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第二章 万屋とお祭りと転校生の話

二章 万屋とお祭りと転校生の話


私立天道学園は普通じゃない、もっとも外見を見たらわかるが・・・・・・

まあそのうち普通じゃないってことが否が応でもわかるだろう。とりあえず普通に職員室に行き、帽子君の手続きをする。

「なんで僕はG組なんだ?」

帽子君が話しかけてきた。7月だというのにブレザーを着て、帽子をかぶって顔を隠している。暑いだろその格好、見てるこっちが暑くなりそうだぜ。

「1、2、3、4、5、G 普通じゃないか?」

「・・・・・・・・そうなのか?」

クラスが一つだけ数字じゃないなんて大したことじゃない。

事件は教室で起きてるんじゃない、目の前で起ころうとしているんだ・・・・

教室まで無事にいけたらいいがな・・・・

「いいか、廊下に出る前に聞け。この天道学園はな・・・」

「何か言ったか?(ガラッ)」

『ガラッ』ってまさか! 

「阿呆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

ドアはすでに開かれていた。

〈いたぞ! 転校生だ!〉

〈確保しろ! 絶対に他の部に渡すな!〉

〈転校生は我が温泉卓球部が頂く!〉

〈いや、このシュークリーム部よ!〉

〈なんの、暗黒魔術同好会を部に昇格させるためだ。絶対に譲れん!〉

いきなりの怒声が響く。生徒の大群が廊下いっぱいにひしめき合っていた。

「な、ななな何だこれは!」

「帽子君こっちだ!」

あわてる帽子君の手を掴みクラスに向けて走る。

〈逃げたぞ! 追え!〉

「何なんだよ! これは!」

走りながら帽子君が叫ぶ。

「欲望に満ちた学生の大群」

走りながら説明する。

「なんで僕が狙われてるんだよ! なんなんだよこの『不幸』は!」

「お前、まだ部活に入って無いだろ? それが理由」

「はぁ? 部活ごときに、なんでこんなに必死なんだよ!」

「天道学園は普通じゃない、特に部活は」

「意味わからん、普通じゃないってどこがだ?」

「三人以上で同好会から部になり、部になると部費が手に入り、部員数で部費が決まるって所だ。だから狙われてるのさ、お前さん」

「・・・・・・・・なんだそれ、ってことは僕は今・・・・」

「ああ、あいつらには部費の塊に見えてるはずだ」

「・・・・・・・・・・・」

転校生が黙る、まぁ無理もないか。転校早々こんなお祭り騒ぎじゃな・・・・

思いつつ廊下を曲がると

「こっちはだめだ、待ち伏せされてる!」

見りゃわかる、

〈おい! いたぞ、こっちだ!〉

「まずい、後ろからも来たぞ!」

転校生があわてて叫ぶ

「どうする、管理人代行?」

「不味いな・・・・」

本格的にやばい、完全に挟み打ちだこりゃ・・・・

後ろからは運動部の塊が、前からは同好会や文化部が壁のように迫ってくる

仕方ないか・・・・・

「転校生、空は好きか?」

「へ?」

いきなりの質問の解答を待たずに、手を取り正面に突っ込む

「空は好きかと聞いているんだ!」

このままじゃ後ろの陸上部の奴らに追いつかれるか・・・・ よし、

「空? 嫌いじゃない・・・・・・ ってうわわわわわ」

腕を引っ張り、帽子君を抱きかかえる。この形はさながらお姫様だっこだな

「『逝くぞ』つかまれ、耳を塞げ!」

「漢字が違う! って、わわわ・・・・(バッ)!」

すっと大きく息を吸う、と同時に何をする気なのかを悟った帽子君が耳を塞ぐ。

それを確認してから、久々の怒声を放つ。

「『どけぇぇぇぇぇぇえええ』!」

〈〈〈〈・・・・・・・・っ!〉〉〉〉

廊下を埋め尽くしていた学生たちが驚いた表情で、飛び退くように目の前を開ける。

さながらモーセになったような気分だ。

「今だっ!」

隙間を縫って廊下を走りぬける、帽子君を抱えたまま階段を一段飛ばしで駆け上がる。

全速力で階段を上って行くとドアがあった。

バギャ

目の前に現れたドアを蹴り開ける。

「ここは屋上だ! 逃げ場無いじゃん!」

「心配すんな」

いいつつ加速

「え、えええええええええ。ま、まま、ま待て待つんだ管理人!」

「『断る』」

ジャンプして、フェンスを蹴りさらにジャンプ。それも屋上から、

「・・・・・・・・・・きゃぁぁぁあああああああああああ」

しばらくの沈黙のあと、帽子君の絶叫が響いた。

いやあ、風が気持ちいいな


・・・・・・・・・・・・・


目の前には色とりどりの花たちが咲いていた。近くでは小川のせせらぎが聞こえる、これが世にいう三途の川なんだろうな・・・・

ああそうか。僕は死んだのか・・・・ 

そりゃそうだよね、学校の屋上から飛んだら流石に死ぬよなぁ・・・ 

「いいこと? スガルは私たち万屋が頂いてるの、下手な手を出すと・・・・(ニコリ)!」

ん? 聞きなれた声がするような

まぁでも死ぬよね、そりゃ・・・・ 六階分ぐらいの高さだし、重さ二人分だったし・・・・

「猫缶同好会や、ボトルシップ部のようになりたくないっしょ、みなさん?」

〈くそう・・・・ 万屋が相手なんて分が悪すぎる・・・・〉

〈ここはいったん引くぞ! 廃部になったらかなわん!〉

学生の大群がぞろぞろ去っていく

「あれ? 僕生きてる?」

花畑を良く見ると、学校の花壇だった

「当たり前だ、帽子君」

一緒に飛び降りたヤツの声がした

「管理人! 貴様ぁ!」

「おもしろかったか?」

ロープを指さしながら言うニヤリと笑う管理人代行。おもしろかっただって?

冗談じゃない! 本気で死ぬかと思ったんだ!

「最低だな! 人をこんな目に合わせるなんて! どさくさまぎれにお、おおお姫様だっこなんてするし、手も握っただろ! このド変態!」

「助けてやったのにそこまで罵倒するかね・・・」

「気をつけなさいよスガル、こいつは性別、年齢関係無く、何でも毒牙にかける人でなしだから」

一項目増えてる気がするよ、姫野さん?

「もう、ツッコむのも七面倒臭いな・・・・この展開」

ツッコミをやめるってことはやっぱりこいつは・・・・

「この、ゲス野郎が!」

「姫野に影響されすぎだ、もう少し上品な言葉を使え!」

「騙されないぞ、この変態!」

「何をどう考えたらそんな返し方ができるんだ?」

「まぁ総一の事は、置いといて」

「置いとくな。意外と、いやかなり重要だぞここ。 俺の人間性が問われてるんだ」

「総一からきいたわ、スガル。 大変だったわね」

「しばらくは万屋でかくまうことにしたからさぁ~、心配無用だぜぃ」

「そ、心配ご無用ぅ!」

姫野さんと大野内が親指を立てたポーズで言う

「まぁ 他に入りたい部活があったら言いなさい、たとえどんなに困難でも・・・・・・」

言いかけて姫野さんが止まる。辺りはしばらく静寂につつまれ

「コラ、総一あんたの台詞でしょ!」

キッと管理人を睨むが

「・・・・・・・・・・・・・・。」

ガン無視

「そーいち!」

姫野さんに促されやれやれといった感じで

「・・・・・・・・・・叶えて見せましょ、夢見ましょう・・・・・・・」

ポケットに手を入れたまま、うつむきぽそぽそと呟く

「われら天道学園第二寮付属ぅ!」

「「「『万屋夢見』!!!」」」

ビシッと荒らぶる鷹のポーズの姫野さん、その右には狩り面ライターのポーズの大野内、その横では管理人が頭を抱えていた。

「ちょっと総一! なんでポーズを決めないし、決め台詞も言わないの?」

「招き猫のポーズで『にゃーんてにゃ』なんて台詞をこの俺が言えると思ってんのか!」

「できなくてもやるの! そう決まったの!」

「自分の心の決定を他人に押し付けるな!」

「まあまあ落ち着いて、こんなところで夫婦喧嘩をしなさんなよう」

「「夫婦じゃない!」」

こんな三人のやり取りを見ていて一つ気になった言葉があった

「・・・・・・・・・『万屋』?」

そのつぶやきを聞き逃さずに

「そう、万屋、夢を叶えるのがお仕事なの」

得意げにエッヘンと胸をはる姫野さん大きな胸がそれに合わせて揺れる

「俺は姫野に無理やり手伝いをさせられてる。無 理 や り な」

フンっと鼻をならしてそっぽを向く管理人。

「まぁ、表の仕事は部活の統率、統廃合、部費の予算案提出って感じなんだけどね~。生徒会が全ての生徒のトップなら、万屋は全ての部活のトップなのだ!」

「そして、部活が部活の範囲を出ないように取り締まるのが、風紀委員会ってわけ」

「天道学園は三権分立によって成り立っているわけです! ドぅ―ユーあんだすたん?」

一度に大量の情報を詰め込まれ慌てる。え~ととりあえず僕は、夢を叶える万屋のお手伝いになったってことかな?

