三
医師からの診断書を受け取ったのは、翌月のことだった。
診断書には「声帯結節 要経過観察」と書かれていた。
薄い紙だった。こんな薄い紙に、あの声のことが全部書いてある、とわたしは思った。医師の見解欄には手書きで一行、歌唱の即時中止を強く推奨する、と書かれていた。その一行だけが、妙に温度を持って見えた。
その夜、花音に電話した。
「診断書、見ました」
「そうですか」
「医師は、歌うのをやめるべきだと言っています」
しばらく沈黙があった。
「朔子さんは、どう思いますか」
「同じことを言うべきだと思います。ただ、あなたが歌うのをやめるとは思えない、とも思っています」
また沈黙があった。
「正直に言ってくれてありがとうございます」と花音は言った。「前の人には、最初に無理しないでって言われた」
「わたしも、スケジュールは入れます。でも、そう言うつもりはありません」
「わかってます」
「ただ、知っておいてほしかった。今この瞬間から、声帯はこれ以上の酷使に耐えられないかもしれない、ということを」
「知ってます」と花音は言った。静かな声だった。「最初から知ってた」
電話を切った後、わたしはしばらくスマートフォンを持ったままでいた。
知ってた、と花音は言った。最初から、と。
つまり花音はずっと、自分の声が燃料であることを知りながら歌っていた。燃料が尽きる前に燃え続けることを、選んでいた。
燃焼の話だ、とわたしは思った。花音のそばにいたかった。それだけだと、そのときは思っていた。それだけだと、思うことにしていた。その二つの違いに気づくのは、もっと後のことだ。




