第6話 水竜の涙、鱗の歌
王都トリマーギルドの朝は、今日も賑わっている。石造りのロビーには、モンスターと飼い主たちがひしめき合い、カウンターでは依頼票が飛び交う。俺、颯真は、掲示板の前で昨日のランクアップの余韻に浸りながら、新しい依頼票を手に取った。
『依頼:湖の水竜の鱗ケア ~水流の暴走を鎮める~』
「水竜、か……。ケルベロス、バジリスク、フェニックスときて、今度はドラゴン系!?」
ポケットのスライムが「ピィ!」と弾むように鳴き、まるで「やったれ!」と煽ってるみたいだ。隣に立つミュリアが、いつもの笑顔で補足する。
「はい、颯真さん。この水竜は湖の守護者なんですが、最近鱗に魔力が溜まりすぎて、湖の水流が乱れているんです。街の水路にも影響が出始めてて……緊急依頼なんですよ」
「水路に影響って……マジか。トリマーの仕事が街のインフラに関わるなんて」
「ふふ、だからこそ颯真さんのハサミが必要なんです! 《切羅刃》なら、きっと!」
ミュリアのキラキラした瞳に、俺の心がまたグラリと動く。腰の《切羅刃》が小さく震え、『水もまた流れ。鱗を整え、命の歌を響かせよ』と勝手に格言を垂れる。
「お前、ほんと毎回ノリノリだな……」
スライムが「ぷるぷる!」と同調する。よし、行くか!
湖のほとり、竜の住処
王都から馬車で1時間。たどり着いたのは、鏡のように静かな湖だった。朝霧が水面を覆い、遠くの山々が映り込む。空気はひんやりと湿っていて、どこか神秘的だ。湖畔には小さな祠があり、そばに立つ老人が俺たちを迎えた。
「トリマー殿、待っておった。この湖の主、水竜リヴァイアが暴れておるのじゃ」
老人は湖の管理人で、水竜を祀る神官でもあるらしい。杖を手に、湖の奥を指す。
「最近、鱗がくすんで水流が乱れ、漁師の網が壊れるほどじゃ。頼む、鎮めてやってくれ」
「了解しました。……で、その水竜はどこに?」
「湖の底じゃ。潜って会うしかなかろう」
「潜る!?」
思わず声が裏返る。ミュリアが苦笑しながら、革袋を差し出す。
「これ、ギルド特製の水棲装備です。魔力で30分は水中呼吸できますよ。鏡板も防水加工済み!」
「準備いいな、ギルド……」
袋には、ゴーグル型の鏡板と、軽い装甲付きのエプロンが入っていた。バジリスクの石化対策を思い出す。……よし、準備は万端だ。
湖の底、竜との対面
装備を整え、湖に飛び込む。水は冷たいが、装備のおかげで呼吸は楽だ。ゴーグル越しに湖底を見ると、巨大な影がゆらりと動いた。
「シャアアア……!」
全長10メートルを超える、蛇のような水竜。青と銀の鱗が水光を反射し、まるで宝石のよう。だが、背中や尾の鱗は白く濁り、ひび割れが目立つ。水流がその周りで渦を巻き、まるで小さな嵐のようだ。
「こいつがリヴァイア……すげえ迫力」
《切羅刃》が鞘で震え、『鱗は水の鏡。濁りを拭い、流れを清めよ』とまたしても勝手に語る。スライムも「ピィ!」とゴーグルの中で跳ね、俺を鼓舞する。
「よし、まずは観察だ」
鏡板を構え、水竜の動きを追う。直視は危険――水竜の目は、流れを乱す魔力を放つらしい。鏡越しに見ると、鱗の濁りが特に尾と首元に集中している。そこが水流の乱れの原因だ。
「リヴァイア、ちょっとだけ協力して。俺、お前の鱗を楽にしてやるから」
「シャアッ!」
水竜が尾を振り、強い水流が俺を押し返す。だが、俺はエプロンのベルトを岩に引っかけ、なんとか踏ん張る。
「逃げねえよ。トリマーは、まず寄り添うことから始めるんだ」
鱗との対話
俺はツールロールから、鱗専用の細い砥石ピックと柔らかい磨き布を取り出す。ギルドの特製装備だ。まずは尾の濁った鱗から。鏡板で角度を調整し、ピックをそっと差し込む。
カリ……カリ……
濁った鱗の表面が削れ、青い輝きが戻る。水流の渦が少し弱まり、リヴァイアの目が一瞬、細まる。
「ほら、気持ちいいだろ?」
「シャ……」
威嚇音が、かすかに柔らかくなる。よし、調子が出てきた。
次は首元。鱗が重なり合って、魔力が詰まっている。磨き布で円を描くように擦ると、チリチリと小さな泡が上がり、魔力が解放される。だが――
「シャアアア!」
突然、リヴァイアが体をくねらせ、巨大な水流が俺を襲う。鏡板が弾かれ、ゴーグル越しに赤い目と一瞬だけ視線が合う。
「うっ!」
体が重くなり、水流に飲まれそうになる。その瞬間――
「ピィィィ!」
スライムがゴーグルから飛び出し、リヴァイアの目の前にぷるんと広がった。ゼリー状の体が光を遮り、水竜の魔力を吸収するように揺れる。
「お前……!」
スライムが「ぷるぷる!」と誇らしげに鳴き、俺はなんとか体勢を立て直す。バジリスクのときも助けてくれたな、お前、マジでMVPだ!