「・・・・・・・・・・・・・・・・なんとなく」

「なんかお前らが真面目に話してるのに驚きだな・・・・」

「「失礼な! 私は(俺は)いつでも真面目に決まってる!」」

「ええい! ハモんな、馬鹿ども!」

・・・・・・・・・なんとな~く普通じゃなさそうな感じがした・・・・


キ~ンコ~ン カ~ンコ~ン

キンコン カンコン キンコン カンコン キ~ンコ~ンカ~ン


チャイムの後半は某音楽番組の合格者が聞けるリズムだ・・・・

さっきの出来事といい、校舎の形状といい、チャイムといい・・・・

やっぱりこの学校は普通じゃないかもしれないな・・・・


・・・・・・・・・


ガラガラっ

「総一郎様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!」

ドアを開けた瞬間に金色の何かが高速で接近してきた。

「あぶねっ!」

上体をひねって金色のそれをかわす

「なぜ避けるのです、総一郎様・・・・・このわたくし、白坂・L・パトリシア・グランディオースハートからの愛の接吻を!」

「エリシア! 顔面に高速で突っ込んだら、ただの頭突きだろうが!」

この金色の弾丸こと、白坂・L・パトリシアなんとかにツッコミをいれる。

「頭突きだとしてもわたくしの愛情表現ですわ!」

「だとしてもじゃねぇ! そこは否定しろ、ついでにその変な口調をやめろ」

白坂・L・パトリシア・グランディオースハート。名前が長いのでエリシアと呼んでいる。瑠璃色の瞳をもつクオーターであり、第一寮に住んでいる。長い金色の髪をツインテールにまとめて、一部の人間に絶大な人気を誇るニーハイを装備。一目でお嬢様か何かだろうと分かる風態を持つ美術部のエースは、学園にも特注のフリル付きのカスタムタイプの制服を着てきている

ついでに言うと、

「パトリシア! あんたねぇ、周りに被害が出るからやめなさいよ!」

「高井田姫野! あなたのような毒物が総一郎様に近づくのは、やめて頂きたいともう何度も申し上げているではありませんか。それなのに未だに幼馴染フラグを利用してラブラブ登校なんて許しませんわよ!」

姫野とは喧嘩するほど仲がいい。

「あ、あたしは総一と一緒にラブラブ登校なんてしてないわよ!」

「そうだね~ 今日はスガるんに取られちゃったもんね~」

「タカ五月蝿い! 別に取られたなんて思ってないわよ!」

「おぶし!」

貴彦の顔面が陥没した

「あなたのような俗物に、総一郎様の心は動かせませんわよっ!」

「言ってくれるじゃないの! このエセお嬢様!」

「鼻はどこだ・・・・ 窪んだ眼玉はいったい何処にあるんだい・・・・」

「・・・・・・ふぅ・・・・」

この二人が繰り広げる毎朝のやり取りに思わずため息がでた

「だいたい汚物のようなあなたごときのために、わたくしの総一郎様のお手を煩わせる必要がありますの?」

「そんなの決まってるでしょ! 私は総一の・・・・・・ぐう・・・・」

あ、姫野が寝た

「高井田姫野! わたくしの言葉を無視して眠るんじゃありませんの!」

毎朝の行事になりつつある二人の喧嘩をほっといて席に着く。

「毎朝大変だね、そー君」

「要か、おはようさん」

「ふふふ、挨拶をしてくれるなんて・・・・ ついに嫁にしてくれる気になった?」

「『嫁』ってお前な・・・・」

俺の目の前で目をウルウルさせているコイツは扇堂 要。通称G組の天使。大きく開いた目、その中に収納されたおおきな深緑の瞳、ぷにぷにした頬、肩まで伸びたやわらかそうな茶髪、透き通るように白い肌、折れそうなくらい細い腰、着ている制服、一挙手一投足すべてが美少女なのだが、性別は♂。

・・・・・・・・そう、生物学的に分類するとY染色体をもつ『♂』・・・・・・・と聞いている。

しかし俺以外の誰一人、コイツを♂だと認めない。あくまで♀として扱っている、なぜだ?

「あはっ そー君、女の子の言うことをすぐ本気にしちゃだめだぞっ☆」

いいつつおでこをはじかれる。無邪気なもんだ・・・・・・

天道学園嫁にしたいランキング、堂々第二位である彼女?は、オデコを擦る俺を指さしケタケタ笑っている

ってか、☆ってなんだ☆って・・・・

「はいはい、わかった。以後気をつけることにする」

「よろし~い。で、お茶? それともコーヒー? それとも・・・」

いいつつ鞄から茶釜やサイフォン式コーヒーメーカーを取りだす要、

「教室で喫茶店でも始める気か!」

「君がおいしい飲み物を欲しいかと思ってさ☆」

「前に、そのおいしい飲み物に睡眠薬を入れて俺の貞操を他人にさしだそうとしたのはどこのどいつだっけか?」

要はエリシアと姫野どちらとも仲がいいのだが、最近エリシアに悪用されてる気がする。

「あ~、え~と。ほら、パティちゃん達今日はいつもに増して修羅場だよ? 止めなくてもいいの?」

「問題無い、止まるさ。もうすぐ」

ガラっと音がしてドアが開き、幼児体型の女の子が入って来た

「高井田さん、学生で結婚なんて早すぎますよ? もう少し節度のある行動をとってくださいね?」

「け、けけ結婚なんてそんなこと考えてるわけ無いでしょ!」

「白坂さん、あなたは自分のクラスに早く戻ってください。中西先生が探していましたよ?」

「中西が・・・ それは不味いですわね・・・」

臨戦態勢に入っていた二人はこの幼女の言葉に現実に引き戻された。この見た目中学生のロリ美少女こそ、担任の最上咲良だ。

「仕方ないですわね・・・・・・ 高井田姫野! この勝負またの機会に預けますわ!」

「ふんっ、何回やっても結果は同じよ! 総一は私の部下で、下僕で、おもちゃで性奴隷で、夢見荘の屋敷しもべ妖精なんだから!」

「一つ聞き逃しちゃいけない単語があったぞ姫野!」

俺は『保護者』であって肉体関係は100%無い! でも、周囲の目線が痛い!

「では、総一郎様、また後ほど」

「エリシア、ちゃんと昼も美術部に顔出せよ。俺が部長に怒られる」

「・・・・・・・・・総一郎様の頼みなら仕方ないですわね・・・・ では」

エリシアは美術部と聞いて少し嫌な顔をした後、スカートのすそをつまみ上げ一礼して去って行った。黙っていれば、外国の良家のお嬢様って感じなのにな

〈ちっ、なんで天王寺の奴ばっかりモテモテなんだ〉

〈こないだは高橋麗子を手ごめにしていたらしい〉

〈パトリシア様や要ちゃんにまで手をだしているもんな〉

〈年齢、性別関係無くなんでも毒牙にかける人で無しってのも嘘じゃないかもな〉

ざわざわと男子生徒のやっかみが聞こえる・・・・・ こんなんだから俺の高校生活は・・・

「それではみなさん、おはようございます。HRをはじめますよ」

咲良ちゃんの声とともにHRが始まる。

「今日はまず、転校生の紹介をしますね。 音無スガルさんお願いします」

テンガロンハットをかぶり、7月なのにブレザーを着た場違い丸出しのコイツは無愛想に、「音無スガルだ」

帽子も取らずに告げる

「あっあああのスガルさん? 挨拶はそれだけでいいんですか?」

「別にいいです、他人と慣れ合うつもりはないんで」

〈あいつだろ? 新しく夢見荘に入ったのって〉

〈ということは、すでに天王寺の毒牙にかかってるのか・・・・・〉

〈万屋の一員でもあるらしいぞ〉

ざわざわ再び。転校生もそれを気にもせず、さっさと俺の隣の席に着いた。

「そっけないな、転校生」

「うるさい」

・・・・会話終了。

コミュニケーションってものが何たるかを、コイツと数時間にわたって討論する必要があるんじゃないか?

