追いかけていってパーティーを組めば良いんだよ』


 おお。なーるほそ。

 でも、他の人と一緒に組むって言ってたぞ。


『どうせ夜になったらモンスター狩るんだから、今からダンジョンに行く馬鹿なんてメル姐さんと極々一部しかいないよ』


 うむ。馬鹿で良かった。

 明日もダンジョンに行ける。

 きっとあいつも馬鹿なんだな。


『そうだね。ボスのドロップが目当てなんでしょ』


 あぁ、なんか宝石だったよな。

 それも曰く付きで相当高かったはず。


『曰く付きって……、それもそうか。「半永久の煌めきジュエリー(Xmas ver.)それはサンタからがんばる貴方へのプレゼント。好きな人にプレゼントすれば、二人は半永久の輝きに」って、もうギャグでしょ。なんだよ「半永久の輝きに」って……LED照明も真っ青になるレベルだよ』


 それな。

 受付嬢がうっとりした表情で語ってたな。

 私も聞いてて笑った。


『で、その馬鹿げた宝石を少年は手に入れたいんだろうね、手に入るの今日までだし』


 ああ、売ればめちゃくちゃ高いもんな。

 今年は全然手に入らなくて、値段が高騰してるっていうし。

 今夜の防衛戦が最後のチャンスだから、みんな狙っているんだろう。


『う゛ゎぁか、違うよ。好きな人にプレゼントするためだよ』


 今のばーかって発音めっちゃむかつくんだけど。

 第一なんで好きな人にプレゼントするってわかるんだよ。


『さっきの会話見ててわかんなかったの? 少年君めっちゃ女の方に恋い焦がれてたじゃん。おねえちゃんに受け取ってもらうんだぁ、ってさ』


 ……うっそぉ。

 普通の会話にしか見えなかったぞ。

 お前の変態脳がなんでもかんでもそういうふうに見せてるんじゃないか。


『フッ、それより早く追いかけよう』


 あからさまに鼻で笑われた。

 むかつくが確かに今は追いかけるべきだ。




 ギルドに到着すると、少年がパーティーの仲間達と話しているところだった。

 どうやらダンジョンに行こうと誘っているようだが、仲間達は乗り気じゃない。

 夜まで待てば、チャンスはある。今行く必要はない、と逆に説得されている。

 やっぱり説得はうまくいかず、他の人たちに話しかけ始めた。

 次から次へと他のパーティーに話しかけている。


『メル姐さんにあれはできないだろうねぇ』


 うむ。

 何度断られても、罵られてもめげずに他の人に話しかけ続けている。

 あれはちょっと私には真似できない。私なら一人でダンジョンに突っ込んでる。


『一人で行かないところをみるに、個人では上級の入場許可がないんだろうね』


 そのようだな。

 それより、私はいつになったら話しかけられるんだろう?

 今も目の前を通り過ぎて他のパーティーに話しかけに行ったし。


『メル姐さん、見た目だけで判断すると上級以上には見えないし、中級にも見えないもんね』


 悔しいが、それは否定できないな……。

 こちらから話しかけてもいいんだが、ここまでスルーされてこちらから話しかけるのも敗北感がある。


『やっすい敗北感』


 なんか良い方法ない?


『はぁ……、受付嬢のところに午前中稼いだアイテムを持ってけばいい。ボスのドロップアイテムの有無について聞かれるだろうから、ちょっと声を大きめに午後には取れるって言えばいい』


 またもやあからさまな溜め息をして、それでもちゃんと教えてくれた。


 さっそく実行に移る。

 受付に行って、ドロップアイテムを袋からどばばっーと出す。

 その後、受付嬢は予想通りの質問をしてきて、私は聞いていた通りに返答する。

 受付嬢はボスのドロップがないのをやたら気にしていた。


 さてどうなるか、と振り返るとそいつはいた。


「パーティーを組んでください!」


 なんという耳の早さ、行動の速さか……。

 思わず「あ、ああ」と頷いてしまったほどである。


 なんにせよだ。

 これでボスを倒すための囮を手に入れることができた。




 ダンジョンに入る前に、ギルドに併設された飯屋に寄る。

 だいたいにおいて、ギルドにくっついてる飯屋やら酒屋はうまい。

 それに地元の人間がいないこともあるため、一人でいて疎外感があまりないのもグッド。


「お姉さん、極限級なんですか! すっげぇ!」


 少年は叫ぶ。

 ほんとやめてくれませんかね。

 ほら、視線が集まってきて痛いんで。


「ここはシチーがおいしいんですよ!」


 死地ー?


『違う。シチー、キャベツメインの野菜スープ』


 ああ、そう。

 じゃあ、それで。


「サール! いつもの二つ!」


 少年はグレルというそうだ。

 黒混じりの赤い短髪がいかにも活発そうな印象を出している。


 ほっといても一人で話を続けてくれているからこっちは楽だ。

 どうやらここは知り合いが働いている店らしい。


「――なんですよ。メルさんは俺に何か質問はありますか?」


 特にない。


「またまたぁ。何でもいいんですよ」


 ほんとにない……あっ。


「おっ、何でしょう?」


 さっきシュウと話したことが気になる。

 ボスのドロップアイテムをどうするんだ?


