雪国への片道切符
宮廷魔術師の才能は、内側と外側のいずれかに向けられる。
内側だと、籠もって研究するか。
外側だと、政治に勤しむか……たまにどっちもできるようなわけわからんのがいたりするけども、そういう歴史書に載るような大天才は例外だ。
ではここで問題です。
研究にも政治にも向いていない俺のような天性の落ちこぼれがうっかり宮廷魔術師になってしまったら、いったいどうなってしまうのでしょうか?
……答えは簡単。
その時が来たら、宮廷から追い出される。
☃ ☃ ☃
「フロスト君。喜べ、栄転だ」
宮廷内。
とある執務室に呼び出されて、すぐ。
今日初めて会った、俺の千倍くらい偉い女性の上司――最近宮廷に引き抜かれた人なのでほとんど絡みがなかったけど、たしか名前はグローリアさん、だっけか?
ともあれ彼女は、豪奢な作りの椅子のうえで足を組んだまま、実にあっさりと、そう言ってのけていた。
「君には、自らの研究室をカラにした後ですぐさま、現地へ向かってもらう。魔導列車のチケット、並びにそこから先の道中で必要な馬車など、交通の手配は既に行っている。その他、細かな詳細は領主の者から直接、自らの口で聞きたまえ」
妙齢にして鮮やかな美貌のグローリアさんは、風属性に愛された人らしい。
そよ風と一緒に、ファサ……とこちらへ紙が飛んでくる。
それを手に取って、飛ばし飛ばしで内容を確認した。
【定められた期日より、以下の宮廷魔術師を派遣する】
【名:フロスト・バーン・ブッシュドメビウス】
【派遣先:ウィンタリア】
……なるほど、そういうことですか。
「派遣宮廷魔術師として、自分が選ばれたのですね」
「その通りだ。向こうに行っても息災にな、では」
「お待ちを」
文字通りの待ったをかけると、グローリアさんの視線は無感情なものから、はよ行けや的なそれに変わっていた。言い換えるならば、ダルそうな目である。
ええわかってます、俺だって上司の言葉には素直でいたい……。
ただ、こればっかりは止めさせてください。
俺は、普段は猫背で丸まった背中をピンと伸ばし、切り出した。
「進言よろしいでしょうか。先んじて申しますと、批判の意図はありません」
「聞いてやる」
「ありがとうございます。では端的に申しますと――自分のような魔術師が派遣されてしまったら、宮廷の品位が疑われてしまいます。今からでも遅くはありません、考え直していただきたい」
「おい。自分で言ってて恥ずかしくないのか? ……はぁ」
溜息までつかれたわけだけども、いいや、その程度の落胆で済ませられるならいくらでも食い下がる覚悟だ。悲劇は繰り返してはならないものである以上に、そもそも最初の悲劇を引き起こしてはならない。
「第一、派遣されたところで自分に円滑な業務が行えるかという点にまず不安が残りますし、いえ、そもそも貴女は、自分という魔術師を正しくご存じでしょうか? まずはそこから理解していただく必要す、ら」
途中で言葉が詰まった。
座っていたグローリアさんの周りに魔力と風が集まったかと思ったら、凄まじい風圧と一緒に空中を、優雅に宙返りし――彼女は俺の目の前に、衝撃と共に着地する。
「いったん黙れ」
「ハイ、ダマリマス」
「よろしい。そしてこれは助言だが、組織で生きていくのなら上層部からの決定には従順でいたほうがいいという陳腐な処世術も、合わせて伝えておこう」
「スミマセン……」
そっと床へ視線を送ると、彼女の革靴の下あたりから、どでかいヒビが入っていた。どうやらこの人は徒手空拳もいけるタイプの魔術師らしい。こんなんできるなら、宮廷で事務やってるよりも現地で魔物ボコるとかのほうが向いてそうだ……。
「しかし、だ。そこまで言うなら貴殿の納得を手助けしてやる。なに、大方どうして自分のような人間が選ばれたんだと、そう卑下しているのだろう?」
まじまじと、頭から爪先までを眺められた。圧迫感が凄い。
し、なんなら『感』だけじゃなく、圧迫面接みたいなものすら始まる。
「フロスト・バーン・ブッシュドメビウス。魔術師の名家ブッシュドメビウス家の末子として生を受けるが、学生時代から今日に至るまでこれといった実績もなく、何より魔術的系統樹も発現していない。どうして宮廷勤めができているのか、周りはおろか自分すら、甚だ疑問に思っている……そうだな?」
「ま、まあ、はい、そうですね」
「研究室の一角を宛がわれておきながら成果物や素案、体系を書き著した書き殴りのメモの一つすら提出したことはなく、先輩には呆れられ、同年代には嘗められ、後輩には先に出世される境遇。今回こうして研究室から追放されることになったわけだが、いつか追い出されるのではという予想は常日頃から持ち続けていたよな?」
「ハイ……(泣)」
「それがたまたま今日だった、という風に理解すればいいだろう」
あの、流石に言いすぎでは。しかも事実と正論だけが羅列されてたせいで、流石の俺(二十二歳・男性・魔術師)でも、しっとり泣いてしまいそうだった。
……てかさっき、しれっと追放って言ってませんでした?
