認知症 考察
私は40代の無職の男性で、認知症なのは同居している母です。
母の認知症のタイプは、前頭側頭型認知症です。
もちろん、認知症のタイプが違ったりするし、認知症は百人いれば百人、症状が違うと言われているので、これから書いていくものが、参考になるかはわかりません。
もしかしたらどこかの認知症の先生が、言っていることかもしれないし、医学的にはまったく見当違いなことなのかもしれません。
無職でダメ人間の私には、考える時間だけはありますが、普通に言って何の役にも立たない確率が高いです。
表紙で認知症は治ると断言している本よりは、役に立つかもしれないくらいの認識でお読みください。
内容は、問題への考え方を提示するものです。
その人によって考え方も違うし、他人の解決策が、どう作用してくるのかもわからないので、全ての人に通用するやり方はないと思います。
なのであなたなりの答えを、出してください。
金銭状況、家の間取り、認知症家族が興味があること、認知症家族の性格、自分(介護者)がやりたくないことなど、いろんな要素がある中で、なにが関係してくるかで、答えは変わってきます。
私は無職ですので、比較的に金銭的負担は重く、時間的負担は軽めで、メンタルは弱いなどという傾向であると思います。
そういったことを総合的に考えて答えを自分で出すための考え方です。
私は、母に対し怒鳴ったり、暴力をふるったこともありますし、そんな自分の事が嫌になります。
怒鳴り声のせいで、隣家から嫌がらせも受けています。
ダメ人間なりに、どうすればよいのだろうと考え続けたことを、まとめてみることにしたものが、この認知症考察です。
えらそうに言いましたが、怒りをおさえるのに、頭を整理しようとしているだけです。
手前勝手な考え方ですが、それでも何かしらのお役に立てればと、書き記すことにしました。
認知症の介護なさっている方が、すこしでも楽になれば幸いです。
持論ですが認知症の人が、新しいことができるようになることには、三つの条件があります。
一つ目は、威圧しないで冷静に説明する事。
これは難しい人には難しいと思います。
さきほども書きましたが私自身も、母を怒鳴ったり叩いたこともあります。
だから、怒鳴るな暴力をするなと言っているわけではありません。
ただ説明する時は、怒鳴らず、叩かず、威圧せずに冷静にしないと、認知症の人には怒られたということしか伝わらないと思います。
一度で伝わらない場合がほとんどなので、説明の仕方もいろいろと試さなければならないでしょう。
二つ目は、説明をするタイミングです。
なにか問題が起こった時に説明しても、いわれることが気に食わないのか母はこちらを見ていません。
目線が合っていないこの状態でなにかを言っても、もちろんこちらの言っていることを理解することはないです。
認知症の家族に言葉は通じないのですから、タイミングがすべてと言っても過言ではないと思います。
とくに目線がこちらを向いているかは、大事な要素だと思います。
例をあげると、母の布団は、母が敷いているのですが、より寒くなってきた頃、もう一枚掛け布団を足したいと思い、母に敷かせたのですが、次の日になると、敷くように言ったものだけなぜか抜いて、布団を敷くのです。
その時は布団が敷いてある状態で、もう一枚の布団を敷かせることを、繰り返していました。
ある日、母が布団を敷くタイミングで、もう一枚の布団を敷かせたら、その次の日から自分で敷くようになったのです。
布団を敷くタイミングで説明したから、母も気になってこちらを向いた。
たまたまうまくいっただけかもしれないですが、その後もいろいろなタイミングを試したり、目線を意識することでよくなったこともいくつかあります。
一番いいタイミングは、認知症の家族がそのことを言ってきたり、しているタイミングだと思います。
三つめは、認知症の家族が納得するかどうかです。
厄介なことだけど、認知症の家族にもあれをしたいや、あれはしたくないという気持ちはあります。
母は赤信号でも進んでしまうと医者に言われた、前頭側頭型認知症なので、我が強いし、自分が正しいと思い込んでいます。
他の認知症でも多かれ少なかれ、その人なりの考えを持っているから認知症の家族が納得しないことは、絶対にやれるようにはならないと思います。
これも例をあげると、母はエアコンがついている部屋のドアを開けっぱなしにして、別の部屋に行くことがあります。
