第六話 生徒会の発足
モニクが転入してきてから三ヶ月が経ったある日のこと。
またもや学園長に呼び出されたディアーヌは、モニク絡みで追加の話だろうか、と思いながら学園長室を訪れた。
しかし、そこでされたのは予想外の話題だった。
「生徒会?」
「生徒の自主性を伸ばすための機関、といったところか。サミュエル君には生徒会長、君には副会長として学園をさらに盛り上げてほしい」
学園長が提案してきたのは、生徒からの意見・要望を聞き出し、実現するために活動する生徒会の発足に向けての話だった。
これまでも検討してきていたが、生徒会の役職を担う生徒への負担が大きい、ということで断念していたらしい。
そこを今回、話が出たということは……
「……モニク様も入れて、ということですね?」
「その通りだ。それと、マチルド・ルイにも声をかけるつもりだ」
「マチルドも?」
「彼女は君たちとはまた異なる分野での優秀な生徒だ。そしてもう一人は来年になるが、君の弟のロラン君も候補に考えている」
「ロランまで……」
「五人いれば生徒の要望を満遍なく取り入れながら、バランスの取れた結論が出せるだろう。そして学園としても初めての取り組みのため、気心の知れた仲である方が円滑に進められると考えている」
ここまでの説明を受けて、ディアーヌはあまり乗り気にはなれなかった。
正直に言うならば、今の時点で彼女は手一杯なところがあった。普段の学業ではなく、自分が学生のうちにやりたいこと、学びたいことに対してだ。
当初計画していた内容に加え、モニクと会ってからはさらに増えたので、計画としてはカツカツであった。
卒業をしたら結婚式を挙げ、自分は正式に王太子妃となる。
そうなれば、自分の欲よりも国や民を優先しなければならない。
だから学生の間に興味があることはすべて身につけておきたかった。それは自分の要領の悪さを自覚しているからこそ、である。
「あまり乗り気はしないようだな?」
「そうですね。正直に申しますと、すぐに了承のお返事はできかねます」
「こうは考えられないかい、ディアーヌ君。これは、王妃になるための練習だ、と。ここでの経験が君のためになる」
それから学園長は色々と並び立てて、いかにこの生徒会での活動が未来のディアーヌに役立つかということを説いた。ここで生徒をまとめあげられれば、とか。ここでそれぞれの生徒の特色を理解しておけば、とか。
けれどどれもディアーヌが賛同するまでの決定打にはならず。
なかなか首を縦に振らない彼女に、ではこうしよう、と学園長が持ちかけた。
「サミュエル君、モニク、マチルド君に私から話をして、三人が快諾すれば発足、というのはどうかな?」
「……そこまでされると、頷かないわけにはいかないとは思います」
「ああ、良かった。もちろん、生徒会活動においては活動費や担当教員もつける。部屋も一室準備しよう」
「まだ決定ではありませんので、皆様のお返事が分かり次第でよろしいのでは?」
「君にしてはやけに消極的ではないか。君が王太子の婚約者になった頃の話は知っているが、どんなことでも意欲的に取り組んだと聞いたよ」
王太子妃教育と生徒会を同率に並べないでほしい。
ディアーヌにとって、それとこれとはまったくの別物だ。
「殿下の婚約者となってから学ぶことは、どれも将来の私にとって必要事項でしたから。それに殿下に負けたくないという気持ちも強くあったので、必死にやってきました。けれど、この生徒会というものが私にとってどのように影響するのかが……生徒の要望を聞くことは確かに必要かもしれませんが、私も立場は同じ、生徒の一人です。学生の間に身につけておきたいこともありますし、その時間を削って、と考えると即決はできません」
「今からそこまで考えられる君にこそ、任せたいのだがね」
「学園長のお気持ちは理解したつもりです。他の三名がぜひに、というのであれば前向きに検討いたします」
「よろしく頼む」
一応の礼はして、学園長室を後にした。
この時、ディアーヌは半ば諦めはついていた。
サミュエルもモニクも、新しいことを積極的に取り入れる方だ。それにディアーヌとは違って要領良く何でもこなせる。特に苦に思うことなく、楽しんでやり遂げてしまいそうだ。
それにマチルドも……皆がやるなら、という理由で了承しそうだと思った。