「えっ、いや、それは」


 顔が真っ赤になった。

 困惑しているような、照れているようなにやけた顔だ。

 マジかよ、シュウの見立て通りなのか。


『ふふん、何を隠そう恋愛マスターシュウとは私のことだよ』


 はいはい。


「いや、実は――」

「ネージュさんにあげるんだよね!」


 横から元気な声が割り込んできた。

 両手に湯気のたつ皿を持ち、こちらもまた元気そうな笑みを見せている。

 いかにも田舎の活発そうな女の子といった具合だ。

 グレルと同じくらいの年だろうか。


「サール! 俺の台詞を取るなよな!」

「はいはい、早く食べないと冷めるよ!」


 軽く流して皿を私とグレルの前に置いていく。


「メルさん、こいつは幼なじみのサールです! うるさくてすみません!」

「なに言ってんの! あんたのほうがうるさいじゃない!」


 どっちも賑やかだ。

 賑やかというよりも……眩しい。


「それでボスのアイテムなんですけど、ネージュっていう近所のお姉ちゃんにプレゼントするんです。お姉ちゃんはすごく優しくて穏やかで俺のあこがれなんです!」


 やっぱりあの女の方か。

 そういうことがはっきり言えるのがすごい。

 眩しすぎる。もしかして、これが若さってやつなのか。


『俺だっていつもメル姐さんにアピールしてるじゃん!』


 お前のアピールは爽やかさも眩しさも感じられない。

 泥臭いダンジョンのヘドロみたいにねばっこくてしつこい。


『いつかそれが良くなってくるのさ』


 絶対に来ない。


「ネージュさんみたいなきれいな大人の女性があんたなんか相手にするわけないでしょ!」

「そんなことないさっ! ジュエリーを渡せばきっと見直してくれるさ! それにお前だって早く相手を探せよ!」

「うるさいわよ! 私にはちゃんと相手がいるの! 今夜もその人と会う予定なんだから!」

「嘘付け! サール流の強がりだ! お前みたいなうるさい女、好きになる奴なんていない!」

「っ! 嘘じゃないわよ!」

「そっか良かったな!」

「ええ、良かったわよ! 今度紹介してあげる!」

「はいはい! 俺も紹介してやるよ!」

「どうせ無理だろうけど、せいぜいがんばって!」

「なんだと!」

「なによ!」


 ゴホンッと咳き込んで二人の会話を止める。

 これ以上聞いていると気が触れてしまいそうだ。


『もう触れてるじゃん。しぇしぇしぇのしぇでしょ。なに言ってんのさ』


 うるさい。


 二人も周囲の視線と厨房から覗くオーナーらしき人物の圧力に気づいたようで、


「すみませんでした」


 と、仲良く謝った。


『ああいうのは見ていて痛々しいね』


 痛々しい?

 恥ずかしいとかほほえましいの間違いじゃないか。


『やれやれだ』


 自然にため息をされてから、それだけ言われた。

 何のことだかさっぱりだが、スープはとてもおいしかった。




 さて、囮を連れて再度エルプティオ氷窟にやってきた。


「よっしゃ、やりましょう! 俺、ボスを倒したら姉ちゃんに告白するんです」


 うむ。がんばれよ。お前ならできる。

 シュウは黙っている。でも、なんか言いたそう。

 パーティーを組んだためシュウの会話もグレルに聞こえてしまう。

 シュウは基本的に男とは会話をしたがらないためだんまりを決め込んでいる。

 やることについてはダンジョンに入る前に聞いていたので問題ないはずだ。


 入ってからしばらくは二人一緒にボスを探していたが、あちらも警戒しているのか攻撃してこない。

 モンスターがちょろちょろ出てくるだけだ。

 地図にあらかじめ印をつけておいた地点で二手に分かれる。

 どちらも一方通行で合流地点も同じだ。


「メルさんも気をつけてください!」

 ああ、お前もな。駄目だと思ったらすぐに私の方に走ってこい。


 それと、小さく「すまんな」と言っておいた。


 二手に分かれてすぐにスキル「ステルス」で来た道を戻り、グレルを追いかける。


『ビンゴ』


 予想通りボスは私を無視してグレルを襲撃しに来た。

 モンスターがグレルの前にずらずらと現れる。

 私は壁にぴたりとくっついて様子を見る。


 グレルも戦おうとしていたが、勝てないと判断してさっさと逃げ始める。それでいい。

 見えない私の目の前を走り抜け、その後をモンスターが追っていく。


『じゃあ、さっさと行こうか』


 うむ。

 グレル達の行った方向とは逆方向――道の奥に私は進んでいく。

 予定していた合流地点にはグレルはまだ着いていない。

 代わりに一つの影が動いていた。


 小さな体に大きな袋を担いだ……ゴブリンか?