まぁいい、

「教科書の類はあるか? 黒板の文字は見えるか?」

「お前は私の母上か! 教科書はあるに決まってるだろ、視力は両目とも2・0だ!」

相変わらず帽子をかぶっているので表情は見えないが、帽子の下ではガルルルルルルと吠えそうな感じでこっちを睨んでいるのだろう

「わかったわかった、これから先は、俺はお前さんに話しかけないからのんびりと授業を受けることだな」

「ふんっ、お節介め」

それ以降、帽子君は教科書を見つめ、こちらを見ようともしない。考え事でもを始めたんだろう。難しいお年頃なんだろうな、コイツも。




ふわわわわわわわわわ 眠い・・・・ 

右隣の『眠り姫』も寝てるし・・・・ 寝るか! オヤスミナサイ

「天王寺君、授業中にとっても大きなあくびをしてから、眠るのはやめて貰えますか?」

今の授業は・・・ 古文だったな・・・ってことは・・・・

「咲良ちゃんか・・・・『断る』」

「『咲良ちゃんか・・・・』じゃないです! 教師である私を『ちゃん』づけで呼ばないと何度言ったら分かってもらえるんですか!」

ちっ 咲良ちゃんは希少種だった・・・・ 七面倒臭いなぁ・・・・(ニヤリ)

「何をする気だ、管理人」

こちらの動きに気付いて声をかけてくる帽子君

「昼寝だよ、昼寝。お前さんも来るか?」

「転校初日から問題行動をおこす気は無い」

そうか、それなら一人で・・・

「いいですか天王寺君、いくらあなたが成績優秀、スポーツ万能の特待生でも、私の授業では絶対に眠らせませんから!」

いいつつ咲良ちゃんが近づいてくる

「あっ! 咲良ちゃん! あそこ!」

「ふぇ? な、なななんですか」

キョロキョロと指さした方を見る咲良ちゃん、た・・・単純だ。

よし今の隙に・・・・っと

「天王寺君? 窓の外がなんだったんですか? 何もありませんよ?」

「・・・・・・・・・・」

「天王寺君! 自分の身代りとして、こんなに可愛いクマのぬいぐるみを置いて逃げないで下さい!」

廊下に出る寸前、咲良ちゃんの声が聞こえた。ちっ もうバレたか。

「もう、私がぬいぐるみに弱い事を何処で調べたんでしょうか・・・ はぁ・・・・このかわいいクマさんは持って帰りたいですね・・・・」

「咲ちゃん先生、単純すぎだよう」

〈貴彦もそう思うよな。咲良先生は天然すぎるよな〉

〈先生、そろそろ授業をしたほうが・・・・・・〉

あいつら余計なことを・・・・

「この丸い瞳・・・・ やわらかそうな体・・・・ そして学園の制服を着ているという芸の細かさ・・・・・ 流石天王寺君ですね・・・」

「だめだこりゃ・・・・」

〈先生は完全に別の世界に逝ってしまってる・・・・〉

貴彦と他の生徒のため息が廊下まで聞こえてきた

・・・・・・・とりあえず屋上で寝るとするか。


・・・・・・・・・・


「・・・・のん・・・・・・ひめのん・・・・・姫の~ん・・・おきろ~ めし~」

ゆさゆさと頭が揺らされた感覚で目を覚ました

「あぁん! 気安く俺に触んなクズが。殺すぞ」

反射的に恐ろしくドスの利いた声で怒鳴る

「お目覚め一発の声で心がバッキバキに折れてしまいそうだい・・・・」

「なんだ、タカか・・・」

このあたしの安眠を妨害するなんていい度胸よね・・・・

思わずジトーっとした目線を向けると、

「俺じゃ不服かい? やっぱり総一郎ちゃんがよかったかい、姫のん?」

何を勘違いしたのかこの馬鹿タカはそんなことを言ってくる。

「べ、別にそんなんじゃないわよ! あたしの眠りを妨げるあんたを含め全ての音にムカついたの!」

「はいはい、全ての音ね」

タカに軽くあしらわれてイライラは募るばかりだ。あたりを見回すと、あちこちで弁当箱を広げたり、携帯をいじくりまわしたりコーラの早飲み大会が繰り広げられていたりと、いつもの昼休みだった。昼休みだというのにアイツがいないような・・・・

「総一郎ちゃんは屋上だよ」

「いつの間に!」

心を見透かすように言われた一言に、反射的に反応してしまう

「たしか2限目ぐらいに姫の横で咲良ちゃんを騙して逃げたんだ、私も一緒に行けばよかったかな・・・・」

要が状況説明をしてくれた、総一の事だからまた屋上だろう

「そっか・・・ そうだ! スガル!」

二つ隣に座る無愛想な転校生を呼ぶ

「・・・・・・・何だ?」

「あんたも一緒にお昼食べなさい、命令よ」

「イヤダ」

「ダメ」

がるがるるるるるる

一匹オオカミVS能天気ネコの激しい攻防戦が今にも始まりそうな瞬間に

「・・・・・・二人がもめてるなら私が一番にそー君の所に行っちゃおうかな・・・・」

ポツリと要がつぶやく

「要はダメ! 一人でさびしく食べてなさい!」

「扇堂さん、悪い事は言わない。あの管理人はどう見ても変質者だぞ、一人で行ったら女の貞操が危ない」

「まぁまぁ、御二人さん。ここで暴れちゃまずいんで、上に行かないかい?」

「「何ぃ? コイツとかぁ?」」

二人して指をさし合う

「まぁまぁ、総一郎ちゃんは何のかんので大人数が好きだからいいじゃんかよ」

「わかったわ、とりあえずパトリシアより先に行くわよ、三バカ」

「「だれが三バカだ!」」」

「あんたたちに決まってんでしょ」



・・・・・・・・・・・・


姫野さんに連れられて来たのは学校の屋上。ほんの数時間前飛び降りたところだ。

「よう、遅かったじゃないか」

突然上から声がした。この聞きなれた声は・・・・

「総一、昼寝するなら私も連れて行きなさいよ!」

やっぱり管理人代行だった。

「要、普通のお茶を人数分だ」

「言われなくても入れてるよん☆」

「また、お茶なの~。 時にはジュース系が・・・」

「あのな、お茶にはビタミンCが多く含まれているし、カテキンには抗菌作用があるんだ」

「ついでに言うとね、姫のん。虫歯予防のフッ素とかリラックス作用のテアニンとか、眠気を除去するカフェインが含まれてて、総一郎ちゃんが姫のんに一番飲ませたい飲み物なんだよ~ん」

「ばっ馬鹿者! 別に姫野のためじゃない、さっき要の好意を無駄にしたから今度は俺から頼んだだけだ」

「私の好意を・・・・・(ポッ)そー君、そんなことを軽々しくいったらダメだぞ☆」

「頬を赤らめるな! 気味悪いわ、この♂!」

「こんな天使を捕まえて♂だなんて・・・・・ きゃっ☆」

「俺はお前を天使だなんて思ったことはねぇ!」

こいつ等はホントに口が止まらないな・・・・

屋上に来るなり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める管理人たち

しかし色々と言い合いながらも昼食の準備は整ったようだった。

「タカ! 早く私の分を出しなさいよ!」

「ういうい、どうぞ。 スガるんにもどうぞ」

「え・・・・」

差し出された包みを受け取る、ずっしりと重い。その包みを開けると

「お昼といったらやっぱりこれよね! そばカツチキン豚コロッケパン!」

よ、欲張りすぎなボリュームのパンだ・・・ これを一人で食べるのか?

「遠慮せずに食えよ、姫野がそれを人にあげるなんてかなり珍しいんだ」

「そうよ、ふぉんなふぁうビスは・・・・・・ゴクン。 めったにしないんだから!」

「私の手作り弁当でもいいですよ?」

いいつつ弁当箱を開いて見せてくれる扇堂さん。タコさんウインナーの赤や卵焼きの黄色、しっかり野菜の緑も入っているけどとても小さいサイズだった。

「・・・・・・・・・僕が貰うと無くなっちゃうからいい」

「それとも、こっちがいいか?(ポイッ)」

管理人が何かを投げてよこす

「おっと」

このピンク色、まあるい形に細い割れ目が入っているこれは・・・

「桃だ、今朝果物やのおっさんからもらった俺らの昼飯」

「うんうん、みずみずしくておいしいねぇ・・・・ひもじいけど」

ちびちびと桃をかじっている二人に

「なんで同じ寮生なのにご飯のランクがこんなに違うんだ?」

とりあえず疑問をぶつけてみる

「朋ねぇが帰ってくるまでは俺たちに贅沢をする権利は無いのさ」

「そうそう、姫のんがしっかり着服して無駄に使うから・・・・」

「じゃあなんで朝ごはんは普通に食べてたんだ?」

「決まってるじゃない! 寮にだけは食材が自動的に補充されるからよ、朋恵の好みでね」

「そそ、俺はそれを利用してテキトーに飯を作ってるわけさ」

「その食材でお昼も作ればいいじゃないか」

「バカ言え。昼飯のたびにいちいち夢見荘に戻ってられるか、七面倒臭い」

「そうよ、あたしたちも忙しいんだから!」

「なら、お弁当にして持ってくればいいじゃないか!」

「「「・・・・・・・・・・・・。」」」

夢見荘の三バカが凍りつく。そして長い沈黙の後、管理人がポンと手を打ち

「・・・・・確かにそうだ・・・・・」

呟いた

「スガル、あんた天才?」

両目を見開いて姫野さんが言う

「ブラボーな解決策が手に入ったじゃん、総一郎ちゃん!」

「逆転の発想ってやつだねっ☆ ・・・・・でもこれで貴彦に教わった『手作りお弁当を一緒に食べましょっ❤作戦』はできなくなってしまうんだね・・・ がくっ」

「いやいや要ちゃん、落ち込むことわぁない!『手作りお弁当のおかず交換しましょっ❤作戦』に変更すればいいんだよ」

「要に変なことを吹き込むな、バカ彦」


しばらくして


「ごちそうさまんさた~ばさぁ~」

姫野さんが手を合わせながら言う。それと同時にドドドドドドドドドドドドと妙な音がして軽く地面が揺れ始めた

「これって、地震っ!」

転校早々こんな形で『不幸』がやってきたのか!

