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第七話 舞踏会の運営

話数が確定しましたので、本日から毎日二話投稿します。


 要望を叶えていくと、活動するクラブが増える。

 そうなると出てくるのは、スケジュールと場所とお金の問題である。学校の備品を使うクラブからは活動費を徴収するようにしたが、その管理をディアーヌが担当することとなった。


 それというのも、既に武術系にはサミュエルとマチルド、文化系にはモニクとロランの二人ずつが直接クラブの活動状況を見に行ったり、その場で話を聞いたりする、という組分けができてしまっていたからだ。


 なので必然的に。

 ディアーヌが事務仕事をすることとなったのである。

 もちろん、直談判に生徒会室にやってきた生徒の相手もしつつ、である。


 しかも生徒の要望はなるべく多く聞ける体制を作ってほしい、と学園長とマルソーから言われ、ディアーヌは四人にも直接生徒会室にやって来る生徒の対応をお願いできないかと話をしたが……


 サミュエルでは恐れ多く言いたいことが言えないかもしれない。マチルドは文学系の話がよく分からない。モニクはマチルドの逆で、武術の話で不安あり。ロランはまだ一年生で相手が満足する相手か怪しい、などという理由をつけられ、ディアーヌ一人で受け持てという方向になりかけた。


 もちろん、ディアーヌは反発した。

 反発というより、ディアーヌとしては負荷分散をしてください、と至極真っ当な意見を言っているつもりだったのだが。


 そんな彼女に皆が口を揃えて、


(ディアーヌ)のためになることだから」


 と言いくるめようとしてくるのだ。

 それでもしばらく抵抗を続けたディアーヌだったが、話をしに来た生徒たちがディアーヌを指名するため、結局、彼女一人が受け持つこととなった。

 おまけに、『相談に行ったのに、生徒会室が開いていない』なんて不満が増えたので、ディアーヌは毎日、放課後に生徒会室にいなければならなくなった。



 ◇



 事務……と呟いたリュカは、何をするのかさっぱり、という顔をしていた。


「まずはお金の管理からしましたわ。それから、各クラブの日程調整と活動場所の確保、予備品の手配などもありましたわね」

「各クラブの人たちには任せられなかったの?」

「まだ一年経っていないということで……そこは、生徒会の担当教員にも頼まれてしまって。まずは私が地盤を作って手順を決めてから、引き継げるところは引き継ぐように、と」

「複数の活動の違う資金管理は難しくなかったかい? ひとまとめでできるもの?」

「難しかったです。私は要領が良くないので色々と手こずりました」


 小さく首を横に振りながら、リュカはその時のディアーヌを労るように深いため息をついた。


「それを学生たちの愚痴を聞きながらやってたのか。すごい。俺には無理だ」

「愚痴ではなく、要望や相談ですわ」

「本当のところは?」

「本気の要望が二割、本気の相談が二割。雑談が一割で、残る五割は愚痴でしたわね」


 やっぱりね、と苦笑し、でも、とリュカは続ける。


「さすがにもう、王妃になる君のため、なんてのもなくなったし、そんな仕事はしなくて良くなったんだよね?」

「……残念ながら、まだするようです」

「え、何で?」

「それこそ今日のこと。後任がいないとのことで、学園長から続行せよとのお達しがありましたの。ですが、仕事は分散させます。本来あるべき姿になるよう、各人に書類を叩きつけてやりますわ」

「それは見たいなぁ」


 こういう時、勇者ならば止めそうなものだが。

 どうにかして見に行けないかな、と真面目に言うリュカが面白いなと思いながら、どことなく癒やしを感じるディアーヌだった。



 ◇



 完全に二人、二人、一人で活動することが増え、生徒会室にはディアーヌだけがいつもいた。

 五人で集まったとしても生徒が話に来ていたりするとディアーヌはそちらを聞かねばならず、生徒会室で四人と話す時間がなかなか取れなくなった。


 しかし、生徒会活動は留まることを許さないかのように、そのうちに予算を決めて管理しようとか。学外講師を招きたいとか。学外に出て活動してみたいとか。他の学園とも情報共有したいとか。


 四人が集めてくるものと、投書される分と、直接聞く分を合わせると数枚綴りの書類が出来上がる。ディアーヌが作った書類を参考に、週に一度、五人で話し合って対応を決める。