ドアを閉めていくように、何回もいろいろなタイミングで、説明してみたけどダメでした。
母からすれば、すぐに戻ってくるのだから、開けっぱなしでもいいという考えなのでしょう。
だからこの開けっぱなしのドア問題については、母が納得しないので、解決策を私は持っていないです。
だから諦めることにしました。
認知症だからできないことのほうが多いのはあたりまえで、それでもできるまでやろうとするのは時間の無駄だと思います。
それでも時間が無駄だということや、解決の方向性が見えてくるので、これはできるようにならないと、わかっていることは大事だと思います。
布団の話は、エアコンのタイマーが朝方切れ、寒かったり、暑かったりすることもあったのだろうから、うまくいったのでしょうかね。
わかりやすくまとめれば、威圧せず説明することを、こっちを向いているいろんなタイミングで試し、認知症の家族が納得しないと思うようなことは諦める。
改めて言いますが、問題が発覚した時に言っても、こちらを見ていないと通じません。
そして良いタイミングというのは、なかなか起こりません。
目線を意識しても、言うことを聞いてくれる確率が、多少あがる程度でしかないし、そういう状況を作るのも難しい。
そうなると、言うことでわかってもらおうと、いろいろな説明の仕方やタイミングで、試さなければならないので、千回、二千回くらい言わなければ、たぶん無理です。
そうなると介護するほうが疲れてしまいますよね。
だからある程度はあきらめが肝心です。
それにできるようになったからといっても、それで良しというわけではありません。
生活していく上で、問題は次々に起こりますし、忘れてしまうことのほうが多いのですから、本当にあきらめは肝心です。
でもそれだと、介護する側にストレスがたまっていく一方ですよね。
なのでいろんなことがわかっていることは大事だと思っています。
わかっていることで、対策がとれることって多いですよね。
次の持論はいろんなことをわかりやすくです。
説明の仕方についてわかりやすく
認知症の人に言葉は、ほぼ通じない。
細かいことの説明も、たぶん認知症の人にとっては難しい。
だから、簡単なことをわかりやすく説明する必要があります。
なにかを書いて説明するにも文字だと意味が伝わらない。
見てわかるピクトグラムのようなものが必要なのですが、普通の人がわかると、認知症の人がわかるは違うから、説明が難しい。
たから単純なものしか伝えられないです。
自分が動くのを真似させるが一番わかりやすいのかな?でもこれもタイミングによるのでしょうね。
時間についてわかりやすく
時間について、オススメするのはデジタル時計です。
なぜデジタル時計なのかといいますと、ある日、母に10時になったら買い物に行くよと言ったら、9時50分になったら行こう行こうと、しつこく言ってきたことがありました。
これは、母がアナログ時計を見ていたから、起こった勘違いです。
たしかに時計の長い針も短い針も10を指しています。
そういうことじゃねえよと、この時も怒鳴ってしまって、考えたのがデジタル時計と、時間を書いて説明するということです。
まずデジタル表示ならそういった間違いはおこらないし、書くことでことで認知症の人にもわかりやすいし、書き換えられたりしたときや、捨てられた場合はすぐにわかりますし、変えもすぐ作れます。
書くものは何でもいいですが、デジタルの時計の近くにおいて、数字の大きさもそろえて、見やすいようにしておいてください。
例えば洗濯物を早くとりこんでしまう場合、洗濯物をさわりながらや、とりこむ動作をしながら、時間をみせることが大事です。
ただし、待ち時間が長いと、書いたものを捨てたり、どっかへ持っていくことがあるので、その場合はおすすめしません。
どれだけ待てるかはその人次第ですが、認知症の進行とともに短くなっていくとは思います。
あとめんどくさいですが、数字はデジタルものを書いおかないと、数字の形が違うみたいな難癖をつけられることがあります。
たぶん、時間については一番多いトラブルですので、何時に行くや、何時にやるを、書いておくだけで、何度も聞かれることは少なくなってくると思います。
ダメなものほどわかりやすく
認知症になる前、洗濯は母の仕事でした。
今はパンツがいくら汚れていても他の洗濯物と一緒に洗うから、洗濯は任せられません。
