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第四十五話 公爵令嬢の結婚式


 明けて翌日。

 どうやら、この結婚式についてはソランジュと王妃の間で話が進められていたらしい。


 そのため朝から両陛下とサミュエルから大量のお祝いの品が届いたのだが……

 大量も大量。ディアーヌがサミュエルに希望した原石一年分なんて比じゃないほどだったので、さすがに多すぎると一部はお持ち帰りいただいた。リュカ曰く、あちらでも十年は余裕で遊んで暮らせるそうだ。

 そんなに遊んでいては怠け者になるため、持って帰ってもらって正解だったとディアーヌは思っている。


 賑やかな朝を迎え、昼前にはディアーヌもリュカも主役の衣装へと着替えを始めていた。

 新郎新婦の控室はディアーヌの自室だ。


 さすがにウェディングドレスともなると準備も入念になり、いつもより支度に時間がかかった。しかしながら完成したディアーヌを見て、着付けからすべて手伝ってくれたミエラ含む侍女たち三人は、口々に綺麗だ、美しい、女神のよう、とたくさん褒めてくれた。


 そうしてディアーヌの着替えが終わったところで、リュカが部屋へと入ってくる。


「……すごい」


 窓際で微笑むディアーヌを見て、リュカの口から出たのはその一言だった。


 少しの間、呆然としてディアーヌのことを見つめ、片手で口元を押さえながら隣へとやって来る。ほんのりと耳が赤いのはディアーヌとお揃いだった。


 目の前までやってきたリュカは、恭しくディアーヌの左手を取ると薬指へと口づける。


「……すごく綺麗だよ、ディアーヌ。すごいね。綺麗すぎて言葉が出ないなんてことが本当にあるんだ」

「ありがとうございます。リュカ様もとってもかっこいいですわ。見惚れてしまいました」


 新郎新婦の二人が身にまとった衣装は、この日のために作られた特注品である。


 ディアーヌに用意されたウェディングドレスは、光沢のある上質なシルク素材で、襟元が大きくあいたロールカラードレスだ。裾にかけて広がりのあるシルエットに、刺繍やレースといった装飾のないシンプルなデザインながら、そのシンプルさがディアーヌの内なる強さと美しさを際立たせる、まさに彼女のためだけの一着であった。

 そして本来の艶を取り戻した金色の髪は後頭部でふんわりと束ねられ、首元と耳にはダイヤモンドが輝いている。一晩で出来上がった花嫁とは、とても思えない仕上がりになっていた。


 一方、リュカはホワイトシャツにクラバットをつけ、白のウエストコートの上に金糸の刺繍の入った黒のコートとトラウザーズを身に着けている。均整のとれた体形と足の長さがはっきりと分かるシルエットで、立っているだけでも存在感があった。

 いつもは無造作に下ろしている紫紺の髪も、前髪からサイドを後ろに撫でつけたオールバックで、後ろ髪も整えられ、きっちりとした出で立ちだ。


 リュカがディアーヌをエスコートして、二人は鏡の前に立つ。


 その鏡越し、彼が正装らしい正装をしたところは初めて見るが、純粋にすごく素敵でかっこいいと思った。リュカも隣に並ぶディアーヌを見てずっとニコニコとしており、そんなところはかわいらしくもある。


 なにより、手を取り合う二人のなんとも幸せそうなこと。

 誰がどう見ても希望あふれる新婚夫婦だ。


 込み上げてくる喜びがあまりにも大きくて、一人で感じるよりリュカと共有したくなったディアーヌは、鏡ではなく直接隣を見上げる。

 彼女の視線に気づいて顔を向けたリュカに、彼はこれまでディアーヌの考えを何度も当ててきたから、この気持ちもちゃんと当ててくれるだろうと期待して、その名を呼んだ。


「リュカ様、今、私が何を考えているか分かりますか?」

「俺のことを好きだな、と思ってる」

「当たりです」

「俺も好きだよ。あまりにも綺麗だから今すぐキスしたいし抱きしめたいけど、衣装も化粧も崩れたらだめだから我慢してる」


 その本音にディアーヌはくすりと笑い、自身の唇を人差し指の腹でトントンと叩いて誘ってみせる。


「こんなこともあろうかと、直前まで口紅は塗らないでおりましたわ」

「さすがディアーヌ!」


 言うなり紫の瞳を輝かせ、リュカはディアーヌの両肩に手を置くと腰を曲げてキスをした。

 本人が言っていたように化粧を気遣った軽いものではあったが、十分に愛情の伝わるもので顔を離してもお互いから目は逸らさなかった。


「あっちでも結婚式をしようね。指輪は一番に買いに行こう」

「嬉しいです。あちらでもドレスは白ですか?」

「絶対、ってわけじゃないけど、白が多いかな。俺は紫も着てほしい」

「昨日は紫紺でしたので、次は瞳の色に近いものが良いですわ」

「確かにね。んー……それならディアーヌの瞳の色も綺麗だしなぁ。どうにか入れられないかな」

「悩みますわね」

「うん。こんなに悩むことってなかったかも。でもなぁ……色々考えたいところなんだけど、今はキスがしたい」

「ええ、私もですわ」


 それから二人は、結婚式の準備ができましたよ、とジルが呼びに来るまで何度もキスをして笑い合った。



 公爵家長女の結婚式にしては、招待客も少なく規模も小さいものだった。家族と使用人しかおらず、場所も公爵邸の庭園である。

 それでも皆が笑顔で、幸せがそこかしこに感じられる結婚式となった。


 指輪はリュカもディアーヌも準備する時間がなかったので指輪交換はなかったが、ディアーヌの自室でしたようにリュカがディアーヌの左手の薬指にキスをして、ディアーヌも同じことをお返しした。

