才能溢れる有能宮廷魔術師(大嘘)
ダイアウルフの群れに襲われ、撃退するために使おうとした魔術は暴発し、最終的には白銀の髪の女性に助けられ。
怒濤の流れの末、再度トナカウ車に運ばれた俺はようやく、ウィンタリアへ到着した――おっちゃんは無事に家族の元へ戻ったので、そこはうん、良かった。
で。助けてくれた女性に言葉だけでなく別のモノでもお礼をしないといけないと思い、声をかけたら。
『いいよいいよ。ちょうどボランティアで魔物の討伐でてた帰りで偶然見かけただけだし、そもそも、困った時はお互い様だから。そう気にしないで』
『しかし、こちらとしてはうっかり死ぬところを助けていただいたわけですし』
『あ、てかさ。王都側からトナカウ車を貸し切りで移動してきてたってことは、あなたが派遣宮廷魔術師の人だよね? ん、だったら』
最終的に、近いうちまた会うだろうからその時話そう、と返された。何だそのオシャレな別れ方とは思ったけど、そう言われたら強く食い下がれなかった。
何より。あれだけの威力の氷魔術が急に使えた件についてはあの後、どれだけ考えてもわからずじまいだった。たまたまだったなら、切羽詰まった状況でその偶然を引けたあたり、めちゃくちゃ運が良いってことになるけど。
……どのみちわからないので、いったんそれについては忘れることにした。
遠路はるばるやって来た俺には、この地で果たすべき役割がある。
派遣宮廷魔術師として、まずはこのウィンタリアの領主へ、挨拶をするとこから始めないと。
しかし、今後の展開を想定するとだいぶ憂鬱だ。
ああ、逃げたいなぁ……。
☃ ☃ ☃
無能が責任すら投げ出してしまったら、いよいよ終わりだろう。
俺は人としてせめてもの尊厳を保つためにも、気合いで領主の邸宅を訪ねた。
その土地を治める人間の住まいなだけあって、外観は立派だ。また、他の家の屋根と同じように、雪が積もるのを防ぐためか屋根が三角にもなっている。
使用人の女性に案内され、応接間で領主と対面した。
「いやあ、どうもフロストさん! しかし報告で聞きましたが、まさか道中でダイアウルフに襲われるだなんて。本当、無事でよかった……あ、なんかつまみます? しかし、そうなるとお酒も欲しくなりますよね、はは」
「い、いえ、そうお構いなさらず」
ウィンタリアの領主は、ギンスケ・スノーメメントという壮年の男性だった。
体格が良くどっしりとした印象で、陽気な雰囲気も醸し出している。
「ささ、座ってください……それにしても、アイスベン辺りのロッジ、でしたっけ? 災難だよなぁ」
対面側のソファに座るよう促され、俺はそこに腰を下ろした。
「ただ、本来はダイアウルフが建物の中まで押し入るなんて、有り得ないんですよ」
使用人の方が二人分のグラスと氷、お酒の瓶に、あとは乾き物の盛り合わせを置いていってくれてからで、反対側のソファに座ったギンスケさんは続ける。
「全部、雪のせいです。例年よりも降雪量が多いせいで連中の餌と住まいが削れて、食事も生活空間も無いなら奪おうぜ、って考えのようで。生きるのに必死なのはわかるんですがね。それ言い出すと人間だって同じですし、なんとかしないと」
「ご立派です。領主がそういう認識でいると、領民の方々も頼もしいでしょう」
「いやあ、全然。毎日問題が山積みで、だからこそ――《《著名で才能溢れる宮廷魔術師》》の方に来てもらえるってんで、こっちはワクワクしてたんですよ」
……《《著名で才能溢れる》》、ですと?
聞き捨てならない言葉と共に、ギンスケさんの輝いた瞳は俺をしっかりと映している。待てやばい、なんか勘違いされてないか?
「フロスト・バーン・ブッシュドメビウスさん。あの魔術の名門、ブッシュドメビウス家の方がこうしてやって来てくれるなんて、本当、感激だ!」
「あの待ってくださいどうも認識の齟齬が発生しているようなのですが」
「ブッシュドメビウスと言ったら、水魔術の名門! それでいて炎魔術のグレイザード家、雷魔術のヴォルトバッシュ家と肩を並べる超有名、魔術御三家!! その家の子ってんだから、いやほんと、とんでもない人に決まってる……!!!」
い、異様なまでに詳しいのが気になるが、仰る通りグレイザード家の娘とヴォルトバッシュ家の息子は魔術学院の同期で、両方、それはもうとんでもない天才だった。
……俺とは違って(涙)。
「早速、道中で魔獣の撃退までしてみせたくらいですし!」
「結果的にはできたかもしれませんが、再現性は皆無なんですよそれ……」
「それにお恥ずかしい話、協力してほしい問題が沢山あるんです、いや……あるんだ。さっきのダイアウルフの討伐の件とか、片した雪がいよいよどこにも置き場がないとか。そう、領内で発見された結晶洞窟のことも探索しないとで……」
ギンスケさんは初見の若造(俺)を信頼しきった様子で、ぶっちゃけ話を語り始めている。酒が入ったからか節々でスルーされ、自然なタメ口まで出ていた。
……グローリアさんはいったいどういう情報をギンスケさんに伝えたんだろうか? 立場の違いはあるとはいえ小一時間、問い詰めたかった。そりゃ派遣宮廷魔術師がしょぼいですなんて言えないにせよ、こじんまりとした紹介ならいくらでもあったはずでしょうが!
