少年少女は、共有する。 ①
カレーは1日寝かせてからのものが一番美味しいと思うのです。
(ハヤシライス派の意見)
2章 少年少女は、共有する。
1
「……」
夢の世界に入って何時間が経っただろうか。俺はすやすやと寝息を立てて熟睡していた。
「んむ……」
そして、『いつものとおり』、俺は大きく寝返りをうつ。
―――― 一瞬、体が浮遊する感覚が胸を過ぎった。
◆
「……む」
ひりひりと痛む尻を不快に思いながら、俺はキッチンに居た。グツグツとお湯が煮え立つ音と、トントントン、とリズムよく包丁の音が二重になって響く。
『似合わないわねー、アンタ』
エプロン姿の俺に対し、母はそう言った。私も似合わないから息子も似合わない、という彼女の予測は当たっていたようだ。
さらに腐れ縁の腐った野郎、勇治は言った。
『お前がエプロン? そんなことより女の子の裸エプロンが見たいんだけど。お前のエプロン姿とか果てしなくどうでもいいんですけど』
コイツに至ってはぶん殴った。
とにかく、エプロン姿の俺は今日の朝食を作っている真っ最中であった。時間はまだ6時を回っていない、いつもなら軽く夢の世界に入ったままの時間だ。
目をトロンとさせて、ついつい大きな欠伸をしてしまう。
「……ねむ」
早起きは三文の得と言ったものだが、むしろ得どころか損しか待っていないような気がする。このことわざを考えた人は一体どんな精神をしていたのだろうか。気になって仕方がない。
このまま目を瞑れば眠れてしまいそうな眠気だが、そんなことを今してみたら手に握っている包丁が俺の指を俺自身の指をシュパンッ、とそれはまぁ綺麗に削ぎ落としてしまうだろう。バトル物の小説じゃねえんだよコレは。
トマトはあったっけ、ドレッシングは何味が――。朝食べるために作っている新鮮サラダに必要な材料を頭の中で考えつつ、昨日起こった出来事が夢ではないことを改めて了とする。
――なぜなら。
「んぁっ……おはよほございあふ」
キッチンの入口で欠伸をしているパジャマ姿の女の子が居るからだ。
「おはよう、片桐さん。ごめん。起こしちゃったりとかしちゃった?」
「いえ……でも、お早いんですね。こちらこそ、私に気を遣ってくれているのでしたら、わざわざありがとうございます」
「ま、まぁね。ハハハハハ」
そう。俺は片桐さんというお客さんが居るからこうして眠さをこらえて早起きしたのだ! ――というのは設定上のことで、本当はいつものベットで寝ていると勘違いして寝返りをうったらソファの上から思い切り落下したからだとは口が裂けても言えない。
自分を嘲るように嗤笑してから、
「よく眠れた?」
「はい。おかげさまで」
体調についてを尋ねる。怖くて一人じゃ眠れないと言うぐらいだからちゃんと眠れたかが心配だったが、片桐さんは眠そうな目をしながらえへへっ、と一笑してみせていた。これなら大丈夫だとひとまず安堵する。
「あっ、でも朝ごはんまだ準備できてないんだ。もう少しでできるから待っててくれる?」
「あの、私も手伝いましょうか?」
「いやいや。片桐さんはお客さんなんだしゆっくりしてていいよ」
大きめの皿にレタス、きゅうり、パセリなどを盛りつけ、真ん中にはトマト。ここにツナやタマゴもあればより美味しいサラダができただろうがあいにく切らしてしまっていた。ドレッシングをかけて、ひとまずサラダはこれで完成。
次にお椀に汁物である中華スープを注ぐ。和風のお椀に中華料理を入れるのは気が引けることだが、これしかないということで大目に見て欲しい。
人参、ベーコン、キャベツとダシの効いたスープがお椀の中に入り、立ち込める湯気が中華スープ独特のいい匂いを出す。
「――よしっ」
あとは――と、トースターの方に視線を向けるとそれに反応したかのようにこんがり焼けたパンが2枚、姿を現した。それを2枚の皿にそれぞれ置き、同時に冷蔵庫を開けてから片桐さんに質問する。
「イチゴジャムとマーガリン、どっちがいい?」
……あれ。声が、片桐さんの返答がない。後を顧みるとさっきまであった人影がものの見事に消えていた。
「……え?」
んん? 不審に思って首を傾げても、片桐さんは目に映らない。
――ひょっとすると、今まで俺は長い夢を見ていたのだろうか。最初から片桐さんという『刺激』は全て夢で、空想のフィクションだったのだろうか。
「なぁーんだ、やっぱり……」
「すみません! 何か呼びましたか!?」
ここで俺の物語に終止符を――と言ったところで、我が校「私立富士見平高等学校」の制服を着た片桐さんがキッチンに入ってきた。
「……」
ジト目を作って片桐さんを無言で見つめる。
「ど、どうかしましたか……?」
「ですよねー……」
と言う訳で、俺の物語、終わっていなかったみたいです。
カリッと甘そうなイチゴジャムが盛大に塗られた食パンをそうしてかじるたびに片桐さんは目を輝かせる。
「美味しいですーっ」
今日の朝食だけでその言葉を聞くのは四回目だ。が、喜んでくれているのは悪い気などしないので特に気にはならない。むしろ朝食を作った甲斐があるというものだ。
ふと片桐さんを見た。パジャマ姿とは違って制服姿も可愛いな。
「パジャマ姿とは違って制服姿も可愛いな」
「ふぇええっ!?」
しまったっ! 声に出ていたか!?