 その後の誓いのキスは恥ずかしがるディアーヌを見てリュカは頬にキスをしたが、離れる直前に、あっちでは唇にするからね、と耳打ちをされた。真っ赤になったディアーヌは皆に笑われるかと思ったが、そのタイミングでロランが一際大きな声で祝いの言葉を口にする。


「おめでとうございます、姉上、リュカさん!」


 今にも泣き出しそうな顔だが、必死に涙は堪えていた。きっと昨晩、ディアーヌにしっかりしろと言われたことで、二人の前では泣かないと決めたのだろう。

 いじらしい弟を、リュカと二人で抱きしめる。


「ありがとう、ロラン。これから頑張ってね。お父様とお母様をお支えして、バトン公爵家をしっかりと守っていって。あと、あなたもいつかは結婚するのだから、奥様のことも大事にしてね」


 ロランの婚約者は隣国の公爵家のご令嬢だ。今回の件は話がいっていないはずだが、もしも何かあったとしてもロランが誠実に対応するだろう。


「はい……! 姉上もお幸せに。リュカさん、姉上をよろしくお願いします」


 深々と頭を下げたロランにリュカは、必ず幸せにするよ、と応えた。

 弟の幸せを願って三人で固い握手を交わすと、リュカが姉弟をまじまじと見ながら、


「二人は笑った顔がそっくりだね。特に目元なんて、目の形が違うのにそっくりだ。さすが姉弟だね」


 と言うものだから、姉弟で顔を合わせて微笑み合った。

 そんな三人のやりとりにミエラは泣き、隣にいたウェーナーとジャコブ、ジルの目も涙で潤んでいた。



 そうして……式の最後。


 これまでずっと笑っていたディアーヌだったが、両親を前にして立つと限界だったかのように肩を震わせて泣き始めた。その肩に優しく手をおき、リュカがハンカチでディアーヌの涙を拭う。


 こんな式になるなんて、少し前までのディアーヌは想像すらしていなかった。

 たった十日間ほどで、すべてが変わってしまった。

 しかし決して不幸ではない。後悔なんて微塵もない。こんなにも幸福に満ちた結婚式で、尊敬し愛する男性とともに大好きな家族と使用人からお祝いされて、送り出されることは幸せ以上の何物でもない。


 ……けれど、最後にどうしても言わなければならないと、両親を前に思った。


「お父様、お母様……これまで、負けず嫌いな私に挑戦の場を与えてくださり、ありがとうございました。二人の子供に生まれてこれて、世界一の幸せ者だと思っております」


 泣きながら話すディアーヌを、ロッドマンもソランジュも愛情を込めた眼差しで見つめてくる。

 二人に愛されて育ったと自信を持って言えるからこそ、正面から謝りたかった。


「王太子妃になれなくて、ごめんなさい。学園のことも、任せることになってごめんなさい」


 その言葉の後、彼女の中にある思いすべてを物語るかのように、ぽたり、ぽたりと大粒の涙がドレスに染み込んでいく。

 学園での評判は下がったまま、ディアーヌは退学して異世界へと旅立つ。後始末を任せることになるのだが、そのことを両親は一切責めることもなく、ディアーヌを応援してくれている。


 だからこそ、ディアーヌは俯かない。少しでも二人に安心してほしくて、まっすぐに両親を見つめると最高に美しい泣き笑いの表情となった。


「たくさん心配をかけて、たくさん苦労もかけて……それでも、私を認め、愛してくださってありがとうございました!」


 言い終えたディアーヌは自ら二人の元へと踏み出して、両手を広げて二人に抱きついた。そんな娘に応えるように、父も母もしっかりとその体を受け止め、力いっぱい抱きしめ返す。


「ディアーヌ、お前の努力を叶わなくさせたのは、私だ。だから謝る必要なんてない。ディアーヌがいなければ、今頃この国は戦乱の火種がそこかしこで燻っていたかもしれない。少なくとも私はソランジュから離婚を言い渡され、ディアーヌとロランともどのようになっていたか分からないんだ。それがディアーヌの結婚式も挙げられ、皆とともにお前の笑顔が見れた。親としてこんなにも幸せなことはないよ」

「本当に、よく頑張ったわね、ディアーヌ。さすが、私たちの自慢の娘だわ。これからのことは何も心配いらないわ。なにせ王妃陛下も、何があってもディアーヌの悪い印象を覆すと意気込んでいたからね。私たちに任せなさい」

