02.
夜は冷えるから近くの宿に泊まった方がいいというルーヴァスの至極真っ当な主張は却下された。曰く、「だってルーヴァスはここにいるつもりなんだろ? お前だけ置いて俺たちは暖かいところでぬくぬくなんて、リオネルの名が廃る!」とのことだった。
誰かに懐いたことはあれど懐かれたことなど記憶の何処を探ってもないルーヴァスは、彼らの対応にほとほと困った。故に上手くあしらうことも丸め込むこともできず、墓からそう離れていない自身の寝蔵へと案内することになった。
そして、子どもは寝る時間だというルーヴァスの言葉も当然のように聞かなかったことにされた。薄々予想はできていた展開である。せめて彼らが寒い思いをしないようにと焚かれた火が、興味津々といった様子で身を乗り出すリオネルの瞳の中で揺らめいていた。
「なあなあ、さっき『大事な人の墓』って言ってたよな? もしかしてあの神様と知り合いなのか?」
体が冷えないようにと与えた湯呑みを両手で包むように持っているアーシェラまでもが話の行く末をじっと窺っていることを察して、ルーヴァスは内心遠い目をした。どうやら彼らは、好奇心が満たされるまでは寝ないつもりらしい。
ルーヴァスは基本的にまとまった睡眠をとらないからいいものの、彼らにとっては睡眠不足というものはつらいものだろうに。
そう考えを巡らせつつも、ルーヴァスは頷いて口を開いた。
「確かに、俺はあの人と知り合いだった」
「でも、祭壇の神が存在していたとされるのは三百年以上前でしょ? どうやって知り合ったの?」
「もしかしてもしかして、巡命者なのか、お前!」
「巡命者……?」
リオネルが興奮気味に出してきた言葉に心当たりがなく、ルーヴァスは首をひねる。
「ある一生を始まりとして、ひたすら記憶を有したまま転生を繰り返す性質をもつ者のこと。時には人間以外の動物になることもあるって」
様子を見かねてアーシェラが入れてくれた解説に、得心がいったとルーヴァスは一つ頷いた。
「ああ、俺は確かに過去の記憶を全てもったまま転生を続けている。だがどうして——」
「なあ、人間以外にどんな動物になったんだ? 鳥になって空飛んだりしたのか!?」
食いつくように質問を重ねるリオネルの頭をアーシェラが軽くはたいた。
構わないと首を振って、ルーヴァスは記憶を掘り起こそうと空を見つめる。礼儀よりも、彼らを早く寝かせることの方が今は大事であった。
「鳥類には何度かなったな。一番使い勝手が良かったのは猛禽類だった。大型四足獣も毒蛇もまあまあ良かったが、多対一では自由度が減る。特に今、人間側の攻撃が多彩だからな」
「じゃあやっぱり、ここの有名な墓守ってルーヴァスのことだったんだな!」
「有名な墓守……?」
先程から会話についていけずに首を傾げてばかりである。
人里から離れている時間と祭壇の神が死んでからの時間がほぼ同義なのだから、世間知らずになってしまっていてもおかしくはないのだが。
「永遠の命を求める旅人がことごとく返り討ちに遭うから、祭壇の神の墓には凶暴な墓守がいるって有名なの。それなのに時々上がる目撃情報はタカだったりオオカミだったり、そもそもここにいるはずのないトラだったりするから、神に魅せられた動物たちが集まっているってことで最終的に落ち着いた」
「そうか。……毒虫のときもあったんだが」
「小さすぎて見えなかったんじゃないか?」
あっけらかんとリオネルが言い放って、ぐいと手元の湯呑みを煽る。
酒でも飲んでいるんじゃないかと勘繰りそうなほどに美味そうに喉を鳴らしたリオネルが、再び身を乗り出してきた。
「じゃあ今までで一番使い勝手が悪かったのは?」
「ヒトだな。武器を持っていなければまともに戦えすらしない。それに奴らの言っていることを一から百まで理解できてしまう」
ふーん、と相槌を打ったリオネルが、次の瞬間にはぱっと顔を輝かせて笑った。
「じゃあ今生からは安心だな! アーシェラは治癒士だし、俺は結界師だからルーヴァスの負担を減らせる。そんで俺らが寿命を迎えるころには墓荒らしもいなくなってる! 俺らが解決するからな!」
「それに、いまあなたが人間だから、私たちは一緒に居られる。悪いことばかりじゃないよ」
二人がかりでそう慰められて、ルーヴァスは虚を突かれたような顔をしてただ瞬きを繰り返した。次いで自然に零れた笑みをそのままに、ルーヴァスは柔らかく同意する。
