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1回生:4月ー⑮

 今日はオーケストラに入団することが決まった1回生の集まりがあるらしい。

 思い返せばはっすんとミレーユ以外の1回生を誰も知らないし、いい機会だ。

 練習後のミーティングに参加するようにもなったが、何せ部員が100名を超えるので誰が上回生で誰が同回生なんだかわからない。

 4回生の先輩とか覚えられないまま卒業してしまうんだろうな……


「何ボーッとしてんの、行くわよ」


「おう。それで、どっちに行けばいいんだったか」


「普段の生活で幼児化しないでよ! まったく!」


 ぷりぷりと怒りながらもズンズン前へ進んでいくはっすん。彼女の頼もしい背中を追っていると、さらに前をトボトボ歩く小さな姿を見かけた。


「おっ、ミレーユ。なんかぎこちない歩き方だな」


「あっ、ヒトデくんとはすちゃん……なんかこう、緊張しちゃって。ウチのパートは1回生一人だけだし」


「ビビることねえよ。お前の愛想の好さなら仲良くやれるさ」


「そうよ。こんなアホでも入部できるんだから、可愛い貴女なら楽勝よ」


「おいおいおい俺は可愛くないってのかよ!」


「そっちに不満なの!? せめて『アホ』の方を否定しなさいよ!」


 俺たちの他愛ないやり取りを見てクスクス笑うミレーユ。この愛らしい雰囲気がみんなに伝われば彼女はきっとみんなに慕われるはずだ。

 むしろ俺は自分の心配をすべきかもしれない。楽器に触ったこともなかった素人が紛れてるとなると、良く思わない人もいるだろうしな……


 集合場所となっていたバルコニーに着くと、すでに30人近い人が集まっていた。

 1回生だけでこんなにいるのか……覚えるのに苦労しそうだ。


 そもそも初対面同士が集まって誰が仕切るんだよ、と思っていたら後ろから大声がした。


「1回生諸君! 今日はお集まりいただきありがとう! 私は2回生チーフマネージャーの『ナイト』だ!」


 振り返ると凛とした風貌の女性が入口付近に立っていた。

 なるほど、先輩が入団案内をしてくれるわけか。しかしチーフマネージャーって何なんだろ。チーフじゃないマネージャーもいるのか? よくわからん。


 「これからキミたちにはまず団内での簡単な規則を覚えてもらう! と言っても堅苦しいものじゃない! 楽器倉庫の借り方やホールの使い方のような一般的な規則だ! まず冊子を配るので……」


 離れた位置にいる後輩にも伝わるよう声を張り上げてくれているのだろうが、そのハキハキとした口調が歌劇のように芝居がかって聞こえる。


「なあ、あの先輩……女騎士っぽくないか?」


「棋士? 将棋打ってそうってこと?」


「いや……うん、伝わらないならいいんだが……」


 なんとなくはっすんから目を逸らすと、俺の斜め後ろにいた背の高い男と目が合った。マッシュ系のツーブロックとでも言うのだろうか、オシャレな髪型が少しキザにも見える。


「なあ、キミ。どこのパートなんだい?」


 ジロジロ見すぎたせいか、先に挨拶されてしまった。2回生チーフの先輩がしゃべってる最中だが、コイツを無視しても悪いか。


「ホルンパートだが……」


「僕ぁフルートやってる『イズミ』だよ。よろしくね」


「おう……よろしく」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、俺の尻を一発叩いたイズミはチーフ先輩の方へ向き直った。悪い奴ではなさそうだが、なんとなく底知れない雰囲気を感じた。

 しかしフルート、か。あの小さな横笛っぽいやつだよな。まだ知ってる楽器ではあったが、名前も知らない楽器を抱えてる部員も多い。

 あのデカい金管楽器は何て言うんだったか。中学の音楽の教科書とかまだ実家にあったっけな……


 今さら回ってきた小冊子に目を通すと、そこには「ようそこモルゲンロートへ!」と書いてあった。どうもウチのオーケストラのサークル名らしい。

 登山用語で「朝の光に照らされた山」を指すようだ。オシャレっぽくも聞こえるが、わざわざ山の中途に建てやがったうちの大学を風刺した名前なのかも。


 小冊子には本当に一般的なルールしか書いてなかった。練習日は火・木・土で、部費が月いくらで、大学会館の閉館は何時で……

 まあ他の細かいことはパートの先輩に聞けばいいのか……などと考えているとどうやら女騎士先輩の説明が終わったらしい。


「では説明は以上とする! これから1回生の交流会を開催するので、都合のあう限り参加願う!」


 交流会は大学からずっと駅の方へ下った場所、小規模なショッピングモール内にあるビュッフェレストランで行われるらしい。

 知り合いも少ない中で緊張するが、遅かれ早かれ慣れていかねばならないのだ。いい機会だと思うことにするか。


「はっすんも行くのか?」


「当たり前じゃない」


「イズミも?」


「行かなきゃね。他の1回生はフルートの相方ぐらいしか知らないし」


 見知った人もいるなら何とかなるか。みんなが音楽の話で盛り上がる中、俺だけついていけなかったら寂しいが……その時ははっすんに助けてもらおう。





 ビュッフェレストランは子連れの客なんかも多くて、堅苦しくない雰囲気の場所だった。大学生でも気軽に行ける値段だし、当然といえば当然なのだが。

 席の並びは適当だった。例の女騎士先輩も着いてくるかと思ったが、別にそんなこともなく1回生だけの親睦会らしい。

 お陰で席は俺、はっすん、ミレーユ、イズミの4人という気楽なメンバーで集まることができた。


「で、何なのよアンタのそのトマトの量は」


「ビュッフェスタイルだぞ。何をいくら食おうと俺の自由だろう」


「だからって小皿いっぱいに盛る必要ないでしょ! もうちょっとバランスよく食べるとかないの!?」


「肉ばっか取ってる奴に言われたくないんだが? ハイエナじゃあるまいし」


「せめてライオンって言いなさい!」


「あわわわ……ケンカしちゃってるよう……」


「いやぁ、この2人はいつもこんな感じだよね。たぶん」


 慌てるミレーユとのんびり構えたイズミ。彼らのプレートもなかなか個性が出ているように見えた。

 一口サイズで色んな料理を皿にちょこんと盛り付けたミレーユに、肉も魚も野菜も雑多に一つの皿に並べたイズミ。

 最初は「なぜわざわざビュッフェで懇親会を?」と疑問に思ったが、話相手の性格が推測しやすい、という点では案外悪くない選択なのか。


「はっすんも昔から楽器やってるのかい?」


「ええ。ホルンは中学からね。ピアノもやってたけど」


「ヒトデくんは?」


「いや、俺は大学からで。全然楽器とかやったことなくて」


「ほぅ。まあ頑張ってね」


 パスタを雑にすすりながらイズミは「それでね……」とミレーユに別の話題を振り始めた。

 ここまで華麗にスルーされると拍子抜けだが、もしかしたらこれがイズミなりの気遣いなのかもしれない。


「でもでも、ヒトデくんがちゃんとテストに受かって良かったね」


 ミレーユがにっこりと笑う。屈託のない笑みに心が暖かくなる。


 この時の俺はまだ知らなかった。これからの日々が受難の連続であることを。


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