 立派な白髭に赤の三角帽子をぴょこぴょこ揺らす。

 ふぉっふぉっと声を出しながら、地面と壁に大量の小箱を手際よく取り付けている。

 シュウの予想通り合流地点に箱形爆弾を仕掛けていた。


 先に進むためには、この道は絶対に通る必要がある。

 グレルが引き連れるモンスターは私に倒されるだろうが時間稼ぎはできる。

 その後は二人でこの場所を通過することになるだろう。

 まとめて殺すには良い場所だとシュウが話していたが、ボスも同じ考えだったようだ。


 後ろからこそこそ近づくと、ボスは物音で気づいたがもう遅い。

 振り返ったままの小さな首を横に薙いだ。

 フォッと声をあげ頭が飛び、地面に落ちる前に光と消えた。

 ドロップアイテムが二つ残る。


『久々に手強かったね』


 うむ、ほんとにな。やっと倒せた。

 あとはグレルが引き連れてやってくるモンスターを倒すだけだ。


『その前に――』

「メルさーん!」


 道の向こうから泣き声混じりの叫び声が響く。

 見れば大量のモンスターを率いたグレルが走ってきている。


 おう、任せろ。今行くぞ。


 近づいてくるグレルに向かって足を踏み出す。


『ダメッ! 起爆スイッチがまだ生き――』


 あっ、何か踏んだ――と思ったら、シュウの焦った声が急に聞こえなくなった。

 同時に視界も失われた。思考も消えた。




『さすがというべきか、生きてるね』


 最初に聞こえたのはシュウの声。

 ついで目を開ければ、ほこりとがれきが入り交じった光景。

 シュウの声以外がよく聞こえない。耳に刺すような痛みがある。


『鼓膜が破れたかな。再生スキルですぐ治るはず。しばらくは痛いだろうけど我慢して』


 わかった。

 で、何が起きたんだ?


『メル姐さんが爆弾のスイッチを踏んで、爆弾が爆発した。とても単純』


 ほんとに単純だな。

 でも、体は動くし瓦礫に埋まったわけでもない。

 耳が聞こえなくて、痛いけど徐々に治まってきているのがわかる。

 さすがチートだな。この程度ですんで本当に良かった。


『――メル姐さんはね』


 あっ。

 冷たい汗を背中に感じつつ、視線をグレルの方へ向ける。

 瓦礫の端から人の手だけが見えている。


『やったか?!』


 やってちゃまずいだろ。

 冗談言ってる場合じゃない。


『バッカ、姐さん。俺の今の台詞でね、奴の死亡フラグが生存フラグに成り代わったんだよ』


 意味わからん。

 さっさと行動に移ろう。


 瓦礫をせっせとどかすと、五体満足でグレルが出てきた。

 意識は完全にぶっ飛び、服も体もぼろぼろだがなんとか生きていた。

 あちこちから血がだらだら出ている。


 ひとまず起きるまで安静にさせておこう。




 合流地点に戻り、かなりの時間が経つとようやく目を覚ました。


「あれ?」


 おう、目が覚めたか。


「えっと、ダンジョンに入って、モンスターに追いかけられて……そのあと」


 すまんな。爆発に巻き込まれてな。


「あ、はい」


 これ、お前の取り分な。


 ボスのドロップアイテムを渡す。

 アイテムをぼんやりと眺めていると、徐々に生気を取り戻してきた。


「倒したんですね!」


 ガバッと体を起こす。


 そうなるな。

 ところで体は大丈夫か?


 聞くと、立ち上がり体の各部を動かしていく。


「問題なさそうです!」


 さすがチート。共有スキルも伊達じゃないといったところか。

 血は服にべったり付いてるのに傷すら残ってない。

 本人はウキウキで気にしてないからほっとこう。


 じゃあ帰ろうか。


「はい!」


 元気な返事とともにエルプティオ氷窟の攻略は終了した。


『終了? つーか、これからっしょ』


 ……不穏なこと言うなよ。




 ダンジョンを出れば、すでに日が暮れていた。

 グレルは急がなくちゃと、駆け足でネージュお姉ちゃんとやらの家に向かう。

 ぼろぼろな服も気にとめず、雪に足跡をつけていく。

 私も気になるので、こそこそ後を追う。



 いよいよ家が見え始めると、ちょうど扉が開いた。

 扉から昼に見たおっとりした女性が出てくる。


『うーん、確かにかわいいけどさ。胸がないのはマイナスだよね』


 黙ってろ。

 そんなに胸が重要か?


『あったりまえじゃん! 唐揚げだってもみもみしておいしくなるんだよ! 況んやおっぱいをや』


 なに言ってるのかわからん。


「おねえ――」


 グレルは発しかけていた声を止めた。

 理由はおそらくネージュと一緒に出てきた男を見たためだろう。

 立ち止まっているグレルに気づかず、ネージュと男は背を向けて歩いて行った。


『あちゃー、恋人繋ぎ! こりゃダメですわ!』


 ネージュの左手と男の右手は絡め合うように握られている。

 聞いたことはなかったが、恋人繋ぎというようだ。

 確かに二人の仲がただならぬことはわかる。


 彼らはけっきょく私たちに気づかないまま、道を曲がり見えなくなった。

 同時に、グレルはその場で膝を折り、頭を垂れた。


『orz』


 オルツってなによ?


