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第二十六話 負けず嫌いの実績と信頼


 昨晩、ソランジュという最高の理解者──リュカにとっては協力者を得た二人は、今日も学園へと通っている。


 出発の間際までソランジュは心配していたが、ディアーヌが今日の目的を説明すれば、絶対に無理をしないこと、という条件のもと送り出してくれた。

 リュカはリュカで、昨晩一睡もしていないことが微塵も伝わってこないぐらいに体調も機嫌も良さそうである。


 もうすぐ学園に到着、というところでディアーヌはリュカに声をかけた。


「リュカ様、今日の作戦をおさらいしますわね」

「うん。えーっと、俺は学園に着いたらマルソー先生のところに行きがてら、ところどころで生徒の間をすり抜けてあの話をしていく、と」

「ええ。誰が言ったの? ぐらいにしてくださいませ」

「了解」


 リュカ以上に機嫌の良いディアーヌは、リュカの快諾にふふ、と笑う。


「良い笑顔だ」

「悪役令嬢のようですか?」

「うんうん。イキイキしてて可愛いよ」

「……最後の一言は余計ですわね」


 耳の赤いディアーヌだが、爛々と輝く瞳はそのままに窓の外を見る。


「やってやりますわよ」


 その一言の後すぐに、馬車は学園へと到着した。



 今日も生徒会の四人と学園長は不在で、ディアーヌにとってはこの上なく理想的な環境が整っていた。

 誰か一人でも来ていたら教室変更しようと思っていたが、誰もいないのでありがたく生徒会室を使わせてもらう。


 放課後。

 生徒会室にはディアーヌとリュカがいて、リュカはドアのすぐ横、ディアーヌはいつものように副会長席に座ってその時を待っていた。


「そろそろだね。いくよ?」

「ええ、お願いします」

「鐘が鳴った。それじゃあ、開けまーす」


 放課後を知らせる鐘とともに生徒会室のドアを開けたリュカ。

 その先の廊下から、全速力で駆けてくる生徒が三人。


「お、なかなか速いね」

「将来がかかっておりますからね。藁にもすがりたいのでしょう。狙い通りですわ」


 にこにことして話す二人が待つ生徒会室に、その三人は文字通り駆け込んで来た。


「失礼します!」

「はい、ちょうど三人で締切。鍵閉めるね」

「お願いします。先輩方、ようこそいらっしゃいました。さぁさぁ、お座りください」


 肩で息をするのは、三年生で剣術クラブに所属する男子生徒たち。彼らに用意した椅子へと座るよう促し、ディアーヌは笑顔で向かい合う。


 三人が生徒会室に駆け込んで来た理由……それは、リュカがディアーヌの作戦により今日一日、学園内で囁き回った噂話による。


 その噂話というのが、今日の放課後、鐘の音が鳴った後から生徒会室に来た先着三名にディアーヌが直々に次回の筆記試験に向けた勉強会を開催する、というもの。


 対象は全学年、全科目対応可能。三人それぞれにあった勉強法と、過去の出題傾向から試験範囲の予想問題を作成し、その対策を伝授。勉強会の合間には、疲れた頭を癒すために公爵家の料理長お手製の甘味あり。

 これらがすべて、無償提供。


 この話を徐々に情報を増やしていく形で広げ、見事、ディアーヌの狙い通りに剣術クラブの三人を確保したのである。



 キョロキョロと生徒会室を見渡す三人は、室内のカーテンが閉めきられ、ドアもリュカが鍵をかけたことで安心した様子で肩の力を抜いた。

 将来が危ぶまれていても、渦中の──それも悪い方で名を轟かせているディアーヌにすがるのはやはり居心地の悪さがあるのだろう。その心境を考慮しての室内環境だ。

 ささっとリュカが三人に紅茶を配り、ディアーヌも遠慮せずどうぞ、と声をかける。


 恐る恐るではあるが、それぞれが紅茶を飲んで一息ついてから、今日ここにきた理由を尋ねた。


 三人ともクラブ活動が始まってから成績が下降しており、どこかで巻き返さなければ卒業後に痛い目を見る、と教師や家族から言われているのだとか。今日は噂の出所が分からないけれど、もしも本当ならば助けてほしいからやってきた、というわけだった。


