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第八話 おこがましい嫉妬心


 そうして舞踏会の準備が始まったが。

 予想通り、しばらくすればディアーヌは手一杯となった。


 途中でサミュエルや他の三人にも相談して助けてもらうようにお願いしたこともあったが、自分たちの方も忙しく、その日限りでしか手伝いができないと言われて結局はディアーヌ一人作業となる。

 それでも仕事の方に専念できればいいが、ふらりとやってくる生徒を無碍に追い返すわけにもいかず、そちらの話を聞くために作業が中断する。

 放課後だけでは終わらない分は持ち帰るしかなく、休日を返上してやったが、終わる目処が立たなくなっていく。

 


 このままでは絶対に生徒に迷惑がかかると思ったディアーヌは、四人を引っ張るようにして生徒会室に集め、座ることすらせず頭を下げてお願いした。


「忙しい中で大変申し訳ありませんが、私の担当分をいくつか代わってもらいたくて招集いただきました。あまり負荷ばかりをかけないように、今の担当と関連したものを回すようにするので──」

「ディアーヌ、それは本気で言ってるのかい?」


 まだディアーヌの言葉が終わらぬうちに、サミュエルが咎めるような口調でそう言った。

 そんな彼の声色はあまり聞いたことがなく、ディアーヌは驚いて顔を上げる。


 そこには彼女に向けたことのないような険しい表情をしたサミュエルがいて、ディアーヌは困惑するしかなかった。


「ええ、本気で困っているから相談しているのですが……」

「……これは困ったな」

「……?」

「姉上、さすがにそれは、姉上が甘えているとしか取られませんよ」


 サミュエルとのやりとりではさっぱり状況が把握できないディアーヌに、さらに追い詰めるような言い方をしたのはロランだった。


「姉上は要領が悪いと自分で言いますよね。それを仕事が進んでいない言い訳にしているのではないですか?」


 信じられない言葉だった。

 まさかロランから、そんなことを言われるなんて。


 要領は確かに良くない。

 けれど良くないなりに、色々と自分の時間を割いて効率化を意識し、できる限りをやっているつもりだった。


 それでもロランから見れば言い訳を作って甘えていると?


 そもそも最近では生徒会室にすら来ないのに、私の仕事ぶりが分かるというの? 私が家でやっていることも知らないのに?


 ディアーヌの中に不満は膨らむが、あの優しかった弟からの言葉だとは信じられず、またサミュエルを見れば……


 サミュエルもロランと同意見であると、その表情からすぐに分かった。

 そしてそれは、マチルドとモニクも同じ。


「自覚はしておりますけど、それを言い訳にしてきたつもりはありません。それに舞踏会については私がこうなるだろうと皆には話をしておりましたわ。それなのにどうして咎めるような視線を向けてきますの?」

「……それはここにいる皆が協力的ではないということかい?」

「少なくとも、私が懸念していたことが現実になったのですから、今、協力していただきたいと申すのはおかしなことではないと思いますが」

「ちょっとディアーヌ、落ち着いて」


 そう言って、ディアーヌをなだめようとしたのはマチルドだ。トンとディアーヌの肩を叩いて、サミュエル様も、と両者の間に立った。

 と、思ったのだけど。


「実はね……これはディアーヌには言わずにいたけど、私たちも裏でディアーヌをサポートしてきたつもりなんだよ」

「裏で?」

「最近ね、剣術と弓術で日程が被っていたことがあったの。それと、備品が届かなかった日もあった。そういう時に、生徒には私たちから謝って、調整していたの」

「……何のこと?」


 問い返したディアーヌに、サミュエルとロランは厳しい表情をした。しかしディアーヌはとぼけた訳ではなく、本気で心当たりのないことだったから、そう返してしまったのだ。

 確かに相当、無理をしてきて今にもパンク寸前ではあるが、そこは負けず嫌いの性分が任された仕事でミスを出すことを許さなかったから何度も確認していた。

 だから、そんなことが起こるはずがない、と反論しようとしたところで、畳み掛けるようにマチルドの話が続く。 


「会場設営の方も、騎士団の配置図の名前が間違っていたりね。でも、それらはすべて、サミュエル様が頭を下げてくれて上手く収めてくれたわ」

「僕たちの方もありましたよ。クラブ活動の日程被りは二度ですね。それに、舞踏会についての要望案を出しているのに返事が何もないと不満が溜まっていたので、それらはモニク様と僕とで聞いて解決してきました」


 ディアーヌにとっては初耳で、そして衝撃的なことだった。

 しかしながら、すぐに受け入れて謝るなんてできなかった。


「そんなはずはないわ! どの資料も完璧に仕上げていたし、生徒からの要望を先延ばしにしたこともない。それに資料に関しては、サミュエル様にもモニク様にも、マルソー先生にも確認してもらっていたもの。間違いがあったなんて思えない!」

「……だから自分は悪くないと?」


 底冷えするような声色でサミュエルから尋ねられ、ディアーヌは一瞬息が詰まった。

 

「ディアーヌ、君は自分の実力を過信している。君にだってミスはあるんだ。それなのにそのことを認めず、要領が悪いことを言い訳に仕事を減らそうとするなど、無責任すぎないか?」

「そんな……っ!」

「姉上、これ以上の言い訳は見苦しいですよ。僕たちは姉上のためになると思って任せてきて、何度も裏切られました。それでも姉上を見捨てることなくフォローしてきたのです。それなのに、自分はこんな中途半端な状態で僕たちに仕事を押しつけようとして……サミュエル殿下の婚約者として自分のしていることが恥ずかしくはないのですか?」