洗濯をするようになると、母の洗濯には無駄が多いことがわかりました。
一回で洗える量を、二回に分けて洗っていたり、洗剤が6種類もあったり、洗剤の予備が、10袋もあったりしたのでそれらを減らしていきました。
私が洗濯をするようになったことに、母は全然納得していませんでした。
しばらくして、母はいつもと違う時間に洗濯をはじめたので、私は洗濯機にチャイルドロックをかけたのですが、今度は洗濯機を無理矢理開けようとして、ふたの一部が変形してしまいました。
こんな感じのやりとりがあって、この時は洗濯用洗剤を取り上げることで、洗濯はやめさせることができました。
要は物がなければできない状態にすればいいのですが、これも効かない場合があります。
うちの母は歩くのが趣味なのですが、ある日母が、コロナにかかった状態で、外出しようとしたので、履物すべてをとりあげたらスリッパのまま外に出て行きました。
そのあと、スリッパもとりあげたら裸足で出て行ったので、そうとう強い思いがあるものは、なにをしようと難しいです。(そのときは、なんとか連れ戻し監視を強化しました)
それでもやらせないことが続くと、最終的には忘れてしまいます。
わからなくなれば必然的にやめるので、期間を置くことも手段の一つですが、それは認知症家族が納得いかないので難しいことだと思います。
徹底的さもわかりやすく
うちの母は、おそらく満腹中枢も壊れているので食欲がとまりません。
冷蔵庫に入っている食料は、可能な限り食べてしまいます。
そのまま食べられるソーセージやベーコン、そのままでは食べづらい生めんタイプの麺やパスタにあえるものまで、冷凍食品なんかもレンジでチンして、何個入りであろうが、一袋を一気に食べてしまいます。(なので普段はレンジのコンセントに鍵)
ですので、ワイヤーと南京錠を使って冷蔵庫に鍵をつけることにしました。
ワイヤーを使ったのでかなり頑丈にできたと思います。
その後、冷蔵庫が開かないことがわかったようで、勝手に食べられることはなくなりました。
このようにやるなら徹底的にやったほうが早く解決します。
ですが早く解決したということは、認知症の人が納得いかない話ではあると思います。
そうなると、なにか新たな問題が出てくることもよくあることです。
母はこの後、常に食べ物を探している状態になり、食べ物かもしれないと思ったら、すぐに開けてしまうようになりました。
この間は、6袋入りのウエットティッシュを、全部開けっ放しにされ、ダメにされました。
物の管理もわかりやすく
昔から母は、すこしでも風邪だなあと思うと、早めに薬を飲む人でした。
その考え方は認知症になって加速し、薬を過剰な量を使うようになりました。
薬の管理に対しては、母が認知症になったばかりのころは、あまり気にしてはいませんでした。
ですが、確認すると100錠入りのものを2週間ほどで飲んでしまったり、膝の塗り薬を3日くらいで使い切ってしまうことなど、これは異常な量だとすぐにわかりました。
薬を全部取り上げると、膝の塗り薬について何度もないのか聞いてきたり、全然関係ないものを塗るようになってしまいました。
なかでもトイレの洗剤を顔に塗った時は、顔が赤く腫れてしまいました。
私は薬のことだけしか、頭にはなかったですが、関係ないものも塗ったり飲んだりもします。
そのものが塗り薬なのか、洗剤なのかなんて、もうわからないのでしょうね。
そこに考えが及びませんでした。
うちではいろんな洗剤などの液体は自分の部屋で管理しています。
薬を管理したいのなら、薬っぽく見えるものすべてを管理しておかなければならないでしょう。
しばらくすると、薬を飲んだり、塗ったりすることを忘れてしまいますが、思い出す可能性もゼロではないので、管理はずっと続けています。
認知症になって、わからなくなったことや、できなくなったことを、わかりやすく
うちの母は結構きれい好きだったのに、今はほぼ掃除をすることはない。
郵便物も自分のものはまだわかるようで、勝手に持っていってしまう。
夏なのにダウンジャケットを着て、出かけようとしたことがあります。
掃除は汚れ、郵便物はその内容、服装は季節感や温度が、わからなくてこちらが困ってしまいます。
その対策として、私が掃除をやるようにはなったし、ポストには鍵をかけるようにしたし、服装に関しては朝チェックする。
