復讐の灯火
「───出雲、逃げろ」
その声で、俺は飛び起きた。
「親父……今何時だと思ってんだよ」
寝ぼけたまま部屋のドアを開ける。
俺は理解できずにその場に固まった。
廊下に立っていたのは、この世のものとは思えない存在だった。
九つの尾を揺らす女。
鬼の角を持つ大男。
目が合った瞬間、本能が叫ぶ。
――逃げないと、死ぬ。
だが一歩も動けなかった。
次の瞬間。
腹に、冷たいものが入る感覚。
遅れて、鈍い音。
──ドス
視線を落とすと、刀が俺を貫いていた。
「……あ?」
膝から崩れる。
そこへ親父が飛び込んできた。
「下がれ、出雲!」
叫びと同時に、光が溢れる。
化け物たちを包み込む眩い光。
親父は俺の腹から刀を引き抜き、傷口に手を当てた。
「【葦原再生】」
温かい光が広がる。
痛みが、消えた。不思議なことに傷はすっかり無くなっていた
「なんの用だ……酒呑童子、玉藻前」
親父の声は低く、鋭い。
九尾の女が笑う。
「ぬらりひょん様の命よ。オオクニヌシの祝福を持つ貴方を、排除する」
鬼が刀を構える。
「天津機関を抜けようと、脅威は脅威だ」
親父は静かに息を吐いた。
「……息子の前だ。本気でいかせてもらう」
光が地面から噴き上がる。
「【葦原想像:国造之太刀】」
巨大な光の太刀が形を成す。
だが――
「【穢ノ祝詞】」
玉藻前が囁いた瞬間、光が歪む。
太刀が、消えた。
そして。
親父の胸に、鬼の刃が突き立っていた。
「……排除完了ね」
九尾が揺れる。
世界の音が、遠のいた。
鬼と九尾の気配が消えたあと、
家の中には異様な静けさだけが残った。
「親父……」
胸に刺さった刀を見た瞬間、呼吸が止まりそうになる。
「今、救急車呼ぶから。な? だから――」
震える手でスマホを掴もうとした、その時。
「……やめろ」
弱々しい声だった。
「じ、自分の死に際くらい……わかる」
「ふざけんなよ。さっき俺の傷、治しただろ。自分のもやれよ……」
親父は、かすかに笑った。
「玉藻前の能力……【穢ノ祝詞】はな……神の祝福を、強制的に解除する」
息が荒い。
「だから……治せない」
血が畳に広がる。
俺の手が、赤く染まっていく。
「出雲……聞け」
その声だけは、はっきりしていた。
「俺たちの家は……代々、神威:オオクニヌシを継いできた」
震える手が、俺の手を掴む。
「次は……お前だ」
手のひらに、温かい光が灯る。
小さな光の玉が、ゆっくりと俺の中へ溶けていった。
胸の奥が、熱い。
「これで……継承は完了だ」
親父の目が、少しだけ柔らぐ。
「隣の……平坂家に行け。このことを伝えろ」
息が、浅くなる。
「悔いはない……と言いたいが……」
視線が、俺に向く。
「お前の成長を……見られないのが、残念だ」
喉が詰まる。
「……長生きしろよ」
その言葉を最後に。
親父の手から、力が抜けた。
静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
俺は、動けなかった。
涙も出なかった。
ただ、胸の奥で何かが燃え始めていた。
九尾の女。
鬼の大男。
そして、その背後にいるという“ぬらりひょん”。
――必ず、殺す。
親父の命を奪ったあの妖怪どもを。
この神威で。
必ず。




