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1回生:4月ー⑨

 手がぶつかった相手は俺のことを睨みつけてくるが、どう考えてもお互い様だろう。互いに納豆を譲るでもなく、手に取るでもない硬直状態が続く。

 睨んでいると相手の容姿が目に入る。レザーの上着に金髪のウェーブ髪……ギャルっぽい見た目だがうちの大学にいる以上はそれなりに勉強もしてきたはず。なんちゃってギャルか。


「アタシが先に見つけた納豆よ!」


「そうか。でも俺の方が手を伸ばすのは早かったな」


「アンタの方が腕が長かっただけでしょ! さっさとどきなさいよ!」


「どいてもいいが納豆はもらうぞ」


 ヒョイと納豆を俺のトレーに載せると、ギャルは流石に強奪まではしてこなかった。代わりに左のふくらはぎにローキックを入れられて結構痛いのだが、無視だ無視。


「そこはアンタ、じゃんけんで決めるとか色々やり方があるでしょ! なんで取る一択なのよ!」


「そっちこそ暴力を奮ってくるんじゃねえよ。止めるなら口で止めろ」


「噛み付けってこと? そんなマニアックなフェチに付き合う趣味はないわよ!」


 ひたすら蹴りを入れてくるギャル。優しいギャルが流行っている昨今の風潮に反して、見た目通り気が強い子だ。そろそろふくらはぎが腫れてきそうなのでやめてほしいのだが。


 左足の痛みを無視して会計を終えると、やはりというかギャルは俺の後をついてきた。

 俺の正面に座り、狂犬のようにうなりを上げている。どうやらかなり根に持つタイプらしい。

 刺々しい視線を無視しながら納豆パックの蓋を開ける。


「これ見よがしに納豆まぜてんじゃないわよ!」


 目の前でギャルが吠えるが軽く無視。俺は納豆を混ぜる時は集中してやりたい派なのだ。


 一通り納豆を混ぜ終え、ギャルの方に向き直る。


「ん」


「ん、じゃわかんないわよ。ちゃんとしゃべりなさい」


「早くご飯よこせ」


「何よアンタ、納豆だけじゃなくアタシのご飯まで奪おうっていうの!?」


 キーキーうるさいギャルを無視して彼女のお茶碗を取り、その上に半分納豆をかけてやる。

 そしてお茶碗をギャルの方へ戻すと、彼女は目を丸くして固まっていた。


「どうした? 納豆欲しかったんだろ? 半分ならくれてやってもいいと思ったんだが」


「アンタねえ……それならそうと早く言いなさいよ!!」


 今度はギャルに頭をはたかれた。せっかく分けてやったのにこの扱いはひどいな、まったく……


「それはそうとキミら、俺のこと忘れてへんか?」


 いつの間にか隣に座っていたボスさんは苦笑いを浮かべていた。彼はカレーうどんを皿に乗せており、香気がこちらにまで漂ってくる。


「おごったろうと思ってたのに、なんか揉めたままどっか行きよるし」


「す、すみません……」


「誰? 先輩?」


 怪訝そうな目をボスさんに向けるギャル。ボスさんの方はどこ吹く風と言わんばかりにカレーうどんをすすり始めたが、突然思いついたかのように顔を上げた。


「キミは1回生やろ。知らん顔や」


「そうですけど……?」


「やっぱりな。キャンパス内の可愛い女の子はだいたい覚えてんねん」


「キモッ……」


 初対面の先輩に言うセリフではないが、今のはボスさんも悪いので庇いようがなかった。とりあえず別の話題を振ってお茶を濁すべきか。


「なあ、お前は……」


「お前って言わないで。アタシは江坂蓮実。アンタは?」


「海野秀人だ」


「ヒトデって呼ばれてるで」


 ボスさんがいらん情報を付け足してくるが、江坂は特に反応しなかった。変なアダ名であることを真顔で聞かれると恥ずかしいな……


「江坂は土曜なのにどうして大学に? サークルか?」


「まだ入ってないけどね。一度見学に行きたいところがあるのよ」


「ふーん……ちなみに、どこのサークルだ」


「交響楽団。オーケストラってやつね。アタシ高校まで吹奏楽やってて……」


「ぶふっ……!」


 ボスさんが吹き出してカレーうどんの汁が飛ぶ。その勢いは斜め向かいにある江坂のトレーまで届きそうなくらいだった。


「ちょっと! やめてくださいよ汚い!」


「ゲホッ……ゲホ、すまん……」


 ぷりぷり怒る江坂と平謝りするボスさん。俺はと言えば、これから起こりうる事態に一人頭を抱えていた。


「ハァ……それで、先輩とヒトデは何のサークル仲間なんですか?」


「それが、その……オー……」


「声が小さい! はっきりしゃべりなさいよ!」


「オーケストラ、なんだよ。この先輩も」


 その瞬間、江坂の顔から血の気が引くのがわかった。元々彼女は色白なギャルなのだが、それに拍車がかかりほとんど白磁の陶器だ。

 まあ彼女が焦る気持ちはわかる。これから世話になる先輩に向かって「キモい」だの「汚い」だの散々な物言いをしてしまったのだから。

 ボスさんの人柄を知っている俺からすれば、彼が些末なことを根に持つタイプでないのはわかるが、そんな気性を知らない江坂からすればお先真っ暗だろう。


「あの……あう……」


「なんや? キモくて汚い先輩に言うことあるか?」


「け、見学やめます。お疲れ様です」


 まだ食べ終わってもいないのに江坂が席を立とうとしたため、思わず反射的にその手を掴んでしまった。

 食事もそうだが、このくらいでサークルを諦めるのはもったいないだろう。


「離してよ!」


「待て待て。そう早まるなよ。あの人はそう……罵倒してもいいタイプの先輩だから」


「そんな変態いるわけないじゃない!」


「目の前にいるだろ! よく見てみろ」


 穏やかな微笑みを見せ、ゆったりと手を振るボスさん。妙に達観したその表情は逆に胡散臭いし、投資詐欺かネズミ講でもやってそうな人間の佇まいだ。


「それはそれで怖い!」


 俺の手を振りほどこうと暴れる江坂。人の少ない食堂ではあるがさすがに悪目立ちしすぎたか、周囲の視線が痛い。


「逆効果……だと?」


「そらそうやろ、アホか」


「やばいっすボスさん、もう手が限界で……」


 江坂が腕を振り回すせいで俺の手は何度も食堂の机にぶつかり、痛みで把持力を失いつつあった。そしてついに拘束を振りほどいた江坂。その勢いのまま逃げ出そうとしたが……


「痛っ!」


 今度は彼女の前に立ち塞がった人物にぶつかってしまった。尻もちをつく江坂に、白く細い手が差し伸べられる。


「あら、ごめんね~。大丈夫?」


 このおっとりした口調は……ホルンパートの四回生、つまりボスさんの同期であるミミ先輩か。



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