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第三十六話 追い詰められるのは


「──以上により、本日は私とリュカ様のみ参加させていただきましたの」


 一通りの説明を終え、三人の様子を伺う。


 サミュエルはじっとディアーヌを見つめるのみで、学園長の隣、マチルドはどんどんと顔色が悪くなっている。

 そして当の学園長は余裕そうに笑みを携えたままだ。その笑みを崩すべく、ディアーヌは学園長を見据える。


「あなた方に生徒の動向は連絡がいかないよう徹底しましたわ。別の場所に移動されては面倒ですし」

「まるで私たちを捕らえたいかのような口ぶりだが?」

「ええ、その通りです。異世界の魔法使いさん?」


 びくりと震えたのはマチルドで、真っ青な顔を上げると唖然とした表情をしていた。そんなにも分かりやすくて王太子妃が務まると思っているのか、と問いたいところだか、今言うべきではないので丸ごとのみこんだ。

 それからマチルドの視線は無視をして、学園長……もとい、魔法使いとの会話を続ける。


「あなたの目的はこの国から始めて、世界を自分のものにすること。大層な未来を描きましたわね」

「ロマンがあるだろう?」

「ロマンがあろうとも、実力が伴わないことをすべきではありませんわ」

「何だと?」


 ディアーヌの言葉に、それまで微笑んでいた魔法使いの笑みが少しばかり崩れた。それを見逃すディアーヌではなく、一気にそこで畳みかける。


「私に抵抗され、魔族を利用してまで落とそうとしたけれど結局失敗しているではありませんか。あの手この手と計画を変えたようですけれど、魔法も使えないただの小娘一人を手懐けられないなんて、闇魔法の使い手としては実力無しと思われても仕方ありませんわ」

「……ほう?」

「それに……私に魔族を差し向けたことも迂闊でしたわね。結果として、こちらが扱える魔石が増えましたもの。戦力の増加に直結することをなさるなんて、判断ミスとしか思えません」


 あの魔石は、結局リュカに預けた。

 けれど心にはあの魔石を握りしめた時の痛みがずっとある。


「大人しく捕まってください。ただの魔法使いであるあなたが、私たちに敵うことなどないのですから」

「私たち、か……」


 そう呟くと、魔法使いはにたりと笑った。

 邪悪、と思えるような笑みに、ディアーヌは無意識にリュカへと体を寄せる。リュカもそれを察して、素早くディアーヌへと片腕を回す。

 その光景に、いよいよ魔法使いは愉快そうに声を発した。


「随分と懐いたものだ。彼も異世界から来たというのに、すんなりと信じ込んで。彼のことを疑いはしなかったのかい?」

「リュカ様を疑うことなんてありませんわ」

「どうかな。実は彼も君に、自分を信じ込ませるような魔法をかけている可能性だってあると思うがね」

「リュカ様をあなたのような卑怯者にしないでください。そんなこと──」


 あるはずがない、と言おうとしたところで、魔法使いがスーツの内ポケットからごそごそと何かを取り出した。

 ディアーヌが身構えると、その手にしたものをわざとこちらに見せびらかしてくる。


「これが何か分かるかな?」


 手のひらに乗るのは、見覚えのある真っ黒い石が五つ。


「……魔石ですわね」

「そうだ。もう随分と数を減らしてね。ここで一つ強力な魔法を使えば、これらはなくなってしまう。私にとっては相当な痛手だ」

「それなら余計に、使わせませんわ」

「君には無理だ、ディアーヌ君。手遅れなんだよ」

「手遅れ?」

「私が姿を現した時点で、口を塞いでおくべきだったんだ。勇者に身を寄せ、彼の行動を制限している時点で、君は彼にとって足手まといになっている」


 ぐ、っと手のひらの魔石たちを握り込んだ魔法使いに、リュカが瞬時に反応して、剣を抜いて斬りかかろうとした。けれど二人の間に入ったのは、こちらも剣を構えたサミュエルだ。


 魔法使いを守るように立ちはだかり、リュカの剣を防いだサミュエルの後ろで、魔法使いが高らかに魔法を詠唱する。



「勇者ライオノア! 我が魔力に従い、我が下僕となれ!」



 空気全体が揺らいだような感覚がしながらも初めて聞く詠唱に戸惑うディアーヌは、思わず一歩後退った。


 そんな彼女の動揺は見越していたことだったかのように、魔法使いは息つく暇もなく魔石を握っていた手でディアーヌを指さし、次の命令を口にする。



「ディアーヌ・バトンを拘束しろ!」



その命令が響いた室内で、ディアーヌはとにかく冷静さを保とうとしていた。魔法使いの手の中の魔石は一つしか床に落ちなかったところを見るに、なくなった四つの魔石の魔力によって何かしらの魔法が発動はしたのだろう。

 しかし闇魔法には名前を呼ばれた相手が返事をする必要がある。リュカはまだ返事をしていないため、発動しただけでかかってはいないはず。


 それならば先ほどの拘束しろという命令に従うのはサミュエルだ。彼はまだ魔法がかかったままだから、それこそ言葉通りディアーヌを拘束するために駆けてくる。


 それに構えようとしたディアーヌの目の前で、スッと紫の閃光が横切り……



「……え?」



 ディアーヌはなぜか膝から崩れ落ちながら、自身の意図せぬところで下がっていく視界にただただ呆然としていた。


 そしてそんな自分を見ている三人は、まさに三者三様の反応である。


 一人は無表情で。一人は泣きそうで。そしてもう一人は、たまらなく愉快そうで。



「サミュエル君、君はそのまま、哀れな元婚約者の末路を見届けるんだ」

「……分かりました」

「マチルド君、悲しいと思うが、これも必要なことだ」

「そんな……でも……」

「君が手を出した方が彼女は辛い思いをする、と言えば、大人しくできるか?」

「…………はい」



 誰が哀れだ。

 誰が辛い思いなんてするものか。


 と言ってやりたい気持ちはあるけれど……


 不穏な彼らの会話はしっかりと聞こえていながら、理由もわからず床に伏した状態となったディアーヌには、文句の一つを言う余裕すらなかった。



こちらの話が短めだったので、次話は12時投稿です。

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