三章 不機嫌と雨
三章 不機嫌と雨
「姫野。お前、大丈夫か?」
「うっさいわね、大丈夫にきまってるでしょ」
いつもの登校ルートを歩きながら今日三度目のやりとりをかわす。今朝からなんか姫野が変だ。いつもなら、半裸の姫野を起こして殴られてから朝食という一連の流れがある。それなのに今日はそれがなかった。つまりこいつはちゃんとベットで寝ていて、本当にお姫様みたいに見えた。さらにいうと、今日は一度も突発睡眠をしていない。だから変なのだ。
それが少し心配で、
「本当に大丈夫か?」
「いいかげんにして。私に喧嘩売ってるわけ?」
こんなやりとりをしている訳だ。まったく人の気も知らないでそんな台詞を吐くかねコイツは。なかば呆れ気味に並んで登校していたのだが、
ドドドドドドドドドド
別に精神力の塊であるスタンドが出ているわけじゃない。何者かが後ろから、こちらに向かって走って―――
「総ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお一郎様っ❤!」
――――飛びついて来ただけだ。
「本日も何たる男らしさ! 八頭身の御体に、寝ぐせのようなヘアスタイル、全てを見透かしたような黒い瞳。できればわたくしは、そのもう一方の瞳も奥の奥までご覧に入れたいですわっ❤」
その結果、おんぶのような形で金色の弾丸こと、白坂・L・パトリシア・グランディオースハートが背中にしがみついていた。
「ええい! 邪魔くさい!」
振り落とそうとするのだが意外と強い腕の力で振り落とせない。ついでにしがみつくもんだから・・・・・その、ほら。女の子の体の正面についている、二つの大きなふくらみが密着していてですね、悪くない気分というか降ろしたくないというか・・・・
ハッ! いかん! 隣の姫野から恐ろしいほどの怒りのオーラが、体の中から染み出すように出ている。現在のアイツは完全に攻撃色、間違いなく俺が痛い目にあう!
「あんた達・・・・というかパトリシア、邪魔よ」
・・・・・あれ? いつもなら間違いなく『逝っとけぇぇぇぇぇぇ!』ってなるパターンなのに、今日は静かに怒る日なのか?
「あら? いましたの高井田姫野。今日はやけに静かなものでこの世から存在が消えて無くなったのかと思っていましたのに」
返事と同時に背中から離れるエリシア。ああっ!もう少ししがみついてて構わなかったのに・・・・・・ 不適切な心の叫びだったことをお詫びせねばなるまい・・・・
「聞こえなかった? どけ、雌豚」
「め、めめ・・・・・めすぶたですってぇぇぇぇぇ!」
「毎日毎日、毎日毎日ぃ! 総一の周りをうろうろして邪魔で邪魔で仕方がないのよ!」
「おい姫野、少し言いすぎじゃ・・・・」
「あんたは黙ってて」
「・・・・・・・・」
こわっ この姫野は怖い、怖すぎる。黙ってなきゃ殺すって目をしていたぞ・・・
「言っとくけど、あたしはコイツの事なんかどうでもいいの。あんたが欲しいならあげるわ。」
「あら? それならわたくしは遠慮なく総一郎様を・・・・」
「だけど!」
急に大声を出すな! びっくりしたっての
「私はコイツの『保護者』だから! 朋恵に頼まれてしかたなく世話してあげてるの! この私が! だからコイツのモノはわたしのモノ、わたしのモノはあたしのモノ。コイツはわたしのおもちゃ、生殺与奪権はわたしにあるわたしの持ち物なの。持ち主には持ち物の管理義務があるわけ、だからあんたみたいなお節介焼きは絶対に必要無いわけ! わかったこのエセお嬢様!」
「「・・・・・・・・・・」」
姫野のあまりの迫力に、二人して固まってしまった。
「じゃ、先行くから」
そう言うが早いか学校まで走って行く姫野。
「「・・・・・・・・・・・」」
アイツが傍若無人なのは知ってたけど、今日はいつもに増して暴れてたな・・・・
「姫野と何かありましたの、総一郎様?」
「わからん、最近のアイツは良く分からん」
アイツの罵倒を聞いてなんか頭が、体が重いような気がするのは気のせいだろうな・・・
とりあえず結論から言おう。姫野の原因不明不機嫌症候群は、結局放課後まで続いた。尊い犠牲になった何人かのクラスメートと、咲くちゃん先生の冥福を祈ろう。姫野の件は原因が分からない以上ほっとくことにしよう。そして今現在、俺達夢見荘メンバーは・・・・