『今のあいつの状態。失意体前屈ってやつ』


 たしかに失意は伝わってくる。


『他人の不幸で今日もメシがうまいっ! メシウマ状態!』


 こいつ、ほんと最低……。

 とりあえずなんか声かけとくべきだろうか。


『それがいいよぉ』


 うむ。そうだな。


 ゆっくりと近づき口を開く。

 開いたものの何を言えばいいのかわからずそのまま停止。

 口が渇いてきたので、結局、何も言わずに閉じた。


「追いかけて告白しようと思ったんだ」


 グレルがこちらに気づいたのか、訥々と漏らし始めた。


『で、でたー! 聞かれてないのにいきなり語り出奴』


 黙って聞いてろカス。


「でも……角を曲がったときの姉ちゃんの顔――」


 項垂れ下を向いた顔から小さな水滴が雪の上に零れていく。

 水滴は熱く、雪を溶かしてしまう。


「あんな顔……俺、見たことなかった」


 雪に付けた手は痒くなるほどに真っ赤だ。


『しもやけ、もしかすると肝臓を悪くされているかもしれませんなぁ』


 あのさぁ、ほんと黙っててくれないかなぁ……怒るよ。


「姉ちゃん、ほんとに幸せそうでさ……。俺じゃ、あんな顔させられない。俺じゃ駄目だって気づいちゃったんだ。そうしたらさ。足がもう動かなくて……」


 私には何も言えない。

 そんな経験が私にはないし。

 経験があっても私は口が回らない。

 そもそも近づいては駄目だったんだ。

 何も言わずに立ち去るべきだったのだ。


『……メル姐さん。俺が今から話すのは独り言だ。それを伝えるかどうかはメル姐さんに任せる』


 いい加減に黙れよ、と言おうとした舌があまりにも真剣なシュウの口調に制され止まった。


『グレル。君は今日、一つ成長した』


 シュウは静かに、珍しく綺麗な声で語り始める。

 黙ることができない私はシュウの言葉を伝えていく。


『君はネージュの幸せを察し、君の中にある抑えがたく度しがたい気持ちを君自身の中に押しとどめた。これは並大抵なことではできない。少なくとも俺には無理だ』


 君をお前に、俺の部分は私に直して伝えていく。

 確かにお前じゃ無理だろうな。


『だからきっと、君は本当に彼女のことが好きだったんだよ』


 うむ。

 そうなんだろう。

 人のことはよくわからんけどな。

 私もダンジョン好きだからちょっとわかる。

 しかし、こいつもまともなことが言えるんだな。

 普段からもう少しマジメにしていれば……。


『君の好きなネージュも今夜はあの男のイチモツでひぃひぃ言うんだ』

 お前の好きなネージュも今夜はあの男のイ――


 こいつ……やりやがった!

 ハナっから――最初からこれを狙っていたんだ。

 私にこれを言わせるためだけにマジメな口調をしていやがったな!


 しかし、今さら黙るのも変だ。

 マイルドに言い直していくしかない。


 ――えっと、今夜はあの男と寝るんだ。


 グレルは「あぁぁ」と小さくうめいた。


『ベッドの上でギシギシアンアン吸ったり舐めたりヌコヌコパコパコずっこんばっこんソイヤッソイヤッしてるんだよ』

 …………ベッドの上でいろいろと愛し合ってるんだ。


 ソイヤッソイヤッは違うんじゃないだろうか。


『そんでもって来年十一月ごろに二人は三人になるんだよ……』

 ん? 来年十一月ごろに二人は三人になるんだ。


 二人が三人?

 意味がわからないからそのまま言ってみる。


『あのお姉ちゃんがママになるんだ。もう諦めろ』

 ぉぅ……。ネージュも母になる。もう諦めろ。


 そういう意味か。

 私がもう諦めて、そのまま伝えた。


『そして、ともに戦おう。これは俺たちの性戦だ!』

 いっしょに飲もう。今夜は私の奢りだ!


 どうやらシュウの独り言は終わったらしい。


 …………やっちまったな。


「うわぁあああああああ!」


 グレルは泣き崩れた。

 拳を、頭を何度も何度も地面に叩きつける。


 落ち着け。

 酒でも飲もう、な?


