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第三十九話 私たちの真実


 コンコンコン、とノックの音がディアーヌの部屋に響いた。

 来るだろうとは思っていた。というより、あの言い方をしていれば来ないわけにはいかないだろうな、とも思っていた。


 返事をして、自らドアを開ける。

 廊下側、ドアの前で立っていた人物を笑顔で出迎えた。


「お待ちしておりましたわ」

「……複雑だなぁ」


 言葉通りの表情をするリュカに笑ったディアーヌは、どうぞ、と彼を自室へと招き入れる。


 この日は朝から王妃に会いに行って激励され、学園に行って参加希望者を吹き飛ばし、家ではソランジュたちと明日の人員配置と役割、進行などをしっかりと話し合い、最後にソランジュと強く抱きしめ合って、今に至る。


 学園長たちには、学生たちが不参加となったことは伝わっていない。これはソランジュと王妃による根回しのおかげだ。

 そして護衛や影についても、ディアーヌとリュカに全面協力をとってくれる体制が整っていた。


 あとは、彼の気持ちを確認するだけ。


 来るだろうと予測していたので、あらかじめ紅茶も用意している。リラックス効果のある香り高いものだが、リュカは少し物足りなさそうな顔をする一品だ。

 それでもこの場にはこれだろうとディアーヌが直々に振る舞えば、リュカは落ち着く香りだね、と感想をくれた。


「エクレール様は気に入ってくれるでしょうか?」

「好きだと思うよ。というより、ディアーヌがやってくれることなら何でも嬉しいと思うんじゃないかな」

「まぁ、まるで刷り込みのようになってしまっていますね」

「それでも本人が良いんなら良いと思う。ディアーヌが間違ったことは何にもしていないんだし」


 リュカの隣。

 人一人分よりは狭い位置に座っていたディアーヌだが、リュカがカップをテーブルに戻したことを確認して、その狭い距離をわざとなくした。気恥ずかしさはあるが、自分から動かなければと思って、リュカに引っ付いてみせる。

 そんなディアーヌに顔を向けたリュカから、いいの、と問われた。


「ふ……夫婦になって、エクレール様と楽しく過ごすのでしょう?」

「うん。二人とも、俺が守るからね」


 ぐわっと広がった腕がディアーヌを抱き込んで、その腕の中にすっぽりと収まる。椅子に座っているから上半身だけであるが、居心地は良い。

 リュカの温かくて大きな手が、ディアーヌの髪をゆっくりと梳かした。


「いつから?」

「何がですか?」

「夫婦になってもいいと思ってくれたの」

「昨晩です。あれだけ手放しに信じてくださるあなた以上に、私も信頼できる人なんていないと思いました」


 今のディアーヌの中で、愛情は信頼と同義だった。

 魔法による干渉があったにせよ、傷ついて悲しんで、もう二度と裏切られたくないと思った。だから次に愛する人は、誰よりも信じていたいし、信じさせてくれる人がいいという想いが大きかった。


 それを叶えてくれたのがリュカだ。

 彼は言葉でも行動でも、純粋にディアーヌを信じてくれた。そして信じさせてくれた。


「……ちゃんと、好きだと思いました。あなたと共に生きたいです」

「嬉しい。俺もディアーヌと一緒にいたい」

「……はい。でも」

「うん?」

「やっぱり、リュカ様は負けたくない相手でもあると思います。負けたくない……というより、少しでも横に並びたいですし、リュカ様に勝てるところがあるなら勝ちたい。正々堂々、自分の力でも勇者の隣に立てる人間でありたいです」