「明日の英気を養う買い出し行って帰って来たぞ~い」
俺の脳内を読み取って、説明臭い台詞をありがとう貴彦。
「なんで私まで付き合わなきゃいけなかったのよ」
食材を買い込んだ袋を持ちながら姫野がぼやく
「そう言いなさんな、7の付く日だけは家事を手伝うって言ったのはお前なんだしさ」
「そっか、それで手伝いに来てくれたんだ・・・・・・・・・あ!」
「そうだよぉ~7月7日、七夕なんだぁ~ねぇ~」
「どこの中学生だ」
「死ね」
「ねぇ! 二人とも俺に対するツッコミ厳しくない? 最近特に姫のんが!」
コレはほっといて状況を解説すると、朋ねぇが夕食にハンバーグのレシピを置いて行ったのだが、冷蔵庫の材料は 大豆、大豆、大豆、大豆、大豆、枝豆、大豆、大豆、もやし、大豆、大豆、大豆。
朋ねぇ! ハンバーグは畑の肉だけじゃ作れないんだよ! 時々育つ過程の物まで混ざっているのもなんか悔しい!
「それにしても、いつ行ってもあの商店街はショボいわよね。七夕なのに飾り付けとかしてないし」
確かに、笹を飾るぐらいできるだろ・・・・・ それぐらい頑張れよ人見町商店街。
「七夕といえば短冊か・・・・・ 管理人、お前は何を書く?」
「唐突な質問だな転校生、だが俺に対しては愚問だったな」
「オラなら『早く美少女とのフラグが立ちますように』って書くよ! 百枚ぐらい!」
「貴彦、逝っとけ」
今朝から続く頭痛と同じぐらいの痛みを味あわせてやる!
「目がっ! オラの目がぁぁあぁぁあぁ! こうなったらみんなオラに視力をわけて欲しい・・・・・・・・って姫のんまでっぇえぇぇええええああああぁぁああああ!」
ご協力ありがとう姫野。さて、邪魔者は死んだ。
「俺は『転校生が美術部に入れますように』って書く。んで、一番高いとこに結んでおく。だってその方が神様は気付きやすいだろ? ・・・・・・って、転校生? なぜ急に黙る? なんか顔も赤いし?」
「姫野さん・・・・やっとわかったコイツは天然の人たらしだ・・・・・・」
「・・・・・・・女の敵!」
「二人してどうした? 姫野、その顔は怖いからやめてくれないか? ってか俺なんか悪い事した・・・・か・・・・・・・って、あれ?」
なんか視界が・・・・いや、俺の頭の中か? グラグラするって表現するのが正しいか
「総一?」
「管理人?」
ヤバイ、これはヤバイ。この感覚は・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!
――――――倒れる。
そう思ったところで思考が途切れた。
・・・・・・・・・・
高井田姫野は総一郎の部屋(零号室)の隣である食堂の隅で膝を抱えていた。
「過労と風邪が同時に来たようですね、やはりここ数日の忙しさが原因にあるのでは?」
「お前の見解はどうでもいい、とりあえず総一郎は安静にしておきゃいいんだな?」
「はい。適切な薬を処方しておきましたので必ず無事回復なさるはず。」
「わかった、もう下がっていい」
タカが呼んだ医者はかなりの腕らしい、彼が言うなら大丈夫なんだろう・・・・・・
――総一が倒れた。
いつどんな時も私を支え励ましてくれた総一が
トラックに撥ねられても平気だったアイツが倒れた。
「総一!」
「管理人!」
「総一郎ちゃん!」
目の前で倒れたら心配するどころじゃない、完全にパニクってた・・・・
「そーいち、そーいち、そーいちぃ! 起きなさいよ! この私が呼んでるのよ? 返事しなさいよ!」
「姫野さん、こういうときはあんまり動かしちゃだめだ!」
総一の体をゆすっていた手を掴まれる。
「ああ。そうだ、大至急頼む。病院? 総一郎を連れて行けるわけ無いだろ! ああ、そうだ。わかってる! わかってるから!」
タカは携帯電話に向かって怒鳴っている。いつもはヘラヘラしてるくせに、こういうときだけしっかりしているのがタカだ。私は何もしていない。ただ迷惑をかけてるだけだった。
両膝を抱えながら考えた。
そもそも、こんな状況になったのはなんでだ? なんでこんなことが起こったんだ?
