第2話 ギルドのナルシとヤバ女
すみません、投稿遅れました。
第3話は水曜日に投稿できるよう尽力いたします!
軽快なステップを刻むツボミに手を引かれ、俺がやってきたのは、便利屋『グラスアス』という森の中にある店だった。……認めたくないが、今日から俺の職場となる場所だ。
店に来てすぐ、姉ちゃんのことをツボミに話した。俺が異世界から来たってのはもうばれてるみたいだし、隠していても仕方がない。俺が家のことを語った時、ツボミは涙を流し俺を抱きしめてきた。その細い腕の中は温かく、思わず身をゆだねてしまった。
時の流れとはゆっくりに思えるようで、意外と早いもの。俺が入職してからあっという間に一週間が経とうとしていた。
俺は自分で思っていた以上に適応力が高く、もうこの身体での生活に慣れてしまった。
ただ一つ問題があるとするなら――
何一つとして仕事が来ない
――ってことだ。
……先に忠告しておくと、俺は別に働きたいわけじゃない。寧ろ、働かずにだらだらできる今に万歳したいぐらいだ。
それに、仕事が来ないだけで客はそこそこ来る。1日に2人ぐらい。多いときは5人も来た。
そう。客は来るんだ。問題は客が俺を見ると一目散に逃げ出して仕事にまで発展しないってだけで。
姿を見られただけで逃げられてはこちらとしても気分が悪い。ツボミは客が逃げた後に「……大丈夫。パラサ君のせいじゃないよ」と笑いかけてくれる。が、その優しさが逆に俺の心を抉ってくる。
ツボミ曰く、俺が変化したモンスターは『ナエギー』という、人に種を植え付け、種からエネルギーを奪い生活するモンスターらしい。その生態から着いた二つ名は『寄生樹』。……まんま今の俺すぎて笑えて来るぜ。笑い事じゃないけど。
こんな調子で仕事のない俺はツボミからの勧めもあり、この世界の歴史や魔法などを学ぶことにした。
今日も変わらず、応接用のソファに腰かけ魔導書を読み漁る。すると、コンコンとドアが叩かれる。恐らくは来客だろうが、どうせまた逃げられるだろう。
それなのに、ツボミは相も変わらず嬉しそうに猫撫で声で扉を開く。客に何度も逃げられているというのによくそんなにも喜べるな。
「はーい! いらっしゃいま……せ……」
やたらと高いツボミの声がすとんと落ちる。玄関に幽霊でも立っていたのだろうか? 声が気になり、玄関のほうを向いてみると、そこには派手な格好をした複数人の男女が立っていた。彼らは皆武器を携帯しており、どう見ても何かを依頼しに来たという風貌には見えない。
「我々はギルド『エグゼアクション』の者だ。ツボミというのは貴様だな? 貴様にはモンスター秘匿の容疑がかかっている。……といっても、今容疑ではなくなったがな」
ギルド。本で読んだ情報によると、それは街に拠点を置く王国公認の冒険者集団だ。彼らは街民からの依頼を受け、その報酬を元手に生活をする。俺もナエギーにさえなっていなけりゃどこかのギルドに所属して姉ちゃんを探していたかもしれない。
きっと逃げ出した客からの通報があったのだろう。リーダーのような男がツボミに銃を突きつける。
「そこにいるモンスターを引き渡せ。2度は言わん」
「……嫌と言ったら?」
その瞬間、大きな銃声が部屋中に響いた。ツボミは出血する横腹を押さえ地に手をつく。
今にも死にそうな彼女。その姿を目に映した瞬間、俺の中に最悪な記憶が蘇った。眩しい輝きを放つ太陽が沈んでしまったあの日。真っ暗な部屋の中、首にロープを括りつけ、宙を動かなかった姉ちゃん。
また、俺の目の前で眩い光が消えてしまう。そんなの、もうごめんだ。
「てめぇ!」
俺は咄嗟に頭の葉を尖らせ臨戦態勢をとっていた。荒ぶる感情のままに攻撃を開始しようとした瞬間。
銃声よりも大きな声が響いた。
「やめて! ……私は大丈夫だから。……手を出したら……駄目だよ」
「……! でもッ!」
「……君のことは何があっても私が守る。だから、お願い。今は抑えて」
ツボミは立ち上がり、俺に向け笑いかける。満身創痍なはずなのに彼女の笑顔は妙に逞しく、これといった根拠はないのに信頼できるものだった。おかげで俺は理性を取り戻し、攻撃を止める。
「わざわざ致命傷を避けてやったのにまだモンスターを庇うとは……。どうやら本当に死にたいらしいな」
「……そんなに怖いこと言わないで? ねぇ、少しお話をしましょう?」
「話? ふん、くだらん。早く死ね」
男が再び銃を構え、その引き金に手を付けた時、奴らの足元に魔法陣が出現した。魔法陣からは鎖が放たれ彼らの手足を縛りつける。
「……死ねだなんてぇ、そんなヒドイこと言っちゃダメですよぉ~」
ノイズの乗った声が彼らの背後から聞こえてくる。声のしたほうへ目を向けると、道化のような被り物をした奴がのらりくらりとした動きでこちらへ歩いてきた。
右手には奴らの足元にある魔法陣と同じものが広がっており、この魔法はこいつが放ったものだろう。かなり怪しげな風貌をした奴だが、もしや味方なのか?
