プロローグ
拝啓、夢見荘日記、敬具。
ああ、今日も平和だ。
いつもの毎日だ。
こんないつもどおりが毎日続けば良いのに。
それが俺の望み、俺の夢。
平和っていいなぁ・・・・・
でも平和すぎると暇だよな・・・・・・
少しぐらい、ほんのちょっとぐらい
乱れないかな平和。
・・・・・・・・(無言)。
なんて思ってのがいけなかったんだ。
たぶん。
プロローグ
「ふう」
習慣である早朝のランニングの汗をシャワーで流し、一息つく。
天気は晴れ、雲ひとつない、世に言う快晴というやつだ。
今日も素晴らしい、平和な一日の始まりだな。
鏡の前に立ちワシワシとタオルで頭を拭きながら軽く髪型を整える。Tシャツにジャージという普段着で自分が鏡に映っていた。
切れ長の細い右目、左目を隠すように伸びた前髪。トレードマークになっている前髪が以前に増して伸びてしまっていて、いつ切ろうかと思案しながら台所に向かう。
今日の食事当番は自分か、といっても他の住人は当番を守ったためしがない。
築50年近くたって古ぼけたこの建物は元々とある病院の独身寮だったのだが、現在は天道学園第二寮として第二の人生(家だから家生ってところか)を過ごしている。いたるところにヒビが入っていたり、隣の部屋と繋がっていたり、よくわからない7カ条なんてものも存在する。朋ねぇがここの管理人、自分は管理人の代行を務めている―――な~んて説明臭い事を考えながら朝食の準備をする。と言っても時間の都合上、味噌汁ぐらいしかつくらないが・・・
トントントンと、小気味よいリズムで野菜を切り、鍋に入れる。自分でブレンドした味噌を溶かし朝食の味噌汁を完成させる。一口味見をしておもわず
「うまい、さすが俺。」
自画自賛だが気にしないでくれ。
ふと後ろからガサゴソ物音が聞こえた。
「うにゃん」
「おはようソウイチロウさん」
軽く挨拶をするが、我が家の同志ソウイチロウさんは特に反応なしで自分の餌皿に向かう。
「待ってな。他の住人を起こしてくるよ。」
そう言って我が夢見荘の住人を起こしに向かう。まずはバカ彦だな。
この第二寮には現在自分を含めて三人の人間と一人の猫が住んでいる。個室にはまだ空きがあるが元独身寮だけあって、共通の玄関や共通の風呂、便所、食堂といった具合に生活のためには協力体制が必須になっているため、部屋がすべて埋まるなんてのは夢物語だ。
ついでに第二寮には「夢見荘」という別名があるのだが・・・・・ま、その理由はそのうちわかる、気にするな。
「さて・・・・」
弐号室のドアノブを回す。
「おい、バカ彦。朝だぞ。」
ガチャガチャやっても開かない カギがかかってるな。
鍵束から弐号室の鍵を出しあける。
「・・・・・・・・・・・」
ドアを開けた瞬間に思う。いつもながらに、大野内 貴彦の部屋は異様な空間だ。
ドアの向こうは不思議の国だったって感じ。
壁全てを埋め尽くすように貼り付けられたポスターには、きわどい水着やメイド服などを着た「女の子」が微笑み、山のように積み上げられた箱にはポーズをきめた大小様々な「女の子」が鎮座し、足の踏み場もないように「女の子」が描かれたゲームの箱や使用用途不明のティッシュが丸められて落ちている。
はぁ・・・・ 片づけという言葉の意味をコイツにたたき込む必要があるな。
この「女の子」に囲まれた生活空間の一番奥に弐号室の住人である大野内 貴彦がいた。
俺の友人で世に言う腐れ縁である貴彦は、自分の世界にどっぷり漬かれるこの部屋を『楽園』と呼んでいる。
ぼさぼさの寝ぐせ頭にバンダナを巻き、眼鏡をかけ一言で言うなら「オタク」もしくは「人間のクズ」。そんな容姿をしたこの男は、いつものようにヘッドフォンを装着し、画面にくぎ付けになって「はあはあ」息を荒げていた。
「朝飯だ。食堂に来い。」
貴彦はこちらを見ようともしない。ってか、俺がいることも気づいて無いなこりゃ。
「警告するぞ・・・・こっちを向け、話を聞け」
「・・・・・・・・・・・・ぐふふ、まみたん・・・・・・」
しかたない、いつもの強攻策だな。
え~と・・・ これか。一本のケーブルを掴み勢いよくひっぱってやる。
もちろんスポッとひっこ抜けた。その瞬間、
「あああ!ご主人様のぶっといお×××が私のお×××にズポズポ出入りしてるぅ!気持ちよさが止まらないぃぃぃぃ!もうだめぇぇぇぇぇ!イクっ!イク!