『あんだけ言っといて、落ち着けってのは無理でしょう』


 お前のせいだろ。

 大部分はお前のせいだよ。


『トドメ刺したのメル姐さんじゃん。黙っとけばいいのに』


 それからもグレルは泣き続けた。

 彼の脇を多くのカップル達が物珍しそうに歩いて行く。

 憐れな姿もまた恋人達を楽しませるための装置にすぎないのかもしれない。


『そうだね。あいつらにグレルの気持ちなんてわかんねぇよ』


 お前が言うな。


『デスクトップの背景に嫁の画像を設定してなぁ! 掃除しておいたモニターの前にケーキと蝋燭を並べてよぉ。手に持ったシャンパンをモニターの縁に軽く当てて「メリークリスマス!」つって、Xmasソングを歌う人間の気持ちなんぞ――あいつらにはわかるまいよ……』


 もうまったく意味がわからない。


 私に出来ることは、グレルが落ち着くのを黙って待つことだけだった。




 泣き続け、殴り続け、頭を地面に打ち続け、そして黙り続けたグレルは静かに立ち上がった。

 頭と手から血がだらだら流れているけど、大丈夫なんだろうか?


「行きましょう」


 彼は滑らかに呟いた。

 えっ、どこに?


「酒、奢ってくれるんでしょう」


 あ、ああ、うん。

 そうだな。行こうか。


「今日は飲みます! ちゃんと付き合ってくださいよ!」


 任せとけ。

 私は人より少々酔いづらいからな。


「それとメルさん。これをもらって頂けませんか」


 言葉とともに彼はボスのドロップアイテムを差し出してきた。

 石の持つ意味を考え、私は真剣に返答する。


 私はそんな石で靡くような安い女じゃない。


「あははははははは!」

『ヒャハハハハハハ!』


 一人と一本は大笑い。

 今の、笑うところなかったはずなんだけど?


『えっ……、本気で言ってたの? メル姐さんも冗談がうまくなったと感心してたんだけど』


 グレルも笑いを止めた。


「違います違います! そういう意味じゃないです! 俺にはもう必要ないってことです! 渡す相手、いなくなりましたから」


 ああ、そういうことか。

 それなら、ちゃんとそう言えよ。


『そうだぞ。メル姐さん自意識過剰だからテンパっちゃうだろ』


 うっさいわ。

 もういい、さっさと行こう。

 それと、その石は自分で売るなり壊すなりして処分しろ。


「はい!」


 グレルは元気良く返事をして走り出す。

 この方向だとギルドのところの飲み屋だろうか。

 もう一回、スープが食べたいな。


『あっ、そうそう。さっきから言おう言おうと思ってたんだけどさ』


 なんだよ。

 つまらんことなら許さんぞ。


『あいつの血を止めた方が良い。倒れるよ。……遅かったか』


 シュウが言い終わるのとグレルが倒れるのは同時だった。

 倒れる途中で手をつくこともなかった。

 いけない倒れ方だ。


『気絶。約四時間ぶり本日二回目。今日はたくさん血を流してたからね。血がたりねぇ。ご飯食べろ!』


 言ってる場合か。




 なんだかんだあってギルドに併設された飯屋に来た。

 グレルは起きなかったので、寝かせたままにしておいた。


 椅子に腰掛け、スープとつまみ、酒を注文する。


 テーブルにボスのドロップアイテムを乗せて眺める。

 キラキラ光ってるだけの石ころにしか見えない。


 グレルにはああ言ったものの、私もこの石の処分に困る。

 売っても入るのはお金だけだしなぁ。


『売るなんてとんでもない。ほら、あげる相手がここにいるでしょ』


 お前には絶対やらんぞ。絶対にだ。


『もう照れちゃってぇ。可愛いんだから』


 折りたくなってきた。

 おっと酒がきたから話は終わりな。


『あげるんなら相手は間違えないでね』


 お前にはやらんと言っている。


『俺だってそんな石ころいらないよ。欲しいのはいつだって女の体さ』


 せめて心とかそのへんにしろよ、生々しい。


『さっきの言葉、忘れないでね』


 そう言うと、シュウは黙ってしまった。

 やっと静かになったか。




 ぼんやりしているとスープが運ばれてきた。


「お待たせしましたー!」


 ――元気な声とともに。


 こいつはたしかグレルの幼なじみとかいう……、


『サールだね』


 そう、サールだったな。

 あれ? お前、今夜は約束があるとか話してなかったか?


 問われた少女は困ったように笑う。


『馬ッ鹿だなー。あんなの嘘に決まってるじゃんか』


 嘘なの?


『そらそうよ。大好きな幼なじみを振り向かせるための虚言だよ』


 えっ、お前グレルが好きなの?


「さすが極限級冒険者ですね。やっぱりわかっちゃいますか……」


 サールははにかんでいるだけだ。

 私には全然わからなかったんですけど、仲がいいなー程度だ。


『にっぶいなー。もしも世界が百本のノベルゲーなら、幼なじみは九十組以上あるんだよ!』


 じゃあ、私にはわからないじゃん。


『然もありなん』


 あっさり前言撤回された。


「グレルは……、ネージュさんのところに?」


 恐る恐るとサールは尋ねてくる。

 黙っていてもいいのだが、別に言ってしまってもかまわないだろう。

 ギルドに来るまでに起きたことを、一部省いて説明していく。


「そっか……、そうでしたか」


 複雑な表情で、少女は相づちを打っている。


 もっと喜べばいいんじゃないのか?