「慌てず非難をっ!」

「非難? 確かに必要になるな・・・・・この感覚」

管理人がそっと屋上ドアからの死角に入る。次の瞬間、

「総一郎様っ! お待たせしましたわ!」

ドカンと音を立てながら、金色の弾丸がドアを蹴り開けてきた。

「本日こそ、この白坂・L・パトリシア・グランディオースハートとご一緒に楽しいランチタイムを・・・・・」

キーンコーンカーンコーン

言い終わる前ににチャイムが鳴る。今度は普通のチャイムだったな・・・

するとパトリシアさんが、がっくりと演劇のように倒れ込みハンカチをかんだ

「・・・・・・・・残念ですわ・・・・ またしてもわたくしだけ仲間外れ・・・・ 寮も、クラス分けも・・・・・・」

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

「何をボーっとしてる4バカ、行くぞ」

「しかし! わたくしと総一郎様の愛の前には、どのような障害が立ちはだかっていようともノープロブレムですわ! って総一郎様? いずこへ参られますの? あなた様の最愛の女性であるわたくしはここにございま(バタン)す・・・・・・・のに」

屋上のドアは勢いよく閉まり、

ガチャリ

鍵までかかった。

彼女の名演技は完全シカトした管理人は、僕たちを連れ階段を下っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・アレはどうもキライだ・・・・・」

ポツリと漏らす管理人を見ると、少し複雑そうな顔をしていた


・・・・・・・・・・


楽しい?お昼が終わると午後の授業、隣のお姫様は相変わらず熟睡

あっという間に放課後になったので、全員が帰り始めた時

「コラ、スガル! 何勝手に帰ろうとしてんのよ!」

転校生に姫野が咬み付いてた。

「・・・・・・」

「無視すんな! これから万屋の仕事するわよ、一緒に来るわよね?」

「・・・・・なんで、僕が行く必要があるんだ? 僕は用事があるんだ、先に帰・・・・なぁ、僕の腕を掴んで連れて行くのはやめてくれないか?」

「ヤダ」

「・・・・・・・・・・・くっ」

「あきらめろ転校生、姫野に逆らうと朝の俺みたいになるぞ」

「つまりね、すがるん。姫のんに逆らうとその右手の関節が、曲がってはいけない方向にかるくひん曲がっちゃうんだぜい」

貴彦、これ以上恐怖を植え付けるな

「・・・・・・・なっ」

ほら、転校生の顔色がどんどん悪くなってるし、

「そういうこと♪(ニコリ)」

おう、目が笑ってないぞ姫野

「うううう・・・・・・・・・」

ずるずると引きずられるように運ばれていく転校生、結局部室の中に入るまで右腕は拘束されっぱなしだった。「この二人もあっという間に仲良くなってきたねぇ。」だって貴彦? そう見えるのかお前の眼には、それならいい眼科を教えてやらくちゃな。確かここらへんだと・・・・・ なんて考えていると、

「ここがあたしの部室!」

転校生に張り切って紹介する姫野、いつの間にか部室前だ。ついでにあたし 達 の部室だ、 達 を忘れてるぞ

「部室っていうよりちょっとしたオフィスじゃないか、ここ?」

確かにオフィスという表現は適切だ。社長用の机と普通のアルミデスクを並べて置き、壁際にはコーヒーメーカーが常備され、大型のプリンター、書類ファイルの棚などがぎっしりと入っている。まぁしょうがないじゃないか、万屋の表の仕事は200種類以上もある部活や同好会の管理なんだから。普通に仕事してて何が悪い!

「気にしな~いの、スガるん。ささ、こちらのお席へ」

いいつつデスクの椅子を引く、スガル用執事こと貴彦。だんだん使いっぱしりが板について来たな

「では、全員準備はいいわね。仕事するわよ!」

「「了解」」

「・・・・・・・・・・・なんで僕まで」

「では、タカ。第一の投書を読んで」

「え~と、私たちリトルドール同好会は廃会の危機にあります、たすけてください」

「「却下」」

姫野とハモった

「決断早っ!」

的確な判断だろうな

「タカ、次」

手をヒラヒラしながら促す姫野

「じゃあ次・・・・我がプラモ部は廃部の危機にありま・・・・」

「「廃部」」

またハモった

「またしても! うぐあ!」

貴彦のオデコにシャーペンが突き刺さった、姫野と俺で合計三本。出血大サービスだ

「・・・・次々、もっとまともな依頼無いわけ?」

「・・・・痛い。もっと文句を言いたい、『投書の文句は俺に言え』ってことで、こんどこそ! われわれガシャポン同こう・・・・」

「「却下」」

「三アウトチェンジ!」

椅子ごとひっくりかえる根性のリアクション芸を見せる

「廃部で当然だな、その部費は他の運動部に回させてもらう」

「なあ今名前が挙がった部活ってなにをするんだ?」

袖を引っ張りながら、ごくごく簡単な質問をする転校生

「折角の部費を無駄なプラスチック製品にかえていく活動だ」

「そうなのか・・・・・・でも、万屋の仕事ってので助けるんじゃないのか?」

「無い、助ける必要が無い。ついでにコイツに慈悲なんてもんがあると思うか?」

姫野の方を指さす

「総一・・・・・あんたいい度胸ね・・・・(ニコリ)」

おう、攻撃色に変化するのはやめたまえ。また部室が壊れる

「というか、足しちゃえばいいんじゃないか?」

唐突に転校生が言う

「「「足す?」」」

「4人いれば部活なんだろ? その三つのメンバーを一つの部活にすればいいんだよ」

「統合しろってか・・・・書類面倒なんだよなそれ」

「『仕事』なんだろ? 管理人」

「ちっ まあいい、ただし条件がある。今日の晩飯を作ってくれ」

「僕がか?」

「お前さんの味を知りたいし、俺は『仕事』をするからな」

「何よ総一、ご飯ぐらい私がいつだって作ってあげるわよ?」

「姫のんはほら、途中で眠っちゃうでしょ? 危ないからやめようぜい」

こいつの料理は殺人クラス、簡易型胃袋破壊兵器なのだ

「どういう意味よ?」

俺たちの優しさが伝わらないのか? おもわずため息がでる

「ねぇ? どういう意味なのよ!」

こいつはほっといて、さっきの転校生の提案を文章化する作業を進めることにした。


帰宅後


引っ越しの荷物が段ボール一個だったため転校生の引っ越し作業はあっという間に終わってしまった。暇を持て余すついでに飯を作ろうと食堂のオンボロキッチンに三つの影が立っていた。

ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、豚肉・・・・

冷蔵庫にある食材の上にはレシピ本の一ページが破り取ってあった。乱雑に破られたそれを見て一言、

「・・・・・・カレーか・・・・」

「カレーのレシピなのかい、総一郎ちゃん?」

「何か足りないような気がするな、管理人」

朋ねえは何処に頼んだのか知らないが寮の冷蔵庫に人数分の食材を補給してくれている。だからほとんど買い物に行く必要はないのだが、

「Oh! カレールーが無いよ! どーすんの?」

いつも何か一つ、重要な食材が足りない。ピーマンだけで作れるお手頃チンジャオロースにピーマンがなかったり、海鮮サラダに魚介類が無いとか

「買いに行けばいいだろ、貴彦」

「俺が行くのかい!」

「スパイスとかあるか? 管理人?」

「んあ? スパイス? その棚の中だ」

キッチン棚の右から二番目を指さす。そこには朋ねぇしか使わないスパイスの小瓶がたくさん置いてある

「ここか・・・・・・・・・・っ!」

棚の中を見た瞬間、転校生の目が三割増しで輝いた

「すごい・・・・・・すごい、スゴイ、すごい! ターメリック、クミンパウダー、コリアンダー、チンピ、フェネグリーク。フェンネルにシナモン、カエンペッパー。ガーリックグラニュー、ジンジャー、ディルパウダー、オールスパイス・・・・・あ、カルダモンだ。他にはクローブス、スターアニス、セイジ、タイム、ナツメグ、ブラックペッパー、ベイリーブス・・・・・・・・・・・・すごいな、コレ」

おそらくスパイスの名前であろう単語を一通り呟き終えると、こちらに同意を求めてくる。

「朋ねぇは料理の天才だからな、たくさん持ってんだろ。」

「・・・・本格的すぎる・・・・」

ほうっとため息を吐きながら、スパイスの棚を見つめる転校生

「・・・・・・・・・・もしかしてっ」

ハッとして棚の横に置いてある鍋を掴む

「る・・・・・ル・クルーゼ!」

「ラウ・ル・クルーゼ?」

「大野内、死ね! この鍋はル・クルーゼだ。優れた機能性や、かわいいデザインで世界一流のシェフに愛されている鍋なんだ。 いいなぁ・・・でもコイツはこんな古くて汚い所じゃなく、もっと綺麗な、洗練されたシステムキッチンとかにあるべきなのに・・・・」

古いんじゃない、趣深いと言え。汚いんじゃない、年季が入っていると言え。

「で、カレールーはどうすっかな・・・・・」

「大丈夫、とっておきのカレーを食べさせてあげるよ!」

いいつつ帽子を一瞬の早業でコックのような長い白い奴に取り換え、エプロンを装着。

「料理できんのか?」

「任せて、得意分野だからさっ☆」

ビッと親指を立てる

意外だ・・・・料理好きだったのか転校生。というかキャラが完全に別人じゃねえか、☆って何だ☆って。

「さて、まずは野菜ども覚悟しなさい!」

目にも止まらぬ手つきで料理を進める

目を輝かせながら料理する横顔は今までの中で一番魅力的だった。

思わずライカを引っ張りだす

ファインダー越しに見る転校生はやたらキラキラ光っているように、輝いているように見え、一瞬ドキッとした。いやいや落ち着け、コイツは男だろ、自分で行っておったではないか。そう男、男、男性、雄、♂ 押す 押忍!