イクイクイクイクぅぅぅぅぅぅ!」
某ゲームの音声が大音量であたりに響いた。やはり18禁か、このクズ野郎・・・
「どわああああああああああああ!」
大きいな声を出し、大慌てで貴彦が音量を切る。
ヘッドフォンのプラグぐらいで騒々しい奴だ。
「総一郎ちゃん! いきなり何をする! 社会的に殺す気か!」
「死ねばいい!」
「開口一番に『死ねばいい!』って、ああた!」
思わず本音が・・・ こいつのせいで最近夢見荘の評判はがた落ちなのだ。
「ちっ、何度も声をかけたはずだ。いきなりではない。」
「そういう問題じゃないっつーの! ヘッドフォンのプラグを抜くとか何? 人間としてやっちゃいけないことだっての! エ×××ゲリオンはプラグを強制排出すると動けなくなっちゃうんだよ! それとおんなじさ! 俺のプラグも強制排出したら死んでまうよ!」
「ほう、次は脊髄という名のプラグを引き抜いてやろうか?」
「そうそう、脊髄ってプラグを強制的に・・・・ってそれこそ死ぬわ!」
乗りツッコミとは・・・・ 朝から元気だこいつ。
「困るよ~ 俺の『楽園』に入るときセキュリティーを勝手に解除しないとか、アルコール消毒して雑菌を侵入させないとか、朝起こす時は、かわいい幼馴染が『おはようっ』って元気よくとか、おやつは300円までとか、バナナはおやつに入ります!とかルールをきめたじゃんさぁ」
「自分ルールを他人に適用させようとすんな!」
相変わらず意味不明かつ、イラっとする言動の男だ。
「俺様がお前の努力の結晶であるデータを保存する機会をやったにもかかわらず。文句を言うか・・・わかった。そこまで言うなら、次回は、気配を消し、電源プラグを真っ先に引き抜き、チェーンソーでPCを真っ二つにしてやろう。」
「いや~、さすがは総一郎様。この一庶民の私目に寛大な処置をしていただき、まことにありがたく存じます。ついでに『姫のん』の御相手、頑張ってください。」
と言って、右手でビシッと敬礼、左手で天井を指さして見せた。なにが「姫のん」だ、あの七面倒臭い奴の相手をする俺の苦労を知ってんだろうが・・・・ この悪党め。
悪態の一つでも付いてやりたいところだが時間が無い
「まあいい、さっさと保存して食堂に行け。」
「イエス。マイロード。」
今度は執事のように深々と一礼して見せた。なにが「まいろーど」だ、この悪党め。
ギシギシときしむ音を立てながら階段を上り、二階へ向かう。
『安眠注意』の立て札を無視して呼びかける。
「起きろ、朝飯だ。」
こっちも反応なしか・・・。四号室の前に立ち、鍵束から鍵を出しあける。ガタンと音がしてドアが引っかかった。不思議に思ったが何のことは無い、鍵はもともと開いていたわけだ。
しかし、不用心この上ない。この能天気ネコに少し説教くらわすかなと思いつつ、再び鍵を回しあける。
「姫野、朝だぞ。起き・・・」
ドアを開けた先には、やはり異様な光景が広がっていた。
足元には布団が吹っ飛び、脱ぎ散らかされた服があちこちにあり、枕元には目覚まし時計の残骸が散らばっていた。あの時計はチタン合金の一点物じゃなかったか?
