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第4話 バジリスクは目を見ないで

依頼場所は、王都の外れにある岩窟だった。

 昼でも薄暗い洞窟の入口。ひんやりした風に混じって、湿った土と爬虫類特有の匂いが漂ってくる。


「……ここにバジリスクが?」


 俺がつぶやくと、隣で案内してくれたミュリアが真剣な顔で頷いた。


「はい。目を合わせると石化させられるので、必ず――この鏡板を使って観察してください」


 彼女が差し出したのは、金属の枠に嵌め込まれた楕円の鏡。

 手に取ると意外に重い。そうか、これで反射させて間接的に見るわけか。


「うわ、本格的……。犬猫の爪切りのときに保定するのとはスケールが違うな」


「ふふっ。でも颯真さんなら、きっと上手くできます」


 頼りにされると弱い。胸が少しだけ熱くなる。



 洞窟に入ると、奥から低い唸り声が響いてきた。

 ズシン、ズシン、と地響き。やがて暗闇の中から、巨大な影が現れた。


「シャアァァァァ……!」


 全長八メートルはあろうかという蛇。頭部にはトカゲのような角冠。全身を覆う鱗は、ところどころ白く曇り、ひび割れもある。確かに「脱皮不良」の典型症状だ。


「……こいつがバジリスク」


 真っ赤な瞳がぎらりと光る。俺は慌てて視線を逸らし、鏡板を構えた。反射越しに見えるその姿は、直視するよりずっと安全……のはず。


「うわ、鏡で見ても迫力ヤバいな」


『怯むな、颯真。鱗も毛と同じ。正しく磨けば、命も輝く』


 腰の切羅刃が、相変わらず勝手に格言めいたことを言う。



「まずは観察……うーん、背中の鱗が分厚く重なって、呼吸の動きが制限されてるな。尾の方は逆にひび割れ。……なるほど」


 俺はツールロールを広げ、鱗磨き用の砥石ブラシを取り出す。ギルドで貸してもらった特製だ。魔力を含んだ微粒子が練り込まれていて、擦ると表面の淀みを浄化するらしい。


「よし、行くぞ。……バジリスク、少しだけ体を預けてもらう」


「シャアアアッ!」


 牙をむいて威嚇。しかし、ひび割れた鱗の間から滲む血に気づいた瞬間――俺の中で、恐怖よりも「ケアしたい」気持ちが勝った。


「大丈夫。俺はお前を楽にするために来たんだ」


 鞘に触れる指が熱い。切羅刃も共鳴しているのがわかる。



 まずは尾のひび割れ部位。鏡を置き、直接は視線を外して作業する。

 砥石ブラシで円を描くようにやさしく磨く。すると――


 カリ、カリ……ぴかっ。


「おお……!」


 曇っていた鱗が一枚、透明な青に輝いた。

 そこから体内の魔力がすっと流れ出し、尾が軽く揺れる。


「……シャ……ア……」


 威嚇音が、少し柔らかくなった。



「よし、次は背中……これは鏡越しで角度を工夫しないとな」


 俺は鏡板を地面に斜めに立てかけ、反射で背中の位置を確認。ハサミの先で鱗の重なりを軽く持ち上げ、ブラシを差し込む。――チリチリと、溜まっていた魔力が抜けていく。


「うぉっ、光ってる……! でも……」


 その瞬間、鏡の角度がズレた。赤い瞳と正面衝突。


「うわっ――!」


 視界が一瞬、灰色に染まる。手が石になりかけ――


「ぴいいぃ!」


 ポケットのスライムが飛び出し、俺の頬に張りついた。ゼリー状の体がフィルターのように視界を遮る。――そのおかげで、完全な石化は免れた。


「た、助かった……!」


「ぷるぷる!」


 スライムが誇らしげに鳴いた。

 ……お前、マジで頼りになるな。



 仕上げに、切羅刃を半分だけ抜き、鱗の表面をすっとなぞる。刃が光を集め、残っていた濁りを吸い取っていく。


「これで――終わりだ!」


 最後の一枚を整えた瞬間、バジリスクの体が大きく震えた。

 ひび割れも曇りも消え、全身の鱗が鏡のように輝く緑青色に変わる。


「シャアァァァ……」


 それはもう、威嚇ではなかった。長い呼気。安堵の吐息だ。

 赤い瞳も、どこか柔らかい光に変わっていた。



「やった……! 颯真さん、本当にすごい!」


 ミュリアが拍手を送る。俺はふぅと息を吐き、切羅刃を鞘に戻した。

 胸の奥がじんわり熱い。恐ろしい魔獣でも、ケアで救える。それを実感できた。


「……な? 見た目で判断しちゃいけないだろ」


 思わず呟いた言葉に、バジリスクが喉を鳴らして応えた気がした。


 そして帰り際、尾の先から一枚の鱗がひらりと落ちる。

 虹色に光るそれを拾うと、ミュリアが説明してくれた。


「“護符鱗”ですね。トリマーへの感謝として渡す習慣があります。身につければ石化を防ぐお守りになりますよ」


「お守りか……ありがとな」


 俺はそっと鱗を懐にしまい、バジリスクに一礼した。



 ――こうして、俺の二つ目の依頼は成功に終わった。

 ハサミ片手に、モンスターの命を整える日々。

 次はどんな子が待っているのだろう。胸の高鳴りは、もう止まらない。

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