「なんだ貴様は? 何故我々の邪魔をする?」
「ワタクシ、バーバラと申しますぅ~。今日はそちらのツボミさんにお話があってここまで来たんですけどぉ、何やら揉め事が起きていたので仲裁させて頂きましたぁ~」
……なんだこいつ。ただでさえ癖の強い外見なのに、喋り方まで癖が強いぞ。なんだか男に媚びるぶりっ子のような喋り方に反して、がっつりとボイスチェンジャーの補正がかかった声。それに加え、男ウケとか一切考えてなさそうなピエロのような姿。そのくせ結構胸がでかい。何から何まで一致するものがなく、その不気味さに拍車をかけている。
しかし、ライマーはその雰囲気に呑まれることなく、淡々とバーバラを詰める。
「仲裁? ふざけるな。これは子供の喧嘩などではない。貴様が行っているのはただの妨害行為だ。今すぐにこの拘束を解け」
「そんなのダメに決まっているじゃあないですかぁ~。人のお話を聞かないで鉄砲を撃っちゃうような悪い人、野放しにできませぇん」
「悪い人……? 貴様ッ! この『ライマー・エイリ』様を悪人と言いたいのか! 今すぐこの拘束を解け! さもなくば我が『酸』の魔法で貴様を葬ってくれようぞ!」
先程まで余裕をかましていたライマーだが、『悪い人』という言葉が起爆剤となりいきなり激昂しだした。しかし、バーバラはそれを全く聞いていない様子で語り続ける。
「でも、安心してくださぁい! ワタクシ、どんな悪い人も見捨てませぇん! アナタも救済して差し上げますぅ!」
バーバラはいきなり人が変わったように天を仰ぎ、叫びだした。俺はその豹変ぶりに気圧され、瞬きをしてしまう。俺が再び彼女を見た時、奴はライマーの首元に人差し指をブッ刺していた。
あまりの奇行に、俺だけでなくこの場にいる全員が絶句していた時。なんと、ライマーの身体がドロドロと溶け出したのだ。
「―――!!!」
悲鳴か、はたまた遺言か。ライマーは声にもならない声を上げ、その身体はどろどろの粘液へと変わり果ててしまった。粘液になっても尚、鎖はその体にまとわり続けている。
「あは! あはははは! やりましたぁ! ワタクシ、また一人迷える子羊を救済致しましたよぉ!」
……人の身体をドロドロに溶かし、殺すことが救済? こいつ、完全に頭がイッてる……!