 これもお決まりの流れとなっていた。



 生徒会活動自体は上手く回っていると思っていたディアーヌだったが、日々の想定外の仕事量は、確実に彼女のストレスを溜めていた。

 当然ながら、ディアーヌがしなければならないことは生徒会業務だけではない。

 授業の課題はもちろんあるし、王太子妃教育もほとんど終わっているとはいえ、気を抜いてはいられない。王太子妃になる未来のために、世界経済に関する情報や各国の言語も自分なりに勉強していたが、これも遅れが出始めている。


 サミュエルのように様々な分野の知識を効率的に頭に入れていくことが簡単にできてしまえないから、ディアーヌは苦戦していた。



 どうにかこうにか生徒たちには迷惑をかけないようにと必死にこなしていたが、ここにきて、完全にディアーヌの処理能力を越える事案が発生する。


 それが、学園行事の一つである舞踏会の運営だ。


 例年であれば教師が主体となって開催されるところを、今年からは生徒会主体にしたいと学園長から話があった。

 ディアーヌとしては断りたい気持ちでいっぱいだったが、止める間もなくサミュエルが快諾してしまったために、舞踏会の運営までやらなければならなくなったのだ。


 この舞踏会は学園ができた頃からある伝統行事で、デビュタント後の社交の場さながらに会場設営を行う。

 王国騎士団からも数人の騎士に警備として来てもらったり、当日はちゃんとしたドレスコードでないと会場に入れてもらえなかったり。マナーの悪い者は途中でダンス講師から外につまみ出される、などなど。


 学園でも一、二を争う重要な行事である。


 さて。ここで問題が。

 生徒会が運営するとなると、誰がどの仕事を担当するのか、だが。


 会場関連がサミュエルとマチルド。

 当日のスケジュール関連がモニクとロラン。

 その他、ディアーヌ。

 しかも、教師からの引き継ぎを含め、準備期間は例年通りの期間だという。


 その振り分け表と準備期間の話をされた時、ディアーヌはキレた。


 その他、と書かれながら、学園外への連絡はすべてディアーヌであるし、ここでのお金の管理もディアーヌになっている。そして雑用も全部、その他に含まれる。

 ということは結局、会場設営のこともスケジュールのこともディアーヌは名前が書かれていないだけで、ほぼ三人目にいるようなものだ。


 引き継ぎ含め、期間が長く設けられているならどうにかできたかもしれない。しかしそうではないし、他の四人からは既に例年とは違うことをやってみよう、という話まで挙がっている。


 ここまでくると、好き勝手言いやがって、である。


 ディアーヌ自身、負けず嫌いは変わっていないものの、やるべきことに対して今の自分ならどのぐらいの時間でどこまでできるのか、ある程度見積もれるようになっていた。

 昔のようにひたすら分からないことに打ち込めていた時期とは違い、時間管理がいかに重要かを学んできた。


 そのため、できないことは負けているようで悔しいが、それを認めずできると言い張って結果を出せない方が恥だと考えられるようにはなっていたのだ。


 そのディアーヌからして、今回の仕事量は明らかに自分の許容量を超えている。

 負けず嫌いだと周知されている状況で、できないと言うことは情けないと思われるかもしれないが、ここでちゃんと言っておかなければ後々に影響が出る。


 なので担当を分散してもらうしかない、と生徒会室で皆が集まったところで相談を持ち出したのである。




「少し、お時間をいただけませんか?」


 五人での週に一度の話し合いが落ち着き、また二人ずつでクラブ活動の方に行こうかと四人が腰を上げる直前に、ディアーヌはそう言って彼らの動きを制した。

 そんなディアーヌへと視線が集まる中、ディアーヌはサミュエルへと本題を切り出す。


「サミュエル様、舞踏会に関する私の仕事をもう少し分散してくださいませ。今の私にこれらのことはできません」


 ディアーヌが机に広げたのは彼女が抱えている仕事の一覧をまとめた用紙だ。定常的なものから突発的なものまで書き出せば、明らかに業務過多であることは伝わるだろうと用意しておいた。

 しかしサミュエルはそれを手にとって見ることなく、やんわりと笑ってディアーヌを励ます。


「君だったらできるよ、ディアーヌ」

「いいえ、できません。私が初めてのことを要領良くできないというのは、あなたが一番ご存知でしょう? 来年にはこれらをすべてできるようになりますが、今年は難しいです」