「ああ、そうだな。……そうか、お前たちが解決してくれるのか。悪くない。俺も少し……疲れたからな」
少し伏せられた瞳に何が映されていたのか、リオネルもアーシェラも窺い知れなかった。けれども示し合わせたように二人が同時に立ち上がって、リオネルが一つ手を叩いた。
「寝るぞルーヴァス!」
「ああ、好きな場所で寝ていいぞ」
「あなたも寝るの。疲れてるでしょ?」
「だが、俺は墓を荒らしに来る奴がいないか見張っていないと——」
「俺は結界師だぞ! 護りの結界くらい屁でもないぜ!」
キンと空気が張り詰めて、周囲に結界が張り巡らされたことを肌で感じ取る。
それでも決め手に欠けて素直に頷けないルーヴァスの手をアーシェラが引いて、結界の外へと連れ出した。
「思いきり攻撃してみて。ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないよ」
ルーヴァスはしばらくアーシェラをただ見下ろしていた。何も言わずに見つめ合うこと数秒、ルーヴァスはふいに視線を外して槍を構えた。
渾身の力で振り抜いた槍先は、しかし結界に阻まれて半透明の境界からは前に進めない。
「……なるほど」
槍を押し込めることは諦めて、ルーヴァスは結界の上方に向かって手のひらを掲げた。
刹那、辺りを眩く照らす一筋の光が走り、鈍い衝突音が響き渡った。
それでも破壊されることなくそこにあり続ける結界に、ルーヴァスは再びなるほど、と呟いた。
「ね? リオネルの結界は堅いでしょ?」
「ああ。だが、攻撃ではなく侵入だったらどうなる?」
「それも阻む。私たちに害があると判断されるものは全て。……ほら、見て」
アーシェラが示した先に視線を落とせば、ちょうどネズミが結界の方へと侵入しようとしているところだった。しかしネズミの鼻先はこつんと結界に当たり、それ以上の侵入を妨げられていた。前に進むことを諦めたネズミが、どこかへと軽やかに走り去っていく。
「空気を媒介した有害物質も通さない。花粉の季節はとっても便利だった」
「何に結界を使っているんだお前たちは……」
呆れたような視線を投げかけるルーヴァスの肩からこわばりが抜けていることを見抜いたアーシェラが、じっと彼の瞳の奥を見つめた。
「だから大丈夫。万が一結界を突破されても、リオネルがすぐに気が付くからあなたを叩き起こしてくれる」
「さすがに襲撃者に気が付かないほど熟睡はしないぞ」
「分からないよ、リオネルが作る即席の寝床は極上者だからね。今は無理でも、いつかぐっすり眠れる日が来る」
自信をもって言い切るアーシェラは、ほんの少しだけ口角を上げていた。そこに幼馴染への信頼と絆が垣間見えて、その眩しさにルーヴァスは目を細めた。
「さあ、今度こそ寝よう。もう寝床は完成してるはずだから」
もう一度アーシェラに手を引かれ、元いた場所へと引き返す。
果たして、リオネルは本当に柔らかな寝床を完成させて待っていた。彼の中ではルーヴァスがともに眠ることは決定事項だったようで、きっかり三人分の寝床が用意されている。
「ルーヴァスが真ん中な。くっついて寝れば寒くないぞ」
あれよあれよという間にルーヴァスは寝床に押し込められ、両脇を少年少女に固められた。そこまでせずとも、ルーヴァスはもう大人しく寝ようという心づもりであるのに。
「寝れないなら俺が子守歌を歌うぞ」
「子守……?」
釈然としない言葉を復唱すると、慌てたようにリオネルが咳払いをした。
そして仕切り直すように、にっこりと明るく笑って言い直した。
「リクエストをくれたらなんでも歌うぞ!」
「……糸車の歌を、知っているか」
「祭壇の神をモチーフにした曲か? でもあれ子守歌じゃないぞ」
「なんでも歌うって言っただろう」
ぐっとリオネルが言葉に詰まって、その様子をアーシェラが小さく笑う気配がした。
「歌詞を歌わずに、メロディーだけなぞってくれないか」
「ヴォカリーズってことか?」
「恐らく……?」
またもや聞いたことのない単語だったが、今度はアーシェラからの補足はなかった。すでに意識の半分くらいは夢の世界に旅立っているのかもしれない。
そうして紡がれ始めた旋律は、いつかの記憶で聞いたそれそのものだった。かつてルーヴァスに神と名乗った彼女が、運命の糸を織り込んでいるときに口ずさんでいた旋律。
懐かしい思い出とともに、ルーヴァスの意識は次第に遠のいていった。




