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第五話 学園入学と転入生との出会い


 ここに至るまでの話をするのに、ディアーヌは切っても切り離せない三人の人物についてまずは説明した。

 婚約者と弟と幼馴染。

 その際に三人とはずっと仲良くできているつもりだったのに、と少しばかり未練がましい言い方になってしまった。


「私の負けず嫌いなところも受け止めてくれて、長所だと認めてくれる人たちでした。とても大切で……心の支えだと思っていましたわ」

「本当に大切な人たちだったんだね」

「ええ。愛情は違えど、それぞれに特別な好きがありました」


 言いきって、ディアーヌはリュカに微笑んでみせた。先ほどは未練がましくなったと思ったが、笑えている自分に安心した。

 笑えるということは、もう気持ちに区切りがついたということだ。ここで悲しんでいたら、投げ捨てたブローチが報われない。


「……ごめん、俺はこういうのに鈍いから単刀直入になるんだけど……その笑顔は、強がりじゃないって思っていいかな?」

「ええ、もうすっかり。非情かと思われるかもしれませんが」

「思わないよ」


 リュカは即答し、君が非情だったら、と続けた。


「俺は今頃牢屋の中だよ」

「それもそうですわね」


 くすりと顔を見合わせて笑い、ディアーヌは三人との関係が大きく変わり始めるきっかけとなった出来事に向かって、話し始めた。



 ◇



 ディアーヌとサミュエル、マチルドはシェンセローア学園に入学した。


 シェンセローア学園は国内でも伝統ある学園で、多くの王族がここの卒業生だということもあり、貴族に生まれた子どもたちは一度は目指す道、とまで言われていた。学園設立時から続く制服は、紺色のブレザーに白いシャツとタイ、ブレザーと同じ紺色のスラックスまたはロングスカートというシンプルなものだが、金色のボタンに刻まれた学園のマークが若い貴族子女の憧れでもあった。


 三人も真新しい制服に身を包み出席した入学式で、サミュエルが新入生代表挨拶を務めた。

 彼の堂々とした立ち振舞いと、はきはきとしてよく通る声はやはり彼が完全無欠の次期国王に相応しい人間であると、誰しもに思わせる説得力があった。


 そしてサミュエルは挨拶の途中、自身の婚約者についても少しだけ述べる場面があった。


「私の婚約者は、私が知る中で最も負けず嫌いな努力家であり、誰よりも私のやる気を向上させてくれる。これからこの学園で、私自身が皆にとって、そういう存在になりたいと思う。身分の垣根を超えて正々堂々、誠心誠意、皆と切磋琢磨し、高め合っていきたい」


