プロローグ ― 終末の夢 ―
※後半修正予定
時間の断片 黒江 奏
1
――目を開けると、そこは戦場だった。
2
滅びゆく世界にわたしはいる。
炎は眼前まで迫っていた。
ゆらり、ゆらり。戯れるように。絡み合うように、火柱が命あるものを追いかける。火の粉が活気を帯びて舞い踊る。
見渡す限り一面の大地は焼け失せ、焦土と化している。
空気が火勢をはらんで熾り、灼熱に喉が焼けるようだ。
その、猛炎の火の粉に混じって。
無数の微光が宇宙へと昇る。
重力に逆らって、流れ星とは逆向きに儚い残像を残し、夜空へと吸い込まれていく。
生命の儚い冷光。
その様子は、流れ星が地上でなく全天へと流れているような錯覚を起こさせた。
遥かな大空へ、星が流れていく。
これがこの世界における、全ての命の終焉だった。
世界は滅する。全ての命は絶え果てる。
その運命が必然であることを、わたしは何故か知っている。
わたし達は高台にいる。
全てが灰燼に帰し朽ち果てる、地獄を眼下に一望している。
無数の命が花と散っていくのを、見定めることしかできない自分の無力さに、焦燥するばかりだった。
振り返ると青年が佇んでいる。
双眸は眼下の焔よりも鮮明な蘇芳色をしている。その視線は凪いだ海面のように静謐だったが、同時にはっとするような強靭さを秘めていた。
「ここもそろそろ、危ないな。時間がない。もう、行かないと」
青年は、何らかの行動を促すようにそっと囁いた。
「……こんなのは、間違ってる」
わたしは囁き、首を振る。
吹きすさぶ風の音に声はかき消されそうになるけれど、青年の表情の僅かな強張りで、声が届いたのがわかった。彼の顔にはひとかけらの逡巡もなかった。そこにあるのは貫き通すための強固な意志だった。青年は、今までに見たこともないような真剣な顔で、わたしをじっと見ている。
胸が張り裂けそうになる。
わたしが、決して望まないことが、これから行われようとしている。けれど、回避不能な現実が。
彼は、微笑んで、わたしに手を伸ばす。小さな子供に言い聞かせるように、壊れ物に触れるような手つきで、優しくわたしの頬に手を伸ばす。
「……これが運命だ。――お前は、生き延びろ」
生き延びろだなんて、無責任だ。
わたしを守るために簡単に別れを受け入れてしまえる青年と、青年にそうさせるしかない無力な私が、死にたくなるくらい歯がゆい。その焦燥が、罵り言葉となって、わたしの口から迸る。
「運命なんてくそくらえよ。どうやってこの先、生きていけると言うの。こんなに人の死を踏みにじって、それでも生きていけだなんて、貴方は残酷だわ」
胸の痛みに、声が震えた。
「……すまん」
謝られて、自己嫌悪でいっぱいになった。
本当に伝えたいのは、こんなことではないのに。
自分の言葉が棘を孕んで、痛いくらいに突き刺さる。
もう、これ以上、悲劇を繰り返さないで。
大事なものを、これ以上、失うくらいなら、世界なんて諦めてしまいたい。
けれど、くそったれな運命は、それを許さない。
哀しい夢を何百万回、繰り返しても。
(本当に伝えたいのは違う言葉なのに……)
そんな夢を見たのは午前二時だった。
何度か浅い眠りを繰り返して、明け方になった頃には、夢のあらすじも忘れてしまったけれど、一筋の涙の跡と、青年の炎を秘めた双眸だけは、いつまでも残滓として記憶の片隅に留まっていた。
20120611修正
20120626修正