「お任せくださいませ、先輩方。帰る頃には皆様、苦手を克服しておりますわ」


 こうしてディアーヌによる勉強会が開始された。



 勉強会の出来は上々。

 三人の弱点は間違いなく克服させられたし、次回の試験対策もばっちりである。最初は不安そうで半分はディアーヌのことを疑っていた三人だったが、帰る時にはディアーヌに深々と頭を下げ、大きな声でお礼を言っていた。


「完璧でしたわ。こうも上手くいくなんて」


 生徒会室を片付けながら、リュカへとそう話しかける。


「俺も思ったよ。というより、聞いているだけで俺も頭が良くなったと思うくらい、ディアーヌの教え方は分かりやすかった」

「ありがとうございます。私も何度も間違えて学んだところですから。何が分からないか理解できましたし、そうなると説明もしやすいですよね」


 ディアーヌが伝授したのは、自分の経験に基づくものばかりだ。しかしその経験は王太子妃になるために費やしてきた時間で得られたものであり、結果としてこの学園で常に学年首位争いをしてきたという実績に繋がっている。

 成績だけ見れば華々しいディアーヌは、その点において信頼されているだろう。


 そう踏んで、今回リュカに例の話をばらまいてもらったということだ。


 目的は、生徒からの情報収穫。

 狙いは、サミュエルやマチルドに近い……どこよりも早くクラブ活動を始めた剣術クラブ生から。


 三人とも剣術クラブの学生が来てくれてしめしめ、といったところだった。


「それにしても……なかなか強引なやり方になってきましたわね」

「そうだねぇ。あちらさんもいよいよ余裕がなくなったかな」

「色々と備えませんとね」

「それもそうだけど、まずは奥様を説得するところからじゃない?」

「お母様は……話せば渋い顔をされるでしょうけれど、最終的には認めてくださりますわ」


 トントン、と書類を縦にして机で叩いて揃える。

 綺麗に整ったそれに満足して、鞄の中へと戻した。


 リュカの方は荷物はほとんどないので、ディアーヌ待ちだ。お待たせしました、と歩み寄れば、自然にエスコートのために腕を差し出される。そこにするりと手を添えて二人で歩き出すと、学園に残っている学生は少ないが、何人かの視線は感じる。


 しかしディアーヌは、自分たちに向けられる視線など気にすることなく、赤く染まる夕暮れ空を見上げた。ここでこの空を後何度見られるのだろう、と思うが、それも気にしないことにした。

 まずは、目の前のことだ。


「……こんな話を聞いて、私が引くはずがないということはきっとお母様が一番分かってくれますもの」


 それもそうだね、と返ってきたリュカの声は優しい。

 その後に、なにはともあれ今日はお疲れ様、と続いて、ディアーヌは機嫌良く笑った。  



 帰宅したディアーヌとリュカは、ジルからロッドマンとロランは二人揃って王城に行くと言って出ていったと聞いて、顔を見合わせた。

 ……けれども特にすることはない。


「お母様は?」

「お嬢様とご夕食を、とのことでお部屋でお待ちでございます」

「あら、それはいけない。急いで片付けてくるわ」


 今日も夕食はソランジュととり、夜はソランジュの部屋で話をすることとなった。


 今日はディアーヌとリュカが隣同士に座り、ソランジュが一人である。


 早速、といって報告を始めたのはディアーヌだ。


「どうやら次の休日に、学園長の所有する山で模擬訓練を行うそうです」

「模擬訓練? それは騎士団がするような?」

「はい。マチルドが計画し、剣術と弓術を扱う生徒から希望者を募って開催されるとのことですわ。二泊三日だそうです」


 模擬訓練とは、一年に二度、王国騎士団の若手騎士が対象となって行われる訓練のことである。毎回、模擬する場面は様々で、どんな内容でも誰一人負傷することなく訓練期間を終えることが目標におかれている。