 この言葉の後ににこりと微笑み、ディアーヌの方を向いたのだが、ディアーヌは照れくさいやらやっぱり同点で悔しいやらで、作り笑いを返すことしかできなかった。

 後々にそれを指摘されたが、サミュエルからは可愛かったとも言われたので、二人の間では笑い話となった。



 それからは穏やかに、順調に、学園生活を送っていた。

 入学試験の成績順に決められるクラスでは、サミュエルとディアーヌは同じクラスとなり、常に成績トップを争った。

 またマチルドはクラスは真ん中より下だったが、剣の腕前は抜きん出ており、学園の中でも王国騎士団に最も近い人材だと言われていた。


 三人は仲良く、サミュエルが代表挨拶で述べたように、切磋琢磨しながら成長していた。


 その関係に変化が出たのは、学園生活が始まって半年が経った頃。

 伯爵家の令嬢が、転入生としてシェンセローア学園に入学することが決まってからだ。


 その令嬢の名は、モニク・ダマーズ。

 転入試験を満点合格した才女である。


 彼女が転入してくる数日前、学園長であるアダルベルト・ボーデに呼び出され、モニクが学園に馴染むよう色々と世話を頼みたい、と言われたのはディアーヌだった。

 モニクはこれまで他国で暮らしていたため、友人と呼べる人が学園内にはいない。成績優秀者同士、話が合うのではないか、と選出されたらしい。


 転入生に関しては学年に一人、二人はいるものだから気にならなかったが、わざわざ学園長が頼んでくるなど、少々一生徒に対して過保護なのでは? とディアーヌは思った。

 それに王太子の婚約者である自分が積極的に動けば、少なからずやっかみを受ける対象になるかもしれないという懸念もある。


 そういう問題を考慮しての人選か、と学園長に問えば、承知の上だ、とのこと。


「それはもちろんあるだろう。けれどあの子は強い子だ。そんな声よりも、君といる時間の方が有意義なものだと考える」

「……あの子、とおっしゃいましたが、ご親族か何かで?」

「ここだけの話にしてもらいたいが、我が初恋の君の忘れ形見でね」


 学園長は独身である。

 教育に生涯を捧げてきたと言われ、ディアーヌの印象としても厳格な教育の長であった。


 なので、このようなお願いをされたことも意外であったし、まさか初恋相手を忘れられずに独身を貫いたのか? とも考えてしまった。けれどもあまり無粋な詮索はすべきでないだろうと、それらは自分の中に留めておいた。


「どなたにもお話はしませんが、私が黙っていたところで人の口に戸はたてられません。お二人のご関係が知られてしまったとしても、問題はないのでしょうか?」

「その頃には、あの子自身の優秀さが知れ渡っているだろう」


 これはモニク自身に相当な実力があるのだろうとは思った。しかしここまで訊いておきながら、ではあるがディアーヌは了承することはできなかった。


「学園長のご依頼は理解いたしました。けれど、私は学園長に依頼されたから仲良くする、なんてことはいたしません」

「それなら、どうすると?」

「学園長がそこまでおっしゃるほど優秀なお方となれば、クラスも同じくなりましょう。転入してきたクラスメイトに声をかけないなんてことはありませんし、共通の趣味があればより仲良くもなれるかもしれません。それにクラスメイトも気立ての良い方々ばかりですから。自然と話をするようになるのでは、と思います」

「……そうか。それなら安心だ」

「偉そうなことを申し上げますが、この学園生活は将来、社交の場に出るための準備や心構えをする場所だとも思っています。それならば、モニク様自身にとっても私の手を借りず、ご自身の力で交流を広げていくことも大切なのではないでしょうか。もちろん、学生として仲良くはなりたいですし、困ることがあれば力を合わせて解決していきたいと思ってはおりますけれど」

「少し過保護に考えすぎていたようだな。すまなかった。私の話は忘れて、毎日を意義あるものにしておくれ」

「ありがとうございます。精進いたします」


 そこからは学園内の様子を軽く話しただけで特別なのではなく、学園長室をあとにするのだった。



 この時のディアーヌにとって、モニクは新たなライバルとなりうる存在であり、早く会いたい人ではあった。サミュエルと競い合うのはもちろん楽しいが、ライバルは多ければ多いほど、自身も周りも高め合える。


 そう考えて、ディアーヌはモニクの登校を心待ちにしていた。



 モニクが学園に現れると、数日もしないうちに彼女は学園内で有名になった。


 まず、モニクは自然と人に好まれるような容貌と人柄だった。

 背は小柄で中肉中背。ゆるくウェーブのかかったダークブラウンの髪に、髪色と同じ色のパッチリとした大きな目。そして小ぶりの鼻と口がバランスよく配置された顔つきで、口角が上がった口元はどんな時でも柔らかく微笑んでいるようだった。

 王太子妃になるのだからとお金も時間もかけて洗練してきたディアーヌとは対極にいるような素朴さがあり、ディアーヌが薔薇ならばモニクは秋桜に例えられるような愛らしさであった。

 


 また実際に話をしてみると分かることだが、モニクはとにかく人が好きだった。

 正確には、人と話して新たな知識を得ることが、であるが。

 どんな話でも熱心に耳を傾け、相手を褒めたり自分の意見も言ったりと、会話を楽しく長く続けられることは間違いなく彼女の長所だった。

 極めつけは会話の終わり際。またお話しましょう、と控えめながらにこりと笑う様がとにかく可愛らしいのだ。


 あっという間に、モニクの周りには集団ができるようになり、ディアーヌがかまわずとも、彼女はすぐに生徒たちと打ち解けていた。


 けれどモニクはただ人当たりの良い可愛らしい令嬢、というわけではなかった。


 彼女は、成績ではサミュエルとディアーヌの二強だったところに割り込めるほどに賢かった。転入後、初の試験で一位サミュエル、二位ディアーヌに次ぐ三位がモニクだったのである。