「そそそ、そんなことないですよぅ」
「は、ハハハ……割と本気だよ?」
言葉にしてしまったらしょうがない。ベタ褒めするしかないだろう! でも可愛いというのは決してお世辞ではなく、片桐さんは結構男にモテると見た。少し小さめな身長が守ってやりたい女性本能を感じ――って俺は男です!
こんな清々しい朝は初めてだ。片桐さんは「あぅあぅ」とたじろいでイチゴジャムの赤色に負けじと頬を真っ赤に染めている。これまたキュート。ベリーグット。マーベラス。
「……」
「……」
そのあと会話が途切れ、しばらくはパンをかじる音だけがキッチンを包み込んだ。
キュッ、とネクタイをいつもよりきつく結んで、俺は鏡の前で「よしっ」と満足げに呟いた。考えてみれば最初、高校に入って感じた最初の「刺激」はこのネクタイだった気がする。
ネクタイって、最初は結び方が分からなかったりするんだよね。あくまで個人的なわけだが。でもその結び方が分からないのが高校生っぽくて好きだったのだが、その刺激も「慣れ」という人間の能力によって薄まってしまった。今ではすっかり手馴れたものである。
「今日の時間割は……」
続いて時間割の確認。いつも朝に今日何の教科書が必要かなどをチェックするのだが、それも高校生に入学したての頃はいい「刺激」となっていたような気がする。
情報の授業なんてものは高校に入ってから組み込まれた初めての授業だったので「面白そうだなぁ」と胸に期待を膨らませていた。だが、高校二年生にもなれば「あぁ、また情報か」などと言うまたも「慣れ」というものが俺の「刺激」をどこかへやってしまった。さらに今では、
「うげっ、また古典がある……」
朝から幸せな気持ち(主に片桐さん)で「刺激」を貰っていた(主に片桐さん)俺だが、今日の授業で苦手な古典と数学Ⅱの授業が連続で連なっているのを見て顔をしかめる。
渋々古典、数Ⅱの教科書をカバンに突っ込んで(悪あがき程度に乱雑に詰め込んでやった)、これで支度は完了。学校に向けて出発する準備は全て整ったので片桐さんを呼びに自分の部屋を出た。
「片桐さーん、準備でき……」
先程脱衣所へと向かっていったので、閉ざされている脱衣所の部屋の前で声をかける……のだが、
「あぁああっ! 癖毛が……!」
「……」
「なかなか手ごわいですね……むむむ」
どうやらまだ格闘中のご様子。
「……ハハハ」
苦笑いして俺は思う。
――女の子って、大変だなぁ……。
脱衣所での片桐さんの癖毛との戦いは、これから約二十分ほど続いたのであった。
ちなみに、今から実質的に片桐さんという女の子と一緒に学校へ向かうのだが、何か忘れているような気がする。
俺の「普通」――「いつも通り」であれば、普段は毎日誰かと一緒に学校に行っていた様な気がするのだが……まぁ何とかなるんだろう、きっと。
フラ……フラグじゃないよ? フラグじゃ――ない……よ、ね?
どこで区切っていいか分からず少し短めに強引に切ってしまいました。すみません。