「もちろん嬉しいし、そういうところもすごく好きだよ」


 頭にキスをされて、少しの間、二人はそのままでいた。お互いの体温を分け合うような時間はとても幸せなもので、ディアーヌの忘れたくないものの一つとなる。

 お互いに満足したところで抱擁を解くと、小さく頷きあってリュカが目を閉じ、ディアーヌはエクレールを呼んだ。


 昨日と同じ詠唱の後、目を開けたエクレールは先ほどまでのディアーヌと同じように、幸福を表に出した笑顔を見せる。


「ありがとう、お姉さん。愛し愛されることが良いことだって思えたよ」


 それを言われ、ディアーヌは顔から火が出るかと思った。

 すっかり頭から抜け落ちていたが、エクレールはリュカの中にいて行動も把握している。つまりは先ほどのやりとりも見られていたというわけで…………


「……一方的な愛情だけではないと知っていただけて良かったです。きっとこれからたくさん、こういう愛情に触れていきますわ」

「うん、ありがとう。それでね、お姉さんが昨日僕に言ってくれたこと、考えたんだ」

「答えは出ましたか?」


 うん、と頷いたエクレールは、立ち上がって窓の方へと歩いた。

 カーテンを少しだけ開けると、外はもう暗くなっていて静かな夜が広がっている。


 ディアーヌも彼の隣に立ち、窓越しに空を見上げた。

 無数の星々に満月からは少し欠けた月。もう何度も見上げた空だけれど、隣に並ぶ人で気持ちは異なるのだということをこの時に知った。


「……僕が魔王と呼ばれるだけのことをしたのは事実で、それは僕が償わなければいけない罪だ。許されることじゃないけど……もう一度、僕は生まれ変わりたい」


 体の横でまっすぐにおろされた腕。

 握った拳は小さく震えている。


「生まれ変わって、その人生は人のためになることがしたい。困っている人を助けられる魔法を使いたい。魔法がなくても、それができる人間になりたい」

「……ええ、必ず、なりましょう」

「その第一歩として、僕は……学園長となった魔法使いのことが知りたい」


 二人が顔を見合わせたのは同時だった。

 エクレールの少しだけ苦しそうな表情は、彼の中の葛藤だろうとディアーヌは思う。


「もしもその魔法使いが、あの国王の一族だからと無理矢理こんなことをさせられているなら、助けたい」


 そこまで言って、さっと紫の瞳は伏せられた。次の言葉は出ないようで、どんどんと眉間にしわが寄っていく。


「……少々、楽観的では? と言われると思っていますか?」

「……言われなくても、そう思われるだろうな、とは思ってる」

「なら問題ありませんね。それがエクレール様の出した答えなら、私はそれを支持しますわ」


 え、と困惑した様子で顔を上げ、探るようにディアーヌの瞳をじっと見つめてくる。

 顔が寄っても気にせずに、ディアーヌもその紫の瞳を正面から見つめ返した。


「何で……すごく甘い考えだよ? お姉さんの言う通り楽観的で、お姉さんにしていたことを考えたらそんなはずはないのに……」

「一般的にはそうかもしれませんが」


 エクレールの深く寄ったしわにディアーヌは右手の人差し指をあてて、そこを伸ばすように撫でる。

 完全にきょとんとした彼にふきだして、なぜディアーヌがそう答えたのかを教えることにした。


「私たちが良ければ、それで良いのですよ。たとえ周りがなんと言おうとも、明日、本人と向き合うのは私たちです。だから私たちのやりたいことをやりましょう」


 これはリュカの受け売りな部分が大いにある。

 どんなディアーヌだったとしても、彼は『俺にとっては良い』と言ってくれるから。

 周りの目なんて気にしないで良いのだと思える。


「本当に? でも、話を聞くなんて危険なことも……」

「そこは作戦を練らなければいけないところでしょうね。リュカ様には色々と止められそうですが、押しきりますわ」


 だからお任せあれ、と笑えば、じわっとエクレールの瞳に涙が滲んでディアーヌは焦ることとなった。


「……僕にできることなら、何でもする。もしも魔法使いが本当に国王みたいなやつだったら、僕がそいつを連れて行く」

「連れて行く?」

「その時は、僕を呼んで。お願い」


 連れて行くとは、と訊きたかったけれどエクレールの雰囲気に頷くしかなかった。涙の膜は張っていても、瞳の奥に強い意志が宿り、それはディアーヌが何をどう言っても揺るがないだろうと思ったからだ。