このまま勘違いさせたままでも、今は乗り切れるかもしれない。
ただ、いずれ絶対にバレる。
こいつたいしたことねえじゃん!ってなる。
その時のいたたまれさを俺は耐えきれる気がしないし、それに、落ちこぼれは才能の問題だが、嘘吐きかどうかは自分自身の心持ちひとつで回避できる。
……。
せめて、誠実でいたかった。
俺のぶんに注がれた酒を一気に煽って――スモーキーな後味、それからすぐに訪れた酩酊感の力を借りて、切り出す。
「ギンスケさん。事前に説明されている通り、自分は紛れもなく、このウィンタリアに送られた派遣宮廷魔術師です。このように、左手の甲には紋章もあります。宮廷で雇われた者なら、誰しもが授かる証です」
「おお、これがかの宮廷紋……!! ははァーー!!」
なぜか平伏してくるギンスケさん。お願いです、もう勘弁してください。
「そして、派遣宮廷魔術師は、地方の公務やトラブルへ特別な立場から介入し、自らの魔術と差配によって解決へ導くというのが主たる目的になります。よって、ギンスケさんが自分に期待している内容は基本、正しいです」
「くぅ……ありがてえ。すげえ大変なんだよ領主って。駐在の騎士団から魔物が多すぎるから人員増やせとか、商人ギルドから物資運ぶための道が雪で塞がれてて通れねえふざけんなとか、オレもなんとかしてやりてえけど実際できねえことはあるし、かと言って領民にキレるわけにもいかねえし……(泣)」
その感じでこの人、酒弱いのかよ……。
「自分も、力になるつもりでここへ来ました。ただ問題があります」
「? 問題って、何がだ?」
「自分は――《《宮廷魔術師の中でも、トップクラスに能力が無いです》》」
「………………」
ギンスケさんはナッツを二、三粒ぽりぽり噛んで、それから。
「それだけの肩書きで謙遜までするなんて、アンタは本当に良い奴だな!」
「違います、本当に無能なんです。実家が単に名門というだけで自分自身は落ちこぼれもいいところで今回の派遣も、《《だからこそ選ばれたんです》》」
「はは、良いってもう、そんくらいで…………え、本当に?」
はっきり頷くと、彼の真っ赤だった顔がみるみる、元の色に戻っていく。
「これは生々しい話になりますが、貴方が領主というのを鑑みて話します。宮廷では有能な魔術師ほど、宮廷から離れません。そういった才能には研究に没頭させるか、あるいは王都で政治をさせるほうが、国全体の利益になるからです」
「……ってことは、ウィンタリアみてえな辺境に来る魔術師は」
「必然的に、宮廷で成果を出せない者ということになります。故に、自分が選ばれました。自分程度でもこの領地ならばなんとかできると、そう判断されて」
「………………」
「期待を打ち砕くようなことを述べて、本当に申し訳ありません」
いっそ怒ってほしいと思いながら、俺はギンスケさんの顔を再び見据えた。
ただ、そうはならない。
彼はなんだか、力の抜けたような態度を浮かべていた。
「そう、か……いや、いいんだ。聞いた感じだとアンタは何も悪くないし、だったら、文句言われる筋合いだってないだろうしさ」
「お気遣い感謝します。慰めにはならないでしょうが、自分も来たからには全力で日々の仕事には取り組んでいくつもりです――至らないことも、多いでしょうが」
「ああ、うん、ありがとな」
ぽんやりとした返事。彼の目は、どこか遠くを見ている。
ああ、また同じ表情をさせてしまった。
これは父上や家族、魔術学院の先生方も、よくしていたものだ。
俺が無能なばかりに、また期待を裏切ってしまって……。
「――あ、いたいた。ウチ来てたんだね、ちょうどよかった」
「…………えっ」
どんよりした場を切り裂いたのは、日中にも見覚えのある彼女だった。
白銀の髪の女性。
さも当然のように、領主の家の応接間につかつかとやって来て……いや待った。
さっき、《《ウチ》》とか言ってたけど、もしかして。
「ねえ《《お父さん》》。彼のこと、事務所の方に案内しちゃって良いよね?」
「ああ、よろしく、ヨルカ……」
「……あのさぁ。かっこつけてお酒なんて飲まないほうがいいよ、弱いんだから」
「大人には、そういう時も必要なんだ……」
「私ももう二〇なんだけど、今のとこ一回もそんな時ないね」
サクッとしたやり取りを終えると、彼女は俺に微笑んでくる。
「私の名前、まだ言ってなかったよね。ヨルカ・スノーメメントです、以後よろしく」
「あ。自分はフロストと言います。こちらこそ、どうぞよろしく」
「うん。それで、見た感じ着任の挨拶も終わったっぽいし、じゃ行こっか」
初対面から思ったけど、とても和やかで、綺麗な女性だ。
……そんな人も失望させることになるんだろうから、気が重くてしょうがないな。