なぜ総一が倒れたんだ? いつもならどんなに無茶しても大丈夫なのに。私の願い事を何でも叶えてくれるのに。私のためなら何しても大丈夫だったのに。
なんでこんなことになったんだ? なんで総一は倒れた? 何が総一を苦しめたんだ?
「僕が・・・・・僕が管理人に『不幸』を運んじゃったんだ・・・・・・きっと・・・・」
同じく食堂にいたスガルがポツリと呟いた。
――――――コイツカ。
――――――コイツガ、ソウイチロウヲ。
――――――ワタシノ『モノ』ヲ・・・・・・・・!
不安定になっていた私の心は、一瞬にして奥底の、ドス黒い何かを吐き出し始めた。
ドス黒いそれはわたしの思考をかき回した。
「・・・・・・たさえ・・・・ !」
――――――コイツカ――――
――――――コイツカ――――
――――――コイツカ――――
――――――コイツノセイダ――――
「あんたさえ来なければ・・・・・ !」
「姫野さん?」
「あんたさえ来なければ、総一は倒れることは無かったのよ! あんたが、あんたみたいなのがいるから総一が倒れたんだ! この疫病神! 総一に近づくな! 総一はあたしの持ち物だ! あたしのもんなんだ、あたしのだ! あんたみたいなのが近づくから、あんたが使ったから壊れたんだ! この疫病神! 疫病神! 疫病神! 疫病神! 疫病神!疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神疫病神!疫病神いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
・・・・・・・・・・・・・ハッ!
「私・・・・・今、何言った?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
今にも泣き出しそうなスガルの顔を見てあっという間に冷静になった。それと同時に自分のやってしまった事を理解する。顔から色が無くなるのが自分でもわかる。
「・・・・・・・・・・あたし・・・・・また・・・・・・」
またやってしまった同じことを。昔と全く同じことを。
「・・・・あたし・・・・そんなつもりじゃ・・・・・・・・・」
声が震えてる。目には涙が今にも溢れ出そうだ。
「・・・・さ・・・・・・・最低だ、私」
「・・・・姫野さん」
「・・・・・もう・・・・・・・・・もうイヤだ・・・・・・・・・・・・こんな・・・・・・・・・・・こんなの・・・・・・・・・」
思わず頭を抱える。小さく丸まってこの世から消えてしまいたかった。
「・・・・姫野さんっ!」
スガルが何か言おうとしてる。私はまた同じことを言われると思った、それが恐かった。いたたまれなくなって―――――――飛び出した。
「姫野さん!」
後ろから呼ばれてる声がする。
もうイヤだ。こんな自分がイヤだ。自分の事は棚に上げて、スガルを傷つけて、総一を・・・・総一を・・・・ やっぱりダメだ。私なんかいらない、いるだけでみんなに迷惑かける。私なんか・・・・・・・・私なんか・・・・・・私なんかいらない!
・・・・・・・・・・
結局その日、管理人が倒れたその日。
姫野さんは帰ってこなかった。
このことに責任を感じない人間がいたら、その人は心が冷たすぎて歩くそばから周りの草木は凍りつくだろうな。なんて思いながら僕はまた、同じことをしてるんだ。
『他人を不幸にする』
姫野さんが僕に言った『疫病神』・・・・・ぴったりすぎる・・・・・・・・・・・悲しいけど・・・・・・
僕がいたことで家族が不幸になった。だから逃げ出した。自分の壊した場所にいたくなくて、壊した場所を見たくなくて逃げ出したんだ。
だから、今度も同じ。僕が壊してしまったから、僕は逃げるんだ。
そのために、段ボール一箱に必要な物を入れてるんだ。一人で生きていけるように、いつでも逃げ出せるように・・・・・・・
ごめんなさい。姫野さんごめんなさい。貴彦ごめんなさい。朋恵さんごめんなさい。折角紹介してくれたのに、身元も理由も話さない私を受け入れてくれたのに。管理人もごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
数分後、朝日で白んで来た空の下、某ポンコツ寮の玄関から一つの小さな影が歩いて行きそして消えた。
・・・・・・・・・・
長く眠った後の目覚めほど気持ちのいいものは無い。しかし、今回は勝手が違う。ただ単に「休日だから昼まで寝れる~」って訳じゃなく強制的に寝てた訳だから。
「まさか、倒れるとは・・・・・予想外だ」
体調が悪いような感覚はあった。でもまさか、意識を失うほどだったなんてな・・・・
とりあえず枕元の体温計を挟んでみる。このタイプは挟んでから結果が出るまで少し暇なんだよな・・・・・・・
暇な時間を使って脳みその中を整理してみよう。え~と、俺は体調を崩してダウン。姫野や転校生にも迷惑かけただろうな。ついでに本日の日付は7月8日、天道学園は7月8日は「ナッパの日」ということで祝日。だから学校に行かなくてもいい! ありがたい祝日だ。ん? 祝日? ってことは、転校生の入部試験は今日だ! マズイ、速く準備させなきゃな。
ぴぴぴぴっ、ぴぴぴぴぴっ
丁度いいタイミングで体温計が鳴る。さて、俺の体温は・・・・・・・おう
「39.9」と表示されていた。おしい、あと少しで40度越えたのに! 中途半端すぎてツッコミも入れにくい!
