少年少女は、共有する。 ②
今日はガリガリ君を食べました。あれ、当たりつきのアイスなんですが当たった試しが無いです。
食べてお腹壊したことはあるんですけどね。それは違った意味で当たったわけですが。うまくない。味はうまい! 訳が分かりません。
2
◆
「あ゛っ」
その感動詞を呻くように呟いた低い声の主は、紛れもなく俺自身だった。「あ」に濁点符はついているのは、「これはまずい」ということに気づいてしまったからだ。
――それは、いつも朝は勇治という逝けメンと一緒に学校に行っているということだった。
女好きの勇治が俺と片桐さんが一緒に並んで登校している姿を見るとしよう。
「……」
ダメだ。絶対面倒くさいことになる。それだけは避けたい。
「どうしました?」
「えっ、いや……」
考え事をしているのが片桐さんに気づかれたようで、案の定、それを心配して不安そうにしてくれる彼女は本当に優しい。こんな女の子が彼女に欲しい。
「もしかして……」
片桐さんが顔をしかめる。
(バレた!?)
「忘れ物、しちゃったんですか?」
「えっ」
感動詞、本日二回目である。
「いやいや……」
「それなら今日の宿題をやっていない、とか?」
「……いや、それも違……」
って、そういえば今日は古典の宿題の提出日だったような気がする。
「……」
やったっ、け、昨日。思い返してみる。
片桐さんと出会う。うん。やっていないわ。と言うことで古典の宿題という悩みが一つ増えてしまったではないか。なんてこった!
そんな時、俺の尻ポケットに入った携帯電話が震えた。メールである。それに気づいて携帯を手にして受信されたメールを開く。
メールは、「榊原勇治」からのものだった。
Date:05/10 07:52
From:榊原勇治
Sub:件名なし
TEXT:
今日、朝に補習あって先行ってるってこと言い忘れてた(´・_・`)
てへぺろ☆(・ω<) ---END---
「補習!? ……って」
てへぺろ☆という文章と顔文字に少し腹が立ったのはどうでもいいとして。
――記憶は1日前に遡る。片桐さんと出会う、少し前の時間。勇治の言葉が俺の頭の中で流れる。
『いや、これワックスだから』
って、それより後だろ! 記憶を早送り。
『……お前、いつからそんなドMに目覚め……』
今度は行き過ぎた!
『いやー、今日小テストでひっでー点数とったから明日補習が入っちまってさー』
その台詞がここに来て伏線になってたのかよ! 超どうでもいい台詞だと思っていたのに。それでも今回は勇治が朝一緒に学校に行けないということが分かったのは大きい。ありがとう、補習! ありがとう、馬鹿!
「あのー、大丈夫ですか?」
「あぁっ! うん、大丈夫! 解決したよ!」
「そうですか。良かったです」
暑いですねー、彼女はのんびりそうにそう付け加える。
「あっ」
そして、また俺が立ち止まる。
「また何かあるんですか?」
「片桐さん」
「はいっ?」
突然名を呼ばれた片桐さんは引き気味に返事を返す。
「……大事な話があるんだ」
「ふぇっ!?」
「――宿題、見せて下さい」
「……はい?」
目を丸くした片桐さんの小さな首が横に動いた。
「いやー、古典の先生がそっちのクラスと同じで助かったよー」
「もうっ、ちゃんと宿題はやっておかなきゃダメですよぅ」
「だって昨日は片桐さんが家に来たから」
「うっ……それもそうですね……。すみません」
「いや、片桐さんが謝ることじゃないけどさ」
「あれっ? でもその宿題って確か先週から出ていたものじゃありませんでしたっけ?」
「……すみません」
頭の後ろに右手を沿えて、その手を左右に動かしにやつく俺の左手には「片桐姫華」という名前の書かれた古典の課題ノート。今日の朝、学校に着いたら写させていただくとしよう。
我が家から富士見平高校までは歩いて十五分もかからない。こんな話をしているうちにだんだんと見慣れた制服を着こなす我が校の生徒たちが目に映り始める。学校が近い、いつもの風景のように見えたのだが。
ただ、少し気になることが――
「あの、校門の入口のとこ、何だか……」
「はい。人だかりができていますね」
俺がもう目に見えている校門を俺が指差すと、片桐さんが言いたいことを代弁してくれる。校門の周りには、いつもでは考えられないほどの生徒が集まり、円を描いていた。何だ、生徒会の演説でもやっているのか?
