第三十一話 一つの仮説
いつも通り元気なディアーヌに戻り、安心した様子のソランジュと夕食をとった。
その後、ソランジュから応接間で話をすると言われ部屋に向かうと、応接間に集まっていたのは朝、同行してくれた四人とジルだった。
皆、ソランジュから説明を受けており、ディアーヌのこの一年余りのことも聞いたミエラは、今にも泣きそうになりながらディアーヌの一番好きな紅茶を用意してくれていた。
応接間にてソランジュが一人がけのソファに座り、その左列にディアーヌ、リュカ、そして右列にジル、ミエラ、ウェーナー、ジャコブの順で座った。
ソランジュが口火を切って始まった話は、まず、陛下と父は王城にて真面目に働いているという報告だった。
真面目に、というのはリュカが来た日に降った雷雨の影響で、いくつかの地域から被害報告があがっているとのことで、今後の対応等を話し合っているのだとか。公爵家としても援助していく考えを示しており、その準備を、との連絡がジルのもとにあったらしい。
「あちらは王妃陛下が見てくださっているから、怪しい動きがあればすぐに連絡をもらえるわ。そして、領地のことはしばらく私とジルで対応します。ジルには今回の件を知ってもらっていた方が使用人たちを動かしやすいと判断して、説明をしたの。それに、リュカさんを初めに見た一人でもあるのよね?」
「はい。ごめんね、ジル。あの時は強引に進めてしまって。それに、お父様に繋いでくれてありがとう。ジルのおかげでリュカ様とこうしていられるようになったのに、お礼を言えてなかったわ」
「とんでもございません。お嬢様の機転のきいた行動と、リュカさんの強さがあってこそでしょう」
「これからもよろしくね」
「かしこまりました」
ジルが味方についてくれたのならば、まず家のことは大丈夫だろうと安心できた。
そこからは、リュカが頼んでいたというアダルベルト学園長とロランについて話があった。
「ロランたち三人は、今日、アダルベルトが所有している山の邸に入ったそうよ」
「お母様……その、学園長所有の山、というのは本当に所有地なのですか? 偽造されていたりは?」
「アダルベルトに関する書類に一切の偽造は確認されなかったわ。ただ、周辺に聞き込みをしてみれば、ここ最近は気さくになった、という人が多かったそうよ」
「……成り代わりがありうる、ということですね。本物の学園長が無事であれば良いのですが」
ソランジュが頷き、ディアーヌは膝の上においた手をギュッと握った。リュカから聞いていたことではあるが、どうかご無事で、と祈ってならない。
それからモニクに関する書類は何も残っていなかった、と聞き、これに関しては恐らく陛下を操って処分させたのだろうという話となった。
「こちらでいくら予想を立てても、当人に聞かないことにはすべては明らかにならないでしょう。とにかく、陛下と主人については王妃陛下の協力のもと、少なくともあと三日は王城で行動を制限できるわ。もちろん、協力者も得ている。ただ、表立って学園側に介入することは難しいとのことだから、あなたたちは模擬訓練に集中して」
「はい。ありがとうございます、お母様」
「周辺の護衛はウェーナーを主体に人員を配置するわ。ジャコブとミエラは、さらに一線引いたところで救護班として待機。いいわね?」
「はっ!」
着実に、当日の準備が出来上がっていく。
皆がこうやって動いてくれるのはすごくありがたい。そして一人じゃないと思えて、とても心強い。
けれど……
ソランジュが使用人たちに向けて話を進め、最後に何か言いたいことがある者は、と問われディアーヌは手を挙げた。
その場で皆の顔をぐるりと見渡した後、皆、と声をかける。
「……協力してくれて、ありがとう。でも絶対に、自分の命を最優先に行動して」
お願いだから。
「もう誰も、死なないで」
震える声に、リュカがディアーヌの手を握った。
するとミエラが駆けてきて、ソファの横にしゃがみ、リュカが握っていない方の手を握る。
泣きそうになるのをぐっと堪え、今度は順番にこの場にいる皆と目を合わせる。返ってくる眼差しに、誰もがディアーヌが彼らに向ける想いと同じものを返してくれていると実感する。
ディアーヌは一度深呼吸をして、堂々とした声で宣言する。
「私は負けない。だから皆も負けないで。絶対に、勝って笑いましょう」
皆が快い返事をしてくれる中で、最後に母を見る。
愛情深くディアーヌを見守ってきてくれたソランジュが、誰よりも心配しているであろうことはおくびにもださず、勝ち気な瞳でディアーヌを見つめていた。
「ディアーヌ、これまでのあなたのすべてをぶつけてきなさい。後ろは私たちに任せて、あなたは前だけを向いているのよ」
「はい、お母様」
「リュカさん、娘をお願いします」
「ええ、必ず」
出発まで、あと一日。
その夜、ディアーヌは自室で一人、ベッドに仰向けに寝転がっていた。
今日入手したばかりの魔石を顔の前に掲げて、何をするでもなく眺めている。
どの角度から見ても見事に真っ黒な石に、リュカの魔石もこうだったかな、と思いながら魔石を握った手を降ろした。ぽす、と力なく布団に落ちた手に布団の柔らかな感触がして、ぼんやりとする視界で天井を見上げる。
この魔石は、本当はリュカが管理するはずだった。
それをどうか貸してほしいとお願いして、とーっても嫌そうなリュカに、もしも泣いたり泣きそうな声や気配を感じたら部屋に勝手に突入してきていいと約束して借りたのだ。
つい先日まで身近にいた友人が実は造られた存在で、魔法で自分を操っていて、そしてこの石になっただなんて……目の前で見たというのに、未だに信じられない気持ちがあった。
「……というより、何もかも信じられないことの連続なのよね」
勇者も魔法も。皆の心変わりも、幼馴染の秘めたる愛も。
これまで何にも知らずに生きてきて、その事実を前にディアーヌはただただ受け止めるだけだった。
リュカは情けなくなんかないと言ってくれたが、やるせない思いは残る。
一人になればその気持ちが膨らんでくるものだから、少しでも軽くなればと長いため息を吐いて、魔石を握った手の方へと体ごと向きを変える。
横向きになって見つめる手のひらの上の魔石。角度を変えても変わらないそれは、今後使い続ければいつか粉々になるのだろう。
「なくなるのを……寂しいと思うのはだめなことかしら」
リュカだったら何と返事をするかな、と考える。
彼が大事にしていた魔石は、割れてもなお形を残し、再び彼の手元へと帰った。それが当然であるかのように、ディアーヌが持っていても持て余してしまっただろうから、リュカの元へと戻れて魔石も良かったのではないかと…………
割れても、形を残した?
