第7話 雷獣の角、嵐の調べ
朝の王都トリマーギルドは、いつものように活気に満ちている。石造りのロビーには、モンスターと飼い主たちがひしめき、カウンターでは依頼票が飛び交う。俺、颯真は、掲示板の前に立ち、昨日の水竜リヴァイアのケアを思い出しながら新しい依頼票を手に取った。
『依頼:雷獣キリンの角ケア ~雷鳴の暴走を抑える~』
「雷獣キリン!? 雷か……なんかスケールがどんどんデカくなってるな!」
ポケットのスライムが「ピィピィ!」と弾むように鳴き、まるで「かっこいい!」と煽ってるみたい。隣に立つミュリアが、ちょっと緊張した笑顔で説明する。
「はい、颯真さん。この雷獣キリンは山脈に住むモンスターで、角に溜まった雷の魔力が暴走すると、雷雨が街を襲うんです。……かなり危険な依頼ですよ」
「危険って……ケルベロスもバジリスクも水竜も大概だったけどな」
「ふふ、でも颯真さんなら! 《切羅刃》とあのスライムちゃんのコンビ、最高です!」
ミュリアの信頼の眼差しに、俺の胸がまた熱くなる。腰の《切羅刃》がビリッと震え、『雷もまた流れ。角を整え、嵐を調えるのだ』と勝手に格言を垂れる。
「お前、毎回ノリノリすぎだろ……」
スライムが「ぷるぷる!」と同調する。よし、行くぞ!
山脈の雷鳴
依頼場所は、王都から馬車で半日の山脈。岩肌がむき出しの急斜面を登り、雷雲が低く垂れ込める頂上近くにたどり着いた。空気がビリビリと帯電し、髪の毛が逆立つ。遠くでゴロゴロと雷鳴が響き、時折ピカッと稲妻が走る。
「うわ、雰囲気ヤバいな……」
案内役のミュリアが、ギルド提供の雷除けマントを渡してくれる。マントには小さな魔石が縫い込まれ、雷を弾くらしい。
「これで多少は安全ですけど、気をつけてくださいね。キリンの角は、雷の導線そのもの。触るタイミングを間違えると……感電します」
「感電!? 犬の毛玉ほぐすのとは次元が違うな!」
「でも、颯真さんのハサミなら、きっと雷も整えられるはず!」
「……期待されると弱いんだからな」
ポケットのスライムが「ピィ!」と励ますように跳ねる。俺はマントを羽織り、ツールロールを手に山頂の岩場へ向かった。
雷獣との対面
岩場の中心に、巨大な影が立っていた。全長5メートル、鹿のような体に、頭から一本の角が突き出る雷獣キリン。角は螺旋状で、先端が青白く光り、バチバチと火花を散らしている。体毛は短く、雷雲のような灰色。目には鋭い光が宿り、まるで嵐そのものだ。
「グルゥゥゥ……!」
キリンが首を振ると、稲妻が岩を焦がす。空気が一瞬で熱くなり、俺は思わず後ずさる。
「こいつが雷獣キリンか……すげえ威圧感」
《切羅刃》が鞘で震え、『角は雷の柱。整えれば、嵐も歌となる』とまた勝手に語る。スライムも「ピィ!」とゴロゴロ音に負けないくらい元気に鳴く。
「よし、まずは話しかけるか。トリマーは、まず心を通わせることからだ」
俺は深呼吸し、雷除けマントを握りしめて一歩進む。キリンの目がギロリと俺を捉える。
「よお、キリン。俺、颯真、トリマーだ。君の角、めっちゃカッコいいけど、ちょっとバチバチしすぎじゃない? 楽にしてやるから、ちょっとだけ協力してくれよ」
「グルゥ!」
キリンが前足を踏み鳴らし、雷がバチッと地面を走る。マントのおかげで直撃は免れたが、指先がビリッと痺れる。
「うわっ! 話聞けよ、頼む!」
だが、キリンの目はどこか疲れている。角の根元には、黒く焦げたような汚れが溜まり、魔力が詰まっているのがわかる。あれが雷鳴の原因だ。
角との対話
俺はツールロールを開き、雷用の絶縁ブラシと、魔力を吸収する細い砥石ピックを取り出す。ギルド特製で、雷の魔力を中和するらしい。まずは角の表面を観察。直視は危険なので、バジリスクのときと同じ鏡板を構える。
「角の汚れ、根元に集中してるな。そこからほぐしていこう」
俺はマントを翻し、キリンの側面に回り込む。雷がバチバチと飛ぶ中、鏡板越しに角の根元を狙う。絶縁ブラシをそっと当て、焦げた汚れを削る。
ザリ……ザリ……
小さな火花が散り、汚れが剥がれる。キリンの体がピクリと震え、雷鳴が一瞬弱まる。
「お、効いてる! よし、次だ!」
ブラシを進め、角の螺旋に沿って丁寧に磨く。雷の魔力が少しずつ流れ出し、空気が軽くなる。キリンの目が、ほんの少し柔らかくなった気がする。
「グルゥ……」
「ほら、楽になってきただろ? もうちょっと我慢な」
だが、角の先端に近づいた瞬間――
バリバリッ!
