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少年少女は、共有する。 ③

主人公の桜井くんですが名前の「祐助」の「助」が「ゆうすけ」と一撃変換させた場合に「祐介」になってしまうことが最近の悩みです。

 3





「どういうこと……?」

 数秒して、ようやく俺は深刻な顔を使って言葉を搾り出す。


「今言った通りです。私が、胡桃さんを呼びました」

 片桐さんの答えは先程と変わらない。


「お嬢様、約束通りお持ちしましたよ。お召し物にその他、頼まれました生活用品です」

「ありがとうございます」

 にっこりと笑って胡桃さんは足元に置いていた大きめの紙袋を片桐さんへ渡す。ずっしりと重そうなそれには一体何が入っているのだろうか、そんなことは俺にとってどうでもいい。


「ありがたいんですけど、受け取るのはもっと人手の少ない場所の方が良かった……かな?」

「……それは申し訳ございませんでした。以後気をつけさせていただきます」

 深々と手を前にやって頭を下げる胡桃さんの姿はまさにメイトそのものである。


「それでこちらがお世話になっている桜井祐助くんです」

「これはこれは祐助さま。この度はお嬢様のわがままをお聞き下さってありがとうございます」

「えっ、いや……」

 答えに迷ってまごつく俺をスルーして胡桃さんはまた頭を下げた。


「私はお嬢様よりご紹介預かりました、お嬢様のメイドをやらせていただいております、比護胡桃(ひごくるみ)と申します。何卒よろしくお願い致します」

「いや! 自己紹介もありがたいんですけど、それよりも何が何だかさっぱり……」

「何がです?」

 片桐さん、胡桃さんが二人同時に首を傾げる。


「いや、全部ですよ、全部!」

 ついつい声が大きくなる。


「全然分かりませんって! まず片桐さん、胡桃さんは片桐さんのメイドさんなんだよね?」

「はい、幼少時代からお世話になってます」

「それで胡桃さん。あなたはかtがいりさんの家出を知っていらっしゃるんですよね?」

「その通りで御座います」

「それなら片桐さんを連れ戻しにここに来たんですよね!?」

「いいえ」

「えぇえええっ!?」

 いいえって何!? それなら何であなたはここに居るの!? 余計に頭がこんがらがる。今の話を聞くに家出をした片桐さんのメイドの胡桃さんは片桐さんの家出について既に知っている。しかし、今回ここに現れたのは片桐さんを連れ戻しに来たためでなく、むしろ片桐さん自身から胡桃さんを呼んだ――。こういうことになる。

 

 つまり。


「公式で家出を承諾済みってこと!?」

 それって家出なの!? むしろ「お出かけ」レベルじゃないの!?


「その分かりにくくて、すみません」

「お嬢様?」

「後は私から話します。ややこしいんですけど、私、家出しているのは本当です」

 昨日、パジャマ姿で道路を歩いているのを見て「お出かけ」とは呼べなさそうだったしなぁ。家出したということは信じてもいいだろう。だが、今の話だけじゃこの状況を理解できない。右手を顎に当てて頭の中で話を整理していく。


「それで、私が家出した理由はお聞きになりましたよね?」

「えっと、確か両親が――」

「はい、そうなんです。私が家出したのは両親との口論になったから。あくまでそれだけであって、今回の家出に胡桃さんは一切関係していないんですよ」

 ね? と片桐さんが胡桃さんを見ると、胡桃さんは「然様(さよう)で御座います」と笑う。


「じゃあつまり胡桃さんは、片桐さんの味方ってこと?」

「そうなりますかね。今日は足りない生活用品を持ってきて貰うようにお願いしたんです」

 ここでようやく話が繋がったが、疑問は完全には消え失せていない。


「あの――」

 と、それを胡桃さんに尋ねようとしたところで、俺たちは観衆に囲まれているということを思い出してハッとなる。


『誰?』  『お嬢様とか言ってなかった?』

   『あの男は?』    『彼氏じゃないの? そのお嬢様の――』 『マジかよ……』


 ――ッ。途端に顔を赤面させて、俺はその場でわざとらしく咳払いをしてから、


「とりあえず詳しい話は場所を変えてから……」

 小声で片桐さん、胡桃さんに提案し、二人に強引に校門を潜らせた。



 移動して体育館の裏。ここは学校内で太陽も(さえぎ)る人手の少ない場所の一つである。


「ここなら大丈夫でしょう」

 高を括っているかもしれないが、先程の状況よりはこちらの方が話し合いとしては適しているだろう。さっきのギャラリーに「家出」だの「お嬢様」だの「メイド」だのを聞かれたのが少し気になるところだが――。