 ディアーヌもクラスメイトとしてモニクには声をかけ、授業終わりや試験前などは一緒に図書室に通って勉強することもあった。一、二ヶ月に一度、放課後に空き教室を使ってディアーヌが主催するサロンを模した集まりをする際も、モニクが興味があると言えば彼女を招いた。

 ディアーヌとモニクはお互いに相手の弱い分野も理解して教えあったり、お勧めの本を紹介しあうなど、良い友人であり、良いライバルとなった。


 そのうちにサミュエルやマチルドを紹介し、四人で仲良く話すことも増え、良好な関係を築けていると思っていた。



 ◇



 ここまでの話で、リュカは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


「学園長の私情がすごいな」

「やはりそう思われますか?」

「うん。でも、俺も似たようなことがあったよ」

「まぁ、どのような?」

「魔王討伐後に急に増えたんだけど。姫が勇者に惚れ込んでいるから妻にもらってくれないか、って。王様から」

「まぁ」

「まだ書状でやってくるのは良いんだけど、姫が直接来た時は断りづらかったよ……」


 学園長からのお願いと、王様からのお願いでは規模が違う気がするが。リュカが似たようなこと、とまとめるのであればまぁいいかとディアーヌは彼の苦労に同調した。

 しかしここで、疑問が一つ。

 その回答によっては、今のこの現状は非常によろしくない状況だといえるため、ディアーヌは失礼を承知で質問をした。


「大変踏み込んだ質問になってしまい申し訳ありませんが、リュカ様には、将来を誓い合っている方などはいらっしゃらないのですか?」

「婚約者ってこと?」

「はい。この国では貴族の大半は幼い頃から婚約者が決められます。それに十六歳になれば結婚できるので、国全体としても十代で結婚することが多いんです」

「そうなんだ。俺はそういう人はいないよ。そういうのを考える時間もなかったし、俺自身も興味がなかったからね」


 時間がなかった、という言葉に彼の世界との違いを感じ、ディアーヌは自分がいかに平和に慣れ、配慮に欠けた質問をしてしまったのだろうと反省した。

 婚約者や結婚相手がいた場合に、女性と二人きりという現状は望ましくないだろうと思ったが、軽率でしかなかった。


「申し訳ございません。命をかけた戦いをしていたリュカ様にとって失礼なことを……」

「え、いきなりどうしたの? 変なことを訊かれたとは思ってないよ?」


 そこでディアーヌは自身の反省点をリュカに説明した。それを聞いたリュカは、ディアーヌは真面目だなぁ、と返す。


「けれど、リュカ様の世界ではきっと誰しもが幼い頃から生きるためにどうするのかを考えていたと思います。この国のように争いのほとんどない国とは、明日の重みが違いますし、学ぶべきことも違ったはずです。それなのに私は、自分の価値観で余計な心配を……」

「いやいや、それは良い考えだよ、ディアーヌ」

「良い考え、ですか?」

「確かに平和に慣れてるというところはあるだろうけど、それは国が安定していて、人々が恐怖に怯えて生きなくてもいいってことだから。俺は、そんな世界になってほしいよ」


 だから、ね?

 と、リュカは少しだけ首を傾げてディアーヌに笑いかけた。


「そんなに反省しないで良いよ。むしろ俺としては、その年でまだ結婚してないのか、って言われると思っていたし」

「……あちらでは、そうやって言われることが多いのですか?」

「正解。仲間内では言われないんだけどね。周りがとにかく急かしてくるんだよ」


 うんざりしてます、といったふうなリュカに、興味がないことを勧められるのはなかなかに心労が溜まるだろうと同情する。


「勇者様も色々と大変なのですね」

「魔王討伐後の方がややこしくなるんだから困ったもんだよ」


 種類は違えど人間関係で悩んだ者同士、なんとなく言いたいことが分かってしまい、お互いにお疲れ様、という視線を交わしながら小さく笑い合った。



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