少し動きづらい体を引きずるように起こして転校生の部屋へ向かう。
「起きてるか? 転校せ・・・・・い?」
ノックもせずにドアを開ける。
いない。いや、いないと表現するのはおかしいな。何もない、ホントに何も。元々荷物の少ない奴だったがここまで何もないのは初めてだ。なんか妙だな・・・・・
そうだ、姫野なら何か知ってるかも、
「姫野~、転校せ・・・・・・・・・・・・・・・・」
いない。珍しいな、姫野は休日になると昼まで起きてこない。それなのにいない。これはどう考えてもおかしい。なんというか奇妙だ。はるか昔と、つい最近同じような事があった気がするし・・・・・・ ま、なんにしても最後の一人の住人に、話を聞く必要があるな。
コンコン
一階の貴彦の部屋をノックと同時に開ける。
「貴彦、あのさ」
「断る」
「返答が早すぎる! 少しは事情を聴け!」
「問答無用。総一郎ちゃん、君は絶対安静なんだからおとなしくしなさい」
「お前からそんなやさしい声色が出たのをはじめて聞いた! さらに言えばお医者さんごっこデモしているかのような流暢な標準語、ついでにその菩薩のようなエセはにかみをやめろ!」
「問答無用って言ってるだろうが!」
「なにっ!」
言うが早いか貴彦に組み伏せられた。
「ほら、俺にも負けるような状態の総一郎ちゃんにいったい何ができるっての? 俺に相談に来たってことは気付いてるんでしょ? あの二人に何があったかをさ」
「それはお前には関係ないだろうが・・・・・・・・っ!」
腕を捻りあげられた状態で背中に乗っている貴彦を、振りほどこうと力を入れるが振りほどけるほど力が入らない。貴彦の言うとおり今の自分はかなり弱ってるみたいだ。
「関係大ありだよ、だって俺は朋恵さんに総一郎ちゃんの事を頼まれてるし」
「だからって、いきなり保護者ヅラすんな。お前にされるとなんかムカつく! ってか、いいかげん腕を離せ! そして二人の情報をよこせ!」
貴彦の目を見て解放を求める。しかし貴彦は
「・・・・・・・・・はぁ・・・・・」
大きなため息をついたかと思うと突然―――
「バカ言ってんじゃねえぞ、ゴルぁ! いくらお前の頼みでも『はい、そうですか』って病人を脱走させるような真似させると思ってんのか、あぁん?」
―――キレた。このまま締めあげられたら、腕が明後日の方向に曲がりそうだ
「姫野やスガルに対しては保護者や管理人ヅラしてるお前はどこ行った? 逆の立場で考えろよ、総一郎! お前ならどんな理由があってもそんな状態になった俺達を外に出すわけねぇだろうが!」
「うっせ! ならお前も逆に考えてみろ貴彦。おそらく喧嘩して出て行ったと思われる二人の女の子を、この俺様がほっとくわけがねぇだろうが!」
ぐるるるるるるるる
お互いが一歩も譲らないまま硬直状態が続く。けど、こんな喧嘩してる場合じゃないよな。
「貴彦、頼む」
腕をひねられたまま、大きく頭を下げて続ける
「大河内財閥の情報力があれば、あの二人を探すなんてすぐだろ? お前が俺を心配してくれるのはありがたい。だけど、お前が俺を心配するように、俺はあの二人が心配なんだ。俺はあいつらの保護者だ、夢見荘の管理人代行だ。だから俺は俺にできる精一杯の事をする。貴彦、お前もできることをして欲しい。お前にしかできない事を!」
「・・・・・・・」
一瞬、悲しそうな顔をした貴彦
「だから、頼む。力を貸して欲し・・・・・ いや、貸して下さい。お願いします」
そこまで聞いた貴彦は、無言で腕を開放して眼鏡とバンダナをはずし机の上に置く。
「・・・・・・・貸し 1 だからな」
「出世払いで頼む」
半分あきれ顔、半分悲しそうに机の下の受話器を取る。
「坊ちゃま、何事でしょうか」
「セバスチャン、仕事だ。段ボール箱を抱えた美少女『音無スガル』、夢見荘の眠り姫こと『高井田姫野』。この二人の現在地を教えろ。それと夢見荘に車をまわせ」
「かしこまりました」
さあて! なんていいつつ、初老の老人の声と会話を済ませた貴彦が振り向く。さっきまでの悲しそうな表情をひっこめて