 お前がグレルのことが好きだっていうならチャンスだろ?


「それは……」


 続きの言葉は出てこない。黙ってしまっている。


『バーロー。そんな単純な問題じゃないんだよ。グレルがネージュのことを好きだってことは認めてたんだからさ。グレルが傷心状態になってるのは、サール自身の傷心にも繋がるんだ』


 訳わからん。

 なんでそんな複雑なことになるんだ?

 好きならさっさと告白しちまえばいいだろ?


『好きだ、メル姐さん!』


 なんで告白しないんだ?

 シュウを華麗に無視してサールを問い詰める。


『怖いんだよ。もしも告白して断られたら、今のなぁなぁな関係がぶっ壊れるからね。あと、俺の一世一代の告白はどうだったんでしょうか?』


 まあ、ちゃんと告白しても普段の言動から流されるかもしれないな。


『あ、そうっすか』


 サールはやはり黙ったままだ。


 私がグレルに伝えてやろうか?


「それはだめです!」


 首を必死に横に振り、否定する。


「いつか……いつか私が自分の口で伝えます」


 そうだな。それがいい。

 早い方がいいと思うぞ。あいつが他の人を好きになる前に。

『あるいは誰も好きになれなくなる前に』


「……わかってます」


 今日じゃ駄目なのか?

 クリスマスイヴとかいう特別な日だろ。

 それにあいつは今、曰く付きの石ころも持ってるはずだ。

 あと、私もどうなるか気になるから早い方がいい。


「グレルは来てないようですし、それにやっぱり本人を目の前にしたら言えなくなるかもしれませんし……。ほ、ほら、それよりも早くスープを食べてください! 冷めますよ!」


 うじうじしていたが、ついに話を逸らし始めた。


「そう言えば、ずっと気になってましたけど、その白い袋はなんなんです?」


 ああ、これな。


 私の足下には大きな白袋が置かれている。

 ちょうど丸まった人ひとり分が入りそうな袋が――。


 話を逸らしたかったようだがもう遅い。

 スープはすでに温くなっているし、


「クリスマスプレゼントだ」


 話はすでにグレルへと伝わっている。


 袋の封を切れば、そこには一人の少年。

 彼はすでに目を覚まし、固まっている少女と目を合わせた。




 酒場に来る前、道端で倒れたグレルをどうするかでシュウに聞いてみると、


『おもしろそうだから、連れて行こう』


 ということで、近くにあった白い幌布を拝借し、包んで寝かせたまま運んできた。


 確かに状況は面白いけど、すごく気まずい空気が流れる。

 先ほどまで賑わっていた酒場も、ただならぬ気配を感じて静かになっている。


「どうして……どうして今まで言ってくれなかったんだ?」


 先に口火を切ったのはグレル。


『こいつもにぶいな。メルかよ』


 悪口の代名詞に私の名前使うのやめてくれない?


「言えなかったの。……好きだったから」


 サールはそれだけ応える。

 なにやら若干やけくそ気味だ。いいぞ、もっと言え。


「そんなのわかんないよ」


 そりゃそうだ。

 私だってわからん。


「十五歳と十六、十七歳のときも、私はずっと待ってた!」


 サールは声を張り上げる。


「何を?」


 グレルは当然の疑問を投げかける。


「クリスマスプレゼントよ!」


 と、間髪入れずに返した後、「告白もよ……」と小さく付け加える。


「グレルが来てくれるのをずっと待ってた!」


 サールは目に涙を溜めて叫ぶ。


『なにこの女、ジョ○サンか?』


 ほら、黙っとく。グレルが喋るぞ。


「そんなこと俺が知るわけないだろ! サールが勝手に願ってただけだ! ちゃんと言ってくれないと、思いも願いも伝わらない! 何もないのと変わらないんだ!」


 どうやら今日の経験を元にした台詞のようだ。

 私もそう思う。思ってるだけなら意味なんてない。

 他の冒険者も同意したのか、周囲の席で頷く姿がちらちら目に入る。


「十四のときから今年以外、毎年ずっとクリスマスを一緒に過ごそうって誘ってきた! プレゼント交換もしようって! グレルは毎年、はいはいって頷くだけで、いつも遊び呆けてた。あんただって覚えてるでしょ!」

「ごめん、覚えてない」


 それはよくない。

 周囲の冒険者たちも非難の視線をグレルに向ける。

 いつの間にか厨房からオーナーも出て来ている。


「俺だって、ネージュ姉ちゃんが好きだったんだ! だから、ボスのドロップアイテムも手に入れてきたんだ!」


 ん?