「それでは話を戻します。胡桃さん、その片桐さんの味方だと言っていらっしゃるのは分かるんですが、それって危なくはないでしょうか」

「と、言いますと?」

 胡桃さんは分かっていらっしゃらないご様子。マイペースでのんびりしているのは片桐さんとよく似ているような気がする。


「両親ですよ。連れ戻して来いと言われたとか。そういうのは無いのかなぁ、と」

 片桐姫華の専属メイドということは片桐家の者に雇われていると推測できる。それならば両親が事実的に娘を連れ戻すように頼めるのはメイドである胡桃さんということになる。


「それなら心配御座いません。ご安心ください」

「えっ?」

 答えに迷うことなく胡桃さんははっきり言った。それが意外な俺は拍子抜けを感じる。


「お嬢様のご両親――社長と奥様はお仕事の都合で家を空けることが多く、専属でお嬢様の世話をするように任されているのはそれがあるからなのです。今もお二人はご不在でイギリスに行っていらっしゃいます」

「い、イギリス……?」

 日本を飛び越えて外国とは、さすがお嬢様のご両親やで……。ってなぜ関西弁。


「それじゃあ……」

「はい。お嬢様が家出しているということは、もちろんご両親様には言っておりません」

「そういうことか……」

「ごめんなさい。こういうことはもっと早く言うべきでしたよね」

「片桐さんが謝っても仕方ないよ。それに、両親にバレていないっていうのは大きいな」

 俺の命は胡桃さんと出会った時限りで消えるものだと思ってたし。


「ただし」

 そこで、胡桃さんが強めの一言。


「――社長と奥様にこのことが耳に入るのは時間の問題なのです」

「えっ、どういうこと?」

 片桐さんも、今の胡桃さんの発言は初耳だったようで目をきょとんとさせている。


「今はイギリスに滞在していらっしゃいますが、今日から一週間後に一度こちらにお戻りになる予定になっているのです」

「一週間!?」

「つまり、あと7日。残り7日間でお二人にお嬢様のことが伝わってしまうでしょう。もちろん、その時私も最善の努力を尽くすつもりですが……それにも限界があります」

「ッ……」

 片桐さんが顔の皮膚を縮めてしわを寄せる。


「つまり、この一週間の間はお嬢様の自由になりますが、社長がお戻りになれば、それは……」

「片桐さん……」

「どうなさいますか? このまま館へお戻りになって――」


「それは嫌っ!!」

 大声を張り上げたのは片桐さん。こんな声が出るんだ、と俺を圧倒させるほどの叫びだった。胡桃さんも俺ほどではないが、若干ながら戸惑ったのが見て分かる。


「私は……私は……ッ」

 片桐さんが眉をひそめて俯いてしまう。


 「自由」になりたい。「刺激」の多い日々から解放されたい――。片桐さんはそう言って家を飛び出した。その強い意志が生んだ彼女の行動は言葉に余る勇気あるものだ。


「ですが、お嬢――」

「いいんじゃないですか、戻らなくても」

「ゆ、祐助さま……?」

 俺は、何だか今の片桐さんを見ていると、喉元にまでこみ上げてきた言葉を躊躇なく吐き出していた。


「本人が嫌だって言ってるんですし、嫌なことを無理にやらせる必要なんてないですよ」

「桜井くん……」

 片桐さんが顔を上げて俺を見る。その目には涙があった。


「俺の家なら全然オッケーだから。俺の家で片桐さんが本当に得たい『普通』があるんだったら――おいでよ」

 その『普通』を、俺がたくさん与えてやれるから。俺は口元に笑みを作って、片桐さんにまっすぐ右手を伸ばす。


「ふぇっ……」

 裏返った片桐さんの声だ。


「それに、片桐さんは笑うと可愛いんだよ? 片桐さんの笑顔がなくなるような場所なんかにわざわざ帰ることなんてないよ」

「さく……らい……くんっ……ぐすっ」