「我が家の迷子探しといきますかぁ!」
景気良く声を出す。そこにはいつものオタク満載の貴彦はおらず、大河内財閥の一人息子『大河内貴彦』の姿があったように感じた。
・・・・・・・・・・
「不幸だ・・・・・」
街の外れを走る新幹線の高架下で、スガルは途方に暮れていた。
急に降り出した雨は一向にやむ気配はなく、むしろ勢いを増しているようだった。
家出したのはいいものの、元々家出して夢見荘にいたわけだし・・・・ お金がね・・・
無いわけですよ、まあゼロって訳じゃないけど。
このまま、音無家に帰る・・・・・・ 訳にもいかない。 それはイヤだ。完全に本末転倒じゃないか。でも、姫野さんを不幸にしたのは僕だ。夢見荘にも帰れない・・・・・・
高架下っていうのは雨宿りに最適だ。音無家にいるときはそんなこと知らなかったけど・・・
「あ、美術部の試験・・・・・」
入部試験は今日だった。色々と出来事がありすぎてすっかり忘れてた。今度こそ普通になれるんじゃないかと、夢が叶うって期待したけどね・・・・ やっぱり僕はだめだった・・・・
『お前の夢この俺が叶えてやる!』―――――か・・・・・
管理人の言った事は失敗に終わる訳だ。
「嘘つきめ・・・・・」
嘘つきと言ってもそれは自分のせいだと知ってる。分かってるけれど思わず口にしてしまったのだ。
「管理人の嘘つき! 僕の夢を叶えてくれるって言ってたのに、これが小説や漫画なら100%の確率で夢が叶ってハッピーエンドなのに、嘘つきだ。管理人は嘘つきだぁああああああああああ!」
心の中のもやもやを晴らすためなぜか大声を出してみたくなった。だから叫んでみた。
しかしこの時スガルは大声で愚痴を、とある人物の悪口を叫んでいたために、何者かが接近する音に気付かなかった。
それが――――――
「誰が嘘つきだって?」
――――――夢見荘の管理人代行、天王寺総一郎だということも。
・・・・・・・・・・
「えっ・・・・・・」
突然の俺の登場に転校生は面食らったようで、逃げるのが遅れた。
「『逃げんな』」
その逃げ遅れた腕を掴む。よし、これで一人捕まえた。
「しっかし、細い腕してるんだなお前さん」
「・・・・・・・・離せ」
うつむいたままでポツリとつぶやくように言ったコイツの言葉を
「『断る』」
はっきりと断る。
「僕に帰る資格は無い、離せ。離せって! 離せ!」
今度は力強く腕を振り払おうとする。けど、俺は無言でしっかりと掴み続ける。
「離してよ・・・・・・ お願いだから・・・・ これ以上僕に関わらないでよ・・・・」
「どうせ、『近づくと不幸になる』とか言うんだろ? そんで、僕のせいで姫野が不幸になったとかいうんだろ?」
確信をもった俺の言葉に転校生は驚いたように顔を上げる。
「なんでっ・・・・・・なんでわかる・・・・・?」
「男の勘だ」
「便利な物を持ってるんだな・・・・・ そう、その通りさ。僕は彼女を不幸にしてしまった。さらに君自身もね、管理人」
「・・・・・・」
心なしか声が震えている。
「だから、だから僕はもうあそこにはいられないじゃないか! 忠告したのにズカズカと僕の近くにやってきて、身勝手に夢を叶えるとか無責任なのことを言ってた変人たちに、少なからず恩を抱いていたんだ。それなのに僕は恩をあだで返す形になった。君たちに多大な迷惑をかけてしまった。だから僕は、どんなに嫌でももう帰るしかないんだよ!」
聞いているこっちの心が痛くなるような、悲痛な叫びだった。コイツはいつも我慢をしている。自分自身の本物を隠して、女の子の部分を隠して生活している。それだけでもツライだろう。そんなつらい状況にある人間に対して夢見荘の住人はいい意味で容赦がない。無理やりにでもつらい状況を打破しようと行動してしまう。それが裏目に出た事例は今回が初めてだ。
「今回お前が出て行こうという理由は、『みんなを不幸にした』っていうことでいいのか?」
「・・・・・・(コクン)」