おい、やっぱり左遷なんじゃねーか! わかってたけどさ!!
「それでも不服なら最終確認だ、フロスト。《《何か凍らせてみろ》》」
栄転という嘘もめくれたうえに、突然の命令まで飛んできた。
「どうした? 君の専門は『氷属性』なのだろう? なんでもいい、早く」
「わ、わかりました……であれば、これを」
意図はわからなかったが、披露するしかなさそうだ。
なので、俺は適当に執務室のなかを徘徊した。
やがて、机の上にミカンを見つけたので、それに魔力を込めることにする。
手短に、ふっと集中に入りながら――。
そう、俺は氷属性魔術師なのだ。
家族のなかで、俺だけ……。
俺の実家であるブッシュドメビウス家は代々、水属性を操る家系だ。
加えて、さっき上司が口にしていたようにとにかく優秀な魔術師ばかりが輩出されてきた名門であり、そうなると当然、俺だって最初は将来を期待されていた。
ああ、なのに、どうして今の俺は、こんな有様に……!
「悪いが急いでくれ。次の予定が近い」
「ちょ、あの、集中してるときに話しかけないでくれません?」
「行きつけの店のランチタイムが終わったらどうしてくれるんだ」
心中での暗めの自分語りは、グローリアさんからの指摘のせいで中断させられた。しかも用事って飯かよ、もっと会議とか視察とか、そういうのじゃねえのかよ。
上司へ言えるわけもない軽快なツッコミたちは飲み込みつつ。
やがて魔力が俺とミカンとの間を駆け巡り、遂には氷結という結果を生み出す。
「ッ! はああああああっっ!!!」
「ふむ、これは……」
「はぁ、はぁ……お望みの品、できましたよ」
シャリシャリに凍ったミカンからは、白い冷気が出ていた。
それを自分の掌に転がされたグローリアさんは、一言。
「しょぼいな」
「おいあんたには血も涙も無いのかよ!」
うっかりタメ口が漏れてしまう始末だった。
ただ、彼女は俺の不敬に、説教をかましたりはしてこなかった。
代わりに、もっと辛辣なことを言ってくる。
「しかし、そろそろわかってくれたんじゃないだろうか。もしまだ足りないと言うのであれば、更に腹を割ろう。貴殿に宮廷内で研究室を与えるのは部屋の無駄だ」
「ぐっ……その通り過ぎて、なんも言えねぇ……!」
「また一方で、地方へ送り込む人員に有望、有能な魔術師を割り当てる余裕が現状、無い。さて、これらの問題を一気に解決する、素晴らしい一手があったわけだ」
「俺を地方へ飛ばせば良いってことでしょ、わかりました了解です! ……それで? 派遣先のウィンタリアって、大陸のどのへんなんですか?」
遂に俺は、宮廷の歯車になるのを受け入れた。というか元々、説明義務なんてなかったのだ。そう考えると、ここまで丁寧にお前は宮廷にいらないということを説いてくれた目の前の上司は、逆に親切なのかもしれないなぁ……俺の心は砕けたけど。
「お前、大陸地図を見たことがないのか?」
「いや、流石にありますよ。にもかかわらず、心辺りがカケラも無いんです。ウィンタリア、でしたっけ? 東西南北、だいたいどの辺でしょう」
「……」
無言のまま、今度は地図が風魔術で飛んできた。
そのまま、ポッとグローリアさんの魔術刻印で、ある一帯が丸く囲われる。
「そこがお前の、今後の拠点となる街だ」
依然として、地図の上では北の端っこが示されている。
「ま、まさかとは思うんですが」
「――ウィンタリアは大陸の北端、常に雪が降り積もる、非常に寒冷な土地だ」
グローリアさんは凍ったミカンの皮を剥いて、それを一房だけ口に運んでいた。
口に出したらいよいよキレられそうなので、俺は黙っただけで反芻する。
俺、氷属性魔術師のくせに寒いとこ、大の苦手なんだよなぁ……。