そこに引っかかりを感じたディアーヌはガバっと勢い良く起き上がると、リュカの話をメモした紙を求めて机まで走った。初日からさらに数枚増えたそれらを机に広げ、一つ一つを指しながら声に出して確認していく。
「魔石は……消耗品よ。使ったら粉々になる。何も残らない。でも、リュカ様の魔石は残ってる。詠唱に反応しないからただの石になったと思っていたけど……形があるなら、力が残っているはずだわ」
真っ二つに割れた黒い石。あれはまだリュカの元にある。
「力が残っているのに、反応しなかったのはなぜ? 反応しない……詠唱が通じない? でもリュカ様の魔法はちゃんと発動していたからそれはなさそうよね。リュカ様の詠唱には反応しない状態になっているのは……別の要因? 別の……外部から別の力を受けている?」
反応しなかったのは、既にもう、別の魔法で使っているから……なんてことはないか?
急ぎペンを持ち、ディアーヌは今の考えを紙に殴り書きしていく。
『魔石∶力がなくなれば形は残らない → 形があるなら力はある → 力を使おうとしても使えない
詠唱が通じない(リュカ様は魔法使用)
外部から別の力?』
書いたばかりの文字を見つめ、別の力の出所を考える。
魔石を扱える者なんて、この世界にはいない。魔法が何たるかを理解しておかなければ魔法詠唱は聞きとることすらできないのだから、この世界の人には唱えることも不可能で、使おうと思っても使えない。
ならばリュカの世界の人……といっても、ディアーヌのそばにいる異世界人はリュカしかおらず……
「そういえば……リュカ様は異世界から来たのに、初めから会話ができたわね。文字の読み書きも問題なかったわ」
この世界でさえ、言語の違う国はある。
だというのに、異世界から来たリュカと最初から何の不自由もなく言葉のコミュニケーションが取れたことは、今さらながらおかしなことではなかったかと気づく。
「あちらの世界もここと同じ言語を? そんなことがありうる?」
可能性としては極めて低いように思う。それよりも、魔法によりこの国の言葉が分かるようになっている、と考えた方が無理がないようにすら思う。
「その魔法に魔石が使われているなら……けれど、それは誰が?」
もしも今、魔石がそのために使われているならば、リュカの魔法詠唱に反応しない理由にはなる。
しかし言語能力を操る魔法となると、一つの属性で賄えるとは思えない。だとすれば複合的な魔法となり、とてもじゃないが安易なものではなさそうだ。
「リュカ様が無意識の内に使ってるというのは……詠唱せずに発動はしないはずだから、可能性は低いわよね。それよりも、別の誰かが彼に気づかれずに魔法をかけ続けていると思った方が……でも、リュカ様に気づかれずにそんなことが可能かしら?」
頭の中だけではごちゃごちゃとしてしまうため、とにかくあらゆる可能性を口に出して、否定できるものは否定していく。そうして残った可能性への糸口を見つけられないかと、以前にリュカが魔法について教えてくれた紙をもう一度じっくりと読み込んで、どこかにヒントがないかを探す。
そうしていたら、リュカが描いた黒い竜の絵に目が留まる。その紙の裏側には魔王について書いてあった。
『魔王…元は人間の少年
膨大な魔力
感情の昂り→魔法詠唱なしで魔法発動(特異体質)』
そして思い出すのはリュカの言葉。
──最期にありがとうとごめんなさいと言って消えていった。
「消えていった……」
魔王は元は人間だった。その体はどうなっていたか分からないが……人の部分を残していたなら骨が残ってもおかしくはないし、魔力体となっていたなら魔石は残さなかったのか?
その問いを追求し始めれば、これまでの日々が繋がっていき、そこからさらに新たな疑問も生まれる。また答えを求めれば、どんどんと考えが集約していく。
そうして一つの仮説にたどり着いた時、ディアーヌの足は自然とドアに向かって歩き始めていた。
次話は少し短めなので、12時投稿です。