「行ってみようか」
「ですね」
ぎゅっ。力強く通学カバンを強く握って、俺ら二人は駆け足で通学路を行く。女の子と二人で走るというのは青春らしいことで、それを実現できたのは嬉しかったが、同時にそれは少し恥ずかしいということが分かった。でも、その微妙な甘酸っぱさが青春なんだと思う(青春したこと無い人の発言)。
「誰かのメイドさん?」
「いや俺じゃねえって!」
「本当にこういうのって居るんだー……」
「私、初めて見たかもしれない」
校門に近づいていくたび、そんな感じのざわつきが聞こえてくる。驚いている人も居れば、すごーいと感心し、笑っているような人も居る。
「どうしたんだろうね」
「……」
俺が片桐さんを見て声をかけると、片桐さんは何やら辺りをきょろきょろ見渡していてこちらの言葉が耳に届いていないようだった。
「片桐、さん?」
疑念も手伝って彼女の顔の表情を覗いつつ。
「へっ!? あっ、いや、何ですか!?」
上の空から突然戻ってきた片桐さんは、目を泳がせている。
「いや、大丈夫? 何か探し物?」
「い、いえっ……何でも……」
「うわっ! メイドじゃん!」
苦笑いの片桐さんの後ろで「メイドじゃん」とはっきり呼号する一人の男子生徒。
「えっ?」
その生徒の声に過剰に反応したのは俺の隣にいるふわふわ系女の子の片桐姫華さん。
「メイドがどうかした?」
「そ、その……ちょっと見に行ってみませんか? あれ」
片桐さんの人差し指が人混みを捉える。あぁ、人混みが気になってさっきからきょろきょろしていたのか。と、一人で勝手に納得する。
「そうだね。もっと近づいてみよっか」
「はいっ」
「……ちょいとごめん、よ……」
人をかき分けて進んでいくこの感覚は――高2に進級した時に張り出された新クラスの発表を見に行く時を思い出す。何人かの人を避けるようにして、ようやく人混みから脱出に成功。円を抜け出せたようだ。
「いいっ!?」
「ッ」
そして、俺たちの目に映ったものは――あまり見ないさらっと伸びた金髪の女性。それも、その金髪の上にはちょこんと白いカチューシャ。首から下は白黒の混ざったメイド服。しかし、固まった人形のように一切の動きを止めていた。とどのつまり、
「メイドさん?」
メイドさん。メイドさん。何かすごいので三回くらい言ってみました。とにかく人混みの原因は校門前にメイド姿の女性が立っていたからだったのだ。そりゃギャラリーが涌くのも当然だわ。
「俺、メイドさんって初めて見たよー」
「……胡桃さん」
「へっ」
胡桃……くるみ? クルミ? クルミ科クルミ属の落葉高木の総称の名前がなぜ片桐さんの口から? それに「さん」が付いているということは「クルミサン」――「クルミ酸」? いやそんなクエン酸みたいな。
「クルミさん」――胡桃さん。もしかして、人か何かの名前のことだとだろうか。
「片桐さん、胡桃さんって?」
「えっ……えっと、その、なんと説明していいのか……」
「うん?」
「――私の家の、それも、私の専属メイドなんです」
「……あの人?」
「はい」
「……胡桃さん?」
「……はい」
もしかしなくても、やっぱり片桐さん、相当なお嬢様でいらっしゃる? いや待て。これは――
まずい、んじゃないか。彼女は家出中の身。それがこのメイドさんにバレているとして片桐さんを連れ戻しに来たのなら――。そんなことを心の中で唱えているうち、ロボットのように固まっていたメイドさんが突然動き出したではないか。
「うおっ」
「動いた!」
ギャラリーが驚きの声を上げる。メイドさんは死んだ魚のように光沢を失った目を俺、そして片桐さんへと向けてから足を動かす。――こっちに来る。
「ちょっ、これは……」
どうするべきか。逃げてみるか? 否、辺りには大人数の見物人。それはできない。メイドさんは確実にこちらへと近づいてきていることを見るに俺たちが目的であることはほぼ間違いない。
「片桐さん、下がって」
「えっ」
と、俺が前に出て片桐さんをかばう形で作戦がまとまった。今はこうする以外に手段が思い浮かばないのだ。ごめん、片桐さん。
メイドさんは、俺のまさに言葉通り「目の前」でぴたっとその動きを止めた。つーかこのメイドさん、やけに身長が高い。俺が四月に測った時は166センチだったとして、それよりあるんじゃないだろうか。
俺を見下すように凝視するメイドさんは、口を開く。
「――――お待ちしておりました、お嬢様」
「……ッ」
万事休すか。ふと後ろの片桐さんを見た。彼女は何か覚悟を決めたような顔立ちで一度小さくコクリと頷く。そしてメイドさんを一見し、俺の隣にまで前進する。
「ちょっ、片桐さん!?」
「……待たせてごめんなさい、胡桃さん」
「えっ?」
それって、どういう――?
「桜井くん」
「はいっ」
片桐さんが俺の名前を呼ぶ。それにひるんだ俺は少し裏返った声で返事をした。それから、片桐さんはとんでもないことを口にする。
「実は今日ここに、胡桃さんを呼んだのは――私なんです」
俺は途端に訳が分からなくなり、言葉を失った。