無言でうなずく転校生。なるほど、な。
「不幸なんて・・・・・ そんなこと、俺達には日常茶飯事だ。」
「・・・・・え?」
「夢見荘にいる人間は大体が訳ありなのさ。もう住人の一人であるお前にだから話すけどな。俺は『捨て子』だ、本物の父母はいないし朋ねえとも血のつながりは無い。だから夢見荘に住んでる。夢見荘の管理人代行という肩書がなかったらいつ追い出されてもおかしくない状況にある」
「・・・・え? ・・・・・へっ?」
状況がいまいち掴めていないようだが、構わず続ける事にする。
「ついでに姫野は両親ともに健在だがどっちとも血の繋がりが無い。旦那がわからない子供を一人で育てた母親は、再婚した一ヶ月後に死んだ。そして血が繋がら無い親は再婚して、アイツの今の両親ができた。その両親は姫野が邪魔で邪魔で仕方が無かったから、姫野を夢見荘に入れた。まあ、体のいい育児放棄だ」
この際だ全員の話をしてもいいだろう。
「貴彦は、両親から勘当されて、家を半分追い出されたような形で夢見荘に暮らしてる。あいつの趣味に関して俺はとやかく言うつもりはないし、本当の自分を隠してる理由を二回も聞くつもりはない。なんで親の仕事を継いでやらないのかなんて、アイツの問題だしな。アイツなりに考えての事なんだろ」
「そんな・・・・・」
「そんな訳の分からんメンバーが集まって、今の夢見荘は成り立ってる。そのメンバーの中にお前さんはすでに入ってるんだぜ? 不幸の塊みたいな奴らをいくら不幸にしたって、変わらないのさ。残念ながら俺たちは不幸ってのに慣れすぎてる。今回は色々な偶然が重なって姫野が暴走したってだけの話だ。俺が姫野の手綱を取っていればこんなことは起こらなかった」
「やっぱり、それは僕のせいじゃないか!」
「最後まで聞けよ、転校生。言ったろ、俺たちはすでに、家族関係において大きな不幸を体験してきた。だから日常茶飯事におこる不幸なんて不幸とも思わない。簡単に言えば普通の人間より耐性が付いてるのさ、あんまりうれしくは無いけどな」
「それって・・・・」
「つまり、俺たちを不幸にするなら並みの不幸じゃ足りないってことさ」
「だからってこれ以上迷惑かけたくない! 君たちは赤の他人だ、とても、とっても優しい他人に迷惑かけるより、大嫌いでも、どんなに大っ嫌いでも肉親に迷惑をかけた方がまだ気が楽なんだ! だから黙って僕をほっといてくれ!」
はぁ・・・・ ここまで聞いて分かった事が一つ。コイツは誰かに似てると思ってたが、俺や姫野に似てるんだ。夢見荘で暮らす前の俺たちにそっくりなんだ。だから
「ほっとけるか」
こう言わないといけないんだ、俺は。かつて誰かが俺たちにしたように。
「夢見荘に住んだ時点でお前は家族だ、家族に定義は無い。優しい他人なんかじゃない、優しい家族だ。迷惑かけろよ、いくらでも! 不幸にしろよ、何度でも! なにがあっても俺たちはお前を見捨てない、お前をほっとかない」
「勝手に・・・・・・・・・家族にするな・・・・・・・・」
「勝手に家を飛び出した奴にとやかく言われたくねぇな」
ここまで話すと、キキィ―っと音を立てて黒塗りの車が止まった。
「スガるん! 総一郎ちゃん!」
黒塗りの車からは見慣れた奴が降りて来た。
「やっと来たか、貴彦。さっさとスガルを学校に連れていけ」
「待て、勝手に話を進めるな!」
「俺は嘘つきじゃない。お前の夢を諦めさせねぇ、貴彦と一緒に学校に行け」
「管理人・・・・」
まだ言い足りないという顔をしている転校生の、小さな肩を捕まえて
「俺は姫野を捕まえに行く。これは俺にしかできない事だ。だからお前もお前にしかできない事をしろ」
「・・・・・・・」
「姫野が帰って来た時、お前が何もしないで夢をあきらめてたらどうなる?」
持っていた傘を転校生の腕に握らせる
「その時の姫野の気持ちはお前が一番わかるはずだよな、スガル」
「・・・・・・えっ」
「じゃあ任せたぞ、貴彦」
「任された!」
返事はほとんど聞かずに走りだす。
最後の仕上げといきますかぁ!