「管理人!」

「押忍っ!」

ボケ~っと見とれていたところを、急に呼びかけられなんか変な声が出てしまう

「なんで『押忍』・・・・?」

「き、気にすんな」

「まあいい、皿は何処にある?できればカレー用の大きく平たい奴がいいんだが・・・・」

「あ、皿。うむ、こっちの棚に入ってる」

「こっちか・・・・  うわぁっ、これは・・・・ノリタケ食器の皿、ウェッジウッドのティーセット・・・・・ なんなんだこの豪華なラインナップを取りそろえたオンボロキッチンは!」

オンボロじゃない、趣深いと言え。

いいつつせかせかと準備をしている転校生、なんだか面白い一面を見てしまった気がする。

普段はクールにきめてるのに好きな物には過剰反応か・・・・興味深い生き物を見つけたな。


転校生特製のカレーは言うまでもなくおいしく、自分の作ったものとはえらい違いで・・・・・

いや、俺は決して料理が下手って訳じゃない。そういうわけじゃないが、うまかった。

もしかしたら朋ねぇと互角の腕をもってるかもしれない・・・・ 油断できないな、俺も。


同日 深夜


俺の部屋(零号室)で書類をちまちま、ちまちま、ちまちま・・・・・とやっているのだが・・・ま、一日じゃ終わらなくて当然か。万屋の仕事はあの馬鹿どもはしないから。

ガチャリとノックも無くドアが開く。この時間、ノック無し、ってことは間違いない、

「そーいち・・・・・そーいち・・・・・」

「どうした姫野?」

姫野だった。いつもの夏用パジャマ(クマ柄)を着て半泣きの顔でやってきた。やれやれ・・・・

「夢・・・・夢・・・・」

「ああ、また怖い夢見たんだろ? 泣くな、泣くな・・・ ほれティッシュ」

差し出してやると、グズグズいいながら涙ふき、鼻をかんだ。コイツは昔からそうだ。怖い夢を見るとどこからともなく現れて

「一緒に寝て?」

「ダメ」

こんな事を言い出すんだよな・・・・

「じゃあ添い寝」

「意味が一緒だろ・・・・」

こんな状態学校の奴らには見せられない。普段から俺が『保護者』をやっているからいいが、コイツは一人では暮らせないだろうな。

「腕枕」

「却下だ」

「膝枕・・・・・」

「きゃ・・・」

「・・・・・・・・してあげようか?」

ブハッ

危ない・・・・予想以上の破壊力だった

「却下だ・・・・ ドテラックマを貸してやるからもう寝ろ」

タンスの中をごそごそと探し渡してやる

「わぁ~い、『さぶろう』ひさしぶり~」

ぎゅー、なでなで、もぞもぞ

姫野お気に入りのぬいぐるみ『さぶろう』。ドテラを着て、頭に「必勝!」なんて鉢巻が巻いてある。商品名は「浪人熊ドテラックマ」。この熊をいじくり倒す姫野は一言で言うなら「ガキ」。貴彦が見たら『ひめのん蕩れ~』とか言うんだろうな。

高校二年になってもこの調子だ・・・・ いつになったらおれはコイツを自立させて、平和な日々を手に入れられるのだ?

ん? なんか静かになってるような・・・・・

「姫野?」

「・・・・・・・・・・・ぐぅ・・・・・・・」

「おい、姫野」

寝てるし。しかたない。起こさないようにそっと抱えてやる。170近くある身長のため、普通の女の子より持ち上げにくいが・・・・・今の状態はお姫様だっこだ。

そういや転校生はすごい軽かったな。

ぬいぐるみを抱いて、まるくなるコイツを部屋まで運ぶ。

「これで良し」

しっかりベットの上に寝かせ、毛布をのせて目覚まし時計をセット。

と、隣から明かりがもれていることに気づいた。

隣といえば転校生か・・・・・ 少々気になった。

ついでにコイツに少なからず謝ることと、飯のお礼を言わなければと思いドアの前に行く。ドアには隙間があいていた。

「こんな時間に何やってんだろ?」

少しのぞくと段ボール一個の荷物から画材が出ていた。パジャマではなく、Tシャツに学校ジャージというスタイルでイーゼルに向かい筆を走らせる姿は、学校でみた無愛想な人間ではなく、さっき料理をしているときに見た感じ・・・・・そう輝いている気がした。夜中だというのに、こんなに弱い光の中だというのに転校生は煌々と輝いていた

「絵を描くのか?」

思わずノックもせずに中に入ってしまう

「・・・・・・・・・・・・?」

「あ、スマン。光が漏れてて、気になって・・・・・・・・・・・・・・これは!・・・・・・」

自分の恰好をみて腕を胸の前でクロスしながら

「ななななななななななななな、何をしてるんだおまえは!」

なんか言ってる。耳には入っていてもよくわからなかった。自分の心はここにあらず。目の前のイーゼルに置かれたソレに意識を、心を持っていかれていた。

「すげぇ・・・・・」

まじまじとその絵を見る。大きな太い一本の木、その周りには小さな木。緑、と表現するにはあまりに複雑な色合いで、見事な、本当に力強く立つ一本の木、その周りにひっそりと息をひそめるように立つ小さな木。この複雑な色使いにあっという間に心を惹かれてしまった。この世界に引き込まれてしまった。

俺はいままで、親父のカメラを使って様々な写真を撮って来た。親父曰く「一瞬の真実を切りぬき写す」という親父のライカはシャッターをきるたび、自分の中に新しい世界をくれた。それはすばらしいもので、風景であったり、人物だったり、新しい世界をアルバムにしまうたび心が震えた。

しかし、この目の前にあるものはなんだ。空想の産物、この音無 スガルという転校生の頭の中で作られた世界、モデルはあるのだろうが絶対にこの世には無い、あり得ない、不可思議な世界。

「一瞬の真実を切りぬき写す」という写真とは、逆の「永遠の空想をこの世に写す」

世界がたった数十センチ四方のキャンバスの中におさまっていた。

「どうした?」

不思議そうに覗きこむ顔に現実世界に引き戻された

「天才か? おまえ・・・」

思わず肩を掴む

「ななな・・・・」

「天才だろ、お前! お前、うちの美術部に入る気は無いか? というか入れ!」

「えっ? 美術部? そりゃ入りたいけど・・・・こんな微妙な時期に転校してきたし・・・・」

「そうか、入りたいんだな! なら任せろ、万屋に・・・・いや、この俺様に!」

「え・・・・?」

「色々厄介だが構わん、俺はお前に絵を描かせたい。こんな狭い部屋じゃなく、こんな狭いキャンバスではなく、大きな、もっともっと大きな場所で、しっかりとした設備で、もっともっと大きな絵を、たくさんの絵を!」

「い・・・・いいの? 天道学園の美術部って全国的に有名で、入部するのも大変だってきいてるよ?」

「何度でもいうぞ、『任せろ』、この俺に!」

たぶん伝わっただろう俺の言いたいことが

「・・・・・・・・・・わかった、協力してくれ・・・・・・・・」

「万事この俺に『任せとけ』、○○○」

「・・・・・・・・・えっ、今なんて?」

「じゃ、明日さっそく行動開始だ。今日はもう寝ろ」

「いや・・・・だから今・・・」

「オヤスミ、転校生」

軽く手を振りつつドアを閉める。向こう側で何か言っているようだったが、耳には入らなかった。なぜならプランを考えていたから! よし明日からが忙しくなりそうだ!