「分かりましたわ。でも、あなたも無茶はしないでくださいませ」

「……一番無茶する人がするお願いじゃないね」

「リュカ様!?」


 何の前置きもなしに人が変わって、数度瞬きをする。

 昨晩はエクレールがまたね、と言って目を瞑るとリュカが現れたのに、今はその動作がなかった。

 ということは……


「自分から出てこれましたの?」

「さすがに聞き逃がせない話だからね。代わって、と言ったらすぐだったよ」


 はぁ、と息を吐いたリュカは、エクレールが少し開けたカーテンを閉める。


「エクレールの願いを叶えたい気持ちは分かるよ。でも、君がリスクを負うことを簡単に賛成はできない」


 ……何のリスクもなく話が聞けるか、と問われれば間違いなく答えは否だ。

 エクレールも彼の考えが甘いと承知しているぐらいには、こちらに来た魔法使いが本当は善良な人で、圧力などに逆らえないからこのようなことをしている、とは考えづらい。


「しかし……多少の危険を冒さなければ欲しい情報は得られませんわ」


 戦いの役に立てず、足を引っ張らないようにしなければと思っていても、自分だけが無傷で帰れるなんて思っていない。リュカが傷を負う危険があるなら自分も同じだけの危険を負わなければいけないと思う。


 今度はディアーヌが苦しい表情になった。そんな彼女の肩にリュカの片手が置かれる。  


「ディアーヌ、もしも俺があちらにつくようなことがあったらどうするの?」

「あちらに?」

「ありえないことじゃないよ。闇魔法をかけられたら十分ありうる。エクレールも俺も、知らない魔法は解除もできないんだから」


 ……リュカが、闇魔法をかけられたら。


 その時を想像すると、背筋が凍った。

 恐怖なんてものじゃない。まず間違いなく、自分はその時点で負ける。勝つ術が何一つない。

 絶望なんてものを感じないほどの喪失感。足元から崩れ落ちそうで、本当にそうなったらとてもじゃないが立ってすらいられないと思う。



 でも。



 ディアーヌはすぅーっと肺いっぱいに息を吸い込んだ後、彼の両頬を両手で挟んだ。そうしてぐいっと自身の方へと顔を引き寄せて、思いきりその目を合わせて睨みつける。


 睨みつけたのはリュカではなく、この瞳から輝きを奪う相手を、である。


「どんな手を使っても、目を覚まさせますわ。私を傷つけて心を痛めるのはリュカ様ですもの。そんな思いをあなたにはさせません」


 リュカがディアーヌを守ってくれているように、ディアーヌもリュカを守る。そしてなにより、彼を利用しようとする者に負けるつもりなど一切ない。


「リュカ様は何があっても私が取り戻し、共に戦います。絶対に負けませんわ」


 ディアーヌの言葉を聞いてリュカは目を見開き、それから力が抜けたように項垂れた。

 顔を寄せていたため、リュカの額はディアーヌの額へとくっついて、紫紺の前髪が顔にかかる。その距離に今さら照れが生じて、思わず手を引こうとしたディアーヌの両手をリュカががっしりと掴む。


「……ディアーヌは俺をどうしたいの……?」


 珍しく情けない声のリュカに、ディアーヌの照れが和らいだ。

 どうしたいの、というのは決意を訊かれているということだと判断したディアーヌは、迷いなくそれに答える。


「リュカ様が闇魔法で操られるなんて許せませんから、そうはさせないと思っておりますわ」

「そうなんだけど、そうじゃなくて〜……まさかの答えに俺はもう色々と追いつかないよ」

「どういう意味です?」


 尋ねた答えは無言の抱擁だった。


「……リュカ様、一体どうされたのですか?」


 ディアーヌもそっとリュカの背中に手を添える。ぎゅう、と一度強く抱きしめられた後、ディアーヌにしか聞こえないような小さな声でリュカが願いを口にした。


「……ディアーヌ、俺に闇魔法をかけて」


 勇者からの申し出にほんの少し、ディアーヌは思考も動きも止めてしまった。



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