この場にいる誰もがそう感じた時であろう。
「……スラ~、ラム~?」
ライマーの遺体が喋った。……いや、これは喋ったといっていいのか? ただ意味のない言葉を並べているように聞こえる。
言葉だけ聞けば何を言っているのか分からないが、俺にはこいつが何を伝えたいかがはっきりと分かる。
こいつは「なんだ、何が起こった?」と言っている。しかし、その意味が伝わってないのかエグゼアクションの連中は慌てて拘束から抜けようとしたり、ただ絶望し、呆然とする者ばかりだ。もし言葉が分かるのなら、誰かしら反応するはず。それなのに反応がないということは皆言葉の意味を理解できていないのだろう。
そして、よく思い返してみると、俺はこの粘液の塊の正体を知っている。それは『スライム』というモンスターだ。本で読んだ情報によると、スライムに意思や心といったものは無く、自然発生しては自由気ままに暮らすモンスターらしい。
だが、どうみても本人の意思が残っている気がする。それに、意思がないならここまで明確に喋ることなんてないはずだ。
……駄目だ、考えても埒が明かない。というか、今はこの狂乱女をどうにかしなければ。
ツボミも同じことを考えていたのか、高笑いするバーバラに勢いよく啖呵を切っていた。
「……これが救済? ふざけないで!」
「ふざけてなんかいませぇん。いいですかぁ? 人は心がある限り、苦しみ続けてしまいますぅ~。だから、心の存在しないスライムに変えてあげるのですぅ!」
……確かに、こいつの言っていることは頭ごなしに否定はできない。だが、何か違う気がする。
おかしくなる前の姉ちゃんは、毎日忙しそうだったが、それでもどこか楽しそうだった。カスみたいな境遇でも、「人生辛いことだけじゃない」って諦めずに笑ってた。
だから、腹が立った。こいつに、俺が追いかけてた光を馬鹿にされた気がして。
それに、腹が立っているのは俺だけじゃないようだ。
「ごめんなさい。貴女の言ってること、理解できないわ。苦しいも、楽しいも、そんなの感覚次第よ。貴女が勝手に決めつけて、奪っていいものじゃない。分かったら、彼を元に戻して」
「……ツボミさんならわかってくれると思ったんですけどぉ、残念ですぅ」
バーバラが左手をかざすと、ツボミの足元に例の魔法陣と同じものが現れる。ツボミはそれを咄嗟に回避しようと魔法陣の上から華麗なバックステップで離れる。
しかし、魔法陣からは無数の鎖が動きを予測するように伸び、ツボミの身体を追いかけてがっしりと縛り上げた。クソ、ホーミング能力付きの拘束魔法とか、チートだろ。
「しまった!」
「大丈夫ですよぉ〜。みんなまとめて救済して差し上げますからぁ~。まずはツボミさん。アナタからですぅ」
バーバラがツボミに手を伸ばした瞬間、俺は思いっきり助走をつけ、奴に頭突きを食らわせてやった。
するとバーバラは少しよろけたが、魔法陣を崩すことはできない。
「ちょっとぉ、何するんですかぁ?」
「何って、抵抗だよ。テ・イ・コ・ウ! 悪いけど、俺たちにはやらなきゃいけないことがあんだよ。あんたの言うふざけた救済をはいそーですかって受け入れてる暇ないわけ」
「……はぁ、物わかりの悪い子は嫌いですぅ」
「俺も、変な思想押し付けてくる奴嫌い。だから、ぶっ飛ばしちゃっていいよね? こいつ」
「……命までは奪っちゃ駄目だよ」
ツボミはやるせなさそうな表情を浮かべながら答える。
「おい、お前ら! 帰ったら心優しいモンスターに助けて貰いましたってちゃんと報告しとけよ!」
俺はエグゼアクションの連中にそう忠告すると、すぐさま攻撃を仕掛る。肩から蔓を伸ばし、鞭のように振り回す。
バーバラは攻撃を食らわないようにヌルヌルとした動きで蔓を躱す。しかし、それも限界が来たのか、奴は右へ走り、俺から距離を取ろうとした。俺はそのタイミングで蔓を左右へと伸ばし、尖らせた頭の葉を奴に向け思いっきり発射した。
想定外の攻撃だったのか、焦ったように左に避けるバーバラ。……計画通り。左に伸ばした蔓で奴の腕を掴み、右に伸ばした蔓を慣性をつけ魔法陣へと叩きつける。
魔法陣さえ破壊してしまえば、拘束も解けるはずだ。作戦通り、全て上手くいった。大丈夫、俺の勝ちだ。俺がそう確信したのも束の間、一つだけ、思い通りにいかないことが起きた。
蔓の威力が足りず、魔法陣を壊せないのだ。驕りからきていた油断、急遽発生した問題、それらが重なり、俺は大きな隙を晒してしまった。奴も、そんな大きな隙を見逃してくれるほど甘い相手ではない。
バーバラは腕に巻き付いた蔓を引っ張る。すると、つられて俺の体は宙を舞ってしまう。そこで奴は蔓を辺り構わずふりまわし、俺の身体を壁や地面に叩きつけた。