翌日 昼休み


「お腹空いた~ お腹空いた~ お腹空いたにゃ~ 肉ぅ~ 肉をくれにゃ・・・・」

「よっぽど腹が減ってんだな、姫野。口調が猫になってるぞ」

「そーいち、うるさいにゃ」

ダメだ、やっぱり猫モード。呆れつつ大きな弁当箱を一つ取りだす

「総一、あたしの分がにゃいんじゃにゃい?」

「当たり前だろ? 無いぞ。はい、これ転校生」

すかさず貴彦が奪い取ろうとする

「おう、さすが総一郎ちゃん。いっただっきまーす!」

「貴彦、お前に喰わせる昼飯はねぇ・・・・・」

その腕に爪楊枝を突き立てる

「痛い! 鬼! 悪魔!」

「俺からは食わせない、転校生の許しを貰え」

「すがる~ん・・・・・・・飯・・・・・」

半分泣き顔、鼻水垂れ流し、眼鏡。うわ、気持ち悪いな、この生き物

「管理人の弁当だ、みんなで食べればいいだろ」

「さっすが、スガル。どっかの堅物バカに爪の垢を舌で舐め取らせてあげたいわ」

聞こえないふりをしておこう。

「おお・・・・・」

「これは・・・・・・」

「やるじゃない総一のくせに」

ふふん、そうだろう。今回は昨日のカレーを利用してちょっとしたホットサンドを作ってみた。これは朋ねぇが教えてくれた俺の得意料理の一つなのだ。ホットサンドメーカーを使わないってのがいい。やっぱり焦げ目を自由自在に操れるフライパンのほうがいい。

「うま~い、流石総一郎ちゃん!」

「不味く無い、食える」

「総一のくせに・・・・・・・・・」

食える食べ物は何だっておいしいのだ、黙って食え。なんせ空腹は最大の調味料だからな。



昼食を終え美術室へ

ガラリ

「じゃまするぞ」

「邪魔するなら帰りやがれ馬鹿者がぁ」

「あぶねっ!」

ドアを開けた瞬間、高速で飛んできた絵筆を二本の指で捕まえる。まさに二指真空波って感じだ。ついでに、

「総一郎様ああああああああっ!」

金色の弾丸が二本のツインテールをなびかせ飛んできた。

「させるか!」

飛んできたソレの両腕をキャッチ、スムーズな流れで足を使って

「どりゃあああああ」

ブン  

巴投げを食らわす。が、

「甘いですわ!」

壁をタンッと脚で蹴り空中で方向転換、

「うぐえ!」

マウントを取られた。

「総一郎様、こんなわたくしの為に、わざわざ美術部まで足をお運びくださるなんて・・・・わたくし、光栄の極みですわ!」

女の子独特の甘いにおいを振りまきながら、全身の体重で俺を拘束するエリシア。

ついでに目隠しをされ一瞬のうちに目の前が真っ暗になった。

「さあ総一郎様、このわたくしの華麗なる筆さばきをぜひ、そのお身体で体感してくださいませ!」

「・・・・・・・・・・・ぐっ! くはっ! おわ!」

頭を持ち上げられ呼吸が詰まる。その状態のままツツツっと筆を首筋に添わせるエリシア。こしょばいなんてレベルじゃない、なんか変な声が出てるし! 

その動きにカモフラージュしてひんやりと冷たい液が口の中に流し込まれた。

ぐはっ! 苦い! 半端なく苦い!

三時間かけてじっくり焼いて作る、高井田姫野特製『超高性能胃袋破壊兵器 木炭クッキー』(奴はこの発ガン性物質の塊を満面の笑みで俺に喰わせた事がある、しかも20枚も)を思い出す苦さだ。思わずエリシアを突き飛ばす

「・・・・・何が目的だ」

目隠しを取る。胃袋が悲鳴を上げてるのがひしひしと伝わるな・・・・

「さあ、総一郎様・・・ そのお薬の効果がそろそろ出たのではなくて? わたくしは準備万端ですのよ❤」

白く長い脚を横に流した某グラビアのようなポーズで、ゆっくりとボタンに指をかけていくエリシア

「お前俺にいったい何を飲ませたんだ!」

「あら・・・この媚薬の効果は即効性と書いてありましたのに、総一郎様はなんと我慢強い お か た・・・・❤ わたくし、また惚れ直してしまいますわ❤」

「・・・・・・媚薬か、まあいい」

某胃袋破壊兵器ほどの破壊力じゃない事を本気で安心したよ、まったく。

「パトリシア、美術室でいったい何をしているの? あなたはデッサンの途中だったでしょ、今年はまだ一枚も提出してないのよ、わかってる?」

「部長! 今とってもいいところなので邪魔しないで頂きたいんですの!」

部長の方を振り返ったためエリシアに一瞬の隙ができた

「ナイス、部長!」

一瞬でマウントの上下を入れ替える

「そっそそそそそそ総一郎様? いきなり何を致しますの!」

「お望みのように、俺がお前を『喰って』やろうかと思ってな」

いつも以上にドスのきいた低音を耳元で囁く

「ひっ・・・・・・・・ い、い、いいいいい嫌、嫌、いや、イヤ、いや・・・・・」

俺の目がたぶん本気に見えたんだろう、いつもの天真爛漫さはなりを潜めて、小さく拒絶の言葉を呟きながら震え始めた

「冗談だよ。エリシア」

頭をなでながら笑顔で言ってやる、どうだ! ビビっただろ!

「・・・・・へ?」

きょとんとした顔で固まるエリシア

「いつもの仕返しだ。毎日のお前の行動が、俺にどんな気持ちをさせているか身をもって体感できただろ?」

「わ、私は殿方との夜の営みぐらいは心得ておりますわ、別に全然まったく嫌がるつもりはございませんのよ?」

「でたらめを言ってるそのお口を、このセメント使って塞いじゃうおうか?」

「おい、部長。そんなにひどい仕打ちをくらわせなくても」

「いいかい天君、パトリシアは天に誓って生娘だぞ。私が確認ずみだ」

「いらんわそんなプチ情報! ってか確認すんな!」

「そんな生娘の上にいつまでも、しかも美術部員の目の前で馬乗りなんて、良いこととは思えないけどねぇ、天君」

言われて気付いた。確かにはたから見れば外人風強気ツインテールを手篭めにしようとしている変質者がいるみたいだ。残念ながら・・・・

「べ、別に乗りたくて乗ってたわけじゃない! 防衛本能だ」

この場合変質者は俺か・・・・・

「いいなぁ・・・・・要もマウントポジションを取ってほしいな、そー君」

美術室の奥から要の声が聞こえる、美術部員だから当然か。

「要、お前さんは男同士なんだから乗っても乗られても構わないだろ?」

「確かに、仲良くじゃれているようにしか見えないとは思うが・・・・・」

鬼コロは要が男だと認める数少ない仲間である

「・・・・・・乗っても・・(ニヤリ)・・乗られても・・・・(ポッ)」

「なんか顔が恐いよ・・・・・部長」

「部長は腐ってらっしゃいますのよね・・・・」

「・・・・・・ハッ! で、天君。今日は美術部に何の用?」

「俺の知り合いを一人美術部に入れてほしい」

「天君の頼みでもそれはちょっと無理だね」

「そうですの。今年の入部試験はとっくの昔に終わりましたのよ、総一郎様」

「試験さえ受けりゃいいわけだろ? つまりもう一回試験をして欲しい」

「・・・・・無理・・・・・かな」

「・・・・・・・ですの」

「そこを何とか」

「そうですわね・・・・・・総一郎様、今までに208の部活の再三再四の勧誘を蹴り、どの部にも入らずにいたあなた様が美術部に入部するというのはいかかでございましょう」

「確かに、美術部の場合も、美術部に写真部門を作ってもいいから入ってほしいって勧誘蹴った過去があるもんね、どうかな? 天君」

「いいよ」

「ですわよね・・・・・・やはり美術部ごときに・・・って、え?」

「いや。『入ってもいいよ』、美術部」

「本気ですの?」

「本気と書いてマジ」

「ホントに?」

「そんかわり、転校生にチャンスをくれるんだろ?」

「オーケー。ってか特例として普通に試験なしで入れてあげてもいいけど?」

「一般人と同じ扱いじゃないとあいつは納得しないと思う」

「あの・・・・総一郎様ではこれにサインを・・・・」

「おう。(さらさらさら)・・・・・ん?」

サインした紙を良く見る。なんか変・・・・いや、間違いなくこれは

「婚姻届じゃねえか!」

「これでわたくし達は真の夫婦になれたのでございますね! 総一郎様っ❤」

なんとか回収する手段は・・・・・・っと、よしこれでいこう

「ははは、エリシア・・・・・『おいで』。僕の嫁になるんだろ?」

どっかの映画に出てくる外人(片手にワイングラス、着衣はバスローブ)みたいな感じでエリシアを呼んでみる

「はう・・・・分かりましたわ、総一郎様」

簡単に引っかかって、トコトコと歩いてくるエリシアを

ガシッと右手でアイアンクロー

「ああああああああああ。痛いけど、痛いんですけれども、なぜかうれしいですわ! ああん! なんたる背徳感を味わっているのでございましょう!」

なんかおかしい状態のエリシアの右手から

「よっと」

婚姻届を奪いビリビリに破く

「ああん、わたくし達の愛の結晶が・・・・」

「結婚は天君が18になってから学生結婚だね」

「我慢いたしますわ・・・・いつ、いつまでも・・・」

そういう冗談にできない発言はやめましょう。ツッコミ切れないから、二人とも。

「で、内容はいつものテストでいいんだよな?」

「はいですの。その転校生には頑張っていただきたいですわ。ところで期日はいつにいたしますの?」

「明後日が祝日だよね? その日で良いんじゃない?」

「・・・・・確かに、明後日がベストですわね」

明後日か、結構急だがあいつの実力があれば大丈夫だろう

「わかった、そう伝えておくよ。じゃな部長さん」

「さてわたしも仕事を・・・・・」

筆を取る

「・・・・・すっぞゴラァ! 野郎ども一筆入魂だ、気合いだ、今日明日中に今の仕事を終わらせちまえ!」

〈部長が鬼モードになった!〉

〈やばい! 集中・・・・・集中するんだ俺!〉

美術部員に恐ろしいほどの緊張が走る

「じゃなエリシア、お前も頑張れよ」

「総一郎様っ❤ このわたくしに頑張れなどと・・・・・何ともったいないお言葉! 今すぐ挙式? 結納? ああ、このまま天国へも行けそうですわっ❤ 総一郎様ぁぁぁぁああああああ❤!」