ついにチタン合金も負けたか・・・ ついにダイヤモンドかな・・・
この異様な部屋の住人はどうしているのかと、目線をベッドに向けたことを後悔した。
ベッドの上には上半身裸、下半身は下着一枚、つまり世に言うパン一の状態で寝転がる姫野がいた。この高井田 姫野は自分の幼馴染であり、現在も同じ天道学園に通うクラスメイトだ。
昔からとても活発で、無鉄砲。『姫』なんて言葉が世界一似合わない女だ。ついでに、なにかとトラブルを持ち込む女で、『保護者』の俺がしっかりフォローしてやらなければ、日常生活もままならない。
しかし現在のこいつは、長く艶やかな茶色の髪と小さくまとまった顔、細くしなやかにのびる足、そして胸に二つある大きなふくらみ(確か貴彦はF?G?とか言ってた気がする)、さらに先端には・・・と、現在なにもかも丸見え状態なのだ。
普段から男女問わずに人気があるこいつ、その外見だけを見ればパーフェクトな高井田姫野はいちおう女だ。でも現状はパン一・・・
事件は会議室(脳内)で起きてるんじゃない! 現場(姫野の部屋)で起こってるんだ!
しかし・・・・・・・姫野も昔に比べて少しは女の子らしくなってきたかな?
そもそもこいつは昔からそうだ。ベットで眠ったら最後、自分の衣服を自分で脱ぎだす困った癖。幼稚園時代から見てきた癖で、フォローするのは大変だ。周りからうらやましがられた事もあったが・・・・
そいつらはその後に発生する、世にも恐ろしい事を知らないからそんな事が言えるんだ。
でも目の前には生チチ、生アシ、生姫野・・・・・
――なんて煩悩多めの解説が頭の中で流れるより早く、体はスムーズに動いた。
「すこしは隠せぇぇぇ! バカ者がぁぁ!」
足元の毛布を勢いよくベッドの姫野に投げつけてやる。女子にしては珍しく身長が168センチもあるコイツにはこの毛布は小さく顔を含めた上半身しか隠れなかった。
「貴様ぁ!女の子のくせに少しは自重しろ。幼馴染の俺だがら良かったが、どっかの変態が不法侵入したらどうすんだ! 鍵ぐらいかけろ!」
しかし、我が家の「お姫様」は微動だにしない。
・・・・・・・・・・・・。
やっぱり、昔から変わらんなぁ、コイツ。
「ほら、姫様起きろ。起きないと『アレ』するぞ。」
「・・・ぐぅ・・・。」
だめだ。しょうがない『アレ』をするか。ゆっくりと手を伸ばし姫野の体に近づく。
毛布をずらし顔だけだしてやる。うわ、いつもながらにかなり無防備だな、コイツ。
長いまつげやほそい輪郭、すっと通った鼻筋、ぷにぷにのほっぺた、唇・・・
ん? よだれの跡があるような・・・
っと、観察してる場合じゃないな。オデコに狙いを定め『アレ』を・・・・・
・・・・・・・・・・
びしぃぃぃぃぃぃぃいいいいいん!
っと総一郎のデコピンの強烈な一撃を受け、その痛みで高井田 姫野は目を開けた。
「いっっっっったぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃい! 何! 爆撃? 空襲警報?」
夢の続きが現実で? そんな事があり得るの?
「俺だ、馬鹿者。」
コイツかぁ! 諸悪の根源は!
「そーいちぃ! ゴルァ! ふざけんなぁ! 朝っぱらからなんて痛い一撃くれてんのよ! せっかくの私の安眠を妨害しやがってぇぇぇ。このバカ。あほ。うんこ。へっぽこ管理人。ううう、痛い。 あぁもう! なんであんたが毎朝起こしに来るのよぉ! この馬鹿、バカ、ばかぁぁぁぁぁぁ! もう!」
安眠を妨げた総一郎に、ありったけの悪口を言いながら枕を投げつける。それなのに
「よっと・・・ おはよう、姫野。」
枕を避ながら挨拶とは余裕か! ついでになんか笑ってるしコイツ。なんだろ?
ってか朝からデコピンってどうなのよ? 乙女の顔に傷をつける気かしら?