「王妃陛下も……」

「陛下も殿下も、だ。皆がディアーヌに感謝し、ディアーヌの幸せを祈っている。だからディアーヌは、リュカ君と幸せになりなさい」


 ロッドマンの言葉の後、二人はディアーヌから体を離し、ディアーヌの背後にいる人物へと顔を向けた。


 両親から、リュカへ。

 ディアーヌの手が、夫となった異世界の勇者の手を握る。


「リュカ君、ディアーヌをどうかよろしくお願いします」

「心優しい子です。そして負けず嫌いで努力家の娘ですわ。必ず、あなたのお役に立ちましょう。どうかディアーヌが笑っていられるよう、守ってあげてくださいませ」

「はい。ディアーヌの夫としても勇者としても、必ず彼女を守り、ディアーヌとともに幸せになります」


 ディアーヌを幸せにします、ではなく、ディアーヌとともに幸せになります、と言ってくれたリュカの想いがじんわりとディアーヌの中に広がっていく。


 リュカと出会えた奇跡を全身で感じながら、ディアーヌは彼女らしい、芯の通った声で宣言した。


「お父様、お母様。そしてロラン、使用人の皆、護衛の皆。私は必ず、リュカ様とともに幸せになりますわ。だからどうか、皆様も必ず幸せでいてくださいませ!」


 ワッと拍手と歓声が上がり、バトン公爵家は、この国は、もう大丈夫だとディアーヌは確信して……

 ぐい、とリュカの腕を引っ張る。


「おっ、と? ディアーヌ?」


 自分へと向かい合うように立たせたリュカに、ディアーヌは清々しく純粋無垢な心のままに誓った。


「リュカ様! 私がこれから、あなたを世界一の幸せ者にしますわ!」


 そう言ってジャンプをしてリュカの胸へと飛び込めば、すかさずディアーヌの体を上へと持ち上げて、片腕へと座らせるようにしてリュカはディアーヌを抱き上げる。

 なんとも軽々。ディアーヌは両肩に手を置くと、大好きな紫の瞳を覗き込む。


 そこに映る自分は、恥ずかしがり屋が嘘みたいに嬉しそうに彼の腕の中にいる。


「幸せにしてよ、ディアーヌ。俺も君を幸せにする」

「負けませんわよ。私の方がずっとずっと、リュカ様を幸せにするのですから」


 必ず、リュカ──ライオノアと幸せになるのだと心に誓って、少し前にした誓いのキスのお返しにディアーヌはリュカの頬へとキスを贈った。



 二人を祝福する拍手はしばらく鳴り止まず、途中からリュカはディアーヌを抱えたままくるくると回りだした。それはステップを踏んでいるように軽やかで、その足音に合わせてロッドマンとソランジュが手拍子を始めると、ディアーヌは地面に降りて、リュカと初めてのダンスを踊る。


 決まったステップもないダンスだけれど、ディアーヌは人生で一番楽しくて、ソランジュの手を引っ張り、ミエラの手を引っ張り、皆にも踊ろうと誘いかける。


 こうなることを予想していたかのように、ジルと数人の使用人が楽器を持ち寄って演奏を始め、結婚式は舞踏会へと変わっていた。


 ディアーヌはロッドマン、ロラン、ウェーナーとも一曲ずつ踊った。それじゃあジャコブとも、と思えばジャコブはミエラから離れようとせず、ミエラは苦笑しながらも満更ではなさそうで、新たな発見と喜びにまた一つ嬉しさが募る。

 極めつけは、ソランジュに是非お相手を、と言われたリュカが見たこともないほどガチガチに緊張しながら動くものだから、ディアーヌは公爵家の令嬢らしからぬ大口を開けて笑った。


 そしてそろそろ終盤に差し掛かる頃、ディアーヌはジルにある曲を弾いて欲しいとお願いをした。ジルは快諾すると、曲の切れ目に滑らかな旋律を奏で始める。


 目を閉じて、一音一音を胸に刻む。


 ジルに演奏をお願いしたのは、学園の舞踏会でディアーヌが倒れた時のものでもあり、昨日サミュエルが独奏していたものだ。

 この曲に罪はない。だから楽しい思い出で塗り替えてやろうと思ったのだ。


 ちょうど舞踏会で倒れた部分に差し掛かり、目を開けたディアーヌの前には、異世界からやってきた勇者が夕日を背に立っていた。

 彼を象徴する紫紺の髪が夕陽に照らされると、なんとも神秘的で、思わずディアーヌからその奇跡へと手を伸ばす。


 ディアーヌの手を嬉しそうに掴んだリュカが、ディアーヌを皆の中心へと連れて行く。


「好きだよ、ディアーヌ」

「私も、リュカ様が大好きです。最後に一曲、踊ってくださいますか?」

「喜んで」


 今この瞬間、ディアーヌの中で悲しかった思い出はすべて、良い経験になったのだった。



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