強烈な稲妻が俺を直撃。マントが雷を弾いたが、衝撃で後ろに吹っ飛ばされる。
「ぐっ!」
岩に背中を打ち、息が詰まる。その瞬間――
「ピィィィ!」
スライムがポケットから飛び出し、キリンの角にぷるんと張り付いた。ゼリー状の体が雷を吸収し、青白い光を飲み込むように揺れる。
「お前、また!?」
スライムが「ぷるぷる!」と誇らしげに鳴き、雷の勢いが弱まる。キリンの目が驚きに揺れ、俺はすかさず立ち上がる。
「サンキュ、相棒! よし、仕上げだ!」
ハサミの雷舞
《切羅刃》を半分だけ抜く。刃文が雷光を反射し、まるで嵐を閉じ込めたようだ。俺はキリンの動きに合わせ、雷の流れを読みながらハサミを動かす。
チョキ!
角の先端、魔力が詰まった汚れを一閃で切り離す。刃は角に触れず、雷の結び目だけを断つ。青白い火花が弾け、空に吸い込まれる。
「グルゥゥ!」
キリンの体が震え、雷鳴がさらに弱まる。俺は一気に畳みかける。角の根元、側面、先端――ブラシで整え、ピックで磨き、ハサミで形作る。雷の道を整えるように、魔力の流れを調える。
「ピィピィ!」
スライムが角の上で跳ね、まるで雷を指揮するようにぷるぷる動く。キリンの目が、だんだんと穏やかになる。最後の一撃、角の中心に残る大きな汚れを狙う。
「これで――終わりだ!」
チョキ!
刃が光り、汚れが弾ける。雷鳴が止み、雲が裂けて陽光が差し込む。キリンの角が、青く澄んだ輝きを取り戻す。まるで雷そのものが歌うような、澄んだ響きが山脈に広がった。
「グルゥゥ……!」
キリンが首を振ると、柔らかい風が吹き、雷雲が消えていく。目はもう鋭くない。感謝と安堵の光だ。
「よし、終わったぞ!」
俺は《切羅刃》を鞘に戻し、キリンの首元にそっと触れる。角は滑らかで、かすかに温かい。スライムが「ピィ!」と角から滑り降り、俺の肩に飛び乗る。
山頂の報酬
山頂にミュリアが駆け上がってくる。雷除けマントを脱ぎ、目をキラキラさせて叫ぶ。
「颯真さん、すごい! 雷雲が消えた! 街の雷雨、完全に止まりました!」
キリンがゆっくりと俺に近づき、角を軽く擦りつけてくる。すると、角の根元から小さな破片が落ちた。青く光る、雷の結晶のようなもの。
「これは……“雷晶”ですね! キリンの感謝の証です。持っていれば、雷から身を守るお守りになりますよ」
「へえ、ありがとな、キリン」
俺が結晶を拾うと、キリンは「グルゥ」と低く鳴き、山の奥へ歩いていく。スライムが「ピィ!」と結晶に飛びつき、ぷるぷると頬ずりする。
「お前、ほんとお守りコレクターだな……」
スライムの秘密
ギルドに戻る馬車の中で、ミュリアがスライムの頭を撫でながら言う。
「この子、ほんとすごいですよね。バジリスクの石化も、水竜の水流も、キリンの雷も吸収して……もしかして、ただのスライムじゃないかも?」
「え、ただのスライムじゃない?」
「はい。ギルドの記録だと、稀に“魔吸スライム”って種類がいるんです。魔力を吸収して成長する、特別な子。颯真さんに懐いてるってことは、相性バッチリなんですよ!」
「魔吸スライム……お前、そんなすごい奴だったのか!」
スライムが「ピィピィ!」と得意げに跳ね、俺の胸ポケットでくるくる回る。……なんか、どんどん頼もしくなってるな、この子。
ギルドの喝采
ギルドに戻ると、ロビーはまた拍手で沸いた。
「雷獣まで!? 新人、伝説じゃねえか!」
「次はもうAランクだろ!」
ミュリアが身分板を更新し、【B】から【A】へ。入団から一ヶ月も経たず、だ。
「颯真さん、“雷のトリマー”って呼ばれてますよ! 王都の英雄です!」
「英雄は大袈裟だろ……でも、なんか悪くないな」
俺は笑いながら、ポケットのスライムと雷晶を撫でる。《切羅刃》が静かに震え、まるで「次は何だ?」とワクワクしてる。
新たな依頼の雷鳴
その夜、掲示板に新しい依頼票が貼られた。
『依頼:影狼フェンリルの毛ケア ~闇の暴走を鎮める~』
「影狼フェンリル!? 今度は闇か!」
スライムが「ピィピィ!」と興奮して跳ね、俺の胸がまた高鳴る。ケルベロス、バジリスク、フェニックス、水竜、雷獣――そして次は影狼。ハサミ片手に、俺の物語はどこまで広がるんだ?
「よし、次も整えるぞ!」
夕陽がギルドの窓を染め、《切羅刃》がキラリと光った。この世界で、俺の刃はまだまだ輝く。