 訓練中は基本的に山にこもって野営をし、野盗役に扮した先輩騎士が夜中に襲撃に来ることもあるそうだ。


 その模擬訓練の学園版が、この度、行われることになったという。


「今日、このお話を教えてくださった先輩方は参加は見送ったそうですが、少なくとも二十人程は参加するだろう、と」

「この訓練にはマチルド嬢だけでなく、殿下やロラン君も参加されるそうですよ」

「ロランが? あの子は向いていないでしょうに……もしや、人質役か何かで?」

「ご名答です。今回、ロラン君とディアーヌが人質役として参加する、と。剣術クラブの面々にはそれこそ今日、連絡があったようです」


 リュカが説明すると、ソランジュがばっとディアーヌを見た。

 そしてディアーヌの表情を確認し、大きなため息とともに片手を額に当てる。


「……あなたも参加の意思あり、ね」

「初耳でしたが、これに乗らない手はないかと」


 どう考えても敵地に赴くことにはなるが、学園長に近づくには参加必須だ。


「わざわざ私には話すな、と言われていたそうですから。当日、何の準備もしていない私を引っ張っていくおつもりだったのかもしれませんね」

「あなたに黙っているように指示したのはマチルド?」

「サミュエル殿下です。お決まりの『すべてディアーヌのためだから』と手紙にあったそうですわ」

「あなたのためねぇ……もう関係もないのに、放っておいてはくれないのかしら」


 ぼやいたソランジュに、リュカは自身の見解を話し始めた。


「殿下とロラン君は特にその言葉を口にしているので、ディアーヌに対する”暗示“をかけられているんだと思います。それと殿下はマチルド嬢に対する”魅了”あたりも。ただ、そのどちらも完璧とはいえないのかな、とも思っています」

「完璧とはいえない?」

「殿下は昨日、明らかに俺がディアーヌに近づくのを嫌がっていました。それに、あなたはもう無関係だろうと煽ってみれば、『ディアーヌは私の……』と言いかけていましたし」

「殿下が言いきる前に、マチルドが途中で止めに入ったのですよね」

「そうだったね。魅了されている対象が見える範囲にいるのに、他の人に固執するような言動が出るなんて、魔法としては弱いのかな、と。俺もちゃんと闇魔法を学んできていないので予想になってしまうんですが、範囲や威力を限定したものしかかけられないでいるのかな、と思っています」


 リュカの話を聞き終えて、ソランジュは数度頷いて、ディアーヌを呼んだ。その声はいつもより厳しいもので、ディアーヌは返事をしながらも姿勢を正す。


「範囲等に制限があろうと魔法である以上、私たちにとっては未知の力です」

「はい」

「何が何でも参加はするつもりでしょうから、当日までに準備を万全になさい。ミエラにも協力してもらって、怪我をした際の対応は完璧にしておくこと。それと……学園長の所有する山ね。それはこちらで調べるから、あなたはとにかく自分のことに集中しなさい」

「ありがとうございます」

「決してあなたとリュカさんにだけ戦わせるなんてことはしません。けれど、最終的には二人がどうにかすることだとも思っているわ」


 そう言うと、ソランジュはまっすぐにディアーヌを見つめた。

 その眼差しの輝きも強さも、ディアーヌの背筋を伸ばし、意識せずともディアーヌは真剣な顔つきとなる。


「何があっても、無事に帰ってくること。そして……あなたから日常を奪った相手を、完膚なきまでに叩きのめしてきなさい」


 母の静かなる心火は、家族皆を巻き込まれたことに対しても含まれる。本当ならば母もきっと、自分も戦いたいぐらいだと思う。

 それをディアーヌとリュカに託してくれることが、今は何よりも嬉しい。


 ここまでソランジュに言われたのだから、ディアーヌがすべきことは決まっていた。

 ソランジュよりも強い眼差しを携えて、ディアーヌは自身の右手を強く握る。


「ええ、必ず! 二度とこの世界には足を踏み入れたくないと思うほどに、へし折ってまいりますわ!」


 やってやりますわよー! と天にこぶしを掲げるディアーヌの隣、笑顔で拍手をする勇者に目配せをする公爵夫人。

 二人の間には何があってもこの子を守る・守れということがお互いにだけ伝わり、小さく頷き合うのだった。



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