1/7
序文
あなたに宛てて書く。
あなたが誰であるかは、最後まで書かない。書けない、というほうが正確かもしれない。わたしはまだ、あなたをひとつの名前に固定することを恐れている。名前をつけた瞬間に、あなたはわたしの理解の内側に収まってしまう。そしてわたしはずっと、あなたを理解できないままでいたかった。
あの声は、もうない。
それがいつのことだったのか、わたしはあまり数えたくない。失われた日から、花音はすでにゆっくりと消えはじめていた。あの最後の夜は、消えきるための儀式だったのだと、いまのわたしは思っている。
この手記を書くのは、自分への弁明のためではない。弁明できるとも思っていない。わたしは花音が壊れていくのを、三年かけて、見ていた。止めることができたのに、止めなかった。その事実は、どんな言葉で包んでも、事実のまま残る。
ただ書く。あなたのために、というより、あの声のために。
消えてしまったものには、形が必要だ。