いいつつ突っ込んでくる金色の弾丸に

「おりゃああああ!」

ジャーマンエクスプレスを食らわす、これでしばらく動けんだろ。全く・・・・


・・・・・・・・・・

同時刻 万屋部室にて


「・・・・・・・・暇ね」

「・・・・・・・・そーさね」

「タカ、なんか面白い事言いなさいよ」

「じゃあ小噺を一つ、『まんじゅう怖い』」

「却下ね。オチも知ってるし、それ。ついでに面白くない」

「・・・・・・さいですか、ああ、全国の小噺愛好家の方々ごめんなさい」

「そういえば、総一とスガルは?」

「用事があるそうですよ~ん。さっきメールが来た」

「二人一緒に?」

「そそ」

「総一め・・・・ 自分が誰の犬で飼い主は誰かっていうのを再教育する必要があるわね」

「姫のん、顔が恐い」

「ふふふふ」


・・・・・・・・・・


「さて、始めるか」

美術部の入部試験は実際に絵を描いてもらう実技試験。とりあえずキャンバスを制限時間内に埋めるというシンプルなもの。元々絵が得意な人間なら間違いなく通過できるはずだ。しかし問題は制限時間と採点方法にある。

制限時間は15時間しかない、つまり下書き、デッサン、着色などの工程を15時間内で終わらせなくてはならない。ま、得意な奴なら問題ない。

一番の曲者は採点方法なのだ。

1.当日までに題目が書かれた紙を一枚もらう

2.入部試験当日に絵を何枚描くかをビンゴの球で決める

3.その題目が何だったのかを分かるように枚数分の絵を描く

4.その絵を体育館に貼り出す

5.翌日、一般の生徒による投票を行う。

6.題目が分かった生徒が一人でもいたら合格

といった感じで進む。

ビンゴの球は1から75と差がありすぎる。1だと一枚しか描けず、お題を伝えにくい。逆に枚数が増えれば増えるほど15時間で書くのは厳しくなる。最初のビンゴで全てが決まってしまうような運任せの試験方法なのだ。

簡単にいうと、数枚だけ題目を理解させるものを描き、後は適宜思いついたものを描けばいい。採点方法は一般の生徒、つまり落としてしまった方が、他の部活に引き込むチャンスが生まれるわけだ。ハイエナどもは解答が分かったとしても99%の確率で嘘を描きこむ。それがこの天道学園の恐ろしさだ。しかし、美術部員がいるのはそんな下心丸出しの一般生徒を本気で感動させる事が出来る実力者だけということになる。

「今までのとこで質問は?」

「無い。シンプルで良いじゃないか」

「さっそく練習だが道具は?」

「愛用の筆がある」

じゃあ一枚に何分ぐらいかかるかを測定してみるか

んじゃ一回目の題目は・・・・・っと

・・・・・これか、わかった

スケッチブックを切り取った紙に書いた題目を読む転校生

よーい、ドン

おもむろにパレットに色を出す。赤、青、黄色、白など様々な色を出していく

「おい、下書きいらんのか?」

「こんな単純な題目ならいらない、そのままでも描ける」

サッ サササッ っと軽快な筆さばきであっという間に絵が完成する。

「できた!」

「それなら一発でわかる。ズバリ『鼻』だな」

「それは芥川龍之介だ。『花』だ、『花』。」

「ああ、滝廉太郎の!」

「有名な人物の名前を挙げるゲームじゃないんだが」

冗談はさておき・・・・・・感想を一言で言うなら『うまい』

メッチャうまい。アカン、このキラッキラに輝いてそうな一輪の花はアカン。天真爛漫に咲いていそうでどこか一人ぼっちな感じのする一輪の花・・・・・惚れてまうやろ・・・・

ん? なんで関西弁になったんだ?

まあいい、しかしこの花どっかで見たような・・・・・

そんな顔をしていたのか転校生が答える

「不時着した時の花だ」

なるほど、屋上から飛んだときか

「この花だったらみんな花壇に咲いてるから見てるだろ? ・・・・・たぶん」

少し自信無さげに言う転校生

「だろうな・・・・ さて、タイムの方はどうだったんだ?」

「・・・・あ」

「どうした?」

「ストップウォッチ止めるの忘れてた・・・・・」

「「・・・・・・・」」

無言の状態が発生、ついでに緊急事態発生。こいつは姫野と同じような匂いがしてる気がしてきた、ドジ体質の匂いが・・・・

「・・・・・・・・はあ。いったん休憩にするか、茶でも入れてくるよ」

「ま、待て。僕も行く」

「いいから座っとけって」

「このぉ! 僕の事を天然ドジみたいに思い、憐れみながら去っていくんじゃない! 僕はこれでもっっっ!  きゃっ!」

「!」

階段まで追いかけて来た転校生が急に足を滑らせたのが視界の隅に入ってしまった。

ええい! このドジが!

ドシン

バタン

ドカン

・・・・・うへ、腰が痛ぇ・・・・

なんとか体で受け止めることに成功。壁にも階段にも俺の体にも特に損傷は無い。

「おい、大丈夫か。転校生」

ただ一人転校生だけが顔を真っ青にしていた

「ふ・・・・・・ふ・・・・・」

「『ふ』?」

ふ、と言えば味噌汁の具で丸い輪になっているのがあさげに入っているよな・・・・

なんて現実逃避してみるものの

「筆が・・・・・ ぼ、僕の筆が・・・・・」

「・・・・・・・・・・・おう」

ポッキリ、という表現が適切だろう。手で持つ木材のパーツが筆先の金属の部分からポッキリと折れていた。

なんてドジ、不幸を呼ぶってのもあながちウソでは無いかもしれない。とか思うのは不適切だろう。そう思っても現実は違う、ただの偶然、経験者は語るさ。

「・・・・・・・・・・・・どうしよう?」

「どうするも何も、新しいの探そう。画材屋はまだ空いてるはずだ、いくぞ」

「・・・・やっぱり『不幸』を呼んでるのか、僕は・・・・」

「・・・・・・んなわけあるか。そんなこと『ありえない』、ただの偶然だ」

「・・・・・ありえない・・・・・か・・・・」

ぽつりと復唱する転校生、なんか体の位置とは少しずれた所から聞こえたような・・・・

隣に浮かんでる白いモノは魂とかじゃないよね?

「と、とりあえず、筆だ。それが最優先だからな」

「わかった」

少しもとの調子に戻った感じで転校生が答える。

「よし、その意気・・・・ん?」

グラリと視界が揺れた。思わず壁に体を預ける。なんか頭が・・・・・ いや、気のせいだろ!

「どうした? 管理人?」

でも・・・・・今のは・・・・・いったい何だったんだ?・・・・

まあいいや、急ごう。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・『不幸』だ・・・・・・・・・・」

藤原画材店の前で転校生が呟く、二人の目線の先には張り紙が一枚


社員旅行に行きます。一週間後に帰ってきます。  店主


このクソじじいがああああああああああああああ!

といってやりたいが、しばらく帰ってこないなら仕方ない。

「もう駄目だ・・・・・僕はダメだったんだ・・・・・やっぱり」

いいつつその場にへたり込んでしまう

「あきらめんなよ、転校生。まだ手はある」

そういった俺の顔を、キッと真っ直ぐに睨んできた。帽子で隠すこともせずに。黒い、何処までも黒い漆黒の瞳から伸びた視線が、真っ直ぐに俺の右目をとらえる

「手? ある訳ないだろ、こんな状況を挽回する方法なんて無い! 僕は幸せになっちゃだめなんだ! なれないんだやっぱり! 家から飛び出したって、学校変えたって、自分を隠したって結局だめなんだ! この体質は一生変えられない! 僕は、僕は・・・・・っ」

ヒステリック気味に腕を振り回し、かぶっていた帽子を叩きつける。長く黒いつやつやの髪を振り乱し、両目には薄く涙をためながら心の声を口にしている。

おいおい、何やってんだよ転校生。思わずあきれてしまう、コイツはこんなに弱いのか。やっぱり、誰しも弱いとこあるんだな。俺にもあるし。そこから立ち上がるのがすごく、ものすごくツライ事だ。きっつい事だ。それを分かってしまっているから、わかっているからこそ、俺が昔されたように

「僕は、やっぱり『不幸』を・・・・・へっ」

この喚く馬鹿をおんぶしてやる。

「きゃあ! な、なな何してんのよ、管理人! だめだ、降ろせ! 恥ずかしいから降ろしてってば!」

「うっさい、黙ってろ。 俺はお前さんの『夢』を諦めさせねーから。お前の夢はもう俺の夢になってるしな」

「勝手に何言ってるんだ! 僕はお前にこんな事される義理は無い! 降ろせ! 降ろせ! 降ろして――きゃ!」

走る、全速力で。風を切って、後ろで騒いでる弱気バカを無視しながら。

しばらく走ると諦めたのか転校生は静かになった。長い髪が首や顔を撫でるたび、良い香りがする。ついでに言うとコイツはやっぱり軽かった。今にも折れそうなくらいに細い指は肩を握っていた、痛いぐらいの力で。藤原画材店から夢見荘までお互い何もしゃべらなかった。正確に言うとしゃべる余裕も無かったのだろう。