三人が受け入れてしまえば、自分が断るのは難しい。
そういう立場だ。
ここで断ったら……きっと自己中心的だと言われかねないだろうと思う。
だからきっと、自分はこの話を受けなければならなくなる。
「……でもなんだか、食指が動かないというか……ワクワクしないというか……」
サミュエルの婚約者になった時やモニクと会う前のように、やる気がみなぎるようなことがない。やりたいことができなくなるような仕事を増やしたくない……というのはあるにしても。
自分にしては珍しいな、と思った。
負けたくない相手がいないから? とも考えたが、明確な答えは出なかった。
そしてこの二日後、ディアーヌの予想通り、生徒会の発足は決まった。
今度は四人が学園長の部屋に呼ばれ、直々に任命された。
「生徒会長はサミュエル君、副会長はディアーヌ君。マチルド君は庶務で、書記がモニク君だ。皆、問題はないかね?」
「分かりました。生徒の皆が有意義な学園生活を送れるように尽力します」
「はい。私も、剣を握ってばかりでしたけど、少しでも学園長の期待に応えられるように努力します」
「私もです! まだここに通い始めて日の浅い私を選出いただいたのだから、新たな視点から切り込めるよう精一杯頑張ります!」
ディアーヌ以外の三人が答え、残るディアーヌに視線が集まったところで、学園長がにこりと微笑む。
「ディアーヌ君にはしばらく会計も兼任してもらう」
「……そのようなことは聞いておりませんが」
学園長の話では副会長だけだったはずが、会計を兼務させられそうになり即座に拒否の姿勢を示そうとしたディアーヌだったが……
「大丈夫だよ、ディアーヌ。私もフォローをするから」
「私もです、ディアーヌ様!」
そう彼女を励ましたのはサミュエルとモニクだ。
しかしながら、ディアーヌはいつものように笑えなかった。何だか……説明のできないもやもやとしたものが心の隅の方にあって、どうにも頑張ります、と言いたくなかった。
「どうしたの? こういう時、いつもやる気満々で返事をするのに。体調が悪い?」
「いえ……そんなことはないわ。けれどなんて言ったらいいのかしら……不安? が大きくて」
「初めてのことだもん。誰だってそうなるよ」
大丈夫、とマチルドがディアーヌの背中を優しく擦る。
私も頑張るからさ、という一言の後、マチルドが笑顔で言ってきたことに、ディアーヌはそうね、としか返せなくなった。
「ディアーヌは未来の王妃になるんだもん。こんなこと簡単にやってのけちゃえるよ! それにほら、ここで頑張ったらまたサミュエル様もまたディアーヌに惚れ直しちゃうんじゃない?」
最後は小声で言われ、曖昧に笑う。ディアーヌを鼓舞するための言葉の数々だったが、なぜかこの時ばかりは重くのしかかるようだった。
「ディアーヌ、そんなに心配しなくても大丈夫だ。もう少しすれば、ロランも入学してくる。彼が入ってくれば、会計は彼に任せられるだろう。ここでの経験は、必ず君のためになる。それにディアーヌなら成し遂げられると私は信じているよ」
本当に、そんな簡単に上手くいくだろうか。
何を言われても不安ばかりが増す状況だが断るに断れないことは分かっていたディアーヌは、三人と協力してやっていくしかない、と気持ちを切り替えて副会長と会計を受け入れたのだった。
生徒会の集まりは週五日制の学園がある日のうち、一日飛ばしで週に二日。この日程は生徒会の担当となった若手教師のマルソーが決め、課題等の時間を確保するためだと説明を受けた。
それに皆も納得し、生徒会活動が始まった。
しばらくは、ディアーヌが気がかりに思うことなく、順調に進んでいた。
まずはマチルドとモニクがそれぞれ調査員となり、生徒の要望等を直接聞き出すことからやってみた。サミュエルとディアーヌは立場もあって相手にプレッシャーを与えかねないので、生徒会室で待機し、二人を待っている間に生徒会としての役割や仕事の一覧などを話し合って作っていた。
最初のうちは二人が聞いてくる要望も、そんなに手間も時間もかからず解決できることが多かった。
たとえば、ディアーヌ主催のサロンを増やしてほしいとか。サミュエル、モニクにもそのような場を開催してほしいとか。マチルドには、手合わせ希望が殺到したりもした。