できないこと、そして問題が起こりそうなことを、理解しておけば、すべては無理ですが、ある程度対策はとれます。
大や小を漏らすのを防ぐために、トイレに二時間おきに行かせるや、おむつをはかせるなどがそれにあたります。
もちろん、慣れないうちは対策したことをなかなかしてくれないですが、習慣になるまで続けましょう。
おむつを履くや決まった時間に起きるなど、1ステップで済むものであれば、認知症家族が納得さえすれば、割と早く習慣にはなります。
でもそれだけではそんなに楽にはならないですよね。
ですので習慣化させるものは、介護者の自由な時間が長くとれるものが、おすすめです。
それには認知症の人の予定を把握することが大事です。
なので次の持論は習慣化させようです。
仕事を取り上げると、急激にボケが進むという話がありますよね。
私は母がコロナになったとき、他の家族のために隔離をしたのですが、それ以降、認知症がだんだんと進んでいっている気がします。
認知症になっても、母は洗濯ものを干したり取り込んだり、汚れのひどくないものは食器を洗っていたりしました。
それをコロナの時にまったくさせなかったのと、歩きに行くのをやめさせたことや、隔離をしたのがよくなかったんだと思います。
今まで、できていたことができなくなったり、おかしな行動が増えたりしました。
認知症はちょっとしたことでも、進行していくのだと再確認させられました。
習慣化させるまでには、どうしても時間がかかりますので、なるべく早く始めたほうがいいです。
認知症が進行していけば忘れてしまうことなのかもしれませんが、習慣化させることで、問題が起こりにくいほうへと誘導しましょう。
ただし、一回でうまくいくことはほぼありません。
逆にできていたことが、またできなくなることもよくありますが、繰り返しやることで習慣化していく可能性はあります。
【ただし習慣化させることで、あとから時間や内容の変更は難しくなります】
それでもやったほうがいいかどうかは、介護者の負担が少なくなるかどうかで判断してください。
はじめのころは言うことを聞かないことが多いですが、最初の設定で、自分にとって都合の良いスケジュールに作り変えましょう。
介護者が楽になるための習慣化ですが、もちろん認知症の人が納得いかないことを、習慣化することは難しいです。
居場所を習慣化する
うちの母は、認知症になる前から、昼間はリビング、夜は寝室といる場所が、だいたい決まっていました。
そこを変えることはなるべくせずに、母になるべく関わらないようにするために、毎月二冊ほど、てんつなぎの雑誌を購入しています。
これをやっているときの母は、静かでほぼリビングから動かない。
なのでコロナになったときにもだいぶお世話になりました。
こちらの時間を作るために、認知症家族が夢中になるものは、見つけておいた方がいいです。
なにかに夢中になることは、たぶん脳にもいいと思いますし、夢中になることで場所を動かない。
居場所がわかっていれば、介護する側もすこしは安心できます。
ただ夢中になりすぎて、トイレに行くのを忘れることもあるので、約二時間おきくらいにトイレに行くように促しましょう。
好きなものから習慣化する
母は歩くのが趣味だといいましたが、自分からはじめた趣味ではなく、医者からすこし運動をさせてくださいと言われて、土日限定で仕方なくはじめたものです。
母は以前、市の運動教室などに通っていたので、もともと身体を動かすのは好きなのでしょうね。
最初の頃こそ文句をいっていたものの、すぐに歩きに行きたいというようになりました。
これでよかったなんて思ったのですが、そうではありませんでした。
歩くのをはじめた頃は、私は健康のために、なるべく長い距離を歩かせた方がいいと思っていました。
ですが長距離を歩いて帰ってくると、膝が痛いと言うので、仕方なく距離を短くすることにしました。
それが、納得がいかなかったのでしょうね。
今度は、勝手に出歩くようになってしまったのです。
見つからないように道をかえたのか、もっと歩きたいと思ったのか、いつもの道から外れ、迷って三時間ほど行方不明になったこともありました。
それからまたしばらくして、今度は熱中症になり、ふらふらと歩いていたので、それを見かけた人に通報され、救急車を呼ばれました。
そこから母の出入りにいっそう気をつけるようになりました。
管理する事をし始めると、今度は私を振り切ろうと、早く歩くようになって、帰る頃にはバテるのを繰り返しています。