・・・・・・・・・・
とあるさびれた神社の本殿で高井田姫野は落ち込んでいた。その落ち込み方は、ほっとくと地面にめり込んでいくんじゃないかと言うぐらいにひどいものだった。その心に追い打ちをかけたのが雨だ。高井田姫野の弱点の一つの雨は、少し日が傾いてきても勢いは弱まる事が無かった。
もうやだ・・・・ 自分がイヤだ。昔と何も変わってない、人を傷つけて自己嫌悪で逃げ出して、またここに来てる。総一は私を見つけてくれるだろうか・・・・ なんて、考える自分はどれだけ虫がいいんだろう。自業自得なのに。探してもらえるなんて、見つけてもらえるなんておこがましい。私にそんな価値は無い。私なんかを雨の中わざわざ探さなくてもいい、どうせ帰る場所は夢見荘しかないんだし。帰ったら私はまた昔のように閉ざせばいい、拒めばいい、人と関わらなければいい。そう、それがいい。ずっとそうして来たんだし、ほんの少しの間だった本当の私は、また心の引き出しにでも、耐熱性の金庫にでも、コンクリートを詰めたドラム缶にでも、放り込んで始末することにしよう。
なんて思っていたところに聞きなれた声がした。
「やっぱりここか・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・総一」
来るんだよね・・・・・・コイツ。これでもか!ってぐらい良いタイミングでさ。
「何しに来たのよ」
「まったく、お前は全然変わらんな」
体全体が、びしょ濡れになった総一は笑いながら近づいてくる。
何がまったくだ、話がまったくかみ合わないのよ!
「質問に答えたらどうなのよ、ウジ虫」
「無理に強がるなよ、姫野。スガルとの事はだいたい分かってるからさ」
「ああ、ウジ虫とあんたを比べたらウジ虫に失礼よね」
「また同じことをした、とか思ってんじゃないだろうな」
「っ・・・・・・別に・・・・・私はっ」
図星の部分を言いあてられて声に動揺が混ざってしまう。
「俺の時と同じことをした、とか思って自己嫌悪。自分が嫌で逃げ出した。とか、そんなことだろ?」
そんなこと呼ばわりとはいい度胸じゃない・・・・・・
「あんたの言うそんなことで私がどれだけ悩んで、どれだけ苦しんでいるのかなんてあんたに分かる訳無い! 分かったような口をきかないでよ!」
「世界を、他人を、自分以外のすべてを拒んでいた、憎んでいた って事なら俺とおまえは同類だ。だからお前の悩みも、苦しさも知っているって話を前もしたような気がするぞ、この前科二犯め」
前? いつの事を言ってるんだろう? コイツ?
「そんなこと言った? あたしの記憶にはないわよ! いままであんたは、ただあたしを見つけに来ただけじゃない。 無理やり連れて帰っただけじゃない。あたしの言うことなんか全然聞かなかったじゃないのよ!」
「聞いてたさ、ただお前が忘れてるだけだ。お前は眠る直前の事を、忘れる性質があるからな。」
なかば呆れるように言う総一。
忘れる? 私が?