それが無記名でも投書可能な形を取り、投書箱を設置して募集してみたところ、一気に生徒会に届く要望数が増えた。おまけに直接聞くよりも要望の難易度は上のものばかりであった。
この日も生徒会の四人は生徒会室に集まり、生徒たちからの投書内容を振り分けながら何から手を付けていくのか話し合いをしていた。
その中でも早めに手を出した方が良さそうだと議題に挙がったのが、共通の趣味や興味を持つ者同士で集まって活動できる場を作ってほしい、というものだ。
「こういうのは、クラブ活動といわれるやつですね。定期的に集まって、情報交換なり研究なり鍛錬などをする」
そう言ったのは、投書された紙を仕分けていたモニクだ。
「クラブ活動か……騎士団もある意味では騎士を目指していた者の集団だから、クラブ活動の先にあるもの、と捉えられるかな」
サミュエルが言えば、モニクは手にしていた紙を机の上に広げた。皆で覗き込むようにしながら話し合いを進める。
「それこそ、騎士志望の人たちからの要望が多いですよ。仲間と剣の鍛錬を積む場がほしい、と。ちなみに、マチルドさんの参加も希望されています。あとは弓や馬もあるようですね」
「そんなところに私の名前を出さなくても……あ、でも馬はさすがに、学園内となると場所がないんじゃないかな」
「皆、マチルドと手合わせしたいのでしょうね。マチルドの言う通り、馬は学園で飼育もしていないし、都度手配となると余計に難易度が上がるでしょうね。物も揃っているという点では、剣術が一番早く始められるのではないかしら?」
この会話に、結論をつけたのはサミュエルだ。
「まずは剣術から始めよう。マチルド、生徒からの希望も出ているようだから、生徒会責任者は君にしたいのだが問題ないか?」
「ええ、大丈夫です」
「サミュエル様、それならば建屋内でできるものも一つ選出すべきですわ。ざっと見たところでは……文学に興味のありそうな方が多いかしら。モニク様、私のサロンでも特に異国の本が人気だという印象だけれどどうかしら?」
「そうですね。翻訳されてなければ読めないといった方も多いですし、学んでみたいという方は多いですね」
「じゃあそちらは異国の文学に焦点を当てた活動をするようにしよう。ディアーヌ、責任者は任せられるかい? モニクは補佐について。私はマチルドの方につく」
「かしこまりました」
そうして生徒会役員が二人ずつに分かれ、それぞれのクラブ活動を主導していくこととなった。
ここまでで、発足から約三ヶ月の月日が経っていた。
クラブ活動が始まってから、四人は昼食も共にとるようになった。その時間で話し合いをして、放課後は現場に出て、手探りながらも生徒たちの要望に応えていた。
活動自体ははじめこそ生徒会が主となって準備をしたが、そのうちに意欲的な者も目立ち始め、それぞれの活動のクラブ長を任せられるまでになった。
この頃にロランたち新入生も入ってきて、より一層、クラブ活動への要求が活発化した。
皆の中で生徒会が定着化し、新戦力も増えて軌道に乗ってきた矢先に、一つの問題が発生した。
それは、初期の段階でも意見の多かった弓術希望者からクラブ活動に対する批判の声である。
剣術希望者ばかりを優遇しているという不満が爆発し、何人もの生徒が弓術のクラブも作ってほしいと直談判しに生徒会室に来るようになったのだ。
そんな彼らの話を聞く役目を、ディアーヌは任せられた。
君なら相手も強く出られないだろう、というサミュエルの予想は残念ながら外れ、ディアーヌはそこそこに強い言葉で責められるも、とにかく相手の要望を聞き出し、なだめ、追い返すことには成功していた。
少なくとも五回は話を聞いただろうか、というところで、いつまでも不満を聞いているわけにはいかない、と今後どうするかを話し合うこととなった。
「弓術希望者は熱心な者が多いようだな。しかし、場所がないとなると……」
「初心者がいると、どうしても安全確保が難しいですしね」
「初心者でも生徒間で指導し合うことこそ、クラブ活動の醍醐味だとは思うのだが」
サミュエルとマチルドがどうしたものかと頭を悩ませていると、モニクが、はい、と手を挙げる。
「交代制にしてはどうですか?」
「交代制か……それならば時間ではなく、隔日にした方が良いだろうな。天候の影響があっても調整がしやすい」