 小さな嗚咽が漏れたあと、ぼろぼろと決壊した涙腺は片桐さんの目から涙を流させた。


「胡桃さん」

「――分かりました」

 俺が言わずとも察してくれた胡桃さんがはっきりと頷く。

「もし、片桐さんのご両親が片桐さんを連れ戻しに来たのなら――俺が何とかしてみます。上手くできるかどうかは分かりませんけど、精一杯、やれるだけのことは」

 

 やっぱり片桐さんには、笑っていてもらいたいから。


「――それならば生活費を50万円ほど……」

「いやいやいや! 何言ってんですか!」

 50万って何ぞや! 桁が違くないですか?


「――どうかお嬢様のため。お収めください」

 何やら分厚くなっている封筒。一瞬だけ、札束のようなものが見えてしまった。


「受け取れませんって!」

「依頼料だと思ってくれて構いません」

「……い、依頼料、って……やっぱり受け取れませんよ。それに、依頼料だったら」


 俺は涙を流して泣いている『女の子』を見る。


「ぐすっ……ひぐっ……」

「片桐さん、そういうわけだからさ。一つだけ、約束して欲しいことがあるんだ」

 これだけは守って欲しい大切な約束。



「――笑ってよ。また可愛い片桐さんの笑顔が、見たいかな」

「……ぐすっ……ひぐっ…………………え、えへへへへっ」

 片桐さんは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、にっこり、はっきり、口元に笑顔を見せてくれた。


「依頼料なんて、片桐さんの笑顔が見れるだけで十分ですから」

「……祐助さま……」

「やっぱり、笑ってる方がいいよ。ねえ、胡桃さん?」

「――ええ。私も、そう思います」

 俺と胡桃さんが目を合わせてにししっ、と笑う。あぁ、何だか青春だなぁ。すっかり余韻に浸る俺であったが、


「ところで、お二人は大丈夫なのですか?」

「「え?」」

 俺と片桐さんが胡桃さんの言葉に反応する。胡桃さんは右腕につけられた腕時計を俺らに提示した。


「授業が始まってしまうと思うのですが」

 キーンコーンカーンコーン……。胡桃さんの言葉とチャイムはほぼ同時に聞こえてきたと思う。

 8時50分。胡桃さんの時計が壊れておらず正しいとするならば、1時間目の授業が始まる時間帯。


 ――1時間目……確か、古典。

 ――宿題………やってない。



「空気読んでよ現実ぅぅぅうう―――!!」

 頭を抱えて膝を折り、絶望する俺なのであった。しかしすぐに我に返って、


「と、とにかく急がないと! 片桐さん!」

「ずずっ……ふぁい!」

 鼻をすすって涙を拭き、片桐さんは威勢のいい返事をしてからその場で置いていた通学カバンと紙袋を手に持って走り出す。


「ちょっ、速っ!」

 俺出遅れてんじゃん! カッコ悪っ!

 負けじと俺も通学カバンを左肩にかけた。


「それじゃあ胡桃さん、また!」

「あの祐助さま。最後にこちら、私の連絡先で御座います。何かお困りなことが御座いましたらお気軽に――」


「授業遅れてお困りなので失礼しまぁああーす!」

 胡桃さんの差し出した名刺のようなカードを受け取って、叫ぶ。


「桜井くーん! 早くー!」

「ちょっ、ちょっと待って……!」

 そして俺は、小さいながらもたくましい女の子の背中を追って走った。



 少年少女は、共有する。

 試練を乗り越えて、乗り越えて。少年少女は、これからも行く。



「少年少女は、共有する。」は完結となります。ただ2章はもう少しだけ続きます。よろしくお願いします。

ただ、ちょっと飛ばしすぎてストックが切れてきたので更新が少しずつですが遅れることがあります。

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