「少しは朝日を浴びるといいだろう。爽やかなお目覚めだしな。馬鹿でも目を覚ますさ。」
そう言いながら勝手にカーテン開けるし。
どこが爽やかじゃい。むしろイライラしてるっての。
ふと携帯で時間を確認し、思わず叫んだ。
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ! 今日は日曜日よ! 七日間働いた神様だって御休み中よ! それなのになんで健全な高校生の私を朝の6時に起こすバカがいるわけ? 『早起きは五十円の得』って言っても寝てたいの! せっかくの休日なの! うぅぅぅぅ、夕方までゆっくり寝だめしておこうと思ったのにぃぃぃぃ。」
「神様は六日間働いたから七日目に休んだ、つまり『働かざるもの寝るべからず』。
ついでに言うと『早起きは三文の得』だ、馬鹿者。知らんのか?」
あぁ、早起きがさも当たり前であるように言うコイツが憎い。
蹴り飛ばしてやろうかなぁ。
「部屋の鍵はしておけと何度も言わせるな。」
いいじゃん、別に。誰か入ってきても問題ないしさぁ。
あたしの眼がそう言っているのを読み取り、
「はぁ・・・。お前の最近のおバカな行動に対する文句は後で言う。ともかく、朝飯を食いに降りてこい、馬鹿者。」
なんだかな。最近、『馬鹿』って言われすぎてる気がする。
例年の三割増しぐらいか?
タカと一まとめにされてるのかな・・・・・?
いい機会だ。どっちの立場が上なのか分からせといてやろう。
「ふん! たかだか幼馴染で、管理人代行で、最近モテモテだからって、でかい口をきくようになったじゃない! 私をここまで馬鹿呼ばわりするとはね。最近はあたしの部下として良く働いているなぁと感心してたのに、また生意気になってきたわね。」
「勝手に部下にするな・・・」
この際反論は無視するとして、
「やかましいわ! 総一はあたしの部下で、下僕で、おもちゃで、夢見荘の屋敷しもべ妖精よ! それ以上でも以下でもないわ! 『保護者』であるこの私の言うことを聞いてればいいのよ!」
そう言いながらすくっと仁王立ち、ビシッと人差指で総一郎をさす。
決まった。
ふん、総一郎の分際で私を小馬鹿にするのが悪いのよ。
って何よその顔は。
・・・・・・・・・・
はぁ・・・。こんなのでも一応幼馴染なんだよなぁ。
「姫野、自分がどんな格好してるかを考えてから、そのポーズを決めるべきだったな」
「へ?」
まさに『?』の顔のまま鏡を見る姫野、その顔が一瞬で真っ赤になったかと思うと、
「きゃああああああああああああ!」
悲鳴、やかましいほどの音量で。ついでに
「なんで見てんのよ! この変態!」
言うが早いか何処からともなくハンマーが出てきた。マンガでよく見るような100トンって書いてある、ツッコミ7つ技に新兵器登場だな、おい。
「記憶が消えるまで殴る! もしくは脳の記憶を司る部分を潰す!」
どっちにしても記憶を無くしこの世に別れを告げるわけだな、俺は。
んで、いつもの台詞が飛び出してって・・・
「おい待て、それはもともと俺の決め台詞だが・・・」
「逝っとけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
抗議の暇もなく100トンハンマーに殴られ吹っ飛んだ。
ドガン(壁)
ゴン(天井)
ベチャ(床)
ドタン、バタン(階段)
ゴロゴロ(廊下)
ドスン(ドア)
一連の効果音が響き、ボロ雑巾と化した体は弐号室前で止まる。
「今日も大変だねぇ、総一郎ちゃん」
ふと頭の上から声がした。貴彦か、
「気にするな、慣れてる」
慣れてるといっても今日は新兵器だったからなぁ、少々痛い。
「回避すりゃいいのに、やさしいねぇ総一郎ちゃん♪」
「姫野は避けるとさらに怒るからな」
言いつつ体を起こす。
「さぁて、飯だ」
少し元気よく言ってみる。
「了解した!」
「ま、俺が起きられたらだがな」
無理して起こした体がドサッと崩れる
「りょ・・・了解した・・・・」
返事を聞く前に意識が遠のいていった。
ヤツの一撃は時間差で効くのだ。
ぎゅるるるるるるる
腹の虫だけは元気なようだ
まったく起床から朝飯までがこんなに面倒でやかましいのは、世の中でも俺ぐらいかもしれない。まるでラブコメの主人公みたいじゃないか。俺は真面目でハードボイルドな話の方が好きなんだがなぁ・・・・・
やれやれだぜ
初投稿、文竜です。
至らぬ点もございましょうがしばらくのお付き合いを
よろしくお願いします。
感想、ご意見などを大量にいただきたいです!