 追い詰められたグレルはなにやら自分の話を始めた。


『あ~、これは自己の正当化ですね。自分にもこれこれこういう事情があったから、俺の原因でお前に不条理があっても俺は許されるんだって話に持って行こうとしてる』


 なるほど。


「俺だって……俺だって! 自分の思いを伝えることに精一杯だったんだ! お前の事情なんかまで、察せる訳ないだろ!」

「っ! 石ころなんかで気を引こうってのが、そもそも間違いなのよ!」


 カッとなったサールは売り言葉に買い言葉で返していく。

 グレルは歯を噛みしめて、目をひん剥いている。

 その後は、互いに罵倒のぶつけ合いだ。

 そして、ついに――


「うるさいっ! うるさいっ! 渡す相手もいないならこんな石! 壊れてしまえっ!」


 どうしてそういう結論になったのかよくわからないが、グレルは袋から取り出した宝石を手に握り腕を振り上げた。

 まさに腕を振り下ろし、宝石が床に打ち付けられん――といった瞬間、


「壊すくらいなら私にちょうだい!」


 金切り声が響いた。サールではない。

 全員が声のした方を見ると、そこにはギルドの受付嬢がいた。

 騒ぎが気になって見に来ていたらしい。

 本人も思わず声が出ていたようで、この場にいる総員の視線を受けて我に返り、


「何でもないです」


 と、無理矢理作った澄まし顔で答えた。


 何にせよ、場は膠着してしまった。

 緊張は中途半端に緩み、問題の二人も何も言えずに黙っている。

 最初の状況に戻ってしまった。


『好きだ惚れた腫れたの話はもうやめろよ……。うんざりだ。ベタベタイチャイチャとかここで求められてないんだ。カテゴリーエラーなんだよ。「恋愛」も「らぶえっち」もキーワードに設定してないんだからさぁ』


 久々に喋ったと思ったらなに言ってんだ、お前?


『メタ過ぎた。ディレクターさん、ここカットで』


 さて、どうしようか。

 困ったときのシュウ頼み。

 チラチラ見てみる。


『せっかくリセットされたんだ。一からやり直させればいいじゃん。それが手っ取り早いよ』


 一からっていうのは、どういうことだ?


『もう一回ちゃんと面と向かって告白させて、プレゼント交換させろってこと。相手が受け取らないなら、それまでだったってことだよ』


 なるほど。それでいくか。

 そういうシンプルなやつのほうが私好みだ。


『告白はサールから。プレゼントもだよ。冷えたスープなんかプレゼントさせちゃだめ。わかってるね』


 忘れるなってそういうことか。

 さすがの私でもそこまで言われればわかる。


 サール。


 呼びかけると、少女は泣き腫らした目で私を見下ろす。


「やり直せ。今日はクリスマスイヴで、ここにはすでにグレルがいる」


 はい? とよくわからないといった表情になる。


 やりたかったんだろ?

 告白に、プレゼント交換、そして、一緒にいること――。


 残念だが、告白はお前が先手だ。

 思いはきちんと相手を見て告白しろ。


 プレゼントは、これを私からやろう。

 こんな雰囲気を作ってしまったせめてもの詫びだ。


 そう言ってサールの手に「半永久の煌めきジュエリー(Xmas ver.)」を握らせる。


『うわ、受付の姉ちゃん、めっちゃこっちガン見してきてる』


 渡す相手を間違えるなよ。

 だが、最後の願い――「一緒にいられるか」はグレル次第だ。


 私の言葉を聞き、少女はしっかりと頷いた。

 そして、少女はグレルの方を向き直り口にする。


「グレル、私はあんたのことが好き。一緒にいたい」


 少年は正面からその言葉を受けた。

 目をぎゅっと瞑り、決意したように重々しく口を開く。


「俺はまだサールのことが好きなのかわからない。でも、決して嫌いじゃないし。一緒にいて楽しいと思う。今はそれしか言えない」


 なんとも煮え切らない回答だ。

 はい、か、いいえで答えればいいのに。


『まだ失恋してから今日の今日だよ。こんなもんでいいんじゃない。大切なのはきちんとサールの気持ちに向き合ったってことよ。まあ、ここでノーって答えたら生きて帰れませんわな。一種の脅迫だ』


 話をしているうちに、二人はプレゼント交換に移った。


 サールからも、グレルからもボスのドロップアイテムを渡す。

 物質で見るとプラスマイナスゼロだが、交換することに意義があるんだろう。


 二人がそれぞれ石を受け取った瞬間、両者の手の平に乗せた石が光った。

 正確に言えば、最初からピカピカ光っていたんだが、ケバケバしい輝きが落ち着いた輝きになった。


「永遠の煌めきジュエリー……?」


 どうやらアイテムの名前が変化したようだ。

 周囲の冒険者もどういうことだとざわめきだつ。


「聞いたことがあります。特殊条件を満たせば石が変化する、と」


 いつの間にか私の隣に立っていたギルドの受付嬢が呟いた。

 それよりもこの受付嬢は眼球が飛び出しそうなほど、宝石見てるけど大丈夫なんだろうか。よだれも出てるし。


『ははっ、なるほど……。そういうことか』


 やはり、こういうことを理解するのはシュウである。

 ほら楽しそうに笑ってないで、解説早よ。


『今日の午前、ソロで潜ったときはボスを倒せなかったよね』


 ああ、厳しかったな。


『あれね。きっと二人以上で攻略しないと倒せないようになってるんだ』


 それはまたどうして?