 足元が震えそうだった。

 それは間違いなく、ここまではどうにかできていると思っていた自分に対しての自信の喪失と怒りからだ。


 こんなにも失敗だらけだったのか。そしてそれに気づきもしなかったのか。


 ……これは非難を向けられてもおかしくはない。


 この時のディアーヌは、やけにすんなりとそう思って納得した。 


「……申し訳ございませんでした。何も知らずにおりましたこと、反省いたします」

「分かればいい。ロランも言ったように、私の婚約者として恥じない行動をとってくれ。それはすべて、君のためになることでもあるんだ」

「……はい」

「全校生徒が我々に期待をしている。今後はこれまで以上に善処してくれ」


 そこで、話し合いは終わった。


 後々になって思うのは、どうしてその時々で間違いを正してくれなかったのか、と反論でもすれば良かったということだ。

 けれど当時のディアーヌの頭にそんなことは一切思い浮かばなかった。

 ただひたすらに自分はなんてだめな人間なのだろうとぐるぐると落ち込んでいくような心地で、一人、生徒会室に残されるのだった。



 話し合いの後からも、ディアーヌは相変わらずいっぱいいっぱいな日々を送った。

 ミスをしていたと聞いた先には謝りに行き、そこで新たな要望を伝えられる。これに応えるには眠ってなどいられず、家では睡眠時間を削り、早朝から登校して授業が始まるまでの時間と昼休みも生徒会の仕事にあてるしかなかった。


 そして書類に少しでも不備や分かりづらいところがあると、四人から直接指摘されるようになった。


「ディアーヌ、ここ、文字が潰れてる」

「ごめんなさい、書き直すわ」

「ディアーヌ様、少し前に留学生が増えています。まだこの国の言葉に慣れておりませんから、あちらの国の言葉でも書いておいた方が良いかと」

「配慮が足りなかったわね。翻訳したものも載せるわ」

「姉上、日程表はまだですか? またミスがあっては困るので事前に僕が確認します」

「ありがとう。手間を取らせてごめんね」

「しっかりしておくれ、ディアーヌ。この一つのミスが生徒会全体のミスだと思われるんだ。それに私たちの時間も余計に使っている。この時間があればそれぞれにできることがあるんだ。そのことを意識して行動するように」

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。承知いたしました」


 こうやって四人にフォローされると、彼らに無駄な時間を使わせてしまっていることへの罪悪感と、ミスをなくせない、完璧なものを作れない自分への不甲斐なさが積もった。

 彼らにこれ以上、失望してほしくなくてディアーヌはとにかくひたむきに仕事に取り組むしかなかった。



 そんなある日の昼休み、生徒会室に向かう途中でサミュエルとマチルドを見かけた。


 二人は昼食に向かっているのか、話をしながら隣に並んで歩いていた。もうしばらく昼食もまともにとれていないな、とディアーヌが思っていれば、ふと、サミュエルがマチルドの耳元へと顔を寄せる。

 それは何か秘密の話をするような動作で、マチルドは少し顔を傾け、彼の話を聞いていた。


 それからすぐにサミュエルの顔は離れたが、マチルドは照れたように笑い、ほんのりと頬を赤くした。


 ……何の話をしているの?


 二人の距離の近さと親密そうな様子に、もやもやとした黒い塊が生まれてくる。その塊は間違いなく嫉妬心である、とディアーヌは自身の感情への理解は早かった。


 けれど今のディアーヌに、それを問う時間なんてない。

 二人に気づかれないように俯いて、足早に生徒会室へと向かった。皆の期待に応えられない自分が、二人に意見するなどおこがましいとすら思った。


 生徒会室に着けば、一人の部屋でディアーヌが書類に向かって書き込むペンの音だけが響く。彼女が昼食をとらなくなっても、四人からは何も言われない。

 時折、四人が談笑しながら移動するところは見かけていたが……


「私が仕事ができないから……いけないのよね」


 もっと自分がよくできる人間だったら。

 きっと今頃、五人で昼食をとりながら笑い合えていただろうに。


 ディアーヌの独り言は、誰の耳にも届かない。


 ……それは自分が悪いからだ。


 この時のディアーヌは、ただひたすらに自分が悪いのだからやるしかはいのだという考えしか浮かばなかった。



 そうしてディアーヌの体力的にも精神的にもぎりぎりのところで、舞踏会は無事に開催されることとなった。


 舞踏会当日、ディアーヌは、こうやってこの日を迎えられたことを奇跡だとすら思い、涙が出そうなくらいに嬉しかった。

 ここ最近の頑張りがやっと報われるような、そんな気分でいた。


 だから、というか。

 あまりにも、運営のことばかり考えていたからか。


 ディアーヌには自分も舞踏会に参加する側だという意識はほとんど残っていなかった。


 いざ、支度しようとした時……鏡に映る自分を見て思わず絶句した。

 顔はやつれ、目の下には隈が濃く浮かんでおり血色も悪い。おまけに痩せてしまったのか、前まではぴったりとしたラインが美しく見えたドレスもどこか不格好である。


「これではサミュエル様に恥をかかせてしまうわ……!」


 急ぎ侍女に濃いめの化粧を頼み、ドレスもタオルを詰めてどうにか見栄えが良くなるようにした。

 ドレスの色は、サミュエルの瞳の色に合わせた青色のものを選んだ。青の中でも少し濃くて落ち着きのある色だが、彼の一番のお気に入りのものでもあった。


 これならばきっと、サミュエルにも可愛いと褒めてもらえるだろう。

 恥ずかしがり屋な自分がそんなことを願うなんて……よほど疲れているのかもしれないと思うが、その言葉があればどんなことでも頑張れそうだとも思いながら、ディアーヌは学園へと向かった。



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