「ただいま・・・・っていっても誰もいないよな、当然」

転校生を背負ったまま、自分の部屋へ。

「ま、座っとけ」

転校生を畳んだ布団の上に座らせる。さてさて、どこにしまったかな・・・・

わずかな希望を秘め、押入れを漁る。昔取った杵柄、たぶん昔の俺が買った筆のストックならあると思ったのだ。ボロボロのイーゼルや、やぶれたキャンバスが出てくると転校生が目を丸くしたのが分かった。

「絵は、下手くそだったがな。嫌いじゃなかった」


「・・・・・そうなんだ」

「そうなんだぜ。一昔前はカメラと同じぐらいに好きでな、腐るほど描いた」

「・・・・・どうして・・・・・どうしてやめたの?」

「理由はいろいろあるんだ。これ! といって断定はできないさ・・・・っと・・・・あった」

少しホコリを被り古くなっているが、まだ使えるはずだ。なんてったってプレゼント用包装のまま未開封だし。あ、このシールは剥がしておこう。

「ほれ、開けてみろ」

「・・・・・わぁ・・・・・これは・・・・・」

箱の中には絵筆、確かアイツからもらったプレゼント

「・・・・・・これって・・・・」

転校生の声で気づいてしまった。宛名シールを剥がした意味は無いらしい

「・・・・・これって名前? A・K・A・N・E・・・・・あかね?」

まったく、名前を筆に彫るなんて。使う方の身にもなれっての

「この『あかね』ってだれ?」

「朱色の朱に、音色の音。そんで朱音。俺の腐れ縁、俺の絵の先生、俺の・・・・・」

「俺の?」

危ない、いらんことを言うとこだった。

「まあ、俺の知り合いがくれたプレゼントだ。もう俺は使わないしさ、やるよ」

「使えないよ・・・・・・こんなの」

普通に考えたらそうだよな、他人へのプレゼントをはいそうですかとは使えん。

「使わない俺が持っててもしょうがないだろ? 筆も、ちゃんと使ってくれたほうが喜ぶと思うけど」

「うむ~・・・・」

「このまま放置もかわいそうだし・・・・」

「む~・・・・・・」

「筆に罪は無いし・・・・」

「・・・わかった。筆に罪は無いもんね、使わせてもらうよ」

それでいいと、頷いていやる。ついでに

「さっきから気になってたんだが、口調が女になってるぞ」

「え、あ、これは・・・・・・・その・・・」

「あ、いや、俺の気のせいだ。きっと気のせいだ」

話した言葉を隠すように、荷物を段ボール箱にしまっていく

しまった。いらんことを気づいてしまった。コイツは性別を自分で隠してるのに・・・・

「・・・・・・・・・あるところに、家訓の厳しい家がありました」

急になんだ? 昔話か?

「その家では男にのみ、財産を、家の名を受け継ぐことができる。女はただの道具としてしか扱われない。ただ男の子を作るための道具、それが音無家の女」

「・・・・・・・・」

淡々とした口調で話しだしたのは転校生の家の話だとわかった。

「僕の母親は体が弱くてね、僕が中学に入った年に死んだ。母さんの子供は僕だけだったから、あの男はどうしても男の子が欲しかった。だから中学の三年間は男の子として生活させられた。そして高校でも同じように男の子として生活していたんだ。最近までさ」

「・・・・・・・・・・」

「でも高校に入ったころから、あの男が僕を見る目つきが変わって来た。たぶん僕を息子にしようという考えから方向転換したのさ。本物の息子を作ってしまえば良いってね」

「・・・・・・・・・・っ!」

表情一つ変えずに言っているがコイツ・・・・・・

「もちろん抵抗した・・・・・・・抵抗したんだっ・・・・・・」

少しだけ声が震えた

「・・・でも・・・・でもっ! あの男から放り出されたら、生きていけないとも思ってたんだよ。心のどこかで・・・・・・・」

蚊の鳴くような声ってこういうのをいうんだと理解できた。その声を聞きながらこんなにきっつい話は久しぶりだと思っている自分がいた。

「そして、この間ついに起こってしまったんだ、最悪の事態がね」

「最悪の事態って、お前っ!」

「大丈夫! 全力で『蹴って』、クリスタルの灰皿で『殴って』、たっぷり『嬲って』やったから」

某、撲殺天使のオープニングばりの虐殺を繰り広げたのか

「ついでに刺して、晒して、垂らしてたりしないよな?」

「某、撲殺天使の主題歌じゃないんだから・・・・・・・ そこまではしなかったよ。その後必要な物、金目の物を段ボールに詰めて逃げた。」

おろ、まさか通じるとは。なんて笑い話にはできねぇよな・・・・

「そんで、朋ねぇに会ってこの夢見荘で暮らすことになった訳だ」

苦労人はたくさん見てきたつもりだが、今回はさらにへヴぃだな。重い、重すぎ。

「・・・・・・・そう、僕は逃げてきた。僕の中身は・・・・どうやっても『女の子』だから、あの男のとこに帰りたくは無い・・・・・」

「やっぱり『女』か」

「あれ? いつから気づいてた?」

軽い笑顔を見せる

「スガルって名前の意味はジガ蜂だ。この蜂の名を使った言葉に『すがる乙女』ってのがあってな、どっか古い家のお嬢さんだろうなと思ったのさ。だけど姫野に蹴飛ばされて、記憶が少し飛んでてな。さっきおんぶしてたときに思い出したのさ」

「姫野さんに蹴られるとて、本当に記憶が飛ぶんだな」

「ああ、これはあいつのちょっとした能力みたいなもんかな?」

「能力? そんなものが存在するのか?」

「用は気の持ちようだけどな、確かに存在してる。俺の『言魂』みたいにさ・・・・・・っと」

いいつつ片づけ終えた埃だらけの箱を、押入れに押しこむ。

「よくわからないな・・・・・って、うわっ」

同時に大量の埃が宙を舞う。煙たい感じだ

「ううう・・・・・・・・・目に入った・・・・・」

転校生が目をゴシゴシこすり始めた

「なんか取れないし・・・・もう!」

「馬鹿者、眼球をこするな! 傷が付く、じっとしてろ」

ガシッとその手を掴み、やめさせる。しょうがない、

「動くなよ、とってやるから」

グイッと顔と顔が急接近。間近でみるとこいつの顔はメチャクチャかわいい。小動物のようにクリっとした目、その中におさまってるのが不思議なくらい大きく吸い込まれそうな黒で染まった漆黒の瞳。さっき聞いたひどい話を他人にしても全く弱さを見せない意地っ張り、人と関わらないために吠えて自分を隠す『一匹狼』。小動物の顔に一匹狼ってなんか不思議な生き物だよな。な~んてことを思っていたが、まじまじと顔を見るのは失礼だよな。

「・・・・・これでよし、やっぱりお前は男にしとくのもったいないよ」

「・・・・・!」

「女モード全開なら間違いなくモテモテだぞ、そんだけのいい顔を持ってるんだし」

「やけに時間をかけるなぁ・・・と、思っていたが僕の顔を観察してたのか! こぉのっ! ド変態がっ!」

バシッと箱を投げつけてくる

「おわっ、また筆を壊すぞバカ! つかお前の試験は明日だろうが、こんなとこでこれ以上油を売ってる場合じゃないぞ」

「そ、そうか・・・・・そうだ! もうこんな時間だし、急いで練習をしなきゃ」

急に現実に引き戻された転校生は、慌てながら部屋を出て行った。が、

再び入ってくるなり

「とりあえず礼を言う。いろいろと・・・・・・・あ、ありがとう」

それだけ言うとすごい勢いでドアを閉めた。あとからドタバタと走り去る音がした。

「・・・・・・がんばれ」

なぜかは分からないけど、思わず一言呟いていた。

総一郎はなんだかドッと疲れが出たような気がしたが、特に気にせず自分の仕事の書類と格闘を始めた。















しかしこの時、総一郎は油断していた。

今までずっと考えていたことが解決し、転校生は昔話をしてくれた。

過去を語るということは、それなりに信頼してくれたのだろうと思えて、自分の努力は無駄じゃないとわかって、油断していた。

同時に転校生こと、音無スガルも油断していた。

久しぶりに自分の話したい事を話せる人物ができ、自分の夢を叶えてくれるという。

近未来の猫型ロボのような台詞を真面目な顔をして言ってくれる、心を許してもいいと思える人物ができてしまって、油断していた。


そんな油断した二人は、気づくことができなかった。

二人が話す零号室のドアを、

ノックもなしに開けようとして、

意外な瞬間を目撃してしまった人物がいた事を。

その人物はスガルが部屋を出ていくとき、

近くに隠れようとしたものの、

トレードマークのポニーテールがはみだし

静かに上下していた事を。


油断していた二人は知るはずもなかった。



どうも文竜です。

なんとか第二章をUPします。


最後の下りは第三章へのつなぎって感じで「引き」を作ってみました。



ご感想、ご要望などなど、ぜひぜひいただきたいです。



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