『男女ペアで倒すのが第一の試練なんだよ。そんでもって、そのアイテムを互いに贈りあうことが第二の試練。最後に、両者の思いが偽りじゃないことかな。最後のは推測ね。片方からの一方通行じゃない思いを確認して、初めて宝石は真の輝きを放つんだよ』


 シュウの言葉を私の口から紡いでいく。


「な……、なんだってー!!」


 ちなみにこれは受付嬢の反応である。

 他の冒険者たちも多少は驚いていたが、ここまでじゃない。

 周囲は受付嬢の反応を冷ややかにみているが、本人はまったく気づいていない。


『ははっ、このダンジョンを作ったのが、クリスマスイベントを持ち込んだ奴なら仲良くなれるかもしれないな』


 楽しそうにシュウは語っている。

 なんだよ、お前。来たときはクソミソに言ってただろ。

 だいたい何がそんなにおもしろいんだ。


『これ、主催者からの皮肉だよ。「オマエらクリスマスではしゃいでるけど、それは形だけ、あるいは肉体だけの偽物なんじゃないの?』ってね」


 シュウのこの解説を、私は口にしない。

 ただ、目の前の少年・少女が手にしたモノが本物であることを願うだけにしておいた。




 さて、いよいよ防衛戦の時間が近づいてきた。


『なるほど時刻は間もなく午後九時、性の六時間を襲うのね。まさに性戦だ』


 ギルドの職員たちが「そろそろ集まってください」と声をかけている。


 一緒にちびちび飲んでいたグレルも席を立つ。

 サールも配膳の手を休めて椅子に座っている。


『ヘイ、姐さん。あのアホガキを止めてくれ』


 グレルはパーティーの方に歩いて向かっている。

 私も気づいて、慌てて肩を掴む。


 おい待てコラ。

 お前、どこ行くつもりだ。


「えっ、俺も防衛戦に――」


 馬鹿かお前は?

『おま言う。いいか、クソガキ。テメェにゃあな、俺ら独り身同盟軍の性戦に参加する資格がねぇんだよ』


 そうだ。お前が今夜一緒にいるべきはパーティーのメンバーじゃないだろ。


 ここまで言うと、グレルも気づき、今夜一緒にいるべき人間を見つめる。

 少女も椅子から立って、グレルを見つめ返している。


 グレルがパーティーを見ると、彼らはグレルにしっしと手を払う。


 他の冒険者達も「帰れ」、「さっさと失せろ」と声を挙げている。

 酒場のオーナーも、サールに「今日はもうあがっていい」と告げた。


 周囲からの帰れコールが二人を優しく包む。

 受付嬢だけは本気で帰れと言っているように見えるが、はっきりしない。

 私もかつて似たようなことをされたが、こんな温かい帰れコールがあるとは思わなかった。


『さらっと自虐ネタ入れるのやめようよ……』


 こうして二人は入り口で頭を下げて、郷の静けさに消えていった。




 郷から出て例の受付嬢に導かれつつ担当の地点につく。

 ここには私もいるためか他の地点よりも人員が少なくなっている。


「それでは皆さん。間もなく襲撃が来ます。くれぐれもアイテム回収に気をとられすぎないようにしてください」


 毎年数人、高価買い取り目的の奴がアイテム回収に力を入れすぎてやられることがあるらしい。

 一種の冗談みたいなもので、他の冒険者も笑っている。


「それと私はフリーですので、ボスのドロップアイテムを手に入れた殿方はいつでもウェルカムです」


 こっちは本気なのがわかるため誰も笑わないし、笑えない。


『チョロい受付嬢だ。我ながらヤバイ扉を開けちゃうかな』


 その扉、たぶん鍵かかってるよ。

 しかも鍵穴がないタイプ。


 そうこうしているうちに時間が来た。

 受付嬢はさっさと郷のほうに戻ってしまった。


 しかし、あれだな。

 この気持ちはなんだろうか?


『うん?』


 たしかにあの二人はうまくいったようだが、こう……なんかスッキリしないというか。


『ああ、なるほどね。独り身だから素直に喜べないのね』


 ちょっと違うような気がする。


『そんな入り組んだ心情にぴったしの魔法の言葉を教えてしんぜよう』


 そんなのあるのか?


『ある。こう言うんだ――』


 シュウが言ったのは前にも何度か聞いた言葉だった。

 以前に聞いたときは意味がよくわからなかったが、今もやっぱりわからない。


 ただ、シュウの言い方に含まれた妬み、僻み、羨み、憧れ、若干の祝福、そして――計り知れない諦めは伝わってきた。

 やっぱり私の抱いている気持ちとは、いろいろと違う気がする。

 しかし、そこは私がその気持ちをこめて言えばいいというだけの話。


 そんな訳で私も一つ魔法の言葉とやらを言ってみることにした。




 ――リア充爆発しろ。

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