「サンキュ! よし、リヴァイア、仕上げだ!」
ハサミの調べ
《切羅刃》を半分だけ抜く。刃文が水光を反射し、まるで湖そのものが宿っているようだ。俺は水流に逆らわず、リズムに乗ってハサミを動かす。
チョキ!
首元の重なった鱗を、軽く持ち上げて整える。刃は皮膚に触れず、濁った魔力だけを切り離す。青い光が泡となって浮かび、湖面にキラキラと広がる。
「シャア……!」
リヴァイアの体がゆっくりと緩む。俺は一気に畳みかける。背中、腹、尾の先――鱗を一枚ずつ磨き、流れを整える。ハサミと磨き布が水中で舞い、まるで歌うようにリズムを刻む。
「ピィピィ!」
スライムが水流に乗り、まるで指揮者のように跳ねる。リヴァイアの目が、だんだんと穏やかになる。最後の一枚、首元の大きな鱗を整えた瞬間――
パァン!
湖全体が青く輝き、渦巻いていた水流が静かな波に変わった。リヴァイアの鱗が、鏡のように澄んだ青銀色に輝く。まるで湖そのものが命を取り戻したようだ。
「シャアァァ……」
リヴァイアが長い吐息を漏らし、俺の周りをゆっくりと泳ぐ。その目は、もう威嚇じゃない。感謝の光だ。
「よし、終わったぞ!」
俺は《切羅刃》を鞘に戻し、リヴァイアの首元にそっと触れる。鱗は滑らかで、冷たくて温かい、不思議な感触。
湖畔の報酬
湖畔に戻ると、老人とミュリアが待っていた。老人は目を細め、深々と頭を下げる。
「見事じゃ、トリマー殿。湖が静まり、街の水路も救われた。礼を言う」
ミュリアが弾んだ声で続ける。
「颯真さん、すごい! 水竜の鱗、こんなに綺麗なのは初めて見ました!」
リヴァイアが水面から顔を出し、そっと俺に近づく。そして、首を振って一枚の鱗を落とした。虹色に輝くそれは、まるで涙の形。
「これは……“涙鱗”ですね。水竜の感謝の証です。持っていれば、水難から守られるお守りになりますよ」
「へえ、ありがとな、リヴァイア」
俺が鱗を拾うと、リヴァイアは「シャア」と小さく鳴き、湖の奥へ消えていった。スライムが「ピィ!」と鱗に飛びつき、ぷるぷると頬ずりする。
「お前、ほんとコレクターだな……」
ギルドの新たな風
ギルドに戻ると、ロビーはまた拍手で沸いた。
「水竜まで!? 新人、化け物か!」
「次のランクアップ、すぐだな!」
ミュリアが身分板を更新し、【C】から【B】へ。入団から数週間で、だ。
「颯真さん、この勢いは王都でも話題ですよ! もう“湖のトリマー”って呼ばれてます!」
「湖のトリマーって……なんかカッコいいけど、照れるな」
俺は笑いながら、ポケットのスライムと涙鱗を撫でる。《切羅刃》が静かに震え、まるで「次は何だ?」と囃してる。
新たな依頼の波
その夜、掲示板に新しい依頼票が貼られた。
『依頼:雷獣キリンの角ケア ~雷鳴の暴走を抑える~』
「雷獣キリン!? 次は雷かよ!」
スライムが「ピィピィ!」と興奮して跳ね、俺の胸がまた高鳴る。ケルベロス、バジリスク、フェニックス、水竜――そして今度は雷獣。ハサミ片手に、俺の物語はまだまだ広がる。
「よし、次も整えるぞ!」
夕陽がギルドの窓を染め、《切羅刃》がキラリと光った。この世界で、俺の刃はもっと多くの命を救う。