「サミュエル様、僕の方では弦楽希望者がクラブ発足人数に達しましたので新たに活動を始める予定なのですが、読書の方と交代にできれば、と思います」
「元々、読書会は毎日は集まっていないから、音楽が流れていても気にならないものがあれば同時に使えるんじゃないかしら?」
サミュエルに弦楽の話を出したのはロランだった。
彼は入学直後から生徒会入りし、すぐに状況を理解し、即戦力となって意見を出してくれている。
ロランの提案にモニクも加わって、もう一つ、新しいことはできないかと検討していた。
「音が気にならない……なら、こちらのダンスはどうですか? 日を合わせたらどちらも同時にできるタイミングもあるかもしれません」
「それはいいわね! 生演奏でダンスするなんて素敵!」
モニクが、さすがロランね! と称賛し、ロランは嬉しそうにはにかんでいる。
この会話を聞いていたマチルドが、交代制にするなら鍛錬場が使えない方は武器を使わず、走ったりするような基礎訓練をしてもいいのでは、と提案して、またひと盛り上がりしていた。
ディアーヌはといえば、ぽんぽんと広がって行く四人の会話をひたすらに議事録に残していた。
本来、書紀はモニクの仕事だが、彼女は話に入ると色々な提案はするが、手が止まる。何度注意してもどうにも直らず、その姿を見ていたサミュエルからディアーヌが記録を取ればいいと言われ、モニクからも泣きそうな顔で頼まれ、引き受けなければならなくなったのだ。
こんなことなら注意しなければ良かったとも思うが……生徒の要望を聞きながらメモを取る癖はついていたので、まぁいいかと思う程度には、少しずつディアーヌの感覚は麻痺していた。
◇
新たな友人との出会いから生徒会の発足まで学園生活について一旦話をして、ディアーヌは喉の渇きを覚えた。
まだ話は続くので、水を取りに行くことをリュカに伝え、彼を一人残し部屋を出る。こんな時間に廊下を歩いていても誰にも何も言われない状況で今日ばかりは良かったな、と思いながら自室に戻ると、リュカがストレッチをしていた。
「座りっぱなしで疲れましたでしょう? 少し体を動かしますか?」
「少しだけいいかな? 音は立てないから」
「ええ」
そう言うと、リュカは三度その場で飛んだ。
しかし飛んだはずなのに、足音が本当にしなくて驚いた。
どういう仕組みなのかとじっくり見ていたら、彼は無音で壁に向かって走り、側面の壁を蹴って浮き上がると最後に天井を蹴って着地した。着地までに何回転かしたように思ったが、目で追いきれなかった。
「お見事ですわ」
「このぐらいはね。ちょっと見せるために派手なことをやったし」
「動きは派手でも音が一切しませんでした」
「魔族は人間より音とか気配に敏感だったんだ」
「でしたら、気配を消したりもできますの?」
「うん。やってみようか?」
「お願いします」
じゃあ目を瞑って、と言われディアーヌは素直に目を閉じた。開けていいよ、という声がしたので目を開けると、どこにもリュカがいない。
「探してもよろしくて?」
「もちろん」
部屋を見回して、歩いて回って、とするが見つからず。
早々に白旗を上げれば、後ろ、との声。
「ずっと後ろに?」
「基本的にはね」
振り向けば笑顔のリュカで、勇者は本当にすごい身体能力と技術があるのだな、と感心した。
水を飲むかと勧めると、もらうよ、との返事があったのでグラスに水を注いでリュカへと手渡す。
「ありがとう。それで、その生徒会、とやらが色々と問題になったんだよね? もう既になかなかの状態な気がするけど」
二人して水を飲んで、またソファに座り直してからリュカが尋ねてきたので、ディアーヌは頷いた。
「やはりなかなかに思いますか?」
「うん。まぁ、王妃になるために民の声を、というのは何となく分かるけど。君だけで聞く必要はなかっただろうし。あとは書紀さん、自分の仕事をしてないよね」
「そうなんですの。当時も私はそれに気づいていたはずなのに……なぜか受け入れてしまって」
「なぜか?」
「はい。今となっては、最初の何回かは代わっただろうとは思いますが、ちゃんと与えられた役割はこなせるように練習させると思いますもの。なぜそうしなかったのか、自分のことなのに分からないのです」
あの時の感覚はなんとも不思議だな、と思い出しながら、ディアーヌはここ一年余りに渡る彼女の大きな変化をリュカに話して聞かせるのだった。