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武器屋の片隅

 私は冒険者である。

 魔法の才はない。家事の才も、商いの才もない。

 剣を使うから剣の才があるのかというと、残念ながら剣の才もない。


 それでも冒険者として、今日も一人でダンジョンに行っていた。

 仲間はいない。友達はいるが、最近は話をしていない。

 両親は「そろそろ孫の顔を見たいなぁ」と言外に結婚しろというが、そもそも彼氏なんていない。

 強いて言うなら、剣が恋人だった。

 そう。「だった」だ。


 数年来の恋人が先ほど折れてしまった。

 鍛えてもらうお金もない。

 新しい彼氏を買うお金もない。

 折れて不能になった恋人を下取りしてもらえる可能性に賭けて武器屋を訪れた。


「おう! メルじゃねぇか。ついに新しい剣を買う気になったのか! ああ、すまんすまん。そんな金はないよな!」


 武器屋の親父がそう言ってゲラゲラ笑う。


 気にしない。もう言われ慣れている。

 この武器屋には何度も来ている――と言っても見るだけだ。

 いつか一攫千金を手に入れたときのために、新しい恋人候補にしばしば目を通していた。


「これを下取りしてもらえないか?」


 折れた恋人を親父に見せる。

 ああん? と怪訝な声を出した親父は元恋人を手に取る。


「なんだ折っちまったのか」

「折れたんだ」

「折れるまで使うのが悪い。そもそも刃も研いでないだろ。剣が可哀想だ」

「それで、下取りはしてもらえるのか」


 親父は顔を歪める。


「馬鹿言うな……といいたいところだが、この剣はうちで買ったやつだったな」

「そうだ」


 数年前、まだ駆け出しだったころに初めて買った剣だ。

 この店も開店したばかりで、安売りセールをしていたためなんとか買うことができた。

 当時はまだ親父の顔も柔和だったのに、今ではすっかり不機嫌な面が貼り付いてしまっている。


「ふん……廃剣置き場にまだ使えそうなやつがある。好きなやつを持っていきな」

「いいのか?」

「どうせ溶かすもんだ。一本くらいなら問題ない。その代わりにこいつは置いてけよ」


 親父は折れた恋人を指で叩く。


「感謝する」


 素直に頭を下げた。

 折れてしまった恋人などに未練はない。




 親父は使えそうなやつがあると話していた。

 しかし、私の目にそんな剣は見えない。


 柄がないもの。

 錆びだらけのもの。

 もうすでに折れているもの。

 刃が大きく欠けているもの、

 どうやったのか刀身全体にひびだらけのもの。


 廃剣置き場なだけあって、どれも実用性がない。


「おい親父。どれも使えなさそうだぞ」


 そのため振り返って親父に声をかける。


「馬鹿言え! お前の目が節穴なだけだ。その眠そうな目をこすって探せ! 嫌なら折れた剣を持って帰るんだな!」


 そう言われては仕方ないので、一本ずつ剣を調べていく。


 ある一本を握ったときだ。


『へいへぇい、おねえさんよぉ。ちょいとそこのおねえさん。俺の声が聞こえるかね』


 なにやらふざけた声をかけられた。

 振り返って見るものの人の姿はない。

 空耳だったかもしれない。


『おねえさん。そっちじゃない。こっちだよ。今、あんたさんが握ってるやつだよ』


 握る剣を凝視する。


 その剣は一言でまとめるとぼろぼろだった。

 刀身は錆びだらけで、ひびも無数に入っている。

 刃も欠けているし、刀身は曲がってすらいる。


『おおっと! おねえさん、聞こえてるね。そうだよ、俺だよ。あんたさんの今握ってる、固くて、太くて、長いやつさ』


 たしかに男の声が聞こえている。

 声は耳ではなく頭に響いているようだ。


「おい親父……剣が喋ったぞ。どういうことだ?」

「なに馬鹿なこと言ってんだ。冗談はお前の財布の中だけにしとけ」

「財布の中も冗談じゃない」

『まあ、そう言いなさんなよ。おねえさん、話は聞いてたよ。ここから一本、ただで持っていけるんだろ。俺にしなよ、役に立つぜぇ?、超立つぜぇ、びんびんだぜぇ。今夜は寝かさ――』