好きなことをやらせてあげるのは、悪いことではないと思いますが、歯止めがきかなくなる可能性があります。
認知症の症状が良くなることはないし、怪我や病気などの不測の事態もあるので、好きなことを減らすことがないように、最初から少なめに設定しておいた方がいいです。
役割を習慣化する
認知症になってもまだできることはありますので、役割を与えておきましょう。
風呂を沸かすこと(栓して蓋してボタンを押すだけ)、洗濯物を取りこむ、ゴミ出しに行くなど単純なものなら、認知症の症状が初期ならまだできるはずです。
それに時間を付け足すことで、居場所から動かなくなる利点もあります。
母の場合は、18時半に風呂を沸かすのが日課だし、土日に洗濯物を取り込むのは15時と決まっています。
もちろん、これらは教えたのではなく、母が前からやってきていた役割ですが続けさせることで、居場所がわかりやすくなりますし、他の部屋にいても自分から進んで戻ってきます。
そういったものがない人は、日課となっていたものを利用して所在を明らかにしておきましょう。
週の予定を習慣化する
うちの母は、月曜日から金曜日までの週5日デイサービスに通っています。
そして土曜日は買い物に連れて行っています。
日曜日はとくに出かけたりはしませんが、土日は40分ほど歩きに行っています。
これは母が楽しみにしている予定です。
楽しみがあると時間にうるさくなったり、どんどん時間を早めたりする可能性もありますが、時間について書いて説明すれば、しつこくは言ってこないと思います。
人によってそれぞれなのでしょうが、うちの母はほっといてくれという感じなので、時間さえ設定すればそれ以外の時間はわりと静かなものです。
認知症になっても楽しみがあることは、たぶん認知症の進行を遅らせるという説もあります。
習慣化するまでの時間稼ぎとして、認知症の人にとって楽しいことを試してみるのも悪くないとおもいます。
場所や予定や役割があることで、こちらが居場所を把握しておけるようにしておくことが習慣化させる意味です。
次の持論は、介護者のメンタルは誰も考えてくれないです
私自身、ストレスから精神科に通っていました。
でも実際に精神科に通ってもストレスは減るかどうかは、その人次第だと思います。
私は通っている間、良くなっている気がしませんでした。
精神病だというストレス、医者へ話すことへのストレス、よくならないので行っている時間もお金も無駄に感じるストレスなどがあり、通うこと自体がストレスになってしまいました。
医者が悪いわけではないですが、ストレスの根本を取り除かない限りよくはならない気がします。
私はストレスの軽減については、医者の代わりに叔母に話を聞いてもらっています。
介護の苦労も、誰かに話すことで、笑い話になることもあります。
ですが向き不向きもあるし、誰に話せばいいかわからない人もいるでしょうから、誰かに話すことが答えではないです。
ストレスの向き合い方は、人それぞれですが、自分のことは、自分が一番よくわかっているなどとは、思わない方がいいです。
自分が大丈夫だと思っていても、日々の積み重なりでストレスになってしまうこともあるそうです。
暴力をふるうと問題は増えるだけ
私のした暴力は、数日あとの残るレベルの暴力です。
そんなことをすれば、デイサービスにいっているから、当然どうしたか聞かれます。
この時は、ケアマネさんもデイサービス側からも強く言われることはありませんでしたが、母がデイサービスに通って、他人の目が気になっても、完全に怒りを抑えることは難しいです。
なぜなら怒りは突発的なものですので、ある程度の抑止力にしかなりません。
そのうえ、はっきりいうと、暴力をふるってもいうことは聞きません。
それどころか暴力になれて、わめきたてることになりかねない。
うちの母は、トイレになかなか行きたがらないので、座っているのを立たせ、トイレまで押していくのだが、とんとんと軽くたたくのを繰り返しているだけなのに「痛い、痛い」と叫ぶことがある。
もちろん、前に暴力をふるったことで、過剰に反応していることはわかっているのだがイライラはするし、人聞きも悪い。
だから、くすぐることにしました。
これなら、相当しつこくやらない限り、痛いとは言ってこないし、くすぐられている母の反応をみることで多少はイライラが収まる。