 重要なのは自分のプライドを守ることではない。生徒たちが大切にしている行事を問題なく開催することだ、といった内容をその後にも説明した。

 それを聞いて、サミュエルも他の三人もすごく意外そうにディアーヌを見てくる。


「ディアーヌ、これまで君はどんな時でも諦めずに取り組んできてくれただろう? もちろん、君が初めてのことにじっくりと時間をかけることは知っている。けれどそこは皆でサポートしていくから。何もすべて、君だけがするんじゃないのだし、そんなに不安に思わなくていい」


 大丈夫、と言うサミュエルに、ディアーヌは少しの違和感を覚える。彼女は過去に一度だって、ここまではっきりとできないと口にしたことはない。だからそこまで言うなら、と再検討してくれると思っていたのだ。

 それがただフォローするとだけ言われたことが想定外で、ディアーヌの方が面食らったようになってしまった。


「まずはやってみよう。だめならその時だ」

「サミュエル様、だめな時があっては間に合わなくなります。そのぐらい、余裕がある時期を過ぎてのお話だったのですから、再検討ください」

「どうしたんだ、ディアーヌ。あまりに弱気じゃないか。君らしくない」

「サミュエル様こそ。私をご理解くださっているのであれば、お考えを直してくださいませ。期待を寄せていただけることは大変嬉しいことではありますが、実力を見誤ってはなりません。被害を受けるのは生徒です」


 言い合いになってもいいと思いながら言い返したディアーヌだったが、サミュエルは苦笑するだけ。しかしその時に、二人の会話を横で聞いていた三人が、口々にディアーヌへと声をかけてくる。


「姉上、そんなに不安に思わなくても。僕たちがいますよ」

「そうですよ、ディアーヌ様。それに、これが成功したらすごいことではありませんか! 間違いなく、生徒会史に残る第一歩ですよ」

「ディアーヌ、あんまり肩肘張らないで、さ。皆で協力してやっていこうよ」


 マチルドが立ち上がってディアーヌの隣に並び、トントンと肩を叩いてくる。見上げれば穏やかに微笑む彼女がどこか眩しく見えて……

 すっと無意識にマチルドから視線を逸らしたディアーヌが再びサミュエルを伺うと、彼も三人の言葉に頷いていた。


 ……これではまるで、自分だけがわがままを言って皆を困らせている状況ではないか。

 ディアーヌは項垂れるように頭を下げ、スカートの裾を握る自分の手を見つめた。皆の視線から逃れたいと思う部分もあったのだと思う。

 小さく息を吐き出して、情けない自分を詫びる。


「……ごめんなさい。でも、どうしても不安が拭えないの」


 ぽろっと出た弱音に反応したのはサミュエルだった。


「ディアーヌ、君の思慮深さは君の魅力であり、強みだ。何事も真剣に取り組む君だからこそ、私の婚約者に相応しいと思っている」


 彼の婚約者に相応しい行動を……けれど、それはつまり、婚約者なのだからどれだけ苦しくてもやれということ?


 そんな考えが頭を過って、ディアーヌはハッとした。

 勇気づけてくれる人たちになんて嫌な見方をしてしまっているのだろう、と自分自身に驚いた。


 思わず顔を上げると、四人が信頼を込めてディアーヌを見つめている。その目を見ると、この人たちを裏切ってはいけないと思う気持ちが大きくなった。


「……不安ばかりを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした。全力で取り組みますわ」

「期待しているよ、ディアーヌ。それにこの成功は、必ず君のためになる」


 僕も、私も、と返ってくる声には返事ができなかった。

 この後すぐ、四人は生徒会室から出ていった。ディアーヌが手書きでまとめた仕事の一覧の紙には、触れることさえなかった。


 一人部屋に残されたディアーヌは、気分転換をしたくて窓を開けた。入ってきた風に、ひらりと紙が床に落ちる。

 その紙を拾って、グシャグシャに丸めてカバンに詰め込んだ。


 話し合いを経ても、ディアーヌの中の不安が消えることはなかったが、それは自分が悪いのだから丸めた紙とともに不安など捨て去ってしまいたかった。



 

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