 そっと剣を元の位置に返して、手を離した。

 声は聞こえなくなった。


 どうやら疲れているらしい。

 そろそろ真剣に結婚を考える時期に来ているのかもしれない。

 気を取り直して他の剣を調べていく。




 他の剣を調べ終わったが、どれも似たり寄ったりだ。

 触りたくなかったが、もう一度だけ例の剣に触れる。


『おねえ様。頼むから――』


 やっぱり喋った。

 そして、剣から手を離すと声が途切れた。

 どうやら触れている間だけ声が聞こえるようだ。

 もう一度だけ触れてみる。


『話を聞いてください。お願いします。溶けて消えたくないのです』


 剣の口調もどんどん丁寧かつ切実なものに変わっていく。


「ほんとにお前が話しかけているのか」


 親父に聞こえないよう小声で剣に問う。


『そうです。そうなんです。見た目は剣、だけど心はか弱いチェリーボーイなのですよ』


 その後、剣は独りでに話を始めた。


 なんでもチキューのニホンとかいう国に住んでいたが、階段からこけて命を落としたらしい。間抜けな奴だ。

 死後に神様に会って、チート(?)転生させてやると言われたらしいが、目が覚めたら人間じゃなく剣であった。

 いろいろ紆余曲折あってこの武器屋の廃剣置き場に流れ着いたのだとか。


 剣は涙ながらに語った。実際に涙は見えないが声がかすれていた。




 とてもじゃないが信じられない。

 しかし、剣から声が聞こえるのはたしかだ。

 私はまだ正常のはずだ。


「お前の話はよくわからん。それよりもお前の見た目を考えるに使い物になるとは到底思えん」


 喋る剣の見た目はひどい。

 元恋人と比べても折れてない部分にしか利点がない。

 これでは使い物にならないだろう。


『いや待て早まるんじゃないよ、おねえさん。たしかに見た目はひどいけど、俺はこれでもチート持ちなんだぜ。神棚に供えてもらってもバチは当たらんよ』

「先ほどから言っているチートとはなんだ?」

『おおっと、すまない。俺の元いた国の話さ。チートってのはね。元はずるとか騙しって意味なんだけど、今じゃ意味も広義に扱われてるからね。とても不思議で強大な力があるってことになるかな。わかるかな? わかんねぇか。おねえさん頭わるそうだもんね。まあ、簡単に言えば血を吸えば吸うほど、見た目も回復して強くなる……はず』

「……はず?」

『イカれたロックな神様からの伝聞だよ。なにぶん俺はまだ未経験の童○君でしてね。おねえさんが優しくエスコートしてくれると、うれしいな』


 てへっ、と剣は甘えたような声を出す。気持ち悪い。


 やっぱり元の位置に戻そう。

 他の剣にすべきだ。


『待って。待て待て。待ってください! 俺の見た目が良くなるだけじゃないんです。なんと! なんとですね! いろいろな効果も付いていきます。たしかに今は毒付与しかありません……しかし! これからきっとじわじわ増えていきます。それはおねえさんのがんばりしだい! しかも! しかもですよ! 今日はなんとそれだけじゃないんです! 強くなるのは俺だけじゃない。俺の強化とともに持ち主になる貴方も――頭の硬そうなおねえさんも強くなる! 振れども振れども一向に強くなれない無為でただれた日々とも今日でお別れ。明日から俺とおねえさんの破竹の快進撃が始まりますよ! こうご期待!』


 本気で折ってやりたいが、踏みとどまる。

 どうせもう冒険者生活も行き詰まっていたところだ。

 このおしゃべりな剣に賭けてみるのも悪くない。


「明日からでは駄目だ。さっそく今日から試させてもらう」

『お、おぉ……使ってくれるんですか、俺の一物を』

「駄目だったら粉々に砕いてから溶かすからな。覚悟しておけよ」

『…………や、やさしくしてね』


 笑みが浮かぶ。

 どうやら久しぶりに会話を楽しんでいたらしい。


「私はメルだ」

『俺はシュウっていいます。シュウ君ってハスキーな声で呼んでくれると悶えます』


 剣は、勝手に名乗り始めた。




 こうしておしゃべりな剣とのダンジョン攻略が幕を開ける。

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