母はくすぐられることを嫌がっていないし、なにより暴力をしているという罪悪感がない。
暴力をふるうと、爪を切ったり、服を着せたりのような単純な作業にも、警戒されて時間がかかるようになり、イライラが増えていくだけです。
認知症になったことで、余計な事をやったりして、たしかに怒りたくなる気持ちはありますが、暴力をしたことでその何割かは自分のせいでもあるなと、最近になってようやく思うようにはなりました。
物事をよく考えて解決することでストレスを減らす
私の場合は、母のちょっとした行動でイライラすることが多いですし、そういったことの積み重なりが、怒りの大爆発へとつながります。
しかし、何度も同じことを言わされるのが日常になっているとはいえ、威圧したところでなにも解決しないのです。
なので問題を解決し、それを維持することが、大事になってきます。
それには、認知症の人の納得がどうしても必要なのです。
それを考えずに解決をあせり、やっていることを制限するような強硬策にでれば、認知症がどんどんと進んで、介護者の負担も大きくなっていくでしょう。
さきほど記したことで説明すると、エアコンのついた部屋のドアを開けっぱなしなのを、閉めさせるのはたしかにあきらめました。
でもこの問題についてあきらめたわけではありません。
そこで、他の方法がないかを考えることにしました。
私は強く怒ってしまったというときこそ、後でよく考えます。
まず初めにやったのが、ドアが自動で閉まる装置をつけることでしたが、これに関してはまったく効果はありませんでした。
ですので寝室(和室)への移動を早めることにしました。
というのも寝室のふすまは、閉まっているのが当たり前というふうに母は考えていて、夏場の朝、エアコンが切れてどんなに暑くても、寝室のふすまは閉まっているからです。
このように認知症の人の考え方を利用してうまくできれば、それがいい解決方法なのではないでしょうか。
なお、早く寝室に移動する事に関しては、最初の頃こそ文句もありましたが、リビングですごしているのと変わりないことができているので、文句はすぐに収まりました。
逆に解決しても気づかないこともあります。
母が夜中にトイレに起きた時、ふすまを閉める音がうるさいときがあったので、戸当たりの音を抑えるものをつけました。
しばらくしても、勝手にはずしたりすることもなく、文句もなかったので、静かになったことすらわかっていないのかもしれないです。
認知症になって、暗闇を恐れるようになったので、不安やストレスだったのかもしれません。
ちなみにドアが自動で閉まる装置はそこそこの値段がしましたが、戸当たり音のほうは100円ショップで買ったものです。
最近の100円ショップは役に立つアイテムも多いですし、解決するためにいろいろ試さなければなりませんので、金銭的にも100円ショップを活用してみてはいかがでしょうか。
言葉が通じないことが多くなってきたら、文句を言うよりもいろいろと試してみるのが解決方法として早い場合もあります。
認知症の人がなにを考えているか?
解決の手順としてまず知りたいのは、認知症の人がなにを求めて、その行動をしているかです。
これが解ってようやく始めることができます。
求めているものやことをわかれば、それを示したり、それから気を逸らしたり、効果的に与えることで、問題行動を軽減できる可能性があります。
もちろん、介護者の体力的負担や、時間的負担や、金銭的負担などもありますので、すべてを許せるという人は、なかなかいないでしょう。
なによりも、介護者の理解がなければ続かないので、どこまでやれば正解なのかは、介護者自身が決めるべきだと思います。
睡眠時間は大事です
母が認知症になってからしばらくして、私は耳鳴りがするようになってしまったのですが、ストレスからだろうと耳鼻科には行きませんでした。
母に関わることで、自分の時間を削られるイライラもあったと思います。
ストレスの解消法として、好きな漫画や小説をよんだり、アニメを見たりゲームをしていました。
不眠症ぎみでもあったので、眠れない時間を、趣味の時間として使うことにしたのです。
しばらくすると、朝起きるとなにかモヤがかかったようにぼーっとするようになりました。
そして、予定を忘れたり、買い忘れることなどが増えてしまいました。
さすがにおかしいと、睡眠時間をより多く取るようにすると、耳鳴りは収まっていきました。