痛い。というか、それよりも目が回る。そのせいで、葉を飛ばそうにも狙いが定まらない。乱射……というのも一瞬脳裏をよぎったが、ツボミや連中にあたる可能性がある以上避けたい。意外と威力高いんだよ、アレ。
……他に策も思いつかない。一か八かやってみるしかないと覚悟を決めたその時、急に奴の振り回す手が止まり、俺の身体は地面を転がった。
急いでバーバラに視線を向けると、被り物を抑え、悶えていた。よく見ると全身が濡れている。
「うッ! 目がぁ……!」
「……スラ、ラムム(おい、何ぼさっとしている)」
背後から声が聞こえ、思わず振り返る。そこにはスライムとなったライマーがおり、偉そうな態度で俺を見上げている。至近距離で見るとギリギリ俺のほうが身長高いんだな……。
「おま、あの鎖溶かしたってのかよ」
「スラ、スララムス(ふん、あの程度の拘束どうってことないわ)」
「……とにかく、助かったぜ」
「ムムイラス。ラムスラ、イムム(礼なら後で聞いてやる。畳みかけるぞ、援護しろ)」
サラッと先導権を我が物顔で握るライマー。正直、まだコイツを許した訳じゃないが、1人じゃバーバラに勝てるかどうか怪しい。癪だが、ここはライマーに合わせたほうが良いみたいだ。
「……何するんですかぁ~。恩を仇で返すなんて親の顔が見てみたいですぅ」
バーバラは何とか持ち直したようで、不満気にこちらに向き直る。
「スムイ、ララムス!(構えろ、仕掛けるぞ!)」
「言われなくても!」
ライマーは合図をするとともに、口から謎の液体を発射した。それに合わせるように俺は走り出し、液体と共にバーバラに接近する。
バーバラは右に避けようとするも、すかさずそこに回り込む。蔓を使い足払いをすると、奴は体勢を崩し、転倒した。
次の瞬間、謎の液体がバーバラに直撃した。液体の正体は酸の魔法だったらしく、奴は悶え苦しむ。俺はその隙に蔓で奴の腕を掴み、両腕を引いた構えをとった。
俺が密かに練習していたとある技。それはあまりの殺傷能力の高さから先程使うのをためらった大技。だが、こうでもしなければあの魔法陣は破壊できない。
今ある力をすべて使い、高速で蔓を戻す。すると、蔓に腕を引かれたバーバラがこちらに接近してくる。ぶつかる直前、俺は叫ぶ。技の名前を。
過去に見たアニメから着想を得た、その技の名は――
「ブランチ・フィンガー!」
引いていた腕を槍のように突き立て、グンと伸ばす。俺の腕はガキンと魔法陣にぶつかり、それを穿つ。
刹那、魔法陣が破壊された衝撃波がバーバラに巻き付いていた蔓を引きちぎり、俺の身体を吹っ飛ばす。
俺は痛みをこらえつつ余力を尽くし立ち上がると、バーバラへ視線を向ける。あまり余力がないのは向こうも同じなようで、フラフラと立ち上がるバーバラの姿はこれまでの飄々としたものとは大違いだった。
「……ツボミさん。ワタクシ、まだ諦めてませんからねぇ。……また、来ますよぉ~」
バーバラはそう言い残すと、走って森の中へ消えてしまった。……追いかけようにも、体に力が入らない。それに、なんだか、意識が……。
俺が目を覚ますと、そこはグラスアスのソファだった。
「……パラサ君! 良かった、目が覚めたんだね」
ツボミは涙を浮かべながら俺に笑いかける。それから俺が気絶した後のことを聞いた。俺が懸命に戦う姿を見たエグゼアクションの連中は「通報にあった危険なモンスターなんていなかった」と結論付け謝罪をしたのち帰って行ったらしい。
「へぇ、そりゃ平和に終わってよかった。……で! なぁんだこの我が物顔で偉っそうに飯食ってるスライムは!!」
「スラ、ムイムラム?(なんだ、何か問題でもあるか?)」
「問題しかねぇだろーが!」
「しょうがないでしょ? ランサー君もモンスターになっちゃったんだから」
「しょうがないって! あんたこいつに撃たれたんだぞ!? いいのかよ!?」
「あれぐらい回復魔法ですぐ治せるわ」
「イムイラ(おかわり)」
「こいつ……! 俺はまだ許してねぇからな!」
「ラームー(好きにしろ)」
こうして、不服ながらも俺たちに新たな仲間ができた。だが、どうしてだろう。俺はこいつと仲良くやれる気がこれっぽっちもしないんだが。
夜の闇の中、明り一つないボロボロの廃墟に、満身創痍の女が入ってゆく。
すると、女の帰宅を待っていたかのように、ローブを纏った3人の子供らが彼女を取り囲んだ。
「……バーバラ様! おかえりなさ……!」
「……酷い怪我なの! 一体だれがこんなこと……!」
「ガオー、そいつ、殴る」
「……まだ起きてたのですかぁ~。ワタクシは大丈夫ですから、早く寝てくださいねぇ」
「……はぁい」
散り散りとなり、寝室に戻る子供たち。そんな子供たちを眺め、彼女は呟いた。
「……この子たちのためにも、早く救済を進めねば……。それにしても、いいですねぇ、あのナエギークン。ワタクシ、欲しくなっちゃいました」




