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灰になるまで歌っていた  作者: 倉本大
3/7

名前を教えてもらったのは、楽屋だった。


プロデューサーに引き合わされて、「篠崎朔子です、よろしくお願いします」と言ったとき、花音は少し驚いた顔をした。


「担当、変わるんですか」


「はい。来月から。よろしくお願いします」


花音はわたしの顔を見た。長く見た。値踏みするというより、何かを確かめるような目だった。鏡の前で座っていたから、わたしには鏡の中の花音も見えた。正面と鏡越し、二人分の花音がわたしを見ていた。


「歌、聴きましたか」


「はい」


「どうでしたか」


正直に言おうと思った。


「消えるような声だと思いました」


花音は少し黙った。それから、笑った。笑い方が独特だった。口角だけが上がって、目が笑わない。感情とは少しずれたところで動いている顔だと思った。


「消えるような、か」


「褒め言葉のつもりで言いました」


「わかってます」と花音は言った。「そう聴こえるのは、実際に消えかかってるからだと思います。喉が」


そこで一度、口を閉じた。鏡の中の自分ではなく、わたしを見た。


「前のマネージャーには、それを言わなかった」


少し間があった。


「たぶん、言ったら止められると思ったから。でも止まりたくなかった。止まる理由がなかった」


楽屋の蛍光灯が、白く冷たい光を落としていた。鏡に並んだ電球が、花音の輪郭を縁取っていた。汗でほつれた後れ毛が、首の横に貼りついていた。


「話してくれてありがとうございます」とわたしは言った。


「信用したわけじゃないです」と花音は言った。「ただ、あなたに嘘をついても意味がない気がした。声で嘘がわかる人に嘘をついても、すぐバレるから」


「また聴きに来ます」とわたしは言った。


「どうぞ」と花音は言って、鏡に向き直った。


会話が終わったのだということは、背中を見てわかった。わたしは楽屋を出た。廊下に出ると、隣のグループのメンバーがヘアアイロンのコンセントを取り合って言い争っていた。その声は大きく、でもわたしの耳には届かなかった。


花音の「どうぞ」という一言が、まだ皮膚の上にあった。

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