もちろん、好きなものに時間を使うのは悪くはないのでしょうが、やりすぎはよくないってことでしょうね。
そんな単純なことにも気付かないほど、ストレスがたまっていたのか、介護に疲れていたのか、とにかく正常な判断ができなくなっていたのは、間違いないです。
それ以来、睡眠が一番のストレス解消法なのではないかと思っています。
それに睡眠不足では、いい解決策もでないと思います。
負担はなるべく減らして
私は母が認知症になってほぼはじめて、家事をやることになりました。
やってみると主婦の方の大変さがよくわかります。
なので認知症になったからとはいえ、母ができることはやらせたほうが私にとって楽なのです。
私は洗濯物を干すのと取り込むことは母にまかせていますが、毎日洗濯物が間違ってたんすに入っています。
ですが自分が、干したり、取りこんだりする時間を考えれば、洗濯物を探す時間のほうが、確実に短い時間で済みます。
指先を動かすのは、認知症にとっても悪くはないだろうし、プラスの部分のほうが多いと考えています。
認知症になって、いきなりすべてがやれなくなるわけではないので、今までやっていたことを続けさせることで、介護者の負担を減らしましょう。
ただいつかはできなくなりますので観察は必要です。
よく起こる問題こそ地道に
うちでは母が勝手に出歩いたりなんて、問題はよく起こります。
でも、気が付いたときに追いかけて、注意や説明をしても、きょとんとした顔をされるだけで、目線も合っていないし、こっちの話は理解してもらえない。
だから歩くときには、ある程度疲れるまで歩かせます。
もちろん歩いていくのには、ついて行かなければならないので、こちらもそれなりに疲れますし、めんどくさいです。
それでも、この問題で一番最悪なことってなんだろうと、考えた時、勝手に出歩いたのを探し回ることだと思っているので、それに比べれば、しっかりと歩かせることは、まだましな方なのかもしれないです。
先日、風呂場で大をされました。
なので風呂に入る前のトイレに行かせることは必須です。
その時はタオルにくるまれた大が、洗濯かごに入っていました。
それを考えれば、風呂前にトイレに行かす際、グチグチ言われることや、なかなかトイレに行ってくれないことは、まだマシなのかもしれません。
もちろん、イライラすることは多いですが、地道にやって最悪を防いでいると思えば、いくらか心は楽になると思います。
それにうちの母は問題が起こった時禁止すると、ひどくなることが多いので、面倒でもやらせて管理した方が、結果的に負担は減るような気がします。
書くことを日課にしてみては
私はこのように書くことにしてから、問題点がよくわかるようになってきた気がします。
個人差はもちろんあるのでしょうが、書いてみるとなんであんなことで強く怒ってしまったのだろうと、思うこともあります。
自分のことは自分がよくわかっているつもりでしたが、そうではないのかもしれないです。
いろんなストレスが、自分を見失わせる可能性もありますので、書いてみることで、自分が置かれている状況がいくらかわかりやすくなると思います。
問題点を書くことで、新たな発見や解決策などがひらめくこともあります。
書く時間がないという人もいるでしょうから、箇条書きで問題点を書いてみるだけでもいいです。
考え方としては、自分が何に困っているのか、どうしてほしいのか、何をしたら解決、持続できそうか、の四つです。
それが、基本的な考え方ですが、人によっては他に付け足すこともあっていいと思います。
なので、あなたなりの認知症考察を作ってみてはいかがでしょうか。
それでもいつかはすべてを忘れてしまう日が来るのでしょうね。
じゃあやる意味ないじゃんと思ってしまいますが、それは違うと思います。
少しづつ溜まっていくストレスでも、いつかはあふれてしまいます。
自分は大丈夫だと思っていても、認知症家族のことで、いっぱいいっぱいになってくると、自分のストレスの目盛りがわからなくなってしまう人がほとんどだと思います。
いつか怒りが大爆発しないために、心の容量を大きくしたり、ストレスをへらしたりすることが、記した内容の意味です。
ゲームのRPGで、戦闘時にMPを回復するアイテムを装備することで、宿屋に泊まらず多くの戦闘ができるように、家族の認知症との戦いを、長く続けても倒れない参考程度になってくれればうれしいです。