「朝起きると、お前の部屋に俺の物が移動してたり、前日俺と話してた事が噛み合わなかったりって経験をしてるだろ? それと同じことが過去にも起こってんだよ」
「過去に・・・・・・・?」
え? どういう事? コイツは何を言ってるの?
「すげー小さいころ。たしか・・・・・5歳くらいか? 俺は俺の左目を、自分で潰そうとしただろ? お前に言われた言葉を聞いて、それを気にして。お前はその時も同じように逃げ出して、病院を抜け出た俺にここで捕まったんだ。」
総一が濡れた髪をかきあげて、左目を見せてくる。
そこには大きな切り傷が今も残っているのだ。
「そんな昔の話をして、あんたどういうつもり?」
「いいから聞けよ。俺はその時も言ったんだ、『お前の夢、俺が叶えてやる』ってさ」
「・・・・・・・・・夢?」
私の夢・・・・・ それも5歳ぐらいのころの・・・・・?
「そのころのお前の夢は『どんな人とも仲良く、どんなにひどい喧嘩をしても、仲直りできるようになりますように、仲良くできますように』だ。その願いをこの神社に一生懸命祈ってたことを、知らないとでも思ってるのか? 俺たちの腐れ縁をなめるなよ?」
今雨宿りをしているさびれた神社を指さす総一
そうか、そうだった。コイツはあの頃から私の保護者を名乗りだしたんだ。私の事を、私の夢をサポートしてくれてるんだ。あの時から私たちの腐れ縁は始まってたんだ・・・・・
総一と話すだけで、心が落ち着く。幸せな気持ちになる。恋とか愛とか知らないけど、こいつは私のモノってだけじゃなくて・・・・・・・
「あの時もここで泣いてたからな、お前さん」
言われて気付いた。頬を暖かい何かが流れていることに
「な、ななななな、泣いてんか無いわよ! これはっ・・・・えーと・・・そう! 雨! 雨がひどくて濡れてるだけよ!」
慌てて顔を拭う。
「・・・・・・雨か・・・・・」
「・・・・・・雨よ・・・・・」
「スガルはちゃんと試験に向かったぞ。アイツのやるべきことをやってるんだ」
そっか・・・・スガルは諦めないんだ・・・・あたしにあれだけ言われても頑張るんだね・・・・
「だからお前も、お前の・・・・」
「『するべき事をしろ』でしょ? 分かってるわよ、総一のくせに偉そうに・・・・」
二人してニヤリと笑う。腐れ縁は伊達じゃない。
―――――あれ? なんか・・・・この感覚・・・・・
「姫野? どうした?」
「なんか安心したら・・・・・眠く・・・・・」
瞼が重くなって・・・・ ホントに眠い・・・・・寝む・・・・
「バカたれ! 今寝たらお前を運ぶの面倒なんだよ・・・・・・って、もう寝てるし」
腐れ縁の声を聞きながらゆっくり瞼を閉じた。
・・・・・・・・・・
雨脚が弱まるのを待って、神社跡から夢見荘に帰る。
姫野はやっぱり起きなかった。昨日からの逃亡劇でかなり疲れているはずなので、今回だけ特別に起こさないでいてやるとしよう。
そのため今俺は、姫野をおんぶして歩いているところだ。
「そーいちぃ・・・・・」
ん? 起きたのか?
「姫野、起きたか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ばぁーか」
なんて寝言を言うんだコイツは・・・・
「そーいちぃ・・・・・」
「・・・・・なんだよ」
律義に返事をしてしまうのが悲しい
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あほぉ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どう対処すりゃいいんだ俺? 一発殴っとくか?
「そーいちぃ・・・・・」
「はいはい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・☆」
☆ってなんだ、☆って。言葉じゃねえだろ!
「そーいちぃ・・・・・」
「はいはい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・大好き」
「・・・・・・・は?」
寝言だよな、寝言。気にする必要は無いよな。
「そーいちぃ・・・・・」
今度はなんだ・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・大好き」
「はいはい」
雨がすっかりやんだ頃には、一人背負った人影は、
夕焼けを背に我が家こと夢見荘に帰って来た。
どうも、ペンネームは文竜です
三章は少々急いで書いたので
量が少なめになっています・・・・・・・すみません
とりあえず、本編はエピローグを残すのみになりました!
製作期間は4カ月、でも途中の中だるみがひどかった・・・・・
ひとまず形になりそうですので、最後